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ゾンビvs.ひきこもり  作者: 春雨 蛙
第四章 脱ひきこもりの指南
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第二十五話 一騎打ち

「葉月ぃ!」


 浜崎の悲痛な声が響き渡った。


 しかし、川中は気を失っているのか反応がなかった。

 目からはさんざん泣き腫らした跡が見受けられる。


「悪趣味だな」


 俺は思った通りの感想を口にした。


 鎖に繋がれたゾンビと川中の距離は近いどころか目と鼻の先といっても過言ではなく、ほんの少しでも椅子を動かしたら引っ掻かれてしまう位置にあった。


「あー? 黒沢ってのはてめえか。声とクソ生意気そうなツラでわかった。悪趣味なのはてめえだろうが! 弟の死体をメチャメチャにしやがってコラァ!」


「いやそれほどでも……ありますかね」


 腐敗ハウスに幾重にも積み上げた死体ときたら絶妙なバランスと汁気も相まって、さながら前衛芸術の如き様相を呈していた。あれを芸術作品とまで思ってしまった俺は確かに悪趣味なのかもしれない。


「おれが人質取ってまでわざわざてめえを呼びつけた理由がわかるか?」


「いえ全然」


「弟が味わった屈辱を倍にして返してやるためだ! てめえを人質の見てる前でグッチャグチャにすり潰してやる!」


「その人質は気絶してますけどね。でも奇遇ですね。俺もあなたのことをバラバラに解体してやりたいと思ってたんですよ」


 俺が五年かけて築き上げた王国と城を破壊してくれた大罪は万死に値する。

 こいつを壊すためだけに気合を入れてここまで来たと言ってもいい。


「起きろコラァ!」


 俺の一言で激昂したコウキが川中の頭を殴った。

 しかし、川中は目を覚まさなかった。

 相変わらずぐったりしている。


 今の一撃で目覚めないとは、案外大物なのかもしれない。


「黒沢ァ! 頼むから挑発すんな!」


 泣きそうな顔で浜崎が懇願してきた。

 

「殺してやる……てめえだけは殺してやっからなぁ!」


 コウキの明確な殺意が伝わってくる。

 どうやら本気で俺を殺したいらしい。


「コウキさんでしたっけ? そんなに弟さんが大事なら何で三日も空けて襲撃してきたんですかね? すぐに来てくださったならミート地帯……じゃなかった、まだ庭にご遺体が残っていたので綺麗な姿で再会できたでしょうに」


 無論、残念ながら正式な再会はあの世でという形になるが、あの時点ですぐに襲撃してくれていたなら俺もまだ警戒態勢を取っていたので丁重にもてなすことができたし、城が崩壊レベルまでいくこともなかったはずだ。


「あー? 人間狩りと食料調達でアジトを空けてたんだよ。帰ってきてシンヤの応答がなくなったと思ったらこのザマだ。仲間もたくさん死んだ。全部てめえのせいだ!」


「自業自得じゃないですか。というか元はと言えば弟さんが襲撃してきたのが悪いんですよ。寧ろこっちが被害者です。人のせいにしないでください」


「うるせえ! てめえそれ以上調子に乗りやがったら人質を殺すぞ!? 少しでも椅子を前に動かせばこいつは喰われるんだからな!」


 怒り狂ったコウキが川中の椅子に手をかけた。


「黒沢ァ……」


 ついに浜崎が泣き出した。


「ああ分かった。悪かったよ。……で、一体俺にどうしてほしいんです?」


「武器を捨てておれと戦え」


 そう言ったコウキが上着を脱いでタンクトップ姿になった。

 盛り上がった二の腕からヘビのタトゥーがあらわになった。


「殴り合いですか。分かりやすくていいですね」


 俺は言われた通り鉈と背負っていたリュックサックを捨てると、コウキと対峙した。


「他の奴らも手ぇ出すんじゃねえぞ? 妙な動きをしやがったら仲間が人質を殺す!」


 コウキの後ろに控えていた二人の取り巻きが川中の傍についた。

 これでは百瀬先生やサキも迂闊に動くことはできない。


「黒沢。大丈夫なのか?」


 百瀬先生が心配そうに尋ねてきた。

 さすがに生徒の一人に命運を委ねるのは心許ないのかもしれない。


「お任せください」


 振り返った俺が鷹揚に頷いた。

 体格差は絶望的だったが、打つ手がないわけではない。まぁ何とかなるだろう。


「誠也。ヤバくなったら言え。アタシが代わりにアイツを殺してやる」


 サキが頼もしいことを言ってきた。

 包丁なしで倒せる自信があるのだろうか。


「サキ……。お前ほんとに優しくなったな」


「殺すぞ」


 前言撤回だ。

 だが、出会った頃よりは丸くなった気がする。なんて、それは俺も同じか。


「黒沢ァ……」


 浜崎は相変わらず泣きじゃくっている。


「何も言うな。正直お前には感謝してる。城が燃えた時に気合を入れてくれなかったら、俺は立ち直れなかったかもしれない。ありがとな。後は俺に任せとけ」


 さて、大見得を切ったからにはやるしかないな。


 俺は深呼吸すると、再びコウキと向かい合った。

 コウキは右足を前に構えたサウスポースタイルだった。


 この体格。そしてヘビのタトゥー。

 俺はここでようやく既視感の正体に気づいた。


「あの、もしかして『アウトソーダ』ヘビー級チャンピオンの蛇嶋へびしまコウキさんですか?」


「ほぅ、おれのことを知ってやがったか」


 アウトソーダは不良などが中心になって戦う格闘技大会のことだ。

 コウキはその大会でヘビー級のチャンピオンに君臨していた。

 百九十ニセンチの高身長に体重百十キロという堂々たる体躯。


 その暴力の化身は圧倒的なガタイに物を言わせて対戦相手を血祭りに上げていた。

 何度かネットの映像で見た覚えがある。


「参ったなこれは」


 相手は現役バリバリの格闘家ではないか。


「どうした。びびったか? サインならてめえの死体に書いてやるよ」


「それは楽しみですね。それじゃ、始めますか」


 まぁ、今更後には退けないだろう。

 俺は覚悟を決めることにした。


「死ねえ!」


 開始と同時に距離を詰めたコウキが殴りかかってきた。

 怒りとエネルギーが有り余っているらしい。


 何とか躱し、低空タックルを仕掛けて片足を浮かせたまでは良かったが、それ以上はビクともしなかった。まるで岩だ。


 片足だけでここまで残しやがるとは……。


 二十センチの身長差と二十五キロの体重差が露骨に出ている気がする。


「がはっ!」


 そのまま側頭部に肘打ちを食らい、俺はたまらず一旦距離を取った。

 早々に寝技に持ち込みたかったが、さすがに一筋縄ではいかないか。


 今度はこっちの番だ。


 俺は僅かに空いていたコウキの脇腹を目掛けて右の回し蹴りを繰り出した。サウスポースタイルの相手にはこの蹴りが案外入りやすい。

 そして体勢が崩れたところを後ろに回り込んで絞め落としてやる算段だ。


 だが、それを読んでいたのか、あるいは敢えてガードを空けて誘っていたのか、コウキは肘であっさりとブロックした。


 ブロックされた衝撃がビリビリと伝わってきて、攻撃した俺の方がダメージを負ってしまった。そしてその勢いを利用したコウキが俺の顔面に裏拳を見舞い、ぶしぃぃ、と鼻血が噴出した。


 手強い。

 体格差もさることながら場数が違う。


 お互い武器を持っての戦いなら善戦できたかもしれないが、徒手空拳では絶望的だ。


「どうしたクソガキ。それまでか?」


 俺の攻撃が止まると、コウキが煽ってきた。

 遊ばれているというか、事実その通りなのだが完全に大人と子供の戦いだった。


「格闘家がガキ相手によく粋がれますね」


「んだとコラァ!」


 激昂したコウキの強烈なパンチを顔面にもらい、鼻血の勢いが加速した。

 まるで噴水だ。鼻が折れたかもしれない。


 ぐぐぐ、と何とか倒れずに堪えたところを今度は蹴飛ばされた。


 何メートルふっ飛ばされただろうか。

 ついに倒れた俺を見下ろしながらコウキが悠然と歩を進めてくる。


 まずい。マウントポジションからボコられたら一巻の終わりだ。

 後はこいつの気が済むまでガタイの暴力を振るわれることになるだろう。

 その頃には俺はただの肉塊になっているはずだ。


「いいぞコウキくん! 殺せぇエエエ!」


「黒沢! 立て黒沢!」


「誠也! 負けるな!」


「黒沢ァ……頼む」


 コウキの取り巻き、そして俺の名を呼ぶ皆の声が飛び交っている。

 いや格闘技の試合じゃねえんだからよ……。


 ああ……これではまるで夢に見た通りの展開ではないか。


「見たところ鍛えちゃいるようだが、相手が悪すぎたな。てめえじゃおれには勝てねえ」


 勝ち誇ったようにコウキが言った。確かに相手が悪すぎた。

 このままいけば俺は夢の通り殴り殺されてしまうだろう。


 だがな……。 


「コウキさん……あなた何か勘違いしてませんかね? 俺はね、あなたと戦いに来たわけじゃないんですよ」


「あー? じゃあ何しに来たんだてめえは!?」


「あなたを壊しに来たんですよ」


 言葉通りだ。

 戦いの美学など知ったことではない。

 俺は城を破壊したこいつを手段を問わずに壊しに来たのだから。


「真島とオッサンからの手土産だ」


 銃声が三回鳴り響き、コウキの身体に風穴が空いた。

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