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ゾンビvs.ひきこもり  作者: 春雨 蛙
第三章 ひきこもり王国の異変
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第十八話 修繕作業とそれぞれの思い

 十月二十四日午後七時。


「黒沢、少しいいか?」


 自室に戻って平常心を取り戻そうと努めていたところ、百瀬先生が訪ねて来た。


「えぇ、どうぞ」


 俺は迎え入れてソファに座るように促した。先生はシャワーを浴びて着替えたらしく、昨夜のTシャツ姿だ。石鹸の良い香りが漂ってきた。


「失礼する」


 きっと説教が待っているのだろうと思ったが、百瀬先生の口から出てきたのは意外な言葉だった。


「先程はすまなかったな。本来ならばあれは私の役目だった」


 俺の目を真っ直ぐ見据えながら先生が謝罪した。


「いえ、咄嗟のことだったから仕方ないですよ」


「それでも私がやるべきことだった。私は生徒に人を殺めさせてしまった」


 いや、ああなったらもう人間じゃないっスよと言いかけたが、ここで自説を展開したら大変なことになるだろう。俺は口が滑りそうになったところをどうにか耐えた。


「私は教師失格だ」


「またまた。あいつら引き連れて学校を脱出して、ここまで先導して来たんでしょ? 大したものじゃないですか」


「そんなことはない。実を言うとな、黒沢。これまでにも私が身を挺していれば救えた命はたくさんあった。それを私は……まだ死ぬわけにはいかないと、保身のために見捨ててしまった。私は最低の人間なんだよ」


「そんなの仕方ないですって。人間なんて結局わが身が可愛いようにできてんですから、仕方ない仕方ない」


 俺は自信を失くしたボクサーを励ますトレーナーか。

 百瀬先生がどういうつもりなのかは知らないが、こうして自分が悪人だと自覚しているだけまだマシというものだろう。

 たとえそれが自分を卑下することによって同情を誘ったり、誰かに自分の行いを肯定してもらいたいという思惑があったとしてもだ。


 世界がこんな風になる前もそうだが、自分は一切手を汚さず厄介事は他人に押し付ける癖に、いざ何か問題が起きれば取り澄ました顔で被害者意識を前面に押し出して自分の言動を正当化する者などいくらでもいる。浜崎の馬鹿もその類だ。

 そんな連中に比べれば、この百瀬先生は遥かに高潔であると俺には思えた。


「……フッ、まったく、生徒に慰められていては教師形なしだな。情けない話だ」


「気にしないでください。ところで先生、今夜は珍しくお喋りですね」


 普段は無口で無愛想な先生にしては饒舌な方だ。

 いつもこれぐらい喋ってくれたらもう少し親しみやすいのだが。


「あぁ、これのせいかな」


 百瀬先生が隠し持っていた酒瓶を取り出し、軽く左右に振った。それ、親父が大事にしてたブランデーなんですけど……。まぁ細かいことはいいか。

 きっとその持ち主が帰って来ることはもう二度とないのだから。


「さて、皆のところに行ってくるか。あいつらにも辛い思いをさせてしまった。謝らないと……」


 完全に千鳥足ではないか。


「どうぞどうぞ。ついでに浜崎の顔面に五発ぐらい入れてやってください」


 本音では酔っ払いが下手に慰めるよりは放っておいてやった方がいいだろうと思ったが、任せることにした。


 十月二十四日午後十時。


 ソファに座りながら、長い一日だったと俺は溜息を吐いた。


 朝っぱらからサキとかいう人格に豹変した三崎に殺されかけ、昼は半グレ集団やゾンビの大群と死闘を演じ、夕方に束の間のショッピングを楽しんだと思ったら、今度は感染したクラスメイトの始末だ。これまでの人生で一番疲れたかもしれない。


 あいつらはあの後、真島の亡骸を埋葬したらしい。

 三崎が震えながら律義に埋葬の許可を取りにきたのだ。

 勝手にしろと言うと、三崎はやはり震えながら礼を言い駆け出して行った。どれだけ怖がられてるんだ。まぁいい。明日であいつらともお別れだ。


 慌ただしい数日だったが、ようやく元の生活に戻れるだろう。


 しかし、そうはならなかった。

 川中が熱を出しやがったのだ。


 十月二十五日午前九時。


「というわけで、すまないが川中の体調が戻るまでは滞在させてほしい」


 百瀬先生が俺に頭を下げた。

 真島の死を目撃したショックか、これまでの疲労で免疫が低下したのか、川中は熱を出して寝込んでしまった。


 最初は感染も疑ったのだが、真島の例を見る限りそれならとっくにゾンビ化しているはずだから、本当にただの熱らしい。


「構いませんよ。ただし働いてもらいますからね」


 顔面の皮膚をピクピクと痙攣させながら俺が答えた。

 俺もそろそろストレスで寝込みたい気分だ。


「ごめんね、黒沢くん」


 申し訳なさそうに三崎が謝った。


「別にお前のせいじゃないだろ。それよりすぐに謝るのはやめろと言っただろうが」


「ひっ!? ごめ……」


 ……不味い。サキになられては困る。本当にいつ爆発するか分からない爆弾を相手にしているようなものだ。


 浜崎は口を利きたくないらしく、俺と顔を合わせても無言で睨んでくるだけだった。俺も負けじと白目を剥いて睨み返してやった。小学生のケンカか、これは。


「おい浜崎。俺を嫌うのは勝手だが、仕事はしっかりやれよ」


「……チッ。わかってんよ」


 こいつは本当に分かっているのだろうか。 

 というか先生が頭を下げてるんだからお前も頭を下げろコラ。

 誰の恋人のせいでこうなったと思ってやがるんだ。


「よし、仕事にかかるぞ」


 十月二十五日午前九時十分。


 俺たちはそれぞれの作業を開始した。


 浜崎は目障りな上に適当な仕事をされても困るので、ワゴン車に積んでいた物資の荷下ろしだけ手伝わせた後は川中の看病をしているように命じた。


 これで清々したと言いたいところだったが、外の死体の運搬に男手がいると後悔したのはしばらく経ってからだ。


 百瀬先生はホームセンターから仕入れてきた作業着姿で壁を直してくれている。この人は本当に何でもできるなと感心した。

 中途半端に崩れた箇所は整備し、コンクリートブロックを専用の接着剤を用いて均等に積み上げている。どこかの職人みたいだ。


 そして俺と三崎……いや、サキは外の死体処理に取り掛かっていた。


「外に出るなりご降臨かよ」


「うるせえデブ。口はいいから手を動かせ」


 外に転がっている死体を手押しの大型一輪車に乗せて、七軒隣にあるスピーカーババアの『腐敗ハウス』に捨てに行く算段だ。


「お前も少しは手伝えよ」


 死体を積み上げながら俺が文句を言った。元々は農作物や資材の運搬に使用されている物だ。一度に積めるのはせいぜい三体といったところだろうか。

 製造者もまさか死体の運搬に使われるだなんて夢にも思わなかっただろう。


「アタシは警備担当だ」


 サキがぶっきらぼうに言った。

 とはいえ、今のところゾンビは一匹も出てきていない。

 どうやらご近所の皆様はほとんどお亡くなりになったようだ。


「ああそうかよ。ほら着いたぞ」


 スピーカーババアの家に到着した俺たちは家の中の安全を確保した後、死体を担いで二階の寝室へと上がった。……担いでいるのは俺だけだが。


 いったい何往復すればいいのだろうか。浜崎の馬鹿を連れてくるべきだった。そうすれば半分の時間で済んだのだ。まだ庭の『ミート地帯』の清掃も控えてるのかと思うと気が滅入る。


「サキ。寝室のドア以外の隙間という隙間を養生テープで塞げ」


 ここを『腐敗ハウス』の宝物庫にしようではないか。


「命令すんな」


 悪態をつきながらもサキは手際よく作業を始めた。

 ホームセンターの時にも思ったが、意外とやることはやってくれる。


 しかし、ここでクローゼットの中からガタガタと音がしたかと思うと、一体のゾンビが飛び出してきた。そいつはスピーカーババアの旦那だった。


「くそっ、ジジイの存在を忘れてたか! おい警備担当、出番だぞ!」


「分かってるよ」


 サキが気怠そうに包丁を構えた。

 だが、ジジイが服から落とした物を見てサキは動きを止めてしまった。


「おい何してる!?」


 サキは無言だった。一体どうしたというのだ。

 何が起きたらあの殺戮サイコ女の動きを止められるんだ。


 あれは……写真?


 ゾンビ化したジジイはサキのすぐ近くまで迫っている。


「クソが!」


 俺は椅子を投げつけてジジイの注意をこちらに向けさせると、傍にあった電気スタンドを頭に叩きつけた。まだピクピクと痙攣していたので、いつかやったみたいに俺の全体重で頭を踏み潰してやった。これでひとまず脅威は去った。


「おい、どういうつもりだ!?」


 サキに詰め寄ったが、相変わらず無反応だった。サキが動きを止めた原因と思われる写真を拾ってみると、そこにはスピーカーババアの家族らしき人物たちが写っていた。

 どこにでもあるような普通の家族写真だ。それがどうしたというのだろうか。


「もう少しで死ぬとこだったんだぞ!」


 俺が語気を強めると、ようやくサキは反応を取り戻した。


「アタシが死にかけても助けないんじゃなかったのか?」


「やっと喋ったと思ったらそれか。身体が勝手に動いたんだよ。勘違いするな」


「何だそれ」


 サキはおかしそうに笑うと、ベッドに腰掛けて天井を見上げた。


「なぁデブ。アタシはどうして生まれたと思う?」


「あぁ? 知るわけないだろうが。まさか三崎が生まれた時からいたってわけじゃないんだろ。あいつは見るからに箱入り娘のお嬢様って感じだから途中で何かあったとかか?」


 あの大人しい女から何故こんな化け物が生まれたかなんて俺が知りたいぐらいだった。


「当たらずといえども遠からずだな。六十点だ。まず和音はお嬢様育ちじゃない。どちらかといえば貧困寄りだ」


「そうなのか?」


 それは意外だった。

 人を見かけで判断してはいけないということか。


「和音はな、父親に虐待されてたんだよ。家族の愛を求めているのに家族からは愛されずに虐げられる。毎日暴力を振るわれて身体は痣だらけだったよ」


 サキが淡々と語り始めた。


「アタシが生まれたのは和音が中学に上がった頃だ。最初は何もできずに虐待される和音を見ているだけだったが、強い願望というのは時に人間の理解や想像を超える。和音の無力感と強くなりたいという苛烈な想いはアタシを表に引っ張り出させるには充分だったよ。表に出てきたアタシは和音の父親を殺してやった。現場の状況と日常的に虐待されていたという周囲の証言から和音が罪に問われることはなかったがな。以降は施設育ちだ」


 なかなか暗い話だった。

 しかし、その話が本当ならこいつはまだ三歳児ぐらいだということか。そう思うと俺は笑いそうになった。


「三崎の思い描く理想像が誰よりも強かったから、お前は強いのか?」


「そういうことだ。もっとも、元の器が虚弱だから限度はあるんだけどな。そして和音の記憶はアタシにあるが、アタシの記憶は和音にはない」


 少しだけ寂しそうにサキが言った。


「そうか。それでホームセンターで俺に『さっき拗ねてた癖に』と言ったんだな。あの時はまだ三崎だったはずだからな」


「へえ。意外とよく観察してるじゃないか」


 サキが感心したように言った。


「意外とは余計だ」


 しかし、これで色々と納得できた。三崎が危機を感じた際にサキが出てくるのは、三崎のことをサキが常に見守っているからだ。


「和音が光ならアタシは影だ。あいつができない汚れ仕事をアタシはやる」


「ずっとそうしてきたのか? 誰からも顧みられず、三崎本人にも知られずに影の中を生きてきたのか?」


「そうだ。和音が死ねばアタシも死ぬからな。……何か文句あんのか?」


「いや」


 俺はサキの手をぎゅっと両手で握った。


「なっ!?」


 驚いたサキが手を振り払おうとしたが、俺は更に力強く握りしめた。


「俺も……俺もそうだった。ゾンビが来ると言っても誰からも理解されず、病気だの頭がおかしくなっただの馬鹿にされて、それでも腐らずに暗闇を這いずり回りながら五年もかけて準備してきたんだ。まさかこんな状況で同じ境遇のやつに出会えるとは……」


 泣きそうだ。油断すれば涙が零れ落ちそうだった。

 種類は違えどこいつの本質は俺と同じだ。

 仲間を見つけた気分だった。


「一緒にすんなクソデブが! ……まぁいい、デブ。名前は?」


 サキに名前を尋ねられた。

 今更すぎるしこいつも知ってるだろうとは思ったが、まだサキの前で正式に名乗ってはいなかったことを思い出した。


「黒沢誠也だ」


「誠也。一度しか言わないからよく聞け」


 そう言うと、サキは真っ直ぐに俺を見た。


「いきなり下の名前で呼び捨てかよ。俺も一度しか聞かないからしっかり言え」


 俺は軽口を叩いたが、サキは怒ることなく何かを言おうとしている。

 言い辛いことなのか微かに頬が紅潮していた。


「……人に助けてもらったのは初めてだ。さっきはありがとう」


 こちらも初めて見るサキの穏やかな笑顔だった。


「え……。今なんて?」


 一度しか聞かないなどと言っておきながら、あまりにも意外な言葉に俺はつい訊き返してしまった。


「二度は言わない。今のが最初で最後だ」


 ふい、と顔を逸らしたサキが言った。


「お前……ちゃんとお礼が言える娘だったんだな」


 いやはや驚いた。

 これは天変地異の前触れかもしれない。


「しっかり聞いてんじゃねえか」


 苦笑したサキが俺の腹に拳を入れた。


 こんなやり取りをしていたものだから、作業がほとんど捗らなかったのは言うまでもない。

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