1 クロッカスとカーネーション
書きたい欲と多忙がせめぎ合った結果の不定期更新です。
花の品種改良がまだまだだった頃のお話で、現在巷に溢れる花も珍しい時代と思ってお楽しみいただければ。
「いいお天気〜♫ 神様と陛下に感謝を。ついでにお兄様にも♪」
「ファリスお嬢様、足元にお気をつけて」
「転んじゃいますよ~」
女王の治世が続く、ある国。
リィシャー伯爵家の庭園で、兄ウィリアムの物真似を思い出していると、遠くからメイドの小言が飛んできた。
「平気よー、慣れた道だもの♪」
ホワイトブリムと黒髪しか見えない相手に、大丈夫だと返事を返す。
頭ひとつ分小柄なメイド達からは、日傘しか見えていないだろう。屋敷の庭園にある散歩道は、背の高い花が多くて、少し離れただけで隠されてしまうのだ。
日傘をクルクル回しながら、メイドのシェリーとマリーが追いつくのを待つことにした。
微風に弄ばれるお気に入りのクリームブロンド。
光を弾く長い髪は、柔らかく露を含んだように艷やかだ。
色味が全く同じ兄とは歳が離れているものの、とても仲が良くて『口よりもお喋りだ』と、大きな瞳を誂われている。
「クスクスッ、昨夜のお兄様は最高だったわよね? 思い出さないようにするのだけど、どうしても、ププッ」
ようやく追いついた双子のメイドに、つい笑顔を向けてしまった。
「──あっ!」
バサッ バサバサッ
(しまった!)
笑顔を消すと同時に、白い花が消えた──もとい、落ちた。
揃って頸を捻り下を見る。
「「「クロッカス……」」」
キラキラ輝く若葉色の瞳と明るい笑顔はとても可憐で愛らしく、花が綻ぶよう───と兄や両親が絶賛してくれても素直に喜べない花が散らばっていた。
そう。哀しいかな、『花が綻ぶような笑顔』とは例えはいいが、現実に花が咲くとなると恐怖でしかない。
言ってみれば、局所型『花咲かお嬢さん』である。
「お呼びじゃないのに出てくるなんて、幽霊だけで十分でしょうに」
つい口を尖らせ愚痴を零してしまう。お母様がいたら眉が吊り上がっているだろう。
「まぁまぁ。で、これはどうします?」
メイドの二人が慣れきった様子でクロッカスの行き先を検討し始めた。
「どうせなら、サフランだったら良かったのに」
「お嬢様、まだ春ですよ?」
「でも惜しいですね、根っこがついていません」
「そうね。勿体ないけど飾るしかないみたい」
「お嬢様、今朝でお屋敷の花瓶使い切ったじゃないですか〜」
「うっ」
歳の割に落ち着いているシェリーに植えられないと返すと、元気者のマリーがすかさず突っ込んできた。
マリーの言う通り、屋敷は至る所に花が飾られ、最早、花瓶どころか飾る場所もない状態だ。もちろん、咲かせた花のせいで。
「まったく。物証さえ残らなければ『お嬢様が美し過ぎるから幻が』とかなんとかいくらでも誤魔化してみせますのに」
「ちょっとシェリー?!」
「そうそう!『花の顔とはうちのお嬢様のこと〜』とか」
「やめてやめて! お願い、勘弁してちょうだい。マリーもよ?」
目を剥き慌ててシェリーの袖を引く。マリーにも睨んでみせたが、笑顔で流された。
双子の欲目が過ぎるだけで、十人並みなのだ。それがわかってるから恥ずかしくて溜まらない。それなのに、度々居た堪れない思いをさせられている。
「もう! 本当に勘弁してね」
赤くなった頬を手でパタパタ冷やしながら念を押したが、了承が返ってこないのもいつものこと。
「ともかく、もうかれこれ十三年になるんですよ? お嬢様のコレ、いつまで続くのでしょう」
「「「ハァァ~」」」
再び足元のクロッカスに目をやり、溜息を吐くと、揃って蟀谷に手をあてた。
残念ながらシェリーの言うとおり、現れた花は重力に従って落ちるだけ。物証が残る以上、伯爵家の外では微笑むことすら出来ずにいる。
当然、良い縁談など来ないまま、今年とうとう十六歳の誕生日を迎えてしまった。婚約者どころか候補すらいない令嬢などファリスくらいだろう。
「お嬢様、前向きに考えましょう? これが光でしたら『聖女だ!』と騒がれて、教会に缶詰めですよ」
「でも花だから、きっと魔女扱いだわ……」
「お馬鹿さんですね~魔女が出すのは鼠か蟇蛙ですよ~お嬢様のは、家計に優しいお花ですし〜」
「ふふっ マリーったら。シェリーもありがとう」
バサッ
「「お次はカーネーション」」
「……ハァァ……ごめんなさい。これでも笑わないように頑張ってるつもりなんだけど……」
やれやれ、としゃがむと背の高い花にすっぽりと囲われて、視界が完全に花だけになる。
声さえ出さなければ、人がいるとは気づかれないに違いない。
「お気になさらずぅ。お嬢様は元々、笑い上戸ですからね〜」
「そうですよ。外でお笑いになれないのですから、お屋敷やお庭でくらい宜しいではありませんか」
「そうそう、私達もお嬢様の笑顔が大好きですよぉ」
「シェリー、マリー。ふたりとも、本当にあり……」
「それよりお嬢様、白のカーネーションはまずいです」
「“それより”って……」
潤み始めた目から、直ぐ様涙が引っ込んだ。せっかくの感動が台無しだ。
しゃがむ三人の前には背の高いデルフィニウム。右手にはバーベナ、左手にはアキレア、さらにその奥にはアリウムがところ狭しと花を咲かせている。
散歩道を囲む庭園だけでなく、敷地全体が、花、花、花ばかり。整えられてはいるものの、多過ぎて調っているとは言い難い庭。
『まるで天空の虹が根をおろしたような眺め』と来客は褒めそやすが、シンメトリーが流行の今、皮肉か称賛の一体どちらなのか。
だが、何を言われようと両親は庭を変えようとはしなかった。
(それもこれも全部、私のため……)
根つきのカーネーションを摘みあげ、つい眉根を寄せてしまう。
「さすがにジェフ爺も初春にカーネーションは無理よね」
「お嬢様、そうじゃなくて~」
手を動かしながら、性格以外そっくりな双子が指摘してくる。
マリーが慣れた様子で下げていた花籠にカーネーションを入れているそばで、シェリーの籠は既にクロッカスでいっぱいになっていた。
「お嬢様、白いカーネーションなんて聞いたことないでしょ?」
「いくらジェフ爺でも簡単に色は変えられないと思いますから、お屋敷に飾るのはやめた方が宜しいでしょう」
「そういえばそうね。色が抜けたのかしら?」
「どうでしょう──さてと、お嬢様そろそろ戻りましょうか」
「じゃぁ、ジェフ爺にこのカーネーション届けたらティータイムにしましょうよ〜お嬢様〜」
シェリーとマリーがエプロンを叩きながら、てんこ盛りの花籠を抱えて立ち上がった。
つられて立ち上がるが、脳裏には庭師小屋いっぱいの花達が浮かんでいた。
「またジェフ爺に面倒かけてしまうのね。ほんとに何処からくるのかしら、この花達……」
しょんぼり肩を落とすと、顔を見合わせて頷き合った双子に背中を押される。
「さぁさぁ、お嬢様! 今日は料理長が糖蜜パイを焼くと言ってましたよ」
「やった! 急ぎましょう! アレは温かいうちに食べるべき〜!」
「ちょ、ちょっとシェリーったら、マリーも押さないで、わかったってば」
白いクロッカスの花言葉
「青春の喜び」「切望」
「あなたを待っている」