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嫌がらせはテンプレでした

「お帰りなさいませ、フォルモーント公爵令嬢様。」


 ゲートを使って学園に戻りましたら、魔法基礎学の担任の先生が目の前でお出迎えをして下さいましたわ。


「お出迎えご苦労様ですわ。申し訳ございませんが急ぎますので、こちらをすぐに我が屋敷の調理場へ届けていただきたいのです。」


 私はそう言うと先生の目の前へ、血抜き済みのドンナーバイソンが2頭入った収納袋を置きましたの。


「畏まりました・・・・・・。おお、これはこれは立派なドンナーバイソンでございますな。しかもこの短時間で、2頭も仕留めてくるとは! さすがでございます。」


 先生はすぐさま、袋の口を開けて中を確認され、目を輝かせておいででしたわ。


「ありがとうございます。私も今回は、とても勉強になりましたのよ。“しつこいのは良くない”と、“他人の物に迂闊にちょっかいをかけてはいけない”ということを学びましたわ。」


「はあ、さようでございますか・・・・・・。」


 先生は、“?”といった表情で首をかしげていらっしゃいましたが、無理もありませんわ。

 あのような、滑稽な三文芝居をご覧になっていないんですもの。


 まあ見せられた私は、少々精神的に疲れた気はしますが。


「ああ。それと、ドンナーパイソンを届けると同時に、料理長には私が帰ってくる前に、この肉の下処理とドンナーパイソンの乳を用意しておくようにと、伝言しておいてもらえるかしら?」


「畏まりました。」


 彼に伝言を伝えて、私はゲートのある部屋から、急ぎ足で出ましたの。

 あまり長い時間、我が国の王女に護衛まがいのことを押し付けるというのは、いささか気が引けますもの。

 一応、()()()()()()()()()はかけておりますが、この世の中、何が起こるか分かりませんわ。


 この時間は、教室に戻っているはずなどと考えながら、廊下を急いでおりますと。


「キャー! なによこれ~~!」


 と、どこから出ているのか確かめたくなるような、甲高い女性の叫び声が聞こえてまいりましたの。


「え?女子トイレ?」


 気になって声のする方へと足を運びましたら、ピンク色の髪をした女性が全身水浸しになって、なぜかトイレの個室の中にある椅子に、座っておいででしたわ。

 それ以前に学園のトイレ内に、あのような椅子って設置してありましたかしら?


 不思議に思っておりますと、そのピンク頭は周りを気にすることなく、ワーッと大きなお声で泣き始めましたの。

 品位のかけらもございませんわね?

 トイレの個室の戸を大々的に開けっ放しにしているだけでなく、このような下品な泣き声を晒すだなんて。


「あら?こちらのお方は、トイレで水浴びをする趣味でもおありなのかしら?」


 声のする方を見れば、口元に握りこぶしを当て、びしょぬれの女性を見下ろしながら、密かにわなわなと肩を震わせている第一王女が見えましたわ。

 何やら必死に、笑いをこらえているご様子。


「いいえ。あの女が!あの女が私に水をかけたんです~ぅ!」


 何とも締まりない甲高い声で彼女がビシリ!と指差したのは、王女の後ろに控えていたフィオーレ様でしたの。

 フィオーレ様はビクリと体を震わせ、顔色がお悪いご様子。

 そんな彼女に。


「大丈夫よ。問題ないわ。」


 と、王女はにっこりと微笑んで、すぐさまずぶぬれピンク頭の方へと視線を向けると。


「このご令嬢は、何をおっしゃっているのかしら? 皆様もご覧になったでしょう?お花を摘みに個室に入られたフィオーレ様が、どうやって隣の個室にいらっしゃるこちらの御令嬢に、水を掛けれるというのかしら? 不思議ね?」


 と、少々声を震わせながら、お話をされていらっしゃいます。

 

「で、でも私は!」


 びしょぬれピンク頭が、反論しようと大声を上げた時にございます。


「確かにそうですわね。私はたまたま手を洗っているときに、音のする方を見たのですが。個室の上からバケツが見えたかと思うと、突然、グッドウィン令嬢へと、中の水が流れていったように見えましたわ。」


「ええ。私もバケツが勝手にこうクルリと反転いたしまして。そのままグッドウィン令嬢へと水が落ちていくのを見ましたもの。」


「本当に、不思議な光景でしたわね?」


「ええ。ビックリいたしましたわ。まるでマジックを見ているかのようでしたわね。」


「いわれてみれば、そうですわね。」


 偶然、トイレにいたのでありましょう。

 どこぞかの仲のよさそうな御令嬢がお二人、口々にそう証言してくださったのですわ。


「まあ! バケツが勝手に? こう、くるりと反転してそちらのずぶぬれ御令嬢に?ですか?」

 

 第一王女は、どこに隠し持っていたのかいつの間にかきらびやかな扇で口元を隠しながら、ギロリとずぶぬれピンク頭を見たのです。


「そ、そんなはずは・・・・・・。」


 突然狼狽える、ピンク頭。


「では、あなたはこちらの二人の御令嬢が、嘘をついている・・・・・・とでも?」


「・・・・・・。」


 王女の問いに対し、ピンク頭は歯をぐっと噛みしめていらっしゃいます。

 それにしても。


 この子は本当に、人様に水をかけるのがお好きなのね?


「そのままでは、風邪を引いてしまいますことよ?だれか!この子をドレスルームへとお連れして。それから魔法基礎学の教室へ行って、風魔法が使えるものを呼んで、乾かしてもらうといいですわ。」


 王女がそう言うと、どこからともなく地味な紫頭と緑頭のどこぞかの御令嬢が姿を現したかと思うと。


「で、では御前を失礼いたします。」


「急ぎますので。これにて失礼いたしますわ。」


 それぞれに、王女へ簡単な挨拶を済ませると、びしょぬれで俯いたままのピンク頭を促して、その場を去って行かれましたわ。


 その後ろ姿を見送った後。


「貴方たちがいてくれてよかったわ。とても助かりました、ありがとう。」


 王女は、先ほど証言して下さった二人に、深々と頭を下げたのですわ。


「私も助かりました。本当に、ありがとうございます。」


 続けて、フィオーレ様もお二人に頭を下げていらっしゃいます。


「あ、頭をお上げください。私たちは何も・・・・・・。」


「そうですよ。私たちはただ、見たままを申し上げたのですわ。」


 お二人は、とても困惑なさっているご様子。


「私からも、お礼申し上げますわ。義姉を救っていただき、本当にありがとうございす。」


 私も物陰から姿を現し、お二人にお礼を申し上げましたの。

 後で、お礼の品を送らねばなりませんわね。


 お二人は申し訳なさそうに、何度も私たちにぺこぺこと頭を下げて、その場を去って行かれたのですわ。

 

 二人の姿が見えなくなった後。


「で?今回は、()()()()()を仕掛けたのかしら?」


 第一王女はいたずらっぽい笑みを浮かべて、私に聞いてきたのですわ。


「まあ、簡単な防御魔法ですわよ?()()()()()()()()()()()、正解でしたわ。」


 本当に。

 まさか、学園内で嫌がらせが行われるなんて。

 随分と甘く見られたものですわ。

 

「本当に。後から来た紫頭と緑頭は、あのピンク頭の取り巻きだと、聞いておりますわ。そういえば、貴女が剣術の講義に出られた後にも、ひと悶着ありましたのよ?」


 と、意外な答えが返ってきたのですわ。


「ひと悶着・・・・・・とは?」


「ええ。私とフィオーレ様が教室移動をするために、ご一緒に廊下を歩いていた時ですわ。」


 なんでも、廊下を走って来た一人のどこぞかの御子息が、階段を降りようとしていたフィオーレ様にぶつかりかけたそうなんですの。

 慌てた王女の護衛の一人が、急いでフィオーレ様をお守りしようと近づいたらしいのですが。


「その御子息は、勝手に階段の上から転げ落ちちゃったのよね。そのあまりにもおまぬけな姿に、護衛の者が呆れていたわ。」

 

 両手の平を上に向け、呆れたように肩の位置まで持ち上げていらっしゃいます。


「それなのに、“その女に突き飛ばされた!”と、その男性はフィオーレ様の方を指差して、怒鳴りつけたのよ。呆れた私の護衛が、“自分で勝手に落ちていって、何を言っているのだ?もしや、私の見間違えとでも?”と申しましたの。そうしましたら他の方々からも、“確かに”だの“勝手に落ちていったくせに”だの。しまいには、“カッコ悪いからって、人のせいにするなよ!”と非難され始めまして。恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、走ってその場を去って行きましたわ。」


 ということが、あったらしいですわ。

 なんとまあ、ありきたりな嫌がらせなのでしょう。


「もう、阿保ですね。」


「ええ。阿保ですわ。」


「それにしても。フィオーレ様のおそばにおりましたら、いろいろと面白いものが見れて勉強になりますわね「。今後の()()()()が、ますます楽しくなりそうですわ。私、しばらくはお二人にご一緒いたしますので、これからもよろしくね。」


 困惑するフィオーレ様をよそに、第一王女は楽しそうにウィンクして見せたのですわ。


()()()()()、お願いいたしますね。」


 何やら、頭が痛くなってまいりましてよ。


 その後。

 ずっと私達二人と、ご一緒にいらしたからなのか。

 何事もなく、無事にお屋敷へとたどり着きましたのよ。


 フィオーレ様はと申しますと。

 今日の出来事に心を痛めていらっしゃったようですが、私と王女とでいろいろなお話をしているうちに、なんとか元気を取り戻されましたご様子ですので一安心ですわ。

 帰りの馬車の中ではずっと、お兄様へのお返事を一生懸命に考えてながら、必死に書いていらっしゃいましたわ。

 でも、お時間が足りなかったようでして。

 帰ってからはずっと、お部屋に閉じこもりっきりでお返事をお書きになっていらっしゃるご様子。


 まあ、最低でも5ページは埋めなければなりませんものね?

 あの分厚い交換日記のノートも、すぐさま次の分厚いノートになりそうな勢いですわ。


 でもこれはチャンスです!


 「ただいま戻りましてよ。」


 帰って着替えを済ませました後に、まっすぐに向かうべきは、調理場です。


「お帰りなさいませ、お嬢様。」


 調理場担当の皆様が、左右に分かれてお出迎えをしてくださいました。

 伝言しておりました通り、大きな調理台の上には、すでに下処理の済んだドンナーバイソンのお肉と乳が用意されておりましたわ。


「お嬢様。今日はもしや、シチューをお作りになるのでしょうか?」


「ええ、その通りよ料理長。なるべく南地域の味付けに似た感じで、この材料を使って作りたいの。」


「畏まりました。」


 そう言うと、調理場の使用人たちにてきぱきと指示を出し、それぞれが無言で作業をなさいましたわ。


 そういえば。


「ねえ、料理長?」


「はい、何でしょうお嬢様。」


「生クリームと乳にバターはまだ予備があるのかしら?」


「ええ。ございますが?」


「ありがとう。それは良かったわ。」


 そうと決まれば、やることはただ一つです。




「セバスチャン!」


「ハイ!」


 私が声をかけると、いつの間にか後ろで控えていた、我が家の超有能な執事が姿を現します。


「私、少~し、散歩をしてまいりますわ。」


「い、今からでございますか?もうすぐ、ルーカス様もお帰りになられますが。」


「すぐよ! お兄様が帰ってくる前には、戻ってくるわ!」


「ハッ。お気を付けていってらっしゃいませ。」


 そしてすぐさま向かった先は、わが屋敷の裏にある魔法陣。

 行先はもちろん、いつもの“マリディシオンの森”ですのよ。


 今回は、その森の中でも立派な木がたくさん生い茂っている場所へと、やって参りしたの。

 似たような木がたくさんありますが、この中には魔獣が潜んでおりますのよ。


「さあ、出てきなさ~い!!」


 ポイ~ッと木の密集している中へと、私が投げ出したのは。

 ()()()()()()()を繋いだものでしてよ。

 大きな木の棒に、太いロープを繋げまして、その先に括り付けらのですわ。


「フフフッ。引っかかったわね?」


 案の定。

 たくさんある木の中の一つがガサガサと大きく揺れ、地面に葉っぱをばらまきながら動き出しましたわ。


「さあ、こちらへいらっしゃ~い。」


 ロープをクルクルと巻いて回収するたびに、こちらに近づいてまいります。

 一見普通の樹木ですのに、餌を前にするとその恐ろしくも大きな口を開け、よだれをだらだらと垂らしながら、餌に向かって一目散に突進してまいりましたのは、ゴーラトレントですわ。


 餌には、我が領地である“マリディシオンの森”の魔獣を好みますので、ちょうど運よく、午後に仕入れた一組のドンナーバイソンの頭を使っておりますの。


  二頭仲良く私の役に立って、きっと彼らも本望だと思いますわ。


「そして、ここでジャーーーーーーーーーーンプ!!」


 思いっきり餌である、ドンナーバイソンの頭を空高く放り投げますと、ゴーラトレントも習ってジャンプをし、餌に食いついたのですわ。


 この時を待っていたのです。


「チェストーーーーーーーーーーーー!!」


 根っこから木のてっぺんまでを縦真っ二つに切り裂きましたわ。

 そうしませんと、ゴーラトレントは死にませんの。


 切り裂いたらすぐさま氷魔法で凍らせませんと、美味しい樹液がダダ洩れになるという、もったいないことになってしまいますのよ。


「さてと。これで明日の朝食は、確保できましたわね。」


 私もフィオーレ様も、いろいろと疲れておりますもの。

 明日の朝は、このゴーラトレントを焼いて食べてもらって、英気を養わないとなりませんわ。


 ついでに、今日助けてくださいました第一王女と、あのお二人の御令嬢にも送って差し上げようかしら?

 とても甘くて人気があるので、きっとお喜びになると思いましてよ。

★ゴーラトレント

 成体は、5m~10mにもなる大木。

 年長のトレントほど背が高く、大きい。

 外見は木そのものであり、普段はそこら辺に生えている樹木に擬態して生息している。

 獲物を見つけると、太い根が足となりとても速く走ることが可能。

 太い枝のような腕は怪力で、エルモバッファローを一殴りで殺せてしまうほど。

 以外にも大きな口をもっており、魔獣が好物である。

 見つけると捕獲して、一口で丸のみにしてしまう。

 木の皮を剥くいて中身を絞ると出る樹液は、上品な甘さでおいしいことから重宝されている。

 樹液を絞らずにそのまま焼くと、柔らかいふわふわのパンケーキのようになる。

 中から甘い樹液も出てくることから、老若男女問わず、大人気の魔獣である。

 木の中にある小石ほどの小さな魔石は、ハイポーションの原料の一つとなるので、貴重。

 強い魔獣を好むため、“マリディシオンの森”にしかいない。

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