このくらい言い返しても問題ございませんわよね
「まあ!このシチューは。」
夕食時。
兄は今日も、いつもより遅くに帰って参りましたの。
ですので、一緒に夕食を取りたいというフィオーレ様の御要望にお応えしたために、とてもお腹が空いておりますのよ。
お仕事はなるべく、定時で終わらせていただきたいものですわ。
でも、今回はこのお時間でよろしかったかもしれませんわね?
フィオーレ様は、無事にお返事を書き終えられたご様子で、とても清々しい表情をなさっておりましたもの。
これでお互い、心置きなく夕食を堪能できますわ。
とはいえ、フィオーレ様はやはり少々お疲れのご様子でしたが、目の前に出されたシチューを見て、とても驚いておいででしたわ。
「今日はタイミングよく、新鮮なドンナーバイソンのお肉が手に入りまして。お昼のお話を思い出したら、どうしても食べたくなったのですわ。」
「まあ。私、とても嬉しいです。」
「お昼の話とは?」
兄が身を乗り出し、興味津々に聞いてこられましたの。
フィオーレ様は、とても嬉しそうにその時のお話をして下さいまして。
兄も穏やかな笑みを浮かべ、静かにフィオーレ様のお話に耳を傾けていらっしゃいます。
こうして見ておりますと、とても順調な交際をスタートさせたように見えますのに。
まさか。
例のあのラブラブ本が原因で、行き違いが起こっているなどと、誰も思いもしませんでしょうね?
「では材料さえあれば、君の話に出ていた思い出のシチューを、私も食べることができるんだね?」
「ええ。もし、ルーカス様がよろしければでございますが。」
「では今度、休みの日にでも私が仕留めて持ってくるよ。その時はぜひ、君の家のレシピで食べてみたいのだが、いいかな?」
「分かりましたわ。私、頑張ります。」
早速、手料理のお約束ですか。
意外とやりますのね? お兄様。
「話は変わるのだが、少しいいかな?」
一通り食べ終え、スプーンを皿の上に置いた兄は、そうおっしゃいますと、急にそわそわし始めたのですわ。
まあ、お食事が終わるまで我慢しておりましたご様子ですので、これも良しといたしましょう。
「はい。なんでしょう?」
「今朝の交換日記の件なのだが。」
「はい!きちんと一言一句漏らさずに、隅から隅まで読ませていただきましたわ。」
兄の問いかけに、フィオーレ様は急に緊張なさったのか、ピンッと背筋を伸ばして椅子の上で姿勢を正したのですわ。
「一晩必死に考えて書いたのだが。内容的に、何処か分かりにくいところはなかっただろうか? それとも、長すぎて負担になってしまったのではないだろうか? と思ってね。」
はい。
確かに初日から5ページびっしりは、ボリュームがありすぎだと思いますわ。
しかも内容が、ほぼ一日の業務日誌と言っても過言ではない、内容でございましたわよね?
普通の貴族社会にどっぷりつかった御令嬢がお相手でしたら、読み始めた途端にドン引きものでしたわよ?
「いいえ。ルーカス様のお人柄が垣間見える、とても興味深い内容でしたわ。」
フィオーレ様、ナイスなフォーローでございます。
兄に変わって、心の中でお礼申し上げますわ。
「私もお約束しましたので、頑張ってお返事を書かかせていただきましたの。お忙しいとは思いますが・・・・・・。」
フィオーレ様は、後ろで控えていたマリーに目で合図を送ると、すぐさま例のノートがテーブルの上に置かれたのですわ。
それを両手で大事そうに持ち上げ、兄の方へと差し出しましたの。
「ありがとう。とても嬉しいよ。すぐにでも読ませてもらってもいいだろうか!」
兄は小さい子供のように、目をキラキラとさせてとても喜んでおいででしたわ。
「はい。つたない文章でお恥ずかしい限りですが。」
フィオーレ様は恥ずかしそうに、うつむきながらそうおっしゃったのですわ。
「私にとってはね、君が私のために一生懸命に書いたということが、とても大事なんだよ? 今からとても楽しみだ。」
そうですね。
お兄様に倣った内容をお書きになったはずですので、きちんと読んでもう少し内容を吟味なされた方がよろしいかと思います。
が、だがしかし。
あのように、いつもの兄からは少し考えがたいほどにテンションが上がっておりますので、たぶん気が付かれないような気が・・・・・しばらくは同じ過ちのループが繰り返されるかと。
「がっばってくださいませ、フィオーレ様。」
「え? あ、はい。」
ついつい心の声が駄々洩れになってしまいまして、お恥ずかしい限りですわ。
それなのに、場の空気を読んできちんとお返事をなさいますフィオーレ様は、なんとお優しい方なのでしょう。
「申し訳ないが、私は今日はこれで失礼するよ。」
兄はそんな私の気苦労など、一ミリもご理解することなく。
フィオーレ様から例のノートを受け取ると、今にもスキップしそうな勢いで食堂を後にされたのですわ。
お兄様、良かったですわね。
お願いですから、次のお返事で少しでも誤解が解けるよう、記載する内容はもう少し御推考下さいませ。
次の日。
表面はカリッと、中はふんわりそして噛みしめればジュワリと甘い樹液がにじみ出る、ゴーラトレントの輪切りをみんなで美味しくいただきましたわ。
流石我が家のシェフ、文句なしに焼き加減が絶妙です。
とても美味しかったので、ついつい5枚も食べてしまいましたの。
後で森にでも行って運動しませんと、いろいろとまずいことになりそうですわね。
兄の目の下のクマが少々気にはなりましたが、ゴーラトレントを食べた途端、とても元気になられましたのよ。
やはり疲れた時には、甘いものが一番ですわね。
フィオーレ様は初めて召し上がったらしく、とても喜んでいらっしゃいましたわ。
今日もきっと、大量の文字を読んで、なおかつその量に見合ったお返事を書かなければなりませんもの。
今から、英気を養っていただきたいものですわ。
そんなフィオーレ様は、今日も学園にたどり着くまでずっと、兄からの交換日記を読んでいらっしゃいまして。
その時のご様子なのですが。
表情が無心と言いますか、微妙と言いますか。
後で確認はするつもりですが、もしかして今回もまた業務日誌なのでしょうか?
やはり昨日、少々指導すべきだったかと内心後悔しておりますの。
お互い考え事があるためか、静寂な空気の中、今日も無事に学園にたどり着きましてよ。
今日は一限目から、フィオーレ様が最も興味を持たれている、薬学の基礎理論の授業ですの。
別棟に教室がありますので、そのまま庭を横切って二人で移動していた、その時ですわ。
「フィオーレお姉様。こちらへ。」
「はい?」
フィオーレ様の腕をつかんで、すぐさま私の方へと引っ張りましたの。
と、同時に。
“ガシャーーーーーン!!”
という音がしましたので見れば、地面には鉢植えが割れて中の土などが飛び散っておりましたわ。
大きな音でしたので、周りに数人いらした他の生徒たちも驚いてこちらを見ていらっしゃいます。
ぐるりと軽くあたりを見渡しましたが、別段、怪しい動きの方はいらっしゃいませんでしたわ。
「まあ、置き方が悪かったのでしょうか?」
「そうですわね。それよりも、フィオーレお姉様、お怪我はございませんか?」
「はい、お陰様で。」
音と共に最初に上を確認いたしましたが人影はなく、3階のベランダに並べてあったであろうぽっかり空いている真ん中の鉢が、落ちてきたようでしたわ。
「また何かが落ちてきては危ないですわ。建物の中へ入りましょう。」
「はい。分かりましたわ。」
それから教室に入るまでは、何事もございませんでしたの。
昨日のこともありますし、誰かが・・・・・・とも思いましたが、きっと思い違いですわよね??
今日の授業は、薬草を組み合わせた初歩のポーション作りでしたの。
このポーションは、軽い擦り傷や打ち身に火傷といった軽症である場合のみ、効果を発揮できるものですわ。
きちんとした材料に基礎を抑えて作成すれば、誰でも作れるのなので、一般的に普及している安価な物なのですのよ。
ただし、質の悪いものは液を掛けた時に痛みがその度合いでひどく出るらしいので、品質は重要なんですの。
教室に入ると、すぐさま講師の先生が今日の実習に関する説明に入りましたので、フィオーレ様も先ほどのことは気にすることもなく、ポーション作りに集中しておりましたわ。
「あら?手慣れておりますのね?」
他の生徒が少々てこずっている中、フィオーレ様は難なく数ある薬草を選んで磨り潰し、混ぜ合わせた後に煮出して抽出した液=とても澄んだ透明色のポーションを作ってしまわれましたの。
「はい。我がグッドウィン領は薬草の産地ですので。私も簡単な物でしたら、小さい頃から領内の皆さんと一緒に作っていたものですのよ?」
「まあ、そうなんですの?凄いですわね。」
我がフォルモーント家の者は、ポーションなどを作ると、効果に他と違うものが出てしまうので、王家の許可がない限りは作れませんの。
ですので、私はフィオーレ様の補佐、という名の見学なのですわ。
フィオーレ様はとても楽しいご様子で、黙々と数をこなしてしまわれまして。
気が付けば、講師の先生からストップがかかる量でしたの。
しかも先生が鑑定したところ、彼女の作ったものは全てが、良質なポーション”らしいですわ。
「グッドウィン嬢の作ったポーションは、質がとてもいいのでこのまま高値で売れますよ。」
と、講師の先生から太鼓判をもらっておりましたもの。
フィオーレ様はお褒めのお言葉を頂いて、とても喜んでおいででしたわ。
そんななんという事は無い平和な授業を終え、教室に戻ろうとした、その時にござます。
突然、王家の護衛の者たちにフィオーレ様が呼び止められたのですわ。
「何かございまして?」
驚き、立ち尽くすフィオーレ様に代わって私が聞いてみましたの。
そうしましたら。
「アルフォンス第二王子様が、至急お呼びです。我々について来ていただきたい!」
との事でして。
何やらただ事ではない御様子でしたので、私もフィオーレ様に付き添ってついて行ったのですわ。
行先は、なんと私たちの教室。
しかもなぜか私の机の周りに、人だかりができておりまして。
私たちが入ったとたん、みんなが一斉にその場を離れましたの。
なんだかよそよそしくて、視線を合わせて下さらないのが不思議だったのですが。
すぐに分かりましたわ。
そこにはなんと、服がボロボロに破け泣いている見覚えのあるピンク頭と、彼女に自分の上着をかぶせて、何やら必死に宥めている目立つ赤髪のアフォ・・・・・・アルフォンス第二王子がいたのですわ。
「まあ。私の机の周りで、これは一体何事ですの?」
わざとらしく声を上げましたら。
「え?フォルモーント公爵令嬢の机?」
と、ピンク頭が小さくつぶやいたのを私は聞き逃しませんでしたわ。
「ああ、やっと来たか! オイ! お前!!」
第二王子は私たちの姿を確認するなり、フィオーレ様を指差して突然、怒鳴りつけましたの。
「まあ。ご令嬢を指差した上に、無礼にも“お前”呼ばわり。王族の品位が疑われましてよ?」
突然のことに、真っ青になってその場でガタガタと震え始めたフィオーレ様を背にして、第二王子の前で仁王立ちをして聞いてみたのですわ。
「王族の品位? このような卑劣なことをするやつを庇う其方の方も、品位とやらを疑われそうだが?」
と、何でしょう?
なぜそのような“してやったり顔”をされなければならないのでしょうか?
正直そのお顔、今すぐグーパンしたいのですが。
「“卑劣なこと”と申しますと?」
「こちらにいるご令嬢の姿を見て、貴様は何も思わないのか?」
「それは、なぜ別の学年でありクラスの御令嬢が、わざわざ私の机の下で、そのようなみすぼらしい格好をなさっているのか? ということでございましょうか?」
「そうだ!!」
鼻息荒く、そう言い張る第二王子。
いったい何をそんなに、興奮していらっしゃるのでしょうか?
「そんなもの、私もフィオーレ様も、今日初めてこの教室に入るのです。知るわけがありませんわ!」
と、ありのままをご報告差し上げてあげましたわ。
「え?」
予想外の返事だったのでしょう。
第二王子は、何とも愉快な間抜け顔をなさっておいでですわ。
「そんなはずございません! だって私にこんな仕打ちをしたのは、その女ですもの!」
ギロリと睨みつけながら、ピンク頭は私の背後にいらっしゃるフィオーレ様を指さしたのですわ。
「あら? それはおかしいですわね?先ほども申し上げました通り、私とフィオーレ様は今日は今初めて、この教室に入りましたのよ?」
「しょ、証拠は! 証拠はあるんですか?」
しかし。
ピンク頭は脳みその作りというのは、残念なご様子。
こんなに丁寧にご説明申し上げておりますのに、なぜ分かっていただけないのでしょうか?
「証拠なら十分にございましてよ? 馬車を降りてからずっと、今日の授業がある教室まで中庭を通って行きましたわ。その間に、何人もの学園の生徒にも会っておりますし、挨拶がてら言葉も交わしておりましてよ。証言してくださる方は、たくさんいらっしゃるはずです。教室についてからはすぐに授業が始まりまして。今日の講義はポーション作りでしたので、ずっと教室から出ておりませんの。疑わしいのでしたら、講師の先生に聞いてみては?」
と、説明申し上げたのですが。
「でも・・・・・・・・。」
「だって・・・・・・。」
と、全然納得してくれませんの。
仕方ございませんわね?
「そういえば、授業に出る前でしたかしら?建物の上から、何故か植木鉢が落ちてきまして。フィオーレ様が危ないところでしたのよ?そこでも、沢山の生徒が見ていらっしゃいましたので、証明してくださるはずですわ。」
と、完璧なるアリバイをご報告申し上げましたの。
そうしましたら、納得がいかないような顔で第二王子は、ピンク頭の顔を覗き込んでおりますし、当のピンク頭はうつむいたまま、うなだれているご様子でしたわ。
ちょうどいいですわ。
ちょっと、仕返しをして差し上げましょうかしら?
「それにしてもおかしいですわね?」
私がゆっくりとそう言いますと、お二人はビクリと肩を震わせましたわ。
「何故、そちらの御令嬢の周りに、私の教科書が散乱しているのでしょうか? 私、いつも机の中にきちんとしまっているはずですのに。まさか、私の机の中をお漁りに? それとも、盗みか何かでしょうか?」
と、聞いてみましたところ。
「いいえ、そんな! 違います、私は・・・・・・。」
もう白にも近い血の気の引いた顔で、ピンク頭はそうおっしゃいましたの。
「違う? ああ、そうですね?あなたの服が破れている・・・・・・ということは、私の教科書をそのようにビリビリに破こうとしたのかしら?」
「な、何故それを・・・・・・。」
そう言うなり。
「アッ!!」
と口を押えるピンク頭。
「何故?では教えて差し上げましょう。昨日のことがございますので念のため、私とフィオーレ様の持ち物には、いたずら防止の保護魔法をかけておきましたの。ですのでもし、私たちの教科書を破ろうと致しました場合、そのままその実行犯の持ち物が同じ目に合うようになっておりますのよ。例えば、今あなたの身に着けていらっしゃる、お洋服のように・・・・・・。」
ここまでご丁寧に説明して差し上げましたら、やっとピンク頭は静かになりましたわ。
「し、しかし。私が教室に来た時、彼女は一人で泣いていたのだぞ!」
あら?
お一人、まだご理解いただけてないおバカがおりましたわ。
「あら?では、教室には第二王子様とこちらの御令嬢だけ? そしてご令嬢はこのような有様?もしかしてお二人の間には、何か人に言えないようなことがあったのではございません事?」
「ば、馬鹿なことを言うな!!」
第二王子は、大慌てで立ち上がると私のすぐそばまでやってきて、大声で私を怒鳴りつけたのですわ。
「ですが、状況が状況ですので。もしかして突然、教室に入って来た他の人たちに見られたので、ごまかすためにこのような出来事を仕立て上げた・・・・・・なんていうことは、ございませんわよね?」
そう申し上げましただけですのに。
教室に集まった皆さんは、勝手に何やらひそひそとお話を始められましたわ。
このような状況ですもの。
いろんな憶測が飛び交うのも、致し方ございませんわよね?