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月下の演舞


王都の夜は静かだった。


月明かりが中庭に差し込み、淡い光が白い石畳を照らしている。


「……はぁ。」


エリナは一人、剣を手に立っていた。

王宮の裏庭、ここは昼間は訓練場として使われているが、夜はひっそりと静まり返っている。

誰もいない場所で、エリナはそっと剣を抜いた。


鋼の刃が月の光を受けて、淡く光る。


「いくわよ。」


エリナは仮想の敵を前にするように構えた。

脳裏に浮かんだのは、アルベルトだった。


彼と月に一度、剣を交える時間。

それが、どれだけ心待ちにしていたひとときだったか——。


「ふっ……!」


エリナは軽やかに踏み込み、剣を振るった。

布を裂くような鋭い音が静寂を切り裂く。


次の瞬間には体を反転させ、後ろへ飛び退く。


——それは過去、アルベルトとの手合わせで何度も受け流した彼の剣筋。


エリナの剣術は、並外れていた。

幼い頃から訓練に励み、剣に触れる時間は誰にも負けなかった。

貴族令嬢でありながら、馬に乗り、剣を振るう。

その技量があったからこそ、護衛を最小限に抑えて旅が許されたのだ。


「アルベルト様……」


剣を振るいながら、エリナは彼の姿を思い出していた。

あの時間だけは、アルベルトは王太子ではなく、一人の青年だった。


「今日は、もう休もうか。」

「だめですよ。まだ一本目です。」


そう言うと、アルベルトは困ったように笑っていた。


その笑顔は、どこか不器用だった。

普段は年相応にわがままで無鉄砲に振る舞う王太子が、なぜか思慮深く、大人に見える瞬間があるのがこの時間だった。


だが、それを長く続けることはなかった。


「そろそろ終わりにしよう。」

「まだ早いですよ。」

「お前とばかり時間を使うわけにはいかない。」


そう言い残し、アルベルトは早々に引き上げていった。

——私のことを煩わしく思っていたのだろうか。


その疑念を振り払うように、エリナは剣を握り直し、再び振るった。


剣の切っ先が虚空を切り裂くたび、胸の中が少しずつ軽くなる。


けれど、同時に新たな疑問が浮かび上がった。


「……本当に、リリアーナ様が焼き討ちしたのかしら。」


焼け落ちた村。

火に包まれ、命を失った人々。


それを語ったのは、初老の村人だった。

彼は怯えながらも、リリアーナが微笑みながら村を焼いたと証言した。


だが——


「たった一人の証言。証拠はないわ。」


確かに村は焼き払われていた。

だが、それをリリアーナが行ったと断定するのは早計だ。


それにもしかしたら、焼き討ちは為政者として必要な判断だったのかもしれない。

魔物憑きの病が広がる前に、火で封じる——冷徹な判断だが、それ以上の犠牲を出さないためには致し方なかったのかもしれない。


「私には……きっと、あの場でそんな決断はできなかった。」


人の命を見捨てる覚悟など、ない。


——だから、アルベルト様は私ではなくリリアーナ様を選んだのかもしれない。


エリナは剣を収めた。


だが、それでも胸のざわつきは収まらなかった。


「どうして、落ち着かないの……?」


焼き討ちの決断に、冷徹さを持てない自分を責めるべきなのに。


ふと、村人の証言を思い返す。


『彼女は笑っていた』


そう、確かに彼は言った。


リリアーナはあの場に居合わせていたのだ。

彼女が直接火を放ったかは定かでない。

だが、なぜ現地にいたのか——そこが不可解だった。


「なぜ、わざわざ……?」


リリアーナは領主でもない。

王都で待つ身でありながら、焼き討ちに立ち会う理由があるのだろうか。


「……もっと調べる必要があるわね。」


エリナは剣を腰に納め、月明かりを浴びながら静かに歩き出した。

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