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ゾンビvs.ひきこもり  作者: 春雨 蛙
第三章 ひきこもり王国の異変
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第十五話 お片付けの時間

 十月二十四日午後三時十五分。


 敷地内に帰還した俺を囲うようにして皆が集まった。


「全員生きてるか?」


「何とかな……」


 俺の問いかけに浜崎が力なく答えた。

 浜崎は芝刈り機を使用したせいで全身返り血まみれだ。


「気持ち良さそうだな」


「どこがだよ! 一生恨んでやるからな!」


 怒る浜崎を無視した俺が続けた。


「ひとまず今日のうちに庭の死体だけでも何とかしておきたい。一箇所に集めるから皆協力してくれ」


 今現在、この庭には人間の死体が六つ。そして家の周辺には少なく見積もっても七十体以上のゾンビの死体が転がっている。はっきり言って異常な数だ。


 壁を崩され、辺り一面は死体の山。その代償に得た物がバイク六台に日本刀、そして残弾数が三発の拳銃一丁では割に合わなさすぎる。


「集めて埋めるの?」


 川中が素っ頓狂なことを言い出した。


「そんなわけないだろ。明日にでも捨てに行く」


 今が真夏の炎天下ではなく本当に良かった。これが真夏だったら急速に腐敗してゆく死体の異臭に辟易していたに違いない。そのうち蛆が沸いてハエもたかるだろう。


 そしてまだ動物相手の感染は確認されていないが、外のゾンビの死肉を漁ったカラスやネズミなどが感染して新たな疫病を運んで来ないとも限らないのだ。仮に全く問題がなかったとしても、この先死体に囲まれて暮らしていくのは御免被りたい。というわけで早急に何とかしたかった。


「悪いことした人たちだけど、人間なんだよ? 埋めてあげないとかわいそうだよ」


 慈悲深い川中が庭の死体を埋めろと主張した。


「道徳の授業で寝てなかったのか。あのな川中、お前は死体の栄養を吸って育った野菜を食いたいのか? いや待てよ、明日避難所に行くんだったな。ミンチに刻んで撒けば良い有機肥料になりそうだし、確かに俺一人で食う分には何も問題は……」


「なんでそんな考え方しかできないの!?」


 川中が声を張り上げた。どうやらますます不信感を抱かせてしまったようだ。

 川中もそろそろ俺の残忍性に気づき始めたのだろう。さっき殺しを咎められた一件もそうだが、度々俺に意見するようになってきている。


「川中」


 百瀬先生が静かに言った。


「お前の気持ちは立派だが、状況が状況だ。人道的な弔いは期待するな」


「先生……」


「しかし、その優しい気持ちは本当に立派だぞ。今後も大事にすると良い」


「……わかりました」


 教職に就いているだけのことはある。川中の思いを尊重しつつも折り合いをつけさせたのだ。俺も少しは見習って言い方というものを考えるべきなのかもしれない。


「さぁ、さっさとブツの掃除を始めるぞ。動いた動いた!」


 一瞬で自省の心を忘れた俺が手を叩いて号令をかけた。


 十月二十四日午後三時三十分。


 死体の片付けは予想以上に難航した。

 一般的な高校生たちに死体を運ぶのは刺激が強すぎたらしい。

 ブツを運搬して吐かなかったのは俺と百瀬先生だけだ。


 真島は三回嘔吐し、浜崎に至っては運ぶ度にゲロを撒き散らす全自動吐瀉物製造機と化していた。これじゃ掃除する意味がないだろうが。


 ひとまず俺は死体を集めた庭の一角を『ミート地帯』と名付けることにした。

 川中には三崎の介抱を任せている。短時間で二度もサキになった影響なのか、三崎はまだ起きて来なかった。俺としてはそのまま永遠に目覚めてくれなくても一向に構わない。


「うぷっ、うげえぇぇ……」


 浜崎がまた吐いた。勘弁してくれ。しかし、その原因は少なからず俺にあるので責められない。殺し方が汚すぎたのだ。いや、殺しに汚いも綺麗もないとは思うのだが、少なくとも清掃の観点で言えば俺の殺し方は絶望的に汚かった。


 百瀬先生が絞殺と急所への刺突で相手の出血を最小限に抑えたのに対して、俺ときたら鉈で首を裂くわ腹を掻っ捌いて臓物をぶちまけさせるわで後先考えずに滅茶苦茶やったのだ。


「うわっ!」


 ぶりゅん、と垂れ下がった腸に閉口しながら俺が運搬を続けていると、真島が驚いたような声を上げた。


「どうした。寄生虫でもいたのか?」


「だったらまだ良かったんだけどね……。ほら、この手の甲に描かれてるタトゥーを見てよ」


 真島に促されて見てみると、手の甲にヘビのタトゥーが入っていた。


「それがどうかしたのか?」


「これ『アンビシャス』のタトゥーだ」


 難しい顔をした真島が呟いた。


「アンビシャスって何だ?」


「都内を拠点に暗躍してる有名な半グレ集団だよ。強盗、恐喝、暴行、殺人。何でもやる恐ろしい奴らなんだ」


「おめぇ、日本に住んでてアンビシャス知らないってマジかよ?」


 浜崎が呆れたように言った。


「生憎、世俗の情勢には疎くてな」


 俺はゾンビ以外の情報は全くと言っていいほど集めてこなかった。

 世界が平和だった頃にお茶の間を騒がせていたニュースなど知らないし、世間の流行や芸能人などもほとんど分からない。


「まさかこいつらがアンビシャスのメンバーだったなんて……」


 沈んだ面持ちで真島が言った。まぁ、殺ってしまったものは仕方ないだろう。第一、先に仕掛けてきたのは向こうだ。俺は何も悪くない。


 十月二十四日午後三時五十分。


 死体を『ミート地帯』に運んでブルーシートで覆い、庭に付着した血をホースで洗い流してようやく作業は一段落した。ミート地帯も死体の腐敗が始まる前に何とかしなければならない。早くゴミ出しに行きたいところだ。


 いつの間にか三崎も目を覚ましていた。ずっと寝ていればいいものを。

 さて、次は壁の修繕だ。


 今のところ内側からバイク、外側からは百瀬先生が乗ってきたワゴン車で穴を塞いであるが、これだけでは心許ない。先生たちは明日には出て行くのだ。本格的な修繕は無理でも、応急処置ぐらいはしておきたかった。


 どうする。一応倉庫には石膏が何袋か置いてあるから、バイクを土台にして壁に埋める形で塗り込むか? いや、さすがに歪すぎる。ちゃんとしたコンクリートブロックが欲しいところだ。だが、さすがにそこまでの用意は俺もしていなかった。一体誰がたった数日で壁を吹き飛ばされるなんて予測できるだろうか。


「黒沢。ホームセンターに行かないか?」


 俺が思い悩んでいると、百瀬先生が提案してきた。


「ホームセンターですか……」


「壁を塞ぐのに材料が必要だろう」


 ここから車で十分の距離に『欲張りワンワン』という名前のホームセンターがある。品のない顔で骨付き肉をしゃぶった馬鹿犬がマスコットキャラクターだ。確かにあそこならば色々揃うだろう。しかし……。


「材料は欲しいですが、危険ですね。きっとゾンビがウヨウヨしてますよ」


 ホームセンターに行くなどリスクが高すぎる。パンデミックの発生から今日で四日。おそらく物資を求めた人間が殺到して阿鼻叫喚の地獄と化したはずだ。そんな惨劇の起こった場所に行きたいとは思わなかった。


「感染者がいない可能性もある。そして材料はいずれにしろ必要だ。違うか?」


「そりゃそうですけど……」


「黒沢ァ。おめぇビビッてんのか?」


 浜崎に煽られた。

 今一度新鮮な臓器を突き付けて吐かせてやろうか。


「ビビッてはいない。けどな……」


「けど何だ?」


「ひきこもりが外出したらひきこもりじゃなくなるだろ」


「はぁ!? おめぇさっき壁の外に出てただろうが!」


 まさか浜崎に突っ込まれる日が来るとは思わなかった。この世の終わりだ。


「クッ、行ったとして留守はどうするんです? さっきのアンバランスでしたっけ。生き残りがあいつらだけとは限りませんし、報復に来るかもしれませんよ」


「黒沢君。アンビシャスだよ」


 真島に指摘された。


「何だっていい。有名な半グレ集団だというなら尚のこと残党はいそうなものだ。そいつらがお礼参りに来たらどうするんだ?」


 黒沢君の家に遊びに行ってきます、夕方には帰りますと仲間に伝えていて、帰って来ないとなれば大問題だ。少なくとも俺が奴らの仲間だったら様子を見に行くだろう。

 こういうことも起こり得るから俺は最後の生き残りを尋問したかったのだ。どこかのイカれたサイコ女が殺しさえしなければ聞き出せたのかもしれないと思うと本当に悔やまれる。


「ここから車で往復二十分。物資の選定から搬入に三十分と仮定しても一時間以内には戻って来られる。他に仲間がいるとしても、その間に来る可能性は低いだろう。そしてその後は日没だ。夜間に渡る迂闊な行動は奴らも避けるのではないか?」


「しかし留守が……」


 この期に及んで俺は気乗りしなかった。

 われながら消極的だが、王国の城を空けるなど不安でたまらなかったのだ。


「へへっ、黒沢ァ。俺らがきっちり留守番しといてやるよ。どうせゲロ吐きまくったせいでしばらく動けねえしな」


「得意気に言うことかよ。まぁ、そういうことなら……」


 俺は渋々ながら承諾した。

 今でも思う。この時に無理やりにでも反対すれば運命はまた変わっていたのだろうかと。


 十月二十四日午後四時。


 十分の小休止を終えた俺たちは出発することになった。

 ホームセンターに向かうメンバーは俺、百瀬先生、三崎の三人だ。そして城に残るメンバーは浜崎、真島、川中となっている。

 三崎はいらないだろうと思ったが、物資の目利きと搬入の人出が少しでも必要ということで同行させることになった。


 コンクリートブロック、追加のブルーシート、養生テープ、ヘッドライト、その他諸々。

 三崎はこの短時間で必要な備品リストを纏め上げていたのだ。


 リストだけ渡してくれれば後はこっちでやれるのだが、本人が妙に張り切っていたので俺は口出しできなかった。普段が情けない分、少しでも役に立ちたいということなのだろうか。


 三崎は今、リビングのソファに座って包丁を眺めている。


「おい、あの刀はどうした。包丁一本で大丈夫なのか?」


 不安になって尋ねた俺に、三崎が気怠そうな表情を浮かべて毒づいた。


「大丈夫だよ殺すぞ」


「何でだよ!?」


 いつの間にかサキの人格になっていたらしい。


「俺は扱いの難しい包丁だから大丈夫なのかと訊いただけだぞ!」


「誰に言ってんだ。自分の心配だけしてろデブ」


「デ……」


 俺は二の句が継げなかった。

 いくら何でも口が悪すぎやしないか


「アタシは包丁の方が慣れてんだよ。これは年増が使え」


 サキはぶっきらぼうに言うと、刀を百瀬先生に押し付けた。

 何てことを……。神をも恐れぬ発言だ。


「……」


「痛い! やめろ離せ!」


 百瀬先生が無言でサキの頭を掴んでメキメキと力を込めた。まだ二十代半ば。表情こそ変わっていないが、乙女心とやらが傷ついたらしい。このメンバーで本当に大丈夫なのだろうか。程なくして、俺たちは百瀬先生のワゴン車に乗り込んだ。


「一時間以内には戻る。周辺のゾンビは片付けたとはいえ、来ないとも限らない。バリケードも手薄になるから常に監視はするんだぞ」


 俺は残る三人に向かって念押しした。


「わかってるって!」


 浜崎が威勢よく返事をした。

 こいつは本当に俺の城の留守を預かる重責を理解しているのだろうか。


「何かあれば携帯で連絡してくれ」


 百瀬先生が残るメンバーに呼びかけた。

 携帯、そういえばそんな便利な物があるんだったな。


「わかりました! そうだ、黒沢くんの番号も教えてよ」


 何も知らない川中が呑気に言った。


「ん? 俺は携帯なんて持ってないぞ」


「え……?」


「ひきこもりだし、友達もいないからな。持つ必要がなかったんだ」


「……ごめん」


「やめろ! 何で謝る!?」


 完全に可哀想な子を見る目だった。

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