そのスライムは主を食らう化け物だ
あれは晴れ渡った空。健やかな風。緑茂る平野。今日はとても過ごしやすい気候──らしい。と、言うのもプヨルンと呼ばれる物には、イマイチ理解が出来なかった。
他にも分からない事は沢山ある。例えば、悲しいだとか楽しいだとか。この感情、と名付けられた言葉の意味が理解し難いものだった。
すると、いつも一緒に居る主は穏やかな表情で言うのだ。
「ボクはね?プヨルン、君が居なくなったら悲しいし。君が側にいてくれたら嬉しいんだよ。プヨルンはボクが居たなら嬉しいかい?」
──良く分からなかった。何故、居たら嬉しいのか。居なかったら悲しいのか。生きるだとか死ぬだとか。生物は食料かそうでは無いか、の二択だ。他に何の感情が居るというのだろうか。
「だから君はボクを守ってくれるんだろ?」
──違う。別に守りたくて守っているんじゃない。体に染み付いた呪いが勝手に体を動かすのだ。決して、主。人間を守りたくて守っているわけじゃない。そう思っていた。
「あらあら。そんなにベローンとして。確かに今日は暑いもんね」
──暑いからではない。なんなら、暑さや寒さにはめっぽう強いほうだ。これは主であるフィンの思い込みが激しい故の項垂れだ。とは言え、フィンはプヨルンが何を言っているのかは分からなかった。
そもそも、プヨルン。魔物のスライムには声帯がない。なら何故、人間であるフィンの言葉が分かるかと言えば、ビーストテイマーと言う力を持っているらしく、その力によるものらしい。
「早く依頼をこなして美味しいご飯を食べよう」
フィンは笑顔でそう言うが、人間のいう味覚もない。だから、美味しいとか不味いとかも分からない。ただ食べる。それだけの事だ。
「今日は焼き魚が食べたいって?仕方がないなあ」
──だから、言ってないって。
フィンは歩きながら、嬉しそうだった。まあでも、フィンが言う“幸せ”を感じれているなら、従者としてはそれに越したことはない。そんな事を思いつつも、後ろをついて行ったんだ。
暫く歩くと、フィンが行きなれた森・アースがそこにはあったんだ。彼曰く、冒険者というよりも薬剤師寄りの事業らしい。
プヨルンにとって人間はどれも同じに見える。故に、木の幹で何かをしているフィンも、他の人間と大差がない。ただ一つ、違うと思えるのはよく笑う事だ。
何かを失敗しても怪我しても彼は辛そうな顔一つせずに笑顔を作る。笑うって事は楽しいってことなのだろ。
辛い時こそ笑えって。辛い時こそ楽しいって事なのだろ。
フィンは変わり者だ。変わり者だからこそ、目が離せない。そう思っていた。
「プヨルン、見てよコレ!シシリ唐だよ」
見せてきたのは真っ赤な野野菜。
「これはね、すっごく辛いんだよ。辛いんだけど漢方にとてもいいんだ」
そう言いながら、持ってきた鞄にいれていく。
でも、フィンは根こそぎ持っていく事は絶対になかった。必要最低限の物しか必要としない。フィン一人が自然を重んじたって、他の人間が残りを持っていったら意味だってないはずだ。
きっとフィンは、人間の世界で生きにくい。会話が噛み合わない。自分の行動に無我夢中になる。協調性がない。だから、一人だったんだろ。だから、仲間の一人も、寄り添う人も居なかったんだろ。
だから──
君は嫌いだと言っていた雨空の下で、一人血を流す。
「はは……ははは。やっちゃった。まさか、人間に刺されるなんてね」
泥にまみれた顔。憔悴しきっても尚、フィンは笑顔を向ける。
「でも、プヨルン。君が無事で良かったよ」
「おいおい、コイツ結構金を貯えてるみたいだぜ?」
「うっひゃー!最高じゃねぇか。奴隷でも買うつもりだったんかあ?」
──違う。病弱な妹の為に貯めてると言っていた。弱小のビーストテイマーをパーティにいれてくれる人は居ない、と。だから地道に貯めていくしかない。ごめんねと、何故か謝っていた。
お前らみたいな小汚い連中と同じ価値観にするな。
そういって飛び跳ねようが、相手にもされない。当たり前だ。弱小ビーストテイマーが使役しているのは弱小のスライムだ。この中の誰か一人が軽く剣を振れば、簡単に狩れる程度の存在だ。
──脆くて柔い存在だ。
「君にお願いがあるんだ」
血だらけの手がプヨルンに触れる。
「ボクはどの道、ここで死んだらほかの魔物に食べられちゃうと思う。そんな事なら、君に食べてもらいたい」
──この人は何を言っているのだろうか。死ぬってなんだよ。薬を飲めば治るんじゃないのか。
なんで食べなきゃならないんだ。ここに居るから駄目なのか。なら移動すれば。
「まだ喋るだけの余力があんのかよ」
「トドメはさせよ?生き残られて、チクられたら面倒だ」
「おう」
なんだ。なんだ、この嫌な予感は。なぜこいつらはまだ、フィンを見ている。なんで刃の切っ先をむけている。
「あばよッ!!」
「君とこれからも共に……ゴフッ」
刃が体と地面を縫い付ける。
──フィン。おい、フィン。なんで動かないんだよ。動かなかったら捕食されてしまうんだぞ。
体で頬を揺らしても微動だにしない。
「さあ、今日は宴だ!!」
「いえーい!女も呼ぼーぜ」
「賛成!!」
立ち去る人間達。それを分かっていても、どうする事も出来ない。
フィン、帰ろう。早く帰ろう。いつもみたいに笑顔を見せてくれよ、フィン。いくら体を揺すっても反応もない。寝ている可能性もある。
プヨルンは、体を寄せてフィンが目覚めるのをまった。
何日も何日も。それでも一向に目を覚ます気配がない。
これが、フィンの言っていた死なのかは分からない。でも、なら──
プヨルンは背中に乗ると、体を伸ばし体を包み始めた。
約束は守ろう。誰かに食べられる前に、食べなくては。
徐々にフィンの体が溶けて体内に染み込んでゆく。
「これが……フィンの体」
プヨプヨが声を発したのは、消化を終え模写をした後の事だった。
「そうか……そうなんだね。これが“死”なんだ。君はもう、何処にも居ないんだ。君は……フィンは」
これを心だと言うのなら、いっその事、もいで川に捨てて欲しい。こんなに苦しくて、こんなに吐きそうで息も出来なくなるぐらいなら。
これが悲しみというのなら。
「こんな……こんな事って……ぅぁぁぁぁぁあ!!」
この日、スライムは主であるフィンを食し。代わりにフィンの心を手に入れた。
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