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ゾンビvs.ひきこもり  作者: 春雨 蛙
第三章 ひきこもり王国の異変
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第十七話 最初の犠牲者

 十月二十四日午後四時五十分。


 時間通り帰還した俺たちは、再び車を壁の外側に停めてすぐ庭に入った。


「状況は?」


 険しい表情で俺が尋ねた。


「ごめん、やられちゃったよ」


 悲痛な面持ちで真島が答えた。

 見ると腕をタオルで押さえている。


「噛まれたのか?」


「いや、引っ掻かれたんだ」


「いつだ?」


「ほんの五分くらい前」


 話を要約するとこうだ。

 俺たちがホームセンターに向かった後で、三人はふらりと寄ってきた一匹のゾンビに応戦した。


 浜崎が突き刺したピッチフォークがなかなか抜けず、真島が助けようとしたところで身を乗り出してきたゾンビに腕を掴まれて引っ掻かれたらしい。

 こいつがそうか。そのゾンビはバイクの上に覆い被さるようにして絶命していた。


「くそが!」


 頭に血が上った俺が蹴ると、既に肉体の腐敗が進行していたのか首が分離してサッカーボールのように飛んでいった。こんな雑魚に遅れを取りやがって。


「お前ら三人もいて何てザマだ」


「しょ、しょうがねぇだろうが! オレたち普通の高校生だぜ」


 不貞腐れたように浜崎が言った。

 普通の高校生だろうが九十歳の年寄りだろうが生き残れるだけの力がなければ死ぬ。そういう世界になってしまったのだから何の言い訳にもならない。

 何がきっちり留守番しといてやるだ。半端な仕事をしやがって。


「まぁいい。傷口を見せてみろ」


「う、うん……」


 真島が遠慮がちに傷口を見せてきた。手首の付近に引っ掻かれた跡があり、周辺がどす黒く変色している。血液が全身を循環する時間は約一分。これはもうとっくに手遅れかもしれない。しかし、噛まれたのではなく引っ掻かれたのならばまだ一縷の望みは……。


「真島。腕一本犠牲にする覚悟はあるか?」


「え……?」


「切断する。間に合わないかもしれないが、このまま放置すれば確実にお前はあいつらの仲間入りだ」


 俺は無慈悲に宣告した。

 事実なのだから仕方がない。


「はぁ!? 腕を切るってマジで言ってんのかよ!?」


 浜崎が声を荒げた。


「本気だ」


「やめとけって! きっと他に助かる方法が……」


「他に方法なんてない。感染したやつがどうなるかお前も見てきたはずだろ」


「くっ……」


 浜崎が悔しそうに唇を噛み締めた。

 そもそもこいつが早急に対処していれば助かる可能性も大いに高まったのだ。少しは反省しろ。


「……分かった。黒沢君、お願いできるかな?」


 真島は腹を括ったらしい。


「ああ。三崎、急いで家の中からアルコールと救急セットを持ってきてくれ」


「う、うん!」


 備品の場所を把握している三崎が走って取りに行った。

 今は一分一秒でも時間が惜しい。


「明宏! おめぇマジでやる気か!?」


「他に選択肢はないからね」


 良い覚悟だ。

 浜崎よりもよほど肝が据わっている。


「じゃあ切るぞ」


 俺は三崎が戻ってくると、速やかに百瀬先生から借りた刀を構えた。

 一応気休め程度には消毒済みだ。できれば肩口から切り落としたかったが、失血死しかねないので肘から先を切断することにした。


「うん、お願い。やさしくしてね?」


 こんな時に冗談言ってる場合か。

 真島を三崎と百瀬先生に押さえてもらい、俺は刀を振り下ろした。


「ぎ……あぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁぁああッ!」


 すぐに耳をつんざくような悲鳴を上げた真島が痛みでのたうち回った。

 切断と同時におびただしい量の血が噴き出してきたのだ。


「押さえろ!」


 百瀬先生が血を浴びるのも厭わずに患部を圧迫して止血を試みている。


「力を抜け真島!」


 無理な話だとは思いながらも俺は真島に声をかけた。

 しかし、痛みとショックが強すぎたのか上手い具合に真島はそのまま気を失ってくれた。これならそのうち出血は止まるかもしれない。


「ま、真顔で明宏の腕をぶった斬りやがった……。こいつ完全に狂ってる」


 浜崎が人外の生物でも見るかのような目を俺に向けてきた。


「そんな言い方ってないよ! 黒沢君は真島君のために仕方なくやったのに……!」


 三崎が俺を庇った。


「いや、ゾンビになられたら面倒だから、そいつのためじゃなくて自分のためにやったんだ」


 俺が三崎のフォローを台無しにする形で本音を口にした。更に欲を言えば引っ掻かれた時点で始末したかったのだ。それを今後ゾンビ化するリスクを背負ってまで腕の切断で留めるなど、俺にしては譲歩した方だ。


「いいかげんにしろ! 気色悪いんだよ、この腐れゾンビマニアがぁ!」


 浜崎が怒鳴った。


「あ? ま、まぁ確かに俺ほどの専門家は……ハハッ」


「だから褒めてねぇんだよ!」


 そうだったのか。どうやら本気で怒っているらしい。前にも似たようなことがあった気がする。

 浜崎はさんざん俺を罵倒した後、真島の介抱をした。だが、既に遅かったようだ。


 十月二十四日午後五時半。


 真島は意識こそ取り戻したが容態は見る見る悪化している。今や呼吸をするのも辛そうで、喋るのもやっとという感じだった。引っ掻かれただけでここまで進行が早いとは……。世界中で感染が急速に拡大しただけのことはある。


「みんな、ごめん。やっぱりだめみたいだ……」


「明宏ォ!」


 半泣きになった浜崎が真島の身体を揺さぶっている。気持ちは分からないでもないが、不要な刺激を与えてどうするんだ。


「真島。人のままで死にたいなら自決しろ」


 俺は半グレ集団の一人が所持していた拳銃を真島に渡そうとした。

 苦しまずに死なせるにはこれしかない。


「ふふっ、だめだよ黒沢君。これは貴重品だ。いざという時に使わないともったいないよ。それに、銃声で奴らがまた集まって来るかもしれないでしょ?」


「そうか。そこまでの覚悟か」


 正直、死なせるには惜しい人材だった。こいつのクロスボウの腕は出色だったのだ。頭も回るので鍛えればこの世界で生きていくのに相応しい存在になっていただろうに。


「明宏! 大丈夫だ。必ず治るって!」


「相変わらずバカだね君は。治らないよ。自分の身体のことだから分かるんだ……」


「ううっ、くそ、オレのせいだ! オレが油断したばっかりに! すまねえ……ッ!」


「……気にしないでよ。僕が同じ状況でも君なら助けてくれてたでしょ?」


「ああ! モチロンだ!」


「それなら……その気持ちだけで僕は充分なんだ」


 真島は満足そうに微笑んだ。


「真島。悪いが手足を縛らせてもらうぞ」


 縄を持ってきた俺が空気を読まずに言った。

 感傷に浸るのは結構だが、そろそろ先のことも考えなければならない。


「おめぇは黙ってろ!」


 浜崎に一喝され、俺は捕縛するのを断念した。

 危険だが、最後くらいこいつらの好きにさせてやろう。


「ねぇ陽司……」


「な、なんだ明宏!?」


「ありが……とう」


 それが真島の最期だった。

 かくんと力なく項垂れた真島はそのまま動かなくなった。


「うっ……ううっ、明宏……」


 浜崎が泣きながら真島の亡骸を静かに横たえると、立ち上がってその場を離れた。さすがの馬鹿でもこの後どうなるかぐらいは理解しているらしい。ならばこれからやるべきことも分かるはずだ。


「楽にしてやれ」


 俺は庭に転がっていた半グレ集団の金属バットを拾い上げると、浜崎に手渡した。


「無理だ……オレには無理だ」


 浜崎は一応バットを受け取りはしたが、首を振って拒んだ。

 完全に戦意を喪失している様子だった。


「ぁぁぁ……」


 程なくして、かつて真島だったソレが再び動き始めた。

 死んでからゾンビ化するまで時間にして二十秒ぐらいだろうか。

 ソレは立ち上がると、虚ろな目をしながら浜崎の方に向かって歩き始めた。


「分かってるな、浜崎。アレはもう真島じゃない」


「無理だよぉ! あいつは明宏だ。明宏なんだ!」


 そんなわけないだろうが。ゾンビになった時点でもう人間ではない。ただ血肉を求めて徘徊するだけの存在だ。


「黒沢。私がやる」


 刀を持って前に出ようとした百瀬先生を俺が止めた。

 憎まれるのは俺だけでいい。


「明宏! オレだ陽司だよ! やめてくれ明宏!」


 腰抜けが。俺は浜崎からバットを奪い、かつて真島だったソレの顔面にフルスイングした。衝撃で倒れたところを迅速に頭めがけて何度も叩きつける。


 なんだか餅つきでもしているような気分だ。頭が割れて血が飛び散り、脳の組織が流れ出てきた。そしてしばらく小刻みに痙攣していたソレはやがて動かなくなった。


「うわぁぁぁあああぁぁぁ明宏ォォォォオオオオオ!」


「明宏くん! そんな、ウソでしょ。……明宏くん!」


 浜崎と川中は、真島の亡骸に縋り付いて泣き喚いた。

 血や飛び出した脳漿で衣服が汚れるのも顧みない様子だった。


 三崎は目に涙を浮かべており、百瀬先生は無言で立ち尽くしていた。そして浜崎はひとしきり泣いた後、ゆっくりと立ち上がって俺を睨んだ。その目は敵意に満ちていた。


「何も……何もここまでする必要なかったじゃねぇか!」


「なら無抵抗で喰われていればよかったのか? お前がやらないから俺がやったんだよ」


「こんなことして、何とも思わなかったってのか!?」


「何とも思わなかったわけではないが、やるべきことをしただけだ」


「このくそ野郎がぁぁぁあぁあああああああああ!」


 激昂した浜崎が突進してきたので、反射的にカウンターの蹴りを入れた。

 われながら完璧なタイミングで鳩尾にキマってしまい、浜崎が嘔吐しながら蹲った。こいつは一日に何回吐いたら気が済むのだろうか。


「汚れ仕事を他人に任せて非難だけは一人前だな。親友だったんなら自分で片をつけろ!」


 思わず怒鳴りつけてしまったが、浜崎は俺の言葉など耳に入ってないようで、うわ言のように「明宏……明宏……」と繰り返している。


「一生そうしてろ」


 俺は吐き捨ててその場を後にした。


 背後から浜崎と川中の泣き声がいつまでも耳に纏わりついてきて嫌な気分だった。

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― 新着の感想 ―
ランキングから見つけて読ませていただきました。サクサク読んでしまうほど面白いです! こういうのが好きなんだ……。ありがとうございます……。 真島さん、めちゃくちゃ肝座ってたしこういうキャラ好きだったん…
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