ショタコンJKの恋愛譚~白ギャルまみみは秋の夕暮れどきにいったいなにを思うのか?~
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昼休み。学び舎(高校)の屋上にて。向かいに座る美少女あーちゃんが放った言葉を聞いて、あたしは飛び上がらんばかりに驚いた――というのは冗談だけど、かなりびっくりはした。
「えっ、うぞっ、ショタコンって中国語なの?!」
するとあーちゃんは「嘘に決まってるじゃない。っていうか、うぞってなに?」と冷静な口調で述べたのである。「あんた自身がそうなのに、あんた自身はその道のことを知らなさすぎ。もう少し勉強したら?」
「勉強したってしょうがないじゃん、ショタコンっていう概念? もしくは傾向? そんなものに詳しくなったところで意味ないじゃん」
「なんにでも造詣は深いほうがいいと思う。あんたに必要なのは一にも二にもお勉強です」
造詣うんぬんはともかく、勉強が足りないという指摘には反論できず、だから「ぐっ」と呻き声が漏れた。
「頭は悪くないんだから、頭を使うようにしたほうがいいよ」
「褒めてくれてるの?」
「幾分」
「考えるのは苦手なのよなぁ」
「いつもそればかりね、まみみは」
そう。あたしの名前は、まみみ。どうして「み」が二つ並んでいるのか、いまだに判明していない。おかあさんいわく、「おとうさんが決めたのよ」。おとうさんいわく、「かあさんが決めたんだ」。ああ、なんて愉快な我が家族。
湿り気がまるで感じられない乾いた風が、あたしたちの髪を頬をそっと撫でた。空を仰ぐと雲一つない晴天。まあ、雨なら外でおしゃべりなんかしないのだが――。
「そも、あーちゃん、ショタコンはいかんと思うかね?」
「いかんと思います」
「な、なぜ? どうして? あたしが白ギャルだからだめぽなの?」
「白ギャルなのは認めるけど、だめぽって」
「なんでだめなの?」
「犯罪と捉えられかねないでしょう?」
「えっ、うぞっ、あたし、罪人になっちゃうの?!」
「えっ、あんた、もうなにかしたの?」
「頭をぽんぽんとしてしまったのだ……」
「誰の頭? 例のカケルくん?」
そう。あたしの想い人の名はカケルくん。小学五年生。ブルーのランドセルとデニムのハーフパンツがトレードマーク。子どもっぽいところは大いにあるけれど、ときには大人びた雰囲気を漂わせることもある――そんな男のコ。
「やっべーなぁ、マジかよぉ。でも、我慢できんのだよぉっ」
あたしはコンクリートの地べたに突っ伏し、右の拳で地べたをごんごん叩く。おいおい泣く。もちろん、嘘泣きだ。あたしはそれなりに強くできている。そう簡単に泣いたりしないのだ。
あたしはバッと上半身を縦にした。「まみみはつくづくふつつかものです」などと自分でもよくわからないセリフを突拍子もなく口にし、気を取り直すつもりであらためてあぐらをかいた。
「頭ぽんぽんくらいなら、だいじょうぶでしょう」やっぱり落ち着き払った様子で話すあーちゃん。「ほかのところをぽんぽんしたら危ないけど」
「ほかのところとは?」
「言わなくちゃわからない?」
「きゃーっ」あたしは両手で顔を覆った。「あーちゃん、あんたってばすけべえだよぅ」
「死んだら?」
あたしは顔を覆うのをやめて「やだ、生きる!」と即座に返し、つづいて「あたしはカケルくんと一緒になるのだ! これは訓練ではない! 実戦だ!」と力強く宣言した。
「相変わらず、謎めきすぎ」
あーちゃんは呆れたようにため息をついた。
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学校からの帰り道、住宅街の十字路でカケルくんとばったり出くわした。カケルくんは一匹狼気質なところがあるらしく、友だちと群れたりはしゃいだりしているところはあまり見かけない。
カケルくんは「あっ、まみみだ」と目を丸くした。いつも呼び捨てだ。でも、「さん」とか「ちゃん」とかは要らない。名前だけのほうがクソ生意気でいい、かわゆい。あたしは「よっ」と右手を軽くあげ、「少年よ、おねえさんのおっぱいばかり見てはいかんぞ」とふざけて笑った。カケルくんは「おっぱいって、ないじゃん、まみみ」と言うと眉根を寄せて難しい顔をした。目を白黒させるあたし。「どどど、どうしてきみはそんな無情で冷徹な言葉を吐くんだ!!」と訴えた。
「ホント、うるさいなぁ、まみみは」
「きみの発言がそうさせると言っておる」
「ふーん、そうなのか」
「そうなのだよ」
あたしは「うふふふふ」と笑いながら、今日も頭をぽんぽんしてやる。べつに嫌がったりされない――幸せなのだ。
「ところで、カケルくん、きみ、今日はひまかい?」
「これから友だちとサッカーする」
「おぉ、見に行ってもいい?」
「だめ」
「どっ、どうしてかな?」
「だってまみみの目、なんだかいやらしくて怖いんだもん」
ぐっ、見抜かれていたとは……っ。
「で、でも、べつになにもしてないじゃん?」
「これからされるかもしれねーじゃん」
「仮にそうだとして、なにか問題が?」
「それって犯罪だろ?」
「双方の同意があればいいんじゃないの?」
「ほら、やっぱり変なことしたいんじゃん」
ぐぐっ、やってくれる、まるで誘導尋問だ。
「まあいいや。俺の友だちって、まみみのこと、わりと好きだし」
「そうなの?」
「うん。白ギャルがたまんないって奴もいるぜ?」
なんたるマセガキ。
「だ、だけどね、あたしはカケルくんのことが――」
「なんだっていいからついてこいよ。さっさと行こうぜ」
「う、うん」
カケルくんの背を――小学生の男のコの背を追う女子高生のあたし。気恥ずかしさから肩をすぼめる。歩幅も小さい。頬に熱を感じてしまうのも、きっと錯覚ではない。
「あー、そうだ、まみみ」
放り投げるようにそう言って、カケルくんがいきなり振り返った。あたしは立ち止まり、「は、はいっ!」と背を正した。
「俺、まみみとはもうお別れなんだ」
「……へっ?」
なにを言っているのか、理解できない。
「俺、今度の日曜日に引っ越すんだ」
必然訪れた沈黙ののち、あたしは目を見開き、「えーっ!!」と声を上げた。
「でかい声出すなよ。ま、そうことなんだ。だからもう、かまってやれねー」
小学生のくせに、カケルくんは苦笑いを知っている。
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夜、あたしは布団にもぐり込み、あーちゃんと電話をしている――むろん、泣き言をぶちまけるために。
「ひどいよぅ、あんまりだよぅ、こんなに薄情なことってないよぅっ」
あーちゃんはやれやれといった感じで『引っ越しなんだったらしょうがないでしょう?』と諭すように言ってくれた。
「カケルくんが薄情なんじゃないよぅ。あたしたちの仲を引き裂こうとする神さまの野郎が薄情なんだよぅ」
『スケールの大きな話ね。しかし八つ当たりもいいところ』
「どうしよう、ねぇ、あーちゃん、どうしよう」
『カケオチでもしたら?』
「カケオチ? あっ、駆け落ちか! おぉ、あーちゃん、ナイスアイデア!」
『目はありそう?』
「だめぽ……」吐息をつく。「嫌われてはいないみたいだけど、特別好かれてもいないみたいだぽ……」
『諦めたら?』
「それもアリかなぁ。また探すかなぁ」
『犯罪にならない程度にしてね。逮捕されると親友としては悲しいから』
「おぉぅ、大きな思いやりだ。ビッグでヘヴィなスピアだ」
『わかりにくい、ニ十点。もう切っていい?』
「もうちょい付き合ってよぅ」
『宿題やるの。あんた、もうやった?』
「やってない。つーか、やんない」
『死んだら?』
「やだ! 生きる!」
通話があっちから切れた、ほんとうに薄情なのは、あーちゃんだった。
口が勝手に「つらいなぁ」と発した。ここまで異性のことを好きになったのは初めてなのだ。初恋は実らないと言うけれど、こんなかたちでのさようならはあんまりだと思う。やっぱり神さまの野郎は無慈悲なのだ。ぶっ〇してやりたいぞ、いや、案外マジで。
もう待ったなし、足踏みしたり迷ったりするのはナシだ。
後悔しないようにとっとと覚悟を決めて、締めるところは締めなければ。
倒れるときは前のめり!
勢いつけて、突っ走れ!
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秋の日は釣瓶落としの夕暮れどき。堤防沿いの遊歩道。ずいぶんと向こうにはすっかり塗装が剥げたトラス橋が見える。通行人はほとんどいない。あたしとカケルくんの邪魔をするニンゲンも当然いない。
あたしのグレーのプリーツスカートを揺らしたそよ風は、カケルくんの長い前髪をなびかせた。二人の距離は三メートルほど――このくらい離れていたほうが、全身が見えていい。カケルくん、初めて会ったときと比べると、背が伸びた。男のコはこれからどんどん大きくなるのだろう。そういう生き物なんだと思う。なんだかうらやましい。理由はよくわからないけれど、とてもうらやましい。
「カケルくん、はっきり言うね。あたし、きみのことが好きなんだ」
「愛してるってこと?」
あたしは「うわぁお。やっぱ大人ぢゃん」と笑った。
すると、カケルくんは優しく穏やかな顔をして。
「引っ越しなんだ。しかたないよな」
「引っ越しがなかったら、恋人同士になれたかな?」
問いかけには答えず、カケルくんは「そっちに行ってもいいか?」と訊ねてきた。あたしはなんだろうと不思議に思い、目をぱちくりさせる。「う、うん、いいよ」と返答した。どもってしまうのはいつものことだ。
カケルくんはまっすぐ歩いてきた。そして、あたしの胸に額を当て、つぶやくように「ごめんな」と言った。「俺もまみみのこと、好きだよ」と言ってくれた。――カケルくんの頭を抱き寄せる。夕焼け空を仰ぐと、両の目尻から涙が伝った。サイアク。泣かないぞって決めてたのに。
「俺、絶対に戻ってくるからな。まみみのこと、絶対に幸せにしてやるからな」
「新しい街で新しい出会いがあるかもしれないよ?」
「まみみよりも肌が白くて綺麗な女なんていねーよ」
「白くて綺麗かもしれないけれど、ギャルだよ?」
「馬鹿っぽい言い方するなよ。おまえは明るいだけで、頭からっぽじゃないじゃんか」
「そうかなぁ」
「そうだよ。決まってんじゃん」
「ありがとう。じゃあ、待つことにする。いつまでも、いつまでも、いつまでも」
涙が止まらない。
カケルくんのことを好きになってよかった。
白ギャルをやってて、よかった。
まみみに生まれて、よかった。
あたしから離れると、カケルくんはにこりと微笑んだ。踵を返して夕日に向かって歩いていく。その背中が――ブルーのランドセルが遠ざかっていく。
春は前向きすぎて嫌いだ。
夏は無遠慮すぎて嫌いだ。
冬は雪が多すぎて嫌いだ。
秋だって物寂しすぎるから嫌いだけれど、カケルくんと素敵な約束ができた季節なのだから、この先、きっと好きになれる。確信めいたそんな予感が、あたしを笑顔にしてくれた。