最終話 ゾンビVS.元ひきこもり
「覚悟はいいか?」
「とっくにできてる」
俺の問いかけにサキが頷いた。
これは愚問だったな。
「じゃあやるぞ!」
作業自体は至ってシンプルだ。
バリケード代わりに設置してある机から身を乗り出してきたゾンビを殺して階段から突き落とすだけの簡単なお仕事です。賃金は出ませんが、頼れる仲間があなたをお待ちしております。笑顔が絶えないアットホームな職場です。
「また数を競うのか?」
サキが尋ねてきた。
「あぁ? そんな余裕ねぇだろ」
「……はい、誠也くんビビり、と」
「お前あの時のことまだ根に持ってんのかよ」
城を襲ったゾンビの大群と戦った際に、サキとどっちが多く倒せるのか競争したことを思い出した。結果は俺の大勝利。
安い挑発だとか言っていた癖に、ずっと気にしていたらしい。
冷めているように見えて案外子どもっぽいところがあるのだなと思った。
「うるさいな」
拗ねたようにサキが言った。
「あの時は悪かったよ。俺がズルをしたんだ。まともに勝負したら俺の負けだった。今回も俺が勝てるとは思えない。降参だ。だからサキさん、よろしく頼むぜ!」
「……分かればいい」
目に見えてサキの機嫌が良くなった。
結構乗せられやすいのかもしれない。
「そら来たぞ!」
階段に転がっている死体の山を超えて、次の波がやってきた。
ゾンビ共も必死だ。
何が奴らをそこまで駆り立てるのかは知らないが、新鮮な肉を求めて押し寄せてきている。殺るか殺られるか。これはそういう戦いなのだ。
「あの世に送ってやる」
そう言ったサキが、まるで果物でも切り分けるかのようにサクサクと包丁をゾンビ共の額に突き立てていく。
熟練の職人みたいに洗練された無駄のない動きだ。
おかげで作業効率が格段に向上した。
とはいえ、数が数だけに長丁場になりそうだ。
血で血を洗う戦いと言えば意味合いが違うのだが、先程から視界には血の雨が降り注いでいる。
サキは包丁で綺麗に仕留めるのだが、俺は鉈を使用しているのでどうしても汚くなるのだ。
折り重なった死体の上をズリリ、と新たな死体が滑り落ちていく。さながら血のすべり台だ。絶望的に汚い光景だった。
「くたばれオラァ!」
気合を入れてゾンビ共を葬ってゆく。
死体を殺すというのもおかしな話だが、動いているのだから動けなくするまでだ。
鉈で頭をかち割り、素早く引き抜いては階下へと蹴り落とす。
どのくらい捌いただろうか。六十、いや七十?
どのくらい時間が経っただろうか。十分、いや十五分?
やがて俺は倒した数や時間の感覚さえも分からなくなってきた。
生まれてからずっとこうして過ごしてきたような気さえしてくる。
前世で一体どんな業を背負ったら、こんな狂気的とも言える作業を延々と続ける羽目になるのか。いいかげん頭がおかしくなりそうだ。
そして皮肉なことに、ここで脳裏に浮かんだのは今までほとんど存在を顧みることのなかった家族の姿だった。
家族は……家族はみんな無事に生きているのだろうか。
振り返ってみると、俺の親に対する態度はわれながら酷いものだった。
ゾンビのことで思い詰めていたとはいえ、ただわが子を心配する両親を一方的に拒絶していたわけだ。
思えば家を新築した時も俺の無茶な要望を聞いてくれるなど、常に歩み寄る姿勢は見せてくれていたというのに。
百瀬先生やクラスメイトと関わったことで遅ればせながら社会性でも芽生えたのか、もっと家族とよく対話をするべきだったという後悔の念に駆られた。
今の俺を見たら家族はどう思うだろうか。
あの頑なに外に出たがらなかった筋金入りのひきこもりが外に出ているのだ。
あの利己的でどうしようもなかったひきこもりが、クラスメイトを守るために身体を張っているのだ。少しは誇りに思ってもらえるだろうか。
父さん……。
母さん……。
姉ちゃん……。
「おい誠也、しっかりしろ」
「ッ……ああ!」
サキの声で意識が朦朧としていた俺は我に返った。
階下に転がった死体の山で動きが多少鈍ったとはいえ、ゾンビ共は依然として押し寄せてきている。まだまだ油断できない状況だ。
こいつがいてくれて本当に良かった。
一人で戦っていたら持たなかったかもしれない。
「まだやれるか?」
心配そうにサキが尋ねてきた。
「まだまだ余裕だ」
実を言うと、もうとっくに息が上がっている。
精一杯の強がりだった。
そしてここにきてコウキとの戦いのダメージが着実に効いてきている。
あれから動きっぱなしなので限界が近かった。このまま倒れてしまいたい気分だ。
「そうか。アタシはそろそろ……悪い」
サキの方も時間切れらしい。
考えてみればビルに突入する段階からサキの人格になっていたのだ。これまでの活動時間を考えれば寧ろよく持ってくれた方だと言える。
「いや充分助かった。屋上まで戻れるか?」
サキがこの場で意識を失えば、ここを放棄して担ぎ上げながら屋上まで運ぶ必要があるだろう。
素早く戻れば四階へと続く階段まではどうにか死守できるはずだ。
さっそく次の波を片付けたら実行に移すとしようか。
「大丈夫だ。何とか……」
だが、サキは健気にも自力で戻ろうとした。
その時……
「よく頑張ったな。後は任せておけ」
百瀬先生が四階から降りてきた。
「先生! まだ逃げてなかったんですか!?」
何のために俺がここでゾンビ共を足止めしてると思っているんだ。
すると先生は静かだが、力の込もった口調でこう言った。
「すまない。しばらく手は尽くしたが、川中の意識がまだ戻らなくてな。さすがの私も人を抱えながらロープで下まで降りられるほど器用ではない。それに……」
力強い口調で百瀬先生が続けた。
「これ以上私の目の前で生徒を死なせるつもりはない」
決意に満ちた目だった。
これはぶん殴っても揺らがない頑固者の目だ。
「……チッ、年増が張り切りやがって。百瀬、後は頼んだぞ」
そう呟くなり、サキは意識を失った。
「こいつには後で口の利き方を教えてやる必要があるな」
苦笑した百瀬先生がサキを担いで屋上に運び、またすぐに戻ってきた。
後でというからには生き延びる自信があるらしい。頼もしい限りだ。
「……まったく、先生はどうしようもない分からず屋ですね」
その間、引き続きゾンビを処理していた俺が呆れたように言った。
「それはお互い様だ。教師の言うことは素直に聞くものだぞ」
「出来の悪い生徒でスミマセンね」
「ふふっ。出来の悪い生徒ほど可愛いものだ」
「えっ……」
先生に可愛いと言われて俺は不覚にもドキリとしてしまった。
社交辞令だと分かっていても動揺する。
「お前も三崎も川中も浜崎も、みんな可愛い私の生徒だよ」
あ、そうですよね。
みんなっスよね。
「今更ですけど、先生には感謝してますよ。ひきこもってた俺を週一で訪ねてきてくれて、最初は何だこの教師うぜぇな消えねぇかなって思ってたんですけど、ここまで親身になってくれた教師は初めてといいますか、俺、小中の担任には完全に見放されてましたからね。うぜぇけど新鮮な感覚でした」
「お前は本当にはっきりと物を言う。ある意味私以上だ」
百瀬先生が感心したように言った。
この人のツボは未だによく分からない。
「さぁ来ますよ! こうなったらとことん付き合ってもらいますからね!」
「望むところだ」
この人の前でみっともない姿を見せるわけにはいかない。
そう思うとまた身体に力が入った。
もうほとんど意地だけで動いてるようなものだが。
「いらっしゃいませぇぇええぇぇぇええええええええええええええええ!」
俺は再び気合を入れてゾンビを切り刻んでいった。
もうここまできたら体力よりも精神力が物を言う。
死力を尽くしてゾンビ共を解体してやろうではないか。
「前から思っていたが、その掛け声は何なんだ?」
百瀬先生が手を動かしつつ冷静に指摘してきた。
喋りながらでも刀で正確にゾンビの首を飛ばしているから凄い。
「いや、何なんだと言われましてもね……商売繁盛といいますか、ようこそお越しくださいましたといいますか、どこかでゾンビの出現を待ち望んでいた自分の魂の咆哮といいますか……まぁ別にいいじゃないですか」
改めて指摘されると妙に気恥ずかしい。
何でそう言ってるのかなんて考えたこともなかった。
「そうか。私も真似してみようかな」
「それはやめてください!」
絵面を想像したら急激に恥ずかしくなってきた。
今後言えなくなったらどうしよう。
「黒沢。気づいているか? 徐々に感染者の数が少なくなってきている」
しばらく作業を続けていると、異変に気づいた百瀬先生が言った。
「ええ。全部始末したってわけじゃないんでしょうけど、下で転がってる死体の山をいよいよ乗り越えられなくなってきたか、時間経過で外に散っていったか、そんなところですかね」
「何にせよ希望が見えてきたな」
「ですね!」
ここのところ絶望しか見えていなかった俺には明るい兆しだ。
そして更に作業を続けること数分。
ゾンビの行進が完全に止まった。
「黒沢。仕上げといこうか」
「はい!」
俺たちは念には念を入れて、再びテナントからかき集めてきた重量物を大量に設置し、階段を完全に封鎖した。これで当面は凌げるはずだ。
「ふう。何とかなったな」
さすがの百瀬先生も額に汗を浮かべていた。
「何とかなるものですねえ……」
俺はもう汗やら返り血やら自分の鼻血やらで酷い有様だった。
正直、今でも生きた心地がしない。
「ほら、せめて顔ぐらい拭け」
そう言うなり、百瀬先生がハンカチを手渡してきた。
「いや、受け取れないですよ。汚れて台無しになりますって」
見れば清潔で質の良さそうなハンカチだった。
今の小汚い俺がおいそれと使えるような代物ではない。
「ハンカチはそのためにあるものだ」
しかし百瀬先生は譲らなかった。
言うことがいちいち格好いい。
この人が男だったらさぞかしモテていたことだろう。
「じゃ遠慮なく」
俺はハンカチを受け取って顔を拭き、ついでにびぃぃいいん、と思いっきり鼻をかんだ。
先程コウキくんに殴られてからずっと鼻がムズムズしていたのだ。
すると黄褐色のネトネトとした血なのか鼻垢なのか分からない謎の液体が大量に飛び出てハンカチが駄目になった。
「本当に遠慮がないな、お前は」
その後、苦笑する百瀬先生と共に俺は屋上へと戻った。
十月二十八日午前六時五十分。
屋上で時間を確認して驚いた。
俺には永遠のようにも思えたが、ここに来てからまだ一時間も経っていなかったのだ。
柵から下を覗き込んでみると、あれだけいたゾンビ共の数は目論見通りまばらになっていた。獲物を見失ったことで、それぞれの場所に散っていったのかもしれない。
「あ、先生! ……黒沢くん」
俺たちの姿に気づいた三崎が出迎えてくれた。
俺の名前を言う時だけ感情が込もっていなかった気がする。
「様子はどうだ?」
「それが……葉月ちゃんはまだ眠ったままです」
三崎の視線の先を見ると、拘束を解かれた川中が横たわっていた。
「葉月! 起きてくれ葉月!」
浜崎が必死に呼びかけている。
まさか未だに目覚めないとは……。
死んでるんじゃないだろうか。
いや、呼吸はしている。
じゃあ何だ。コウキのパンチを頭に食らって植物状態にでも陥ったのか?
何せヘビー級のパンチだ。可能性は充分に考えられる。
「浜崎。眠り姫は王子様の口づけで目を覚ますんだぞ」
その時、百瀬先生がとんでもないことを言い出した。
「先生……慣れない冗談は言うものじゃないって仰ってませんでした?」
「これは冗談ではない」
真顔だった。
乙女趣味でもなければ先程の死闘で頭がイカれたといったところか。
だが、真に受けた浜崎がやりやがった。
「……陽くん?」
そしてさらに信じ難いことに、それで川中は目を覚ましたのだった。
「葉月! オレだ。わかるか?」
「うん……助けに……きてくれたんだね……」
「ああ! 当たり前だろ!」
浜崎が力強く宣言した。
お前はピーピー泣いてただけじゃねえか。
「嬉しい!」
目に涙を浮かべた川中が浜崎に抱きついた。
実に感動的な光景なのだろうが、俺はこいつらをまとめて屋上から投げ落としたい気分だった。
ゾンビ共も食事がコウキくんだけでは物足りなかっただろうから、追加でこのバカップルを提供するというのはどうだ。
「黒沢。お前はよくやった」
そんな怒りに震える俺の姿を察したのか、百瀬先生が肩に手を置いてきた。
「誠也。まぁ……よくやったよ」
再びサキになった三崎が同じくもう片方の肩に手を置いた。復活早いな、おい。
「ドウモアリガトウゴザイマス」
俺は気のない返事をした。
決死の戦いの労いが言葉ひとつでは報われないというものだ。
「どうした誠也。不服そうだな?」
「まぁ、面白くはないな……」
俺は抱き合っているバカップル共を眺めながら悪態をついた。
まったくもって面白くない。
「そうか。じゃあさっき浜崎がやってたやつ、アタシもやってやろうか?」
サキが信じられない言葉を口にした。
「あぁ、はいはい。あのサキが俺にキスを……えっっっっっ!?」
嘘だろ、おい。
おかげで脳の処理が追いつかなかった。
「冗談だバカ」
思わず食い気味で振り返った俺を見てサキがクスクスと笑った。
だよな。一瞬でも何かを期待した自分をぶん殴りたい。
俺は気を取り直してこの先の脱出について考えた。
十月二十八日午前六時五十五分。
「さぁ、早くここを離れるぞ。一人ずつ順番にロープを降りるんだ」
バカップルが感動の余韻に浸っているところを悪いが、速やかに脱出したいところだ。
だが、ここで川中が意外な反応を示した。
「えっ、ここ避難ハシゴあるよ? ほら、あそこのハッチ」
「……は?」
川中が指差した方向に行くと、それは確かにあった。ハッチを開くなり、収納式のハシゴがスルスルと下まで降りていった。俺としたことがなぜ気づかなかったのだろうか。
状況が状況なだけに、周囲を冷静に観察している余裕がなかったのかもしれない。
「あたしを誘拐した人たちが話してたんだ。あれ、どうしたの黒沢くん? あたし何か余計なこと言った?」
「いや……」
さっきまでの戦いは何だったというのか。
一気に力が抜けた気分だった。
しかし、それでも気絶していた川中を抱えて下まで降りるのは難儀していただろう。そう考えると結果オーライ……なのか?
十月二十八日午前七時。
無事にアンビシャスの連中が残した黒のワゴンに乗り込んだ俺たちは、行く手を阻もうとする残ったゾンビ共を蹴散らしながら現場を後にした。
こうして全員無事に脱出できたのは奇跡みたいなものだ。
事ある毎に死亡フラグを立てていた浜崎は五回ぐらい死ぬと思っていた。
というか何でこいつはまだ生きているんだ?
「まさか生きて出られるとはなぁ……」
腹が立つことに浜崎も同感だったようだ。
呆けたように感想を漏らしていた。
「せいぜい俺に感謝しろよ」
皮肉たっぷりに俺が言った。
川中を奪還する過程で俺はヘビー級のコウキくんにボコボコにされたのだ。間違いなく鼻の骨は折れている。
そしてその後のゾンビ相手の重労働で身体は疲労困憊だ。
いくら自分の城を破壊された私怨を晴らすついでだったとはいえ、少しは感謝してもらっても罰はあたらないのではないだろうか。
「そうだな。ありがとよ、黒沢!」
「お、おう……」
だが、予想に反して浜崎が満面の笑みで素直に礼を言ってきたので、俺はすっかり気勢を削がれてしまった。
「あー! 黒沢くんが照れてる!」
珍しい物を見たと言わんばかりに川中がからかってきた。
三崎まで一緒になって笑ってやがる。
「照れてねえよ! それで百瀬先生、これからどこに向かいます?」
俺は必死に話題を逸らそうとした。
「そうだな。特に行き先は決めてないが、道はどこかに繋がっているんだ。なるようになるだろう」
何だそれは。
百瀬先生らしからぬ計画性のない発言に俺は笑いそうになった。まぁ、そういう考えは嫌いじゃないけどな。
早朝の爽やかな日差しは、俺たちの前途にエールを送っているようだった。




