第二十一話 束の間の休息
十月二十七日午前八時。
「えっ、今日は全員休んでいいのか!?」
休養日だと告げるなり、浜崎は嬉しそうな顔をした。
「ああ……しっかり休め」
「本当に休んでいいのか!?」
「今までの分だ……じゃなくて、最近働き詰めだったからな。休息も大事だ」
俺がそう言うと、浜崎はガッツポーズした。そんなに喜ぶことなのだろうか。
まぁ確かに死体の処理はキツかったのかもしれない。
「よっしゃ。『ゾンビセブン』やろうぜ黒沢ァ! 明宏の弔い合戦だ」
ゾンビセブンはゾンビを題材にしたオープンワールドのアクションゲームだ。協力プレイも可能となっている。
以前、浜崎と真島の三人で遊ん……勉強したのもこのゲームだ。
「休みだと言っただろうが」
「休みだから遊ぶんだよ! さぁ早くおめぇの部屋に行くぞ!」
どうも活動的な人間のやることは理解できない。
休みというのは身体を休めるためにあるのではないのか。
「えー、いいなー。ねぇ黒沢くん、あたしも行っていいのかな?」
熱で寝込んでいて数日ぶりに姿を見せた川中が言った。
「もう身体の方はいいのか?」
「うん、おかげさまで絶好調!」
「ならいいぞ」
「やったー! ね、ほら和音も一緒に見に行こうよ!」
「う、うん……」
「そんなに大勢で集まったら部屋が手狭になるだろうが」
というわけで、わざわざゲーム機をリビングまで移動させて勉強会を始めることになった。まったく世話が焼ける。
十月二十七日午前九時。
「ぐあっ、ちくしょうやべえ!」
浜崎が情けない声を出している。
「おい、また囲まれたのか。真島を二度も死なせる気じゃないだろうな」
プレイヤーキャラクターに亡き真島明宏と同じ名前をつけた浜崎は、ゾンビの集団に取り囲まれていた。
俺は特に何も思いつかなかったので、自分が操作するキャラクターにシンヤ君という名前をつけている。半グレ集団『アンビシャス』との夢の共闘だ。
「るせーな。おめぇが上手すぎるだけなんだよ」
「ほんと黒沢くん上手だよね」
観戦していた川中が感嘆した。
「三十時間ぶっ続けでやったこともあるんだってよ。こいつ人間じゃねえよ」
浜崎が吐き捨てるように言った。
余計なことを言うな、余計なことを。
「ね、陽くん。あたしにもやらせてよ」
「んだよ葉月ぃ、しゃあねぇな」
やれやれといった様子で浜崎が川中にコントローラーを譲った。何が陽くんだ。張り倒して引きずり回すぞ。
「きゃー! むずかしー!」
川中が甘ったるい悲鳴を上げた。
浜崎ほどではないが、こいつも充分に下手な部類だ。
「一気に倒そうと無茶をするから囲まれるんだ。距離を取って一体ずつ確実に倒すんだよ」
「んー、むずかしいなー。和音、バトンタッチして!」
「えっ!?」
川中が困惑する三崎にコントローラーを手渡した。雑魚が雑魚を呼んでどうするんだ。この状況で交代させられても迷惑なだけだろう。だが、三崎は予想に反して上手かった。
あっという間にゾンビの群れを壊滅させてしまったのだ。
「おい、何でそんなに上手いんだ。経験者なのか?」
「ひぃ!? ごめ、ごめんなさい!」
俺が問いかけると、三崎はいつものように謝ってきた。
「いや怒ってない。なぜそんなに上手いのかと訊いている」
「み、みんなの動きを見てたら、どうすればいいのか大体分かったから……」
「……大したもんだ」
これは思いがけない才能だった。サキの能力が逆輸入されているのか、はたまた元々の素質があるからなのか。事務力といい、観察力といい、こいつは自分のことを過小評価しすぎているのではないだろうか。
「あ、ありがとう……」
三崎がおずおずと礼を言った。
「さ、百瀬先生もどうぞ。見てるだけじゃ退屈でしょう」
俺はさっきからソファに座ってずっと画面を見つめていた百瀬先生にコントローラーを手渡した。何となくだが、遊びたそうな顔をしているように見えたのだ。
「私はいい」
「遠慮なさらず、ほらどうぞ」
「ゲームはやったことがないんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「家で禁止されていてな。結局この歳になるまで触らず仕舞いだったよ」
この歳といっても俺たちと十も離れていないだろうに、どうやらなかなか厳しいご家庭だったらしい。
「なら良い機会なんでやってみましょうよ」
俺は半ば強引にコントローラーを押し付けた。
「そこまで言うなら……遊ばせてもらおうか」
戸惑った様子の百瀬先生がぎこちない手つきでゲームを開始した。
「ちょっ、先生! シンヤ君が壁にぶつかってます!」
先生の操作するシンヤ君は、いきなり壁に向かってタックルを繰り返した。
「くっ……難しいな」
器用な先生のことだから、すぐに操作方法を覚えて上手く立ち回るように思われたが、こちらも予想に反して信じられないほど下手くそだった。浜崎のレベルを軽く超えている。
「ほら、ゾンビの群れが来ましたよ!」
「ど、どうすればいいんだこれは……。こ、こうか?」
珍しくオロオロとした先生が信じられない行動に出た。
「ちょっ、先生! 自分の足元に手榴弾投げちゃダメですって! シンヤ君の足が吹き飛びましたよ!」
「もう駄目だ……。すまない、足を引っ張ってしまった。やはり私には難しかったようだ」
百瀬先生ががっくりと項垂れた。
「いや、ゲームなんでそんなこの世の終わりみたいに深刻に落ち込まなくても……」
どんな人間にも得手不得手があるということがよく分かった。
それにしても珍しい姿を見た気がする。
十月二十七日午後一時。
昼食を終えた俺たちは再びリビングに集合していた。
みんなで楽しめる娯楽ということで、映画を見ることになったのだ。
ちなみに昼食は秘蔵の缶詰を色々と振る舞ってやった。休養日くらいは贅沢してもいいだろう。
「ねぇ黒沢くん、これ面白そうだから見せてよ!」
川中が俺の部屋の棚から持ってきたDVDを手渡してきた。
「よりによって『ゾンビの盆踊り』か。よくこんな物を持ってきたな」
ゾンビ姿の役者たちが墓場で代わる代わる踊るだけの正真正銘のクソ映画だ。
好事家たちの間ではC級を通り越してZ級とまで呼ばれている。
「怖いの?」
「ある意味怖いな。後悔しても知らないぞ」
三十分後。クラスメイトは皆ぐったりとしていた。
「なぁ黒沢ァ、この映画どうなってんだ?」
退屈そうに浜崎が言った。セクシーな女優が出てきた時は鼻の下を伸ばした浜崎だったが、ひたすら踊るだけの内容を見せられるにつれて表情が曇っていった。
「どうもこうもずっとこんな感じだぞ」
「冗談だろ……。何がおもしれぇんだこれ?」
浜崎は絶望した様子だった。川中は目が死んでいて、三崎に至っては居眠りしている。
「時間は有限で価値あるものだということを教えてくれる映画だ。後は睡眠導入にも使えるな」
欠伸をしながら俺が答えた。
現に三崎には効果抜群だったらしい。
「ねぇ、もう見るのやめよっか……」
耐えかねた川中が言った。
「俺はやめてもいいぞ。じゃあ消すか」
だが、ここで意外な人物が俺を止めた。
「待て黒沢」
百瀬先生だった。
「続きが気になるだろう。最後まで見せてくれ」
「いや先生、続きも何もこの映画はほとんど最後までこの調子でして……」
「中途半端はよくない。最後まで見せてくれ」
「はい……」
その後の一時間は地獄だった。何せゾンビ姿の役者が踊るだけの光景を延々と見せられるのだ。お経でも聞いていた方がずっと有意義な時間だったかもしれない。
さすがに後悔しただろうと百瀬先生に感想を尋ねると、「面白かった」という答えが返ってきた。どういうセンスをしているんだ、この人は。




