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交換日記とは?

「フィオーレ様、先程は兄が、いろいろと失礼致しましたわ。代わって私が、お詫び申し上げます。」


 他の馬車とは違って明らかに揺れが少ないはずである我が家の馬車の中で、向かい側に座っていらっしゃるご令嬢、フィオーレ=グッドウィン辺境伯令嬢に頭を下げましたわ。

 正直、兄があんなにグッダグダだったとは!


 今までの兄でしたら、何事もスマートに、なおかつ器用にこなす方なので。

 朝から穏やかに話を進め、結婚の件も婚約からで何事もなく終了。

 今日も平和な1日が・・・・・・と、密かに思っておりましたのに。


 まさか、あんな悪趣味の交換日記ノートをご用意していらっしゃったとは!


 穴があったら入りたい!とはまさにこのことなのでしょうか?


「え?そんな・・・・・・。何も謝られる事は無いと思いますが。」


 しかし。

 いろいろと考え込んでいた私とは対照的に、フィオーレ様は御機嫌がよろしいようですが。


「そ、そうでしょうか? 例えばその交換日記に使うノートとか・・・・・・。」


「? とても可愛らしい柄だと思いますわ。“氷の貴公子”と言われていらっしゃるルーカス様が、一生懸命に選んでくださったノートですもの。大切に扱わなければ、罰が当たりますわね。」


 と、教科書などと共に例のノートも入っていらっしゃるであろう、鞄を愛おしそうに胸元に抱え込んで、優しく握りしめましたの。


 アレ?

 もしかして、気に入って下さいましたの?

 でしたら、これはある意味成功・・・・・・ということでよろしいのかしら?


「そこでお願いがあるのですが・・・・・・。」


「はい。何でしょう?」

 

 突然のフィオーレ様からのお願い、一体何なのでしょうか?

 少々、緊張いたしますわね。


「ルーカス様へ、夕食時に交換日記を渡したいのです。その為には、昼休みの時間に読んで、お返事を書きたいと思いまして。そこで、ご一緒に読んで頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」


「それはよろしいのですが。私が読んでいいものなのでしょうか?」


 兄がフィオーレ様のために書いた内容、気にならないと言えば嘘になります。

 正直、どのようなことをお書きになったのか。

 朝のあの兄の様子ですと、心配しかありません。

 しかしですわよ。

 お二人の交換日記を妹とはいえ第三者の私が読むのは、いかがなものかと思うのですが。


「ルーカス様に、もし失礼なことを書いてしまってはと、心配で。私、あまり学校に通えておりませんので、学がありませんし・・・・・・。」


 左頬に手を当て、憂いを帯びたお顔でホウッと深いため息をつかれております。


「分かりましたわ。私でよろしければ、微力ながらご協力させていただきますわ。」


 そのようなお顔をされては、お断りなんてできる人は、この世にはおりませんことよ。

 ちなみに兄がそのような顔をご覧になりましたら、悪い意味で暴走しそうな気がいたします。


「良かったですわ。よろしくお願いいたします。」


 両手を合わせて神に祈るようなしぐさをしながら、パアーーーッと日の光が差した如く明るい笑顔を向けられまして。

 正直、眩しゅうございます。


 そこでガタン! という音と共に、馬車が止まりましたの。

 どうやら学園に、到着したようですわね。


「フィオーレ様。」


「はい。」


「学園に着きましたら、私は“フィオーレお姉様”とお呼びしますので。フィオーレ様は私を“オフィーリア”と呼び捨てにしてくださいまし。」


「え?さすがにそれは・・・・・・。」


 どうやら私にご遠慮なさって、ためらっていらっしゃるご様子。


「私は将来、あなたの義理とはいえ妹となる予定でしてよ? 今から練習だと思って付き合ってくださいまし。」


「そ、そういうことでしたら・・・・・・。」


 何とか、ご納得ただけたようで何よりですわ。


「それからここを出ましたら、帰るまでは私から離れませんよう、お願いいたしますわ。」


「はい。分かりましたわ。」


 私が提案をすると、すぐさまフィオーレ様は何かを察したのか、とても緊張したご様子で頷いたのですわ。


「では、参りましょう。」


 先に私の方から、馬車から外へと出ましたわ。

 フィオーレ様に、何かあっては兄に顔向けができませんもの。


 案の定、我がフォルモーント公爵家と少しでもつながりを持ちたいという気マンマン下心まるわかりな連中が、団体を作って待っておりましたが、いつも通り・・・・・・無視です。


 正直私、群れるのは好きではありませんの。


 ぐるりと周りを見渡しましたが、変な動きをなさっていらっしゃる方は・・・・・・。

 今のところ、おりませんわね?


「さあ、フィオーレお姉様、危ないですのでこちらへ。」


 私は、フィオーレ様の手を取って、危なくないようにゆっくりと、馬車から出れるようにエスコートいたしましたの。

 緊張していらっしゃるのか、わずかに手が震えておりますわ。

 それはそうですわよね。

 私たちを取り囲む多方面が、何やらガヤガヤとうるさいんですもの。

 

「大丈夫ですわ。」


 私が軽く手を強く握りますと。


「ありがとう、オフィーリア。」


 小さい声でしたが、私の手を握り返しながらそう、答えてくれたのですわ。

 すると突然、取り巻きになりたいおべっか集団が左右に分かれ始めましたの。

 それもそのはず。


「おはよう、オフィーリア。あら、こちらの御令嬢は、どちら様かしら?」


「おはようございます、ルイーゼ様。こちらは、フィオーレ=グッドウィン辺境伯令嬢。兄の婚約者ですの。」


 左右に分かれた人ごみの中から現れたのは、この国の第一王女、ルイーゼ=フォン=アスファリア様ですわ。

 真っ赤に燃え盛るような赤い髪に、空を映し出したかのような綺麗な青い瞳で、お人形のように可愛らしい顔立ちの別名、“炎の薔薇姫”と呼ばれていらっしゃる方ですの。

 

「おはようございます、第一王女様。私は、フィオーレ=グッドウィンと申します。」


 スカートの両裾を手に取り、美しいカテージをしてご挨拶なさるフィオーレ様、流石でございますわ。


「まあ、この方が。兄から話は聞いておりましてよ。ご婚約、おめでとうございます。このように可愛らしいご令嬢を探してくるなんて。フォルモーント卿も、なかなか隅にはおけませんわね。」


 ルイーゼ様の話の内容に、さらに周りはざわつき始めましたわ。

 まあ、わざと皆様にご理解いただけるように、ルイーゼ様からおっしゃっていただいたのですが。


「ありがとうございます。」


「恐れ入ります。」

 

 フィオーレ様がルイーゼ様に頭を下げてご挨拶をしている横で、私とルイーゼ様は目で合図を送りあっておりましたの。

 これだけ派手にフィオーレ様の御挨拶をしておけば、そう易々と相当のオバカでもない限り、手を出してくるものはいないと思われますわ。


「フィオーレ様は、薬草学に大変ご興味をお持ちだとか。私もオフィーリアもその科目を取っておりますのよ。これからお勉強もご一緒できるのが、とても楽しみですわ。」


 そう言われた後、ルイーゼ様はフィオーレ様の右横に、私は左横へと移動しまして、一緒に学園内へと入ったのですわ。


 案の定と申しましょうか、当然と申しましょうか。

 その後も、フィオーレ様には何事もなく、平和に授業へ参加していただけたのですわ。

 時々、何やら視線を感じることはございましたが、まあ気にすることもないでしょう。


 

 そしてあっという間にお昼休み。

 ルイーゼ様は、所要があるとかで席を外されてしまわれましたので、私とオフィーリア様は中庭へと移動しましたの。

 このようにポカポカとお日様の日差しが柔らかく、ふわりと頬を優しく撫でるそよ風の吹く日は、外で食事をするに限りますわ。

 柔らかい草の上に、持ってきた敷物を敷いて、その上にお弁当を並べてましたの。

 

 今日は、家のシェフご自慢の野菜や肉のたっぷり入った栄養満点のサンドイッチと、デザートに、このために残しておいたあのプリンも持ってきておりますのよ。


「まあ、今朝のプリンがもう一度食べられるなんて!」


 と、フィオーレ様は目をキラキラとさせて、大層お喜びでいらっしゃいましたわ。


「フィオーレ様は、どんなお料理がお好きですの?」


 ふと、聞いてみましたところ。


「はい。小さい頃、まだ母が生きていた時の事なのですが、ドンナーバイソンの乳とお肉で作ったシチューを家族で一緒に頂いたことがございまして。それが、とても美味しかったのですわ。」


 そうおっしゃいますと、お母様を思い出されましたのか、少し寂しそうに微笑まれたのですわ。


「まあ。亡きお母様との、思い出のお料理ですのね。私も食べてみたかったですわ。」


 そう申し上げるしかございませんでしたわ。

 昔を思い出されるようなことを聞いてしまい、少々後悔もしておりますの。

 まさかお母様のお話が出るとは、思ってもみませんでしたので。


「そうなんですの?それでは今度、お肉が手に入りましたらいかがでしょう?父がその時のレシピを残しておいてくれまして。実は私も作れるのですよ?」


 少し恥ずかしそうに、はにかみながらそうおっしゃるフィオーレ様。

 思ったよりも、気になさっていない御様子ですが。


 そういえば。

 彼女はこの王都にいらしてからずっと、家事全般をほぼお一人でなさっておいででしたわね。


「もしかして、継母様(おかあさま)義妹(いもうと)さんにも、作って差し上げていたのですか?」


「いいえ。第一、ドンナーバイソンは我が領地でも、そうそう手に入るものではございませんので。普通のどこにでも売っている、猪の肉で賄っておりました。」


 両手を前で左右に振りながら、とんでもないと言いたげに慌ててそうおっしゃいました。


 そうですわね。

 ドンナーバイソンは今のところ、我が領地でなければ、生息しておりませんものね。


 でも。

 今日の夕食は決まりましたわ。


「私、頑張りますわね?」


「え?はい。」


 フィオーレ様は、何のことかわかっていない御様子。

 まあ、当たり前なのですが。


 そんなことを話していると、あっという間に食事が終わり、いよいよアレに向かう時がやって参りましたわ。


「では、フィオーレ様。まずは先に読んでいただけないでしょうか?」


「はい。そうですわね。」


 コクン、と力強くうなずきまして。


「では、読みます。」


 そう言うなりぎこちない動きで、あのできることなら他人に見られたくないノートを鞄から取り出し、真剣な顔で読み始めましたの。


 しかし。


「あの~、オフィーリア様?」


 読んでいたフィオーレ様の表情が、だんだんと困惑なさっていらっしゃるような顔つきになられまして。

 とうとう、私の名前を呼ばれたのですわ。


「どうされました? フィオーレ様。」


「この内容は、私が存じ上げてもよろしいものなのでしょうか?」


 そう言って、ページを開いた状態で、例のノートを見せて下さったのですが。


「え? これが、“交換日記”?」


“〇月×日

 今日から、グッドウィン辺境伯令嬢との交換日記を始める。

 私は、ルーカス=フォルモーント。

 8の月の最初の生まれで、今度23歳となる。

 家族構成は、父・母・5歳年下の妹。            

 レオナルド=フォン=アスファリア王太子の近衛を務める。

 王太子とは、幼少の頃よりの付き合いである。

 身長は180cm。

 体重は、65kg。

 得意なのは、全属性魔法を併用した剣術。

 今だ、誰にも負けた事は無いので、安心して信用してほしい。”


 最初の出だしは、問題ございませんわ。

 相変わらず、字がとてもお綺麗です事。


“好きな食べ物は、トマト煮込みとプリン。

 好きな色は緑・明るい栗色。

 性格は見ての通り、まじめだけが取り柄の何の面白みもない男だ。

 だが、君を幸せにするために最大限の努力はする。

 そこのところは、信じてもらいたい。”


「お兄様、やれば出来るではございませんか。」

 

 思いの強さが、その文字の力加減ににじみ出ておりますわよ。

 インクのにじみ具合から、ここでペン先を折りましたわね?


 まあまあの出だしだと、安心していたのですが。

 

 “4:30 起床。

      いつも通り、一人で着替えをすませ顔を洗い、朝の剣の鍛錬のために庭へと一人で移動。

      その後、護衛騎士たちと共に、朝の鍛錬へと入る。20人ともに全員男性である。

 5:30 鍛錬終了。

      今日は王城に呼ばれており、時間がないのでこれで終了とする。

      一人で浴室で水浴びをして汗を流し、一人で着替えをする。

 6:30 一人で食事を取る。

 7:30 一人で身支度を整え、今日の護衛騎士たちと共に、王城へ出発する。

      3人とも全員男性である。

 8:00 王城へ到着。

      家の護衛の者たちと共に、王太子の待つ部屋へ移動。

      客人と共に、話し合いが行われる。

      内容は極秘事項のため、詳細を伝えることはできない。

      全員男性である。

10:00 小休憩。

      お茶を飲みながら、どうということはない世間話をする。

      茶菓子は出ない模様。

      全員男性である。

12:00 昼食を取る。

      打ち合わせをしている部屋で、そのままのメンバーでの食事となる。

      全員男性である。

      メニューは・・・・・・・・・”

 

 といった内容にて、寝る時間までの出来事が、時間単位で詳細に記されておりましたの。

 なぜか、5ページを超えた大作となっていたのが不思議なのですが。

 最初から、なかなかのボリュームでしてよ?


「これは、“交換日記”というよりは、“業務日誌”の間違いなのでは?」


 思っていたことがつい、言葉に出てしまいましてよ。

 まさかこんなにも、想像を斜め右上にいってらしたとは。

 ある意味、兄を尊敬してしまいます。


「私、どのようにお返事をすればよろしいのでしょうか?」


 そうですわね?

 確かに、この内容ではそのように困惑しても仕方ございませんわね?

 しかもことある毎に、“一人”だの“全員男性”だのを強調しておいでですし。

 正直、理解に苦しみます。


「ひとまず・・・・・・。」


「はい。」


「フィオーレ様も、兄と同じように、簡単な自己紹介と昨日一日の出来事を時間単位に記載されてはいかがでしょう?」


 このように申し上げるしか、なかったのでございますわ。  

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