それなら刻むしかないじゃない
「首なしの幽霊……」
「そう。知佐が見たんだって。他にも見た子が何人もいるらしいよ。芙美ちゃんは一週間休んでたから知らないだろうけど、学校中が大騒ぎだったんだから」
一週間ぶりに登校した私が、友人の冬香から挨拶より先に聞いたのは首なし幽霊の話だった。
「えー怖い」
私が感情のこもらない返事をしても冬香は全く気にならないのか、どんどん話を進めていく。
「自分の首を探してウロウロしてるみたい。それでね、捕まったら首を引きちぎられるから、もし捕まったらこれはあなたの首じゃありませんってハッキリ言えば助かるんだって」
「なにそれー」
♢
「なにそれ」
「だから、学校で噂されてた。もしかしなくてもお父さんかと思って」
母が心底いやそうな表情になり、「しぶといわね」と、部屋の隅に置かれている人ひとり入る大きさの収納ボックスに目をやる。
この中には文字通り人ひとり入っている。首のない父親の死体が。
「でも首を見つけたらどうなるんだろう。もしかしてここに戻ってくるのかな」
「だったら戻れなくするまでね」
♢
「首と脚のない、胴体と腕だけの幽霊が地面を這ってたって? それはないわ」
「なんの話?」
「あ、芙美ちゃんおはよー! なんか久しぶりじゃない? 今度は胃腸炎だっけ。ついてないねー。でも大丈夫なの? まだ顔色悪いけど」
首なし幽霊を見たという知佐が、私の姿を確認し嬉しそうな顔から心配そうな表情にかわった。私が「大丈夫。それより今の話って首なし幽霊の話? 脚もなくなっちゃったの?」と訊けば、知佐が眉間に皺を寄せた。
「違う。冬香が首なしを見た私と張り合ってるだけだよ」
「そんな嘘つかないから! それに脚だけ見た子もいるし。首なし幽霊がバラバラになって頭を探してるって誰かが言ってたよ?」
「はいはい」
♢
「やっぱりお父さんだよ」
「執念深いのは死んでも変わらないのね」
母がため息をつく。
そのとき玄関のドアが開く音と「ただいま」と声がした。山に首を埋めに行った兄が戻ってきたようだ。
「アレを捨てたあとカエデのお墓にも寄ったから遅くなった。あいつのカーナビの履歴から場所がわかったよ」
「良かった……やっとお参りできたのね。ありがとう、忠。何日も仕事休ませちゃってごめんね」
「有給がたまってたしそれはいいよ。それより二人ともひどい顔色だな。あれから全然休んでないんだろ。母さんもまだ怪我が治ってないんだから少し横になったら?」
「今は休んでいられないのよ。芙美、さっきの話なんだけど、残る手立ては一つしかないわ」
「なんの話?」
「忠も戻ってきて早々悪いけど手伝ってもらうわよ」
「お母さん、何をする気?」
「首を切っても足を切っても、戻ってこようとしているんでしょう? それなら刻むしかないじゃない」
母は困り顔で笑った。
10年間、父に虐げられていた母。
父といっても私たちにとっては継父。私の実父は不慮の事故で私が赤ん坊のときに亡くなった。母が再婚したのは私が5歳、兄が10歳のとき。継父は優しく面白い人で、私も兄もはじめは彼を慕っていた。それがかわったのは、継父と母との間に産まれた子が亡くなってから。
弟の名はカエデ。二歳という若さで亡くなった。
死因は病死。けれど継父は変化に気づかなかった母のせいだと責めたて、母はひたすら身を縮めて震えていた。言葉から肉体への暴力になり、もちろん私たちも母を庇ったけれど、庇えば庇うほど母への暴力が激しくなり、結局は私たちも継父に屈してしまった。
そして今。なぜ、こうなったのか。
それは継父の目が私に向いたから。全て終え、寝てしまった父の顔面を、私は金槌でめった打ちした。
収納ボックスはドライアイスや氷で敷き詰められているが、腐敗は進んでいる。隣近所が離れていても安心できない。腐敗臭が既に外に漏れ出していたら発覚するのも時間の問題だ。
――あんな奴のために犯罪者になりたくない。だからこのことは隠し通すことに決めた。だから死体を早く処分しなければならないことはわかっている。でも――
私が迷っている間にも、母はミキサーを棚から取り出し、包丁を研ぎ始めていた。兄もその他に使えそうな道具を用意している。その表情に一切の迷いは見えなかった。
――私のためだからお母さん達は止まらないんだ……でもやっぱりそんなことはさせられない!
「お母さん、お兄ちゃん、もういいよ。私、警察に行って全部話す」
その後、母も兄も自分が自首すると言い出し、最終的には明日三人で出頭し、ごまかさず正直に話そうと決めた。
朝、目覚めると継父の死体が消えていた。
母と兄が私が寝ている隙にどこかに隠したのかと思ったが、二人とも知らないと言う。玄関は施錠されていたし、外部から侵入した形跡もない。話し合いの末、出頭は延期した。
♢
数日経ち、私たちは日常生活に戻っていた。怖がっても仕方ないのでとりあえず学校へはちゃんと毎日通っている。
その日、登校すると知佐と冬香が同じクラスの男子生徒と談笑していた。
「さすがにそれはないわ。マジで」
「だよな。俺も笑ったわ」
「おはよう、どうしたの」
知佐と目があったので、会話に参加する。
「おはよー芙美ちゃん、首なし幽霊に子どもの頭がのっかってたって噂、聞いた?」
「えー、聞いてない。いつのまにかそんな話になってるの?」
「大人の身体だけど顔は2、3歳くらいなんだって。首なし幽霊が子どもを殺して自分の頭にしたんじゃないかって噂」
♢
「色々調べたけど、海の方に向かって歩いて行ったって話が多いな」
海はうちから逆方向だ。もちろん首を埋めた山からも。
「子どもの頭は、カエデかと思ったんだけど……もしかして私たちを助けてくれたのかな」
「でもお墓の場所すら知らなかった母親を助けようなんて思うかしら。きっと恨まれてるわ」
「知らなかったのはアイツが場所を教えなかったんだから仕方ないよ。知らなかったからってカエデのことを忘れたことなんてない。遠く離れていてもその思いは伝わっていたと信じようよ。恨まれてたらそのときは諦めよう。俺たちがカエデの父親を殺したのは事実なんだし」
そう言って兄は笑みを見せ、母も「そうね」と私と兄の手を握った。
私が継父を殺したのに、俺たちと言った兄。
ずっと私を守っていた母。
私は、これから何が起きても頑張れると思えた。
その日の夜、私たちは夢を見た。
成長したカエデが会いにきてくれた。
たくさん笑い合って、
嬉しくて楽しくて、幸せだった。
読んでいただきありがとうございました。
はじめ考えていた結末は、継父がミンチになり、カエデがそれを取り込み成長して会いに来るというものでした。でも想像したら少し気分が悪くなったのでやめました。




