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3 怪盗ファリス!?

 

「あ~美味し!」

「お嬢様、またそんな大口でっ」


 お茶を注ぎながら小言を言うシェリーに、戯けて肩を竦めてみせた。


 結局、双子に押されるまま庭師小屋ヘカーネーションを届けに来て、そのままそこでお茶をすることになったのだ。

 食い意地の張ったマリーが気を利かせて、ジェフ爺の分も貰ってきてくれたから。


「ふふっ やっぱり料理長の糖蜜パイは最高ねっ」

「良かったな、お嬢」

「お嬢様付きでホント良かったァ〜」

「アハハ、食いしん坊ねぇ」


 マリーはいっぺんに二つもパイを持って満足気だ。その栗鼠みたいに膨れた頬をジェフ爺と一緒になって笑い合う。


 庭師小屋の小さな机を囲んでのお茶会。

 出席者はファリスと双子に庭師だけ。

 しばらく前からティータイムは大抵こうだ。


 たったひとりの友人も、だいぶ前にいなくなってしまった。

『別に笑わなくても構わない』と言ってくれた、その奇特な友人が、遠い地に嫁いだからだ。

 だがそれでも、家族に『お茶に付き合って』とは言えずにいる。


 兄は王宮勤めを辞めたばかりで、後継者教育に多忙だし、ファリスの分まで社交を頑張ってくれている母や、執務に追われている父は言わずもがな。

 

『ファリスがいてくれるから安心して出かけられるわ』

『留守を頼んだぞ』

『いつもありがとう、あとは任せた』


 今朝もキスをくれたあと、両親達は慌ただしく出掛けていった。どんなに忙しくても、必ず顔を見せに来てくれるのだ。

 だから、家族の愛情を疑ったことは一度もない。でも自分が情けなくて、胸が痛くなってしまうのも止められない。

 任せられている屋敷の内政だって、肩身の狭い思いをさせないよう、わざと役割をくれたことを知っているから。

 

(寂しくないわ、私は充分幸せだもの。美味しいパイを食べて笑えば、痛みなんて直ぐに消えるわよ)


 それに令嬢らしくなくても、大きく口を開けて糖蜜パイを頬張れる、このお茶会が大好きだ。

 楽しくて笑ってばかりだから、花もどんどん咲いて、バッサバッサ落ちていく。けれど、誰も気にしない。

 ジェフ爺が用意してくれた水桶に、落ちるにまかせたままだ。


(きっとまた、陶器屋のジャンが大喜びするわね)


 花で一杯になりつつある水桶を見て、つと、顔なじみの少年を思い出した。同時に、白いカーネーションが視界に映る。


「そうだわ。ジェフ爺、そのカーネーションは誤魔化せそう?」


 ジェフ爺は、界隈でも一目おかれるベテラン庭師だ。


(だから、今度もきっと大丈夫)


 どんな花を咲かせても誤魔化せるように、リィシャー家を、ありとあらゆる花で埋め尽くしてくれたのも彼だったから。


 そのジェフ爺が、束の間考え込んでから渋い表情で頸を振った。


「お嬢。このカーネーションを誤魔化すのは、ちと厳しいですなぁ」

「えぇ?! そんな! どうして?」


「白いカーネーションなんぞ、聞いたこともないですからの。花市場にも、そんな噂は流れておらん。それに偶然の突然変異なら、花の色や大きさにバラつきがあるはずですじゃ。こいつにはそれがない。つまるところ、誰かが改良して育てたものでしょうな。それも秘密裏に」


 背中を冷や汗が流れていく。

 シェリーとマリーも、ポットやパイを手にしたまま、動きを止めた。


 今は香辛料を巡り、近隣諸国が競って船を出している。

 胡椒なんて同じ重さの金と取引きされているくらいなのだ、欧州全体が、珍しいものを求めて目の色を変えていると言ってもいい。

 あわせて珍しい植物を求める園芸ブームも、女王陛下にお抱えのプランツハンターがいるくらいに熱い。


 当然花にしても、新しい色が出たとなれば、間違いなく貴族達に引っ張りだこになるわけで──


「……てことは、お披露目直前の貴重な花を、ど、泥棒しちゃったことに」

「「「なります(な)」」」


 脚をガクガク震わせていると、ジェフ爺達が当然のように頷いてみせた。

 

「仕方ありません、根っこごとごっそり来てますからね」

「それで“盗まれた”と思わない方が変ですよ~」

「ど、ど、どうしよう」


 互いの意見にウンウンと頷く双子を前に、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


「今更どうしてこんなことに……」


 初めの頃は伯爵である父も、この超常現象(エフェクト)を調べようとした。が、断念せざるを得なかったのだ。如何せん誰にも事情が明かせないうえ、これまで、咲いた花に持ち主が特定出来るような希少なものがなかったからだ。


 だが、今回は話が違う。


「まぁそういうわけじゃから、お屋敷の庭に植えるわけにはいかん。万が一、客に見られて、外に話が洩れたら不味いですからな」

「もし、洩れたら?」


 突っ伏したまま、顔だけ上げて訊いてみた。


「丹精込めて育てた貴重な花ですからな。持ち主が知れば、間違いなく黙ってはおらんでしょう」

「返しましょう! 持ち主を探して返すのよ!」


 勢いよく立ち上がって拳を震わせると、ジェフ爺に優しく微笑まれてしまった。


「して、お嬢。持ち主に何と言って返すんじゃ?」

「そ、それは……でも返さないと……」

「気持ちはわかるがのぉ、返したあとでまた出たら、今度こそ申し開きも出来んじゃろうし」

「はいはーい!」


 途端に青くなって、しおしおと腰を下ろすと、マリーが勢いよく手を上げた。


「こういう時は証拠隠滅ですよ、お嬢様。さくさくっと埋めちゃえば万事解決〜」

「マリーったら。改良に成功したのがこれだけだったらどうするの? バレたらそれこそ赦してもらえないわよ。伯爵が訴えられたらどうするの」

「そ、そんなのダメよ!」


 マリーの提案にぐらついていると、シェリーの容赦ない指摘に戦慄した。


「仕方ないのぅ。いざとなれば出来た種子(たね)を返すしかないじゃろ。鉢植えにして、この小屋でこっそり育てるわい。それなら見逃してもらえるかもしれんでな」


「それだわ!」

 希望の光が灯った気がした。

 

「ありがとう、ジェフ爺! お願いね、絶対枯らしちゃダメよ?」

「ほいほい、わかっておる。おまかせくだされ、爺も策を考えてみるでな」




 


温室やら、それを置く敷地やらで品種改良はお金が掛かります。

その為、高貴な趣味と捉えられているので、持ち主も貴族か大商人だという認識が一般的な世界とご理解ください。

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