かつて聖女と呼ばれた女の処刑
※少々残酷な表現がありますので閲覧にご注意ください。
※聖女の定義が別作とは異なっております。こちらでは作中の設定となっておりますので予めご了承ください。
※読み手を選びます
リンドマルク神聖国は女神アウラリアネを主神とした宗教国家である。聖王は神の啓示によりその座を与えられており、その子が必ずしも次に王になるわけではない。
まず、次期聖王が生まれると女神より聖王に言葉が与えられる。この国の王は敬虔な神の僕であり、愚直なまでに女神を信仰する為、己の私欲により女神の言葉を歪めることはない。次期聖王に選ばれた子供が例え貴族の子であろうと孤児であろうと、女神の意思に従い聖王は後継者を育てる義務がある。
現聖王も先代の聖王よりそのように育てられた平民夫婦の間に生まれた赤子であった。選ばれると他国の王城と同じ意味合いを持つ大神殿にて多くの神官や修道女などから子供は学び育つ。
女神アウラリアネを誰よりも崇拝するように育てられる。そして聖王は女神の許しを得て唯一人の愛すべき女性を選ぶ。アウラリアネは唯一つの愛を慈しむ。故に、聖王は妻となるその人だけを愛し、体の関係もその女性のみと定められている。
次期聖王で通称王太子と呼ばれる男の名はレーベレヒト。彼は下位貴族の夫婦の元に生まれ、現聖王に大切に育てられたまさに女神が望む、女神を崇拝し、愛すべき女性を慈しみ、国を愛しそして彼もまた民に愛されるような男だった。
その男が自死した。
聖王は王太子レーベレヒトの死後、大陸中に声明を出した。
各国では聖女と呼ばれていた『マリミナ』を処刑する。
罪名は王太子を死に至らしめたこと。
信仰もないのに聖女と自称したこと。
女神の断罪をすでに受けていること。
大陸中の国は震撼した。特に、マリミナを聖女として褒め称えていた国は女神の断罪を受けているという事実に驚愕したのだ。
マリミナという女は男に愛され女に嫌われる女だ。
いつの頃からか彼女は己を聖女であると言い出し、神の啓示であると未来を予言し、愛らしく微笑み多くの『王族や高位貴族』の男性を魅了した。彼女は自由気ままに愛を楽しんでいたが、彼女は常に愛を尊ぶ女神の思し召しだから、と微笑んでいた。
そうしてマリミナが自由にした結果、多くの婚約が解消、白紙撤回、酷い時には破棄にまで至った。それでも彼女を囲う男性たちがマリミナを擁護するので女性達は涙を呑むしか出来なかった。
ある国の公爵令嬢はこう述べた。
「おかしいと思いませんでしたの? 女神アウラリアネは唯一の愛を大切にしているのですよ。あんな女の言う何時でも変動する愛など、女神が許すわけないでしょう。今更やり直したいなんて、愚かですわ。わたくし既に結婚しておりますのよ」
ある国の王女はこう述べた。
「聖女ならば身分など関係ないでしょうに。彼女は常に権力のある男性にしか近付いておりませんでしたわよ。曇った目で政治など出来ないと判断されたからわたくしが女王となるのですよ、お兄様」
ある国に移住した女性はこう述べた。
「ある日いきなり婚約者に婚約破棄を言われて、その原因があの女よ。式も間近だったのに私には落ち度一つないのに、私の悪評を広めて。国に居られなくなった私は親戚を頼って移住したわ。何が聖女よ。何が真実の愛よ。契約も守れない不貞男が自称聖女の娼婦に騙されただけでしょ。私の人生を返しなさいよ。謝罪なんていらないわ。私の時間を返して」
神聖国の王太子の婚約者はこう述べた。
「貴女は薬を使いレーベレヒト様の寝込みを襲いました。彼は敬虔な女神の僕。唯一の愛を捧げたわたくし以外の女性に触れることも己に禁じて生きてきました。貴方は女神アウラリアネの聖女だと言いながら女神の教えを何も知らなかった。だから貴女は女神の断罪を受けているのですよ。世間の為にも貴女は処刑されるけれども、貴女は死ねない体になっていますのよ。だから、処刑が終わってからが本番ですわ。ねえ、どれだけ苦しくて痛くて辛くても正気でいなければならなくて、壊れていく体が勝手に戻される恐怖に、どこまで耐えられるかしら」
聖女と自称した女は今、女神が振り下ろした神槍に体を貫かれている。頭を俯かせるように首から体を貫通して股から先が出ている。普通の人であれば間違いなく死んでいる。しかしマリミナは生きていた。
『我が愛すべき子を死に至らしめた女は裁かれるべきである』
女神アウラリアネの声は複数が重なっているように聞こえる。それでも聖王を始め多くの女神の僕であれば正確にその言葉を聞くことが出来た。
『そも、その女に信仰心はない。その魂、何れより来た穢れたもの。我が国に来ること努々許さぬ。死を許さぬ。永久に苦しむが良い。死の安寧を与えることは許さぬ。その槍を抜くことは許さぬ』
声を出すことも出来ずびくびくと体を震わせるマリミナは女神により死を剥奪された。不老不死に憧れる者は少なからずいるだろう。しかし、不死というのは死ぬことで得られる安寧を奪われるのだ。どこまでも恐怖に怯えなければならない。
何よりも、どれだけ拷問を与えられても死ぬことが出来ないのは恐ろしいことだ。
王太子レーベレヒトは婚約者以外の女性と関係を持ってしまったことが女神への反逆であると理解していた。心の奥底から愛しているのは唯一人で体の関係を持つのもその女性のみと定められているのに、その誓いを破らされた。
生まれた時からそのように育てられたレーベレヒトには耐えられなかった。女神を裏切り婚約者を裏切り、育ての親である聖王を裏切り、国民を、国を裏切ったと考えた彼は事実を知った後、毒を呷った。聖王になるものに必ず与えられる毒は女神を裏切った時に己を裁くためのもの。まさにこの時の為のものであるが、今までその毒が使われることなどほとんどなかった。
歴代の聖王の中でも最も優れた王になると言われていたレーベレヒトを喪い聖王は呆然自失としていたが、女神の断罪を受けたマリミナを見て直ぐに声明を発表したのだ。
そもそも、聖女とは教会が女性の信仰心を認め、神の恩寵を受け奇跡を起こしたことを認め、漸く称号を与えるもので、全ての聖女は聖王が必ず把握し称号を与えている。聖人もしかりだ。
どれだけ若くても聖女も聖人も30歳を超えてその称号が与えられる。若い内から与えられることは殆どない。何故なら、信仰と徳が秀でていると判断されるには長い年月が必要で、それも多くの人々に認められなければならない。
マリミナが聖女を自称し始めたのは10歳やそこらの事だったという。何故誰も聖女という呼称がおかしいということに気付かなかったのだろうか。その一番の理由が、彼女の生まれが大陸の端で、神聖国とは遠く離れていたからだろう。国が離れる程、信仰の基礎が曖昧になる。それを利用したのだ。
そしてマリミナは女神が『その魂、何れより来た穢れたもの。』と言っていたように、この世界の魂ではない。異なる世界から訪れた侵略者であり、彼女は元の世界でこの世界の知識を得ていた。ただし、宗教に関しては曖昧な知識のまま。
彼女が理解していたのは男性の篭絡方法だけ。それだけしか知らなかったから、レーベレヒトに無謀にも手を出した。彼女の知識をもってしても、レーベレヒトは絶対に篭絡出来ないと知っていたはずなのに。
結果、マリミナは死ぬことを許されない永遠の拷問を与えられることになった。
女神がマリミナを断罪したのはレーベレヒトが死んだからである。そうでなければ聖女を自称していてもさほど気にはしなかった。女神は多くの信仰を受けているが、そのすべてに目を向けることなど出来ない。だからこそ女神の基準は神聖国の聖王であり次期聖王であり、それからも続いていく彼女が選ぶ王になってしまう。
マリミナがレーベレヒトに手を出さなければ彼女はこれからも男性の下で幸せに暮らせたかもしれない。だが、それも何時まで続いたことだろう。
神聖国に来た時点で多くの男性たちが翻弄されたかもしれない。そしてその嘆きを聞いた王太子が女神に訴えたかもしれない。そうしてしまえばマリミナはやはり女神に裁かれただろう。
彼女は多くの国を混乱に陥れながら神聖国に来て、この世界で最も尊い女性になるのだと狙ってレーベレヒトに近付いたのだ。
これまで通り、騙し討ちでもいいから体の関係を先に持てば邪険に出来ず、今の婚約者を捨てて自分を選ぶだろうと。そんな浅はかな考えで。修道女として偽って大神殿に潜り込み、夜中に薬を盛って強制的に発情させ体の関係を持った。
その翌朝、婚約者ではない女性を抱いたショックで死を選んだ王太子を間近に見ながら、マリミナは神槍で体を貫かれたのだ。
自称聖女の詐欺師が公開処刑の場に晒される。神槍に貫かれてなお体をびくびくと動かしている異様さに、敬愛すべき王太子を死に至らしめた女の最期を見ようとやってきた民衆は声を潜める。
「この姿は女神による断罪である。女神より御言葉を頂いておる。安寧を与えることは許さぬ。その槍を抜くことは許さぬ、と。首を斬れどもその首は落ちぬ。故に、民よ、一つの石を持て。そうして一度のみ投げることを許す。二度目は許されぬ」
大広間の処刑台の前に引き摺りだされたマリミナの体は神々しい槍に貫かれ、それでもどうにか立っている。だが彼女の表情は見えない。マリミナはいつでも己の愛らしさを武器にしていた、それを一切使えないように。
常に穏和で優しい笑みを浮かべている聖王が怒りとも悲しみとも分からぬ表情を浮かべながら民に告げるその言葉に、王太子を失った苦しみを民衆は慮る。そうして彼らは石を一つ手に取ると、それを次々とマリミナにぶつけていく。
神槍に傷は入らない。マリミナの体は石をぶつけられるごとに傷つき血も出るが、気付けばその肌は元通りに戻っている。時折苦悶に満ちた声が聞こえるけれども、大声は出せない。
石を投げた民たちは一人また一人と家へ戻る。次第に減って行く人々。その中に石を持たない者達が数名いる。外套を羽織りどこか覚束ない様子である。顔はしっかりと隠されているが、断罪されているマリミナを見て駆けだそうとする者もいれば震えてその場から動けない者もいる。
かつてマリミナが篭絡した男たちだ。彼らは国での立場を失っていた。それもそうだろう。契約を破るような信頼出来ない男たちを誰が受け入れる。彼らによって多くの優秀な女性達が傷つき、時に国から流出した。彼女たちを外に出さないための婚約でもあったのに。
そこまでして彼らが選んだ女は、聖女などではなかった。女神の怒りに触れた詐欺を働いた女。そもそも彼女の生まれとて誰も知らないのだ。知らないのに、何故かマリミナの言葉をすんなりと受け入れていた。
今になって彼らは痛感している。マリミナという女一人の為に、世界がここまで狂わされたのだと。彼女はこれから聖女ではなく何と呼ばれるのだろうか。彼女によって立場も名誉も何もかも失ってしまった彼らはどうなるのだろうか。
処刑されなければ、聖女に従っただけと言い訳が出来た。しかし、彼女は教会に認められていない自称聖女。教会は彼女を認めなかったし女神も認めなかった。それが事実。何よりも、王太子の死を誘発した罪人。
マリミナを擁護した男たちに陥れられ名誉を傷つけられ心も体も傷付いた女たちは漸く笑顔を浮かべた。
広場から民が消え、神槍に貫かれたマリミナはリンドマルク神聖国で最も罪深き者が入れられる牢獄の最奥に連れていかれた。どれだけ呻いても分厚い壁がその声を遮る。食事を与える必要もない為、重い鉄の扉を閉め十もある鍵を閉めてしまえば彼女は永遠の闇の中に閉ざされることになる。
最深部の最奥、何処よりも厳重に封じられたその中で身動きが取れないまま、マリミナは永遠に苦しむことになる。女神の赦しが与えられれば解放されるかもしれないが、その存在を女神が忘れてしまえば、国が滅び世界が滅んでも彼女はこの場で生き続けなければならない。
レーベレヒトの婚約者だった女は神殿の女神像の前に跪くと手を組んで長い間祈っていた。
間もなく結婚するはずだった。死が二人を別つまで共にあり続けると誓うはずだった。
それらを全て奪い去った女が憎かった。
女神アウラリアネの神罰が無ければ彼女は自らの手でマリミナを殺しかねなかった。
それだけ、愛していたのだ。
「レーベレヒト様、後を追えなかったわたくしをお許しください。次の王太子様の教育にわたくしも微力ながら協力させていただくことになりましたの。わたくしが知る限りの、貴方のお考えを伝えていきます。貴方が望んだ美しい世界の為に」
――女神アウラリアネの御許でどうぞお安らかにお休みください。いつかわたくしが神の園へ赴いた時に、抱きしめてくださいませ。
女は祈りを終えると立ち上がる。
聖女を自称した女は罰された。もう彼女が二度と人の目に触れることはない。
こうしてかつて聖女と呼ばれた女は処刑された。
自称聖女マリミナは転生者。
自分が知っているゲームやそこから派生した小説などの世界と同じだと思い込んでいた。
予言はそこで出ていたもの。
しかし、水害や冷害などは専門家が累積した情報を元に予測していたりしていたので彼女が聖女というのを疑う者もそれなりに居た。
苛烈な神罰を書いてみたかったのです。
※勢いで書いています。
活動報告や感想欄で疑問等にお答えしています。
他にもあればご連絡を
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回答する際はこちらも真剣に返しておりますのでお時間いただくことがあります。
ご了承ください。




