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6 怪しい男


「まぁまぁ! 嬉しいこと。珍しくお花をくれたと思ったら、そういうことなのね?」

「落ち着いてください。どういう家なのか教えてほしいと申し上げただけではないですか」

「またまたそんなこと言って。フフッ実はね、出かけてばっかりだから怪しいと思ってたのよー」


 先代公爵夫人の年甲斐もないはしゃぎっぷりに、イーライは頭を抱えた。

 両腕でやっと抱えるくらいの花も、息子からの色めいた(?)相談から、母親の気を逸らすのは無理だったらしい。


「ふんふん、クリームブロンドの髪のご令嬢で、テムズ川にほど近い花だらけのお屋敷のファリス様ね。なるほど、なるほど」


 都合のいい耳を持った先代夫人には直ぐにわかったようだ。


「ご存知なのですか?」

「あらもちろんよ。花だらけといったら、リィシャー伯爵家でしょう。でもご令嬢はお会いしたことがないわねぇ」

「リィシャー……」


 イーライは以前王城ですれ違った男を思い出した。女王陛下の側近であるセシル卿の後ろを歩いていた、印象の薄い茶髪の男。


(確か、あの彼もそう呼ばれていたと思うが)


「イーライ、聞いていて? 私でも、笑わない風変わりな令嬢と聞いたことがあるくらいなの。籠りがちで殆ど社交をなさっていないと思うわ」

「そうです、か。困ったな。令嬢から近づくのは難しいか……」


 イーライの呟きに、伯爵夫人が不思議そうに目をパチパチさせた。


「あらどうして? 簡単よ。一週間後のパーティにはいらっしゃるでしょ、陛下主催ですもの」

「そうでした。顔を出すだけのつもりでしたが丁度いい」

「まぁ! あなたが積極的になるなんて。そうね、あの家ならわたくしも歓迎するわ。令嬢とお庭は風変わりだけれど、伯爵夫妻は実直な方々だし、小伯爵も陛下の覚えめでたい方だもの」

「ですから母上、誤解だと申し上げているでしょう」


 勝手にどんどんテンションを上げていく母親をどうにかして止めたいが方法がわからない。


「籠りがちでも出歩けるなら健康にも問題なさそうね。イーライ、パーティでファリス嬢をダンスにお誘いなさい。いいこと? 必ずですからね?」

「母上、お願いですから話を聞いてください」

「うふふ、なんて素敵な日かしら! ララ〜♪  あぁ、そうそう! そういうことならお見合いのお話は暫く止めておくわね。うふふ、またわたくしが必要になったら直ぐに呼んでちょうだいな──あなたァ〜」


 浮かれた先代夫人は聞く耳を持たずに夫の元へ去っていった。


「まるで話が通じやしない。きっと、父上は脚色だらけの報告を聞かされてるだろう。訂正しなければならないと思うだけで面倒だ」

「仕方ありませんよ。閣下の浮いた話なんぞ、次は来世かっていうくらいですから」

「煩いぞ、オリバー」


 出来上がった衣装と共に領地から出てきた執事は、何故か従僕よろしくイーライに付き従っている。


「やれやれ、子が遊びすぎるのも悩みの種、遊ばないのも悩みの種。親というのも大変なんですねぇ」

「おい、まるで俺が遊び人だったように言うな」

「まぁまぁ。しかし閣下もやりますね。花を探すと仰ってましたが、そっちの花でしたかァ──で、どんなご令嬢ですか? 美人ですか?」


 額をペシッと叩いた執事兼従僕(オリバー)に、さぁ! 白状しろと詰め寄られた。


「……さっさと帰ったらどうだ? お前まであちらを留守にするのは不味いだろう」 

「万事手配済です。こういう大事なときこそ僕がお側にいないと!」


 ふんすふんすと鼻息荒く言い張る執事に、怒る気力すら削がれてしまった。


「ハァァ……勘弁してくれ。あれは母上の誤解だと言ってるだろう。令嬢があのカーネーションを知ってるようだから、何処の家門か訊ねただけだ」

「やっぱり。そんなことだろうと思ってました…………(コノボクネンジンメ)」

「オリィ?」

「おっと僕としたことがつい独り言を。それより閣下、先代にはこのまま誤解していただく方が宜しいのでは? 当面はお見合いも止めてくださるそうですし」

「確かにそれもそうだな」


 また聞き捨てならないことを言われた気がするが、タウンハウスに平穏が訪れると思えばいくらでも寛大になれそうな気がした。


「では閣下、誤解でしたのなら私めに休暇をください。せっかくですから王都を堪能してきます」

「……ついさっき、俺の側にいないと、とか言ってなかったか?」

「細かい男は嫌われますよ?」


 恭しく頭を下げてはいるが、昔から主に対して本性を隠す気がまるでない。ひとが好いと思われているのは、ひとえに垂れ目と丸い体による錯覚だ。


「……時々、お前を執事にした昔の自分を殴りたくなるよ。優秀な奴が他にごろごろいたものを」

「何をそんな今更。ではでは一週間後に〜」


 勝手に了承と受け取ったらしい。

 主に背を向けスキップで出ていく執事に、イーライは本気で交代させられないか考え始めた。







「ふぅ。せっかく市場まで行ったのに、手掛かりが一つもないなんて。おまけに、見えたのはほぼ筋肉の壁だけ……」 


 ボスンと寝台に倒れ込んだファリスから装身具を受取りながら、シェリーとマリーが肩を竦めた。


「仕方ありませんよ。万が一お笑いになった時の為に、背の高い騎士ばかり選んでおいたので」

「一度も笑わなかったのにぃ……」

「お嬢様、よく頑張りましたハラショー」

「マリー、全然褒められた気がしないわ」

「ですがお嬢様、白いカーネーションがないというのは本当のようですね。それとなく何色あるのか訊ねましたけど、あそこにある分だけでした」

「そうねぇ。何か知ってそうな感じもなかったし」

「それなんですけどぉ、市場でお嬢様を見てた男がいたんですよぉ〜。こう、じっとりーねっとりー。格好からして小伯爵が仰ってた盗人の一味かも〜」


 起き上がったファリスと青筋を立てたシェリーの首が、ぐるりとマリーを向いた。


「ちょっと! そういうことはもっと早く言いなさいよ! お嬢様を急かしてたのはそれでなのね?」

「シェリー待って。マリー、どういうこと?」

「花市場にいたんですぅ〜。でもお嬢様よりも〜、お嬢様が見る花を見てたんでぇ〜花の買い占めを心配したお客さんかなぁ〜と」

「ど、どんな男だった?」

「殆ど隠れてたんでよくわかりませんけどぉ〜若い男ですぅ」


『お嬢様、宜しいでしょうか』


「私が」

 硬質なノックと訪いにシェリーが部屋を出ていき、すぐに首を傾げて戻ってきた。


「伯爵ご夫妻からお話があるとのことで、お嬢様をお呼びのようです」

「あら、珍しいわね。何かしら?」

「知らないそうです。ただお呼びするよう言いつかっただけだそうで」

「そうなの? 何かあったのかしら」

「取り敢えず急ぎましょう」


 夕刻に近いとはいえ、こんな早い時間に両親が帰宅するのは珍しい。

 怪しい男のことは後回しにして、大急ぎで着替えることにした。




ファリスの家に仕える者は、妹馬鹿のウィリアムが厳選に厳選を重ねて雇用した者ばかりなので、忠誠心が高く、口が非常に堅いです。

その分、雇用条件と福利厚生がイイということで。


一応、マリーもきちんと喋ろうと思えば話せます。でも面倒くさいので外と伯爵夫妻の前でだけ。(+書き分けの都合)


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