ハイデ村に帰還
翌朝いつも通りカイトがはやく起きアルはまだ寝ていた。カイトがアルを起こす。
「あと5分だけ」とアルが決まり文句を言ったところで
「狩人ならパーティーメンバーの誰よりもはやく起きて周りに異常がないか見るんだけどな」と大きな声で言うとアルが飛び起きた。
「サリーク一のいやハンブルク帝国一の狩人になるんだ。こんなところで寝ている場合じゃない」とアルが言いながら起きた。
「ハンブルク帝国一の狩人か。俺も負けないくらい有名な双剣使いにならないとな」とカイトが言う。
二人はそんなたわいのない会話をしながら宿屋を出る準備をする。今日から都市サリークをでて、ハイデ村に向けて出発するからである。先日出る準備をしていたところから10分程度で準備は終わった。そして、二人は早々と馬車乗り場に行きハイデ村行の場所に乗った。
「村をでて2週間くらいか、一ヶ月くらい経っている気分だよ」とアルが言う。
確かにその通りだ。貴族との馬車移動のときは暇すぎて時間が長く感じたし、試験本番になると忙しくなって流れる時間は早く感じたが薬草採取が成功するかの不安感から濃密な時間だった。さらに貴族殺しの犯人にされかけ、それを阻止するため手練れの傭兵二人を倒したのだ。とても2週間で起きた出来事とは思えない。
「あまり話したくはないが、旅の土産話ができたじゃないか」とカイトが言う。
「確かにシズやツカサちゃんには話しにくい話題だな。けど二人ともキール出身だし、もう10歳だ。話してもいいんじゃないか」とアルが言う。キール出身だから人の死には慣れていると思ってアルは言ったのだろう。
3日たって村に帰ってくるといつも通り。村人や商人が出入りしていた。カイトとアルはすぐに村長の家へ向かった。ちょうど、お昼時だっただめシズとツカサそしてアルの父親が出迎えてくれた。アルの家族はアルの父親だけである。母親はアルが小さいとき亡くなっている。もともと体が弱い体質だったのもあるが流行り病で亡くなってしまった。
「カイト、アルよく帰ってきてくれた。試験は合格できたか」アルの父親は明るく聞いて来た。
「嗚呼、父さん。無事に合格できたよ。半分以上カイトのお陰だけどな」とアルが言う。
次にシズがおかえりと小さな声だがはっくり聞こえる声で出迎えてくれた。
「アル兄さん、カイト兄さんおかえり。試験合格おめでとう」とツカサが言う。
とりあえず中に入れ昼食はまだだろう一緒に取ろうとアルの父親に案内されてダイニングルームにつく。どうやら食事はシズとツカサが作ってくれたもののようだ。パンとスープにデザートとしてイチゴが用意されていた。シズとツカサはここに来てからずっと料理を作ってくれている。そのせいか料理の腕はかなり高くなっていた。昼食のときにツカサとアルの父親が試験について聞いて来た。ツカサはとても心配していたらしく、ケガはないかとしつこく聞いて来た。アルの父親は心配していたかというと逆で自慢話は無いのかと聞いて来た。それに対してアルが目的の薬草は俺が見つけたと自慢げに話す。そこでアルがカイトに命を救ってもらったことを話してしまった。この話をしたら貴族や傭兵の話もしなくてはいけなくなる。なんとか誤魔化すためオークの集団がでたのだとアルが咄嗟に嘘をつくそんなに危ない場所まで薬草採取に行っていたのかとアルの父親も心配してしまった。どうやら土産話は心配させてしまったようだ。
昼食を食べ終わるとカイトのもとにシズがやってきた。昼食のときは何も聞いてこなかったシズだが何か嘘ついているでしょ。正直に答えてと迫ってきた。教えないとツカサちゃんにも言うからと言った時点でカイトは降参した。
「アルが襲われたのは魔物じゃなくて、傭兵だ。だが安心してくれアルも俺も無傷だ。」とカイトが言う。だがシズはまだ隠し事しているでしょと問い詰めてくる。シズには敵わないなと言ってユニークスキルテイカーというスキルを手に入れたことを話す。だが謎の声の主の話はしなかった。それを聞いてシズはまだ隠し事しているねと言ったが満足したらしくその場を去っていった。カイトが一人のときに話しかけてきたのはツカサに話を聞かれないようにするためだろう。レンを失ってからシズは妹からツカサのお姉さんのような存在になっていた。シズには頭が上がらないなと思いながら改めてレンの話をしないかと考えるため剣の素振りをしながら思考をまとめることにした。今は冒険者として実力を付けることが最重要目標だと決めた。
夕食の用意のときシズはカイトに対して少し冷たかった。隠し事をしているのだ。当たり前と言えば当たり前である。それに気づいたツカサがケンカでもしたのと聞いてくる。
「ちょっとシズに意地悪をしてしまってな」とカイトが答える。
お兄さんは女心が分かってないからだとツカサに怒られる。
夕食の準備ができて食べ始めたところだった。シズが話し出す。ハイデ村に来てから、シズが人の集まる場所で話すのは珍しい。もしかしたら、カイトのユニークスキルテイカーの話をするのかとカイトは考えた。秘密にするように伝えるのを忘れていたカイトはやらかしたと思った。だがシズから出た言葉は意外なものだった。
「カイト兄さん私に剣術を教えて、私にもやりたいことができたの」とシズが言う。それに対して反対の声があがる。
「シズちゃんが危険なことをするのは反対だ。この村で一生暮らせていけるようにする。何も剣術じゃなくてもいいはずだ」とアルの父親が言う。それに合わせてアルも話し出す。
「そうだ。ツカサちゃんみたいに宿屋を経営することを夢にするみたいに危険がない仕事を探せばいいさ」とアルが言う。ツカサは父親と母親が経営していたパン屋のような店を開きたいという夢がある。それがハイデ村で宿屋を開くことである。
「私は自分自身の力で生きたいの。置いて行かれるのは嫌だ。それに宿屋だからって安心できるわけじゃない」シズが力強く言う。シズの発言を聞いてツカサが顔を下に向ける。ツカサの両親はパン屋を営んでいて突然メイデン国の兵士に襲われすべてを奪われたのだ。思い出すだけで辛くなるだろう。
「シズ、自分の力だけで生きている人なんていない。それにシズを置いていくようなことはしない」とカイトが言う。
「カイトはきっと何かあったら、私を置いて一人で行ってしまう。それが嫌なの。」とシズがカイトを呼び捨てにして言う。どうやら俺が一人でレンを救出に行くとまでは感づいてはいないようだが似たようなことは考えているようだ。だったら剣術を教えることくらいはしていいだろうとカイトは判断した。
「分かった。剣術の基礎は教える。応用はシズが本当に剣の道を歩むときになったら教える。それでいいか」とカイトが言う。
アルやツカサ、それにアルのお父さんはまだ反対だったようだが、カイトの決定を覆すことはしなかった。そして、カイトは明日からシズに剣術の稽古をすることを約束してダイニングルームを後にする。
ハイデ村でもカイトとアルは同室だ。カイトは明日からの剣術の稽古のことも考えていたが、それと同時にアルに何と言おうか考えていた。本来なら明日ハイデ村を出発してサリークに戻ってパーティーメンバーの募集をする予定だったのだ。それを棚に上げてシズとの約束をしてしまった。
「アルすまない。パーティーメンバーの募集は少し待ってくれるか。シズに剣術の稽古をつけたい」カイトが申し訳なさそうに言う。それに対してカイト意外と元気な声で答える。
「大丈夫だ。俺にもやりたいことができた。カイトは気にするな」とアルが言う。カイトは驚いた。今までカイトに流されることが多かったアルが自分からやりたいことができたと言って行動するのだ。おそらくシズに影響を受けたのだろうが、シズもアルも自分の意志で新しいことにチャレンジしている。カイトも負けてはいられないなと思いながら眠りについた。
翌朝カイトはいつもより早い朝の4時に起きた。今日からシズに剣術を教えるため早めに起きたのだ。アルはいつも通りまだ寝ていた。アルはやることができたと言っていたが予定にはなかったことだ。あまりシズの稽古に時間はかけることは避けた方がいいだろうと思い。さっそくシズの寝室へ行く。シズとツカサは同室だがどちらも家族のようなものだ。軽くノックをして部屋に入る。部屋に入るとちょうどシズが着替え終わったところだった。もう少し早く入っていたら着替えを覗くことになっていただろう。
「おはようシズ」カイトが挨拶するとシズもおはようと答える。ツカサはまだ寝ている。宿屋を開くことを目標にしているとは言えまだ10歳だ。寝ていて当然だろう。シズに部屋から出るよう手で合図を送る。
「シズ今日から剣術の稽古をする。基本を教えると言ったが俺はアルと冒険者教会に近々いかないといけない。3日だ。3日で基礎の練習の仕方を教える」とカイトが言う。
「まずは朝食前にランニングだ。ジャージに着替えてってもう着替えているか」とカイトが言う。どうやら朝のランニングはシズの日課になっていたようだ。
ランニングを終えて朝食を取りながらシズのトレーニング内容をカイトが説明する。
「シズこれからの3日だが1日目を体の使い方、2日目を剣の使い方、3日目を魔力の使い方を教える」本来なら3日で教えられる内容ではないがやるしかない。
朝食にはカイト、シズ、ツカサそしてアルのお父さんの4人でアルの姿はなかった。
「ツカサ、アルがどこに行ったか知らないか」とカイトが聞く。ツカサもアルがどこに行ったか知らないようで首を横に振る。
4日後の朝カイトとアルはサリークに向けてハイデ村を出発しようとしていた。アルは1日目の朝から3日目の夜までずっと家には戻っていなかった。3日目の夜にようやく戻ってきたがボロボロの服装だった。
「3日もどこで何をしていたんだ」とカイトが質問する。
「ヨハンのところで修業していた」とアルが言った。カイトはヨハンが誰かと共に行動していたことに驚いた。キール村を出てハイデ村に来てからのヨハンは誰とも距離を置いていたからだ。それも正反対な性格のアルとだ。どうやってヨハンに修業を付けてもらったのかとカイトが尋ねる。
「1日目と2日目はひたすらヨハンについて行っていただけだよ。3日目になって諦めたのかスキルをいくつか教えてもらった。まずは気配察知、遮断スキルそして不死鳥の弓を教えてもらった」とアルが言った。不死鳥の弓は上級スキルである。ヨハンがそんなスキルを所持していることとそれをアルに教えたことそして、アルが習得したことのすべてにカイトは驚いた。
「とんでもないスキルを教えてもらったな」とカイトが言う。こうしてカイトが驚くことばかりだったハイデ村への帰還も終わり再びサリークへの町へと出発した。
この日カイトがヨハンもハイデ村を出立していたことは後で知ることになる。