もののけの3 そして再就職・・・??
「ひぃぃぃっー!!」
俺は目の前に広がっている信じられない光景にただただ動けずにいた。
異形のそれはじりじりと距離を詰めてくる。
このままではヤバい、本能的にそう感じ取った俺は這いつくばってでも逃げようと後ろへ下がった。
『かあんしぇー、さっきぬにーにーやいびーん?くぬとぅくるぅでぃ、なにしぇーが?
わーわーしーねーから、くーいーがやー』
何かを言っているが、何を言っているのか分からない。
「このままじゃ殺される・・!!」
俺はさらに後ろへ逃げる。
『あんしぇーいちかんどー、おちんでーから、くゎっちーもどってきー!!』
口を開けて何か叫んでいるようにも見えるが、何を言っているのか聞き取れない。
「なんで、なんでこんなことに…だ、誰か助け…」
逃げようとするが一気に距離を詰められ異形のそれに肩を掴まれる!!
「あああぁぁぁーーーーー!!」
そう叫んで最後の力を振り絞りその手を振り払ったと思った瞬間…
バシャーン!!
俺は勢い余ってダムに落ちてしまった!!
「もう…ダメだ……」
ダムに沈みながら俺はそのまま意識を失った...
・・・
・・・・
・・・・・
聞き覚えのあるメロディーが薄れゆく意識の中に流れてくる...
《トンボのめがねは 水いろめがね 青いおそらをとんだから とんだから…… 》
・・・ああ、子どものころよく歌ってたな。これが走馬灯か…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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『・・・さん』
『・・・うさん』
『た・い・・うさん』
『・・・太陽さん!』
「・・・・うはっ!?」
誰かに名前を呼ばれた気がして目を覚ますとそこは会社の医務室のような所だった。
「ここは…?」
あたりを見渡してみると心配そうに俺の顔を覗き込んでいる彼女がいた。
「ウワァァァーーーッ!・・・・あれ?普通だ・・・」
先程の記憶がよみがえり彼女を見て驚いたが、彼女は人間の姿をしている。
「あれ・・?さっきのは・・・夢でも見ていたのか・・・・」
俺がそうつぶやくと
「いいえ、違います。あれは現実です」
彼女は真剣な表情で答えた。
「えっ?じゃあ、あのウサギのような姿は…?」
「そうです。私は妖怪です。あなたが見たものは、私たちの本当の姿です」
「妖...怪…?」
「はい。あなたには特別な力があります。それを見抜いたからこそ、私はあなたをここに連れてきたんです」
「特別な力…?」
「そうです。あなたが見えるもの、それは私たち妖怪や妖精、そして霊の存在です。それは非常に稀な能力で、私たちの世界と人間の世界をつなぐ重要な役割を果たすことができるんです」
「でも、俺はただの普通の人間で…」
「いいえ、あなたは特別です。あなたのその力は私たち『妖精商会』にとって非常に重要なものなんです。私たちは、あなたの力を必要としています。どうか、私たちと一緒に働いてくれませんか?」
「働く…?どうして俺が…?」
「あなたが見たことのない色を見つけたからです。その色は、私たちの世界とあなたの世界を繋ぐ鍵です。あなたがその色を見つけたことで、私たちはあなたの存在に気づくことができたんです」
「でも、俺はただの普通の人間です。どうしてそんな特別な力が…?」
そう彼女に訊ねると、突然扉が開きスーツ姿の渋い男性が現れた。
「ここからは私が説明しよう」
「あ、川瀬さん!」
彼女はそう言って立ち上がり川瀬と呼ばれる男性に席を譲ろうとした。
「いや、このままで構わない」
川瀬はそう言うと穏やかな口調で話し始めた。
「面と向かって話すのは初めましてだね。私の名前は川瀬平蔵。本来の姿はコレだよ。」
川瀬がそう話すと人間の姿に河童のような姿が重なって見えた。だが、絵本や教科書で見掛けるようなクチバシのある河童ではなく、ふつうにイケメンで頭の上の皿さえもヘアアクセサリーに見えてしまうほどだ。
「さっき溺れかけた太陽さんを助けてくれたのは川瀬さんなんですよ」
サトリが優しい表情で話す。
「えっ?あ、ありがとうございます!!」
太陽が慌てた様子で川瀬に礼を伝えると、クールなイメージだった川瀬が突然照れたような様子で
「いやー、そんな大袈裟な。オイラは当然のことをしたまで、、、、、ん、ごほ、ごほん」
「さ、さぁ、本題に入ろうか」
『今一瞬めちゃくちゃキャラが変わらなかったか、、、、?』
心の中で疑問符を持ち困惑している太陽をよそに川瀬は何事もなかったかのように話を進める。
「それは、太陽君、君の過去に関係していてね...。君がが幼い頃から見てきた『この世の物ではないモノ』たちは、実は私たちの仲間なんだ。君のその能力は、彼らと私たちの世界を繋ぐためのものだったんだ。私たちはその力の事を『トンボのめがね』と呼んでいるがね」
「トンボのめがね・・・?」
呆気にとられている俺の様子を気にせず、彼は話を続ける。
「少し難し話になるが、まずはトンボについて説明しようか...」
「ヒトの視覚機能を支えているものに、オプシンと呼ばれる光受容タンパク質がある。 それは眼の網膜に存在する視細胞に高密度で存在し、眼の中で最初に光を受ける光センサーのような重要な役割を担っているんだ。それで光は眼の光受容細胞で電気信号に変換され、脳で情報が処理される。ここまではいいかい?」
「は、はぁ...(む、難しい・・・)」
混乱する俺を気にしないように話は続く。
「ヒトは青色光、緑色光、赤色光に対応したオプシン遺伝子を持つことで、三原色を基盤として多様な色を認識できる。つまり、今見えている景色は青・緑・赤を基準に見えているということなんだ。また、ヒトを含めた動物は基本的に3~5種類のオプシン遺伝子を持っているんだけど、トンボだけは違う。トンボは例外的に15~33種類という極めて多いオプシン遺伝子を持っていて、紫外線などのヒトの目には見えないものまで見えているんだ。それが一体どういうことかわかるかい?」
「うーん、トンボは人とは全く異なる景色が見えている。っていうことでしょうか?」
「そう、簡単に言うとそういうことだね。全く異なる景色が見えているとうところが重要なポイントなんだ。そこで『トンボのメガネ』の話に戻そうか。君の能力でもあるトンボのメガネは、実は2種類あるんだ。ひとつは赤色メガネと言われていてね。よく霊のようなものが視える人って聞いたことないかい?」
「ああ、確かに。テレビとかXtubeとかでよく見ます。それと、学校の同級生にも視える子がいた気がします」
「そう、それが赤色メガネの持主なんだ。しかし、赤色メガネはただ視えるというだけでこちらの世界に干渉することは出来ないんだ。でも、たまにこっちの世界に入りかけてすぐに元居た世界に戻るといったケースもあるけどね」
なるほど、たまに異世界のような所に迷い込んだ、みたいに言ってる人がいるけどそういうことなんだろうな...。自分の中でなんとなくつじつまが合ってきた気がする。
「それで、もう一つのメガネを水色メガネと呼んでいるんだ。水色メガネは『この世の物ではないモノ』の姿が視えるだけではなく、そのモノたちの住む世界、つまり我々の世界を直接目で捉えることが出来るうえに干渉することも可能にさせる力なんだ」
「・・・??、それはどういう仕組みなんですか?別世界にワープとかしているということなんですか?」
全く話についていけない俺は川瀬に訊ねた。
「ははは、違うよ。君たちの住む世界と我々が住む世界は実は同じところにあるんだ。まぁ、並行世界というやつだね。ただ水色メガネの持主以外は本来それを視ることが出来ないんだ。当然、視えていないから触れることも感じることも出来ない。あ、でも感じることは出来るかもしれないね。たまにゾクゾクって背筋に嫌なものを感じる時があるって聞かないかい?」
「あります。俺は何かしらの姿が視えているから常に嫌なものを感じてますけど、視えてない人は気分が悪くなってきた、とか、声が聞こえる、とか...」
「そうそう、それだ。この世のものではないモノがそばに居たり、それらが管理する建物なんかに行くとそういったことを間接的に感じるんだ。でも、会話したり、本来の姿を確認することは出来ないんだ。君がこの会社に来た時に見た景色は見事なまでに廃墟だっただろう?」
「はい、紛れもなく廃墟でした」
「でも今はどうだい?」
「立派な会社です」
「そうだろう、そういうことなんだよ。本来であれば君が横になっていたこのベッドにも、椅子にも、あの扉にも触れることは出来ないんだ。まず視えないからね。しかし君には『水色メガネ』の力がある。今まさにその力に目覚めたってところかな。だからこそ今こうしてここに居る」
「いきなりそう言われても一体何のために...それに、俺はこの力を使って何をすれば...?」
「それは...。佐鳥君、君から話してあげてもらってもいいかい?」
俺の不安な気持ちに気づいたのか、川瀬は彼女に向って呼びかけた。
「はい。ここからは私がお話します」
佐鳥が代わって話し始めた。
「まずは、私たちの世界についてもっと知ってもらう必要があります。そして、あなたの能力を使って、私たちの活動をサポートしてほしいのです」
「活動…?」
「はい。私たちは、人間の世界と私たち妖怪の世界のバランスを保つために活動しています。時には、人間の世界で起こる異常現象を解決することもあります。ですが、我々だけの力では人間の世界に干渉するには限界があるんです。だから太陽さんの能力は、その活動にとって非常に重要なんです」
「でも、俺にはそんな大きなことをする自信が…」
「大丈夫です。私たちがサポートします。まずは、私たちの世界を見て、感じてください。そして、あなた自身の力を信じてください。」
彼女の言葉に、少しずつ勇気が湧いてきた。俺は深呼吸をして、彼女の手を握り返した。
「わかりました。やってみます。」
「ありがとうございます、太陽さん。これから一緒に頑張りましょう。」
彼女の笑顔に励まされながら、俺は新たな一歩を踏み出す決意をした。未知の世界への冒険が、今始まろうとしていた。