エリナの決断
廃墟で見つけた書類を持ち帰ったエリナとルークは、一旦王都の宿に戻ってきていた。夕闇が迫り、部屋の窓からは赤く染まった空が見える。重々しい空気が漂う中、ルークが腕を組んで口を開いた。
「さて、これからどうする?」
彼の粗野な口調には、エリナへの信頼が含まれている。
「リリアーナと直接話すか? それとも、王太子に知らせるか?」
エリナは持ち帰った書類を机の上に広げながら、しばらく答えなかった。視線はリストに記された村々の名前に向けられている。
「どちらでもないわ。」
エリナがきっぱりと答えた。
「私が行くべきなのは、この村たちよ。」
「……は?」
ルークが目を細める。
「このリストに書かれている村のうち、まだ訪れていない場所がいくつもあるわ。このまま放置しておけば、魔物憑きがさらに広がって被害が増えてしまう。」
「おいおい、またお前一人で無茶をするつもりじゃないだろうな。」
ルークは呆れたようにため息をつくが、その声には心配が滲んでいる。
「無茶なんてしないわ。でも、放っておけないの。」
エリナの声は静かだが強い決意が込められていた。
「それにあなたもついてきてくれるんでしょう?」
そして微笑んだ。
★★
翌朝、エリナとルークは早々に旅立った。彼らの目的地は、リストに記されていた村々の一つ――魔物憑きが広がり始めているとされる辺境の村だ。道中、エリナは自身の魔力を高めるために呪文を復唱し、ルークは黙々と周囲を警戒していた。
「もしお前が間に合わなかったら、この村はどうなるんだろうな。」
ルークが突然口を開く。
「必ず間に合わせるわ。」
エリナの答えは即答だった。その言葉にルークは苦笑する。
「エリナ様らしいな。」
エリナは溢れる体力と使命感から、通常到着まで2週間かかる道を3日で進んだ。
そして、その強行軍の中でも、魔力に集中できるよう、ルークは黙って支えた。魔物がでづらい道を選び、夜は見張を一手に引き受けたのだった。
★★
彼らがたどり着いた村は、すでに不穏な空気に包まれていた。村の外れには何人もの村人が倒れ、目に見えない闇に蝕まれているのがわかった。魔物憑きの病は確実に広がっている。
「間に合ったみたいね。」
エリナが息を吐きながら言った。
「準備はいいか?」
ルークが短く尋ねる。
エリナは頷き、村の中心に向かって歩き始めた。そこには、すでに村人たちが不安げな顔で集まっていた。
「皆さん、安心してください。」
エリナは声を張り上げた。「この呪いを解きます。少しだけお時間をください。」
エリナはその場に膝をつき、集中し始めた。手をかざすと、彼女の周囲に淡い光が広がる。呪文を唱える彼女の姿に、村人たちは息を呑んだ。
「……すげえ。」
村人の中から誰かが呟いた。
エリナの手から放たれた銀色の眩い光は、苦しむ村人たちを包み込み、病を一つずつ消し去っていった。次々と正気を取り戻す村人たちを見て、周囲に歓声が広がる。
すべてが終わったとき、村人たちは涙を浮かべながらエリナに感謝の言葉を述べた。
「本当にありがとうございます! 聖女様!」
「聖女様のおかげで命が救われました!」
「あなたは神に遣わされたお方だ!」
エリナは喉元まででかかった、聖女ではないという言葉を飲み込み、彼らの言葉に曖昧に微笑んだ。
彼らにとって、エリナは絶望の中に現れた希望そのものだった。
「すっかり聖女様も板についてきたな」
ルークが肩をすくめて言う。
「私が希望になれるなら、それでいいのかもしれない。」
エリナは小さく呟き、村人たちの歓声を静かに受け入れた。
★★
村を後にする際、エリナは小さく深呼吸をした。
「次の村も、同じように救ってみせる。」
「そんな無理ばかりして、倒れたらどうする。」
ルークはため息をつきながらも、彼女の決意を知っている。
「あなたも一緒に来てくれるんでしょう?」
エリナの言葉に、ルークは少しだけ微笑み、軽く肩を竦めた。
「ま、俺が守ってやるさ。けど、ちゃんと頼れよな。」




