ネムの村-村人視点
それは村人たちが、ひどい病に苦しんでいた時のことだった。
最初は一人、また一人と高熱に倒れ、次第に村全体に病が広がっていった。
「このままでは村が滅んでしまう……」
村長は必死に王都の治癒師に助けを求めたが、やってきたのは「自称・凄腕」の治癒師だった。
「ふん、こんな田舎までわざわざ来てやったんだ。ありがたく思えよ」
治癒師は村人を見下すように鼻で笑い、あれこれと尊大な態度で診察を始めたが――。
「……これは厄介な病だな。普通の魔法じゃ治らんぞ?」
そう言って、結局村人たちの有り金を巻き上げただけで、何の効果もない薬を置いて帰っていった。
「本当に治るのか……?」
「村の蓄えがこれでほとんどなくなってしまった……」
村人たちは不安に駆られたが、薬を飲んでも病は一向に良くならなかった。むしろ、次第に悪化する者が増えたほどだ。
「もうだめかもしれん……」
そんな時だった。
旅の途中らしい、一人の女性がふらりと村を訪れたのは。
彼女はとても高貴な身なりをしていた。深い青のドレスは繊細な刺繍が施され、靴も一目で高価なものだと分かる。銀色の髪は滑らかで、陽の光を浴びて輝いていた。
まるで王宮の貴族のようなその姿に、村人たちは思わず道を開けた。
「もし、この方に病が移りでもしたら大問題になってしまう」
そう考えた村長は、意を決して彼女に話しかける。
「お嬢さん、旅の方ですか?」
「ええ、少し休養を兼ねてこの村に立ち寄らせてもらいました」
貴族特有の高圧的な態度を取られることなく、予想外の返答が帰ってきた。
「おお、それならこのネムの村はちょうどいい場所ですわい。ただ、ネムでは今、病が流行っていてな……村におる薬師もお手上げて神に祈るばかりじゃ」
間接的に早く立ち去った方がいいのでは、と告げると、「まあ……それは大変ですね」と同情的な声をかけられた。
立ち去ろうとしない彼女を連れ、村を案内する。
休養に来たはずなのに彼女が興味を示したのは一面の花畑などではなく、病に臥す村人たちだった。
もう長くは持たないだろう、村の次期村長に内定していたアルマの前に、高価な洋服が汚れるのも厭わず、彼女は膝をついた。
「すみません、失礼しますね」
するとどうだろう、白くやわらかな光がアルマの体をキラキラと包み込むと、先ほどまでの苦しそうな顔が嘘のように穏やかになった。
「……お嬢さん、これは……」
「ああ、少しだけ回復魔法を使えるんです」
その言葉を聞いた村人たちは目を丸くした。
貴族の中でも高貴な身分の方が、平民の病などに関わるはずがない。それなのに彼女は、嫌悪する様子どころか、縁もゆかりもない村人に手を差し伸べてくれたのだった。
村人たちの感嘆の声をよそに、彼女は静かに魔法を使い続けた。
優しい光が病人たちを包み込み、苦しそうだった表情がみるみるうちに穏やかになっていく。
「すごい……たった一度で!」
「なんて威力なんだ……!」
自称・凄腕の治癒師が何もできなかった病を、彼女はあっさりと癒してしまったのだ。
「本当に聖女様かもしれない……」
「いや、聖女様に違いない!」
「聖女様じゃ……!」
村人たちは彼女を「聖女様」と呼び始め、一斉に平伏した。
それから三日間、彼女は村人たち全員を回復させ、食糧が不足している家には自ら食事を作り、村に清潔な水が行き渡るよう、泉の浄化も行った。
「聖女様……これほどまでに私たちのために……!」
誰もが感謝し、村長はせめてものお礼にと、村でとれた作物や銀貨を差し出した。
しかし、彼女は首を横に振った。
「いえ、これは旅の途中ですから」
そう言って、彼女は何も受け取らずに村を後にした。
「お礼も求めずに……やはり聖女様だ」
村人たちは彼女の背中を涙ながらに見送った。
「この村に聖女様が訪れてくださったこと、一生忘れません……!」
その日から村人たちは毎朝、村の泉に花を捧げ、聖女様に感謝を捧げるようになった。
しばらくして、病を克服したネムの村に吟遊詩人がきた。
泉にある花を見て詩人が理由を問うと、村人は聖女の話をした。詩人はこの話を戯曲化し、王都へ帰る道すがら様々な街で広めたのだった。




