兄が心配なのですが
「おはようございます。昨日は挨拶もせず、申し訳ございません。」
「私こそすまない。昨日は妹と急ぎの話がっあったのでな。」
「いいえ。私こそ。助けていただいた上に、このように大変良くしていただいておりますのに、お礼も言わず自分の事ばかりでお恥ずかしい限りです。」
「いやいや。こちらこそ返って気を使わせてしまい、申し訳ない。」
お二人とも。
食堂に入ってくるなり、ドアの前で何をされていらっしゃるのでしょうか?
お互いに、ぺこぺこと頭を下げながら、一向に進まないお話をなさっているような気がするのは、私だけなのでしょうか?
「お二人とも。まずは席に着きません事? 早く朝食を食べなければ、遅れてしまいましてよ。」
私の声が聞こえたらしく、二人は“アッ”!と顔を見合わせて、すぐさま視線をそらし、真っ赤になりながらこちらに来たのですわ。
何でしょう?
お二人のお姿を見ておりますと、なにやらムズムズするのですが。
「さあ、早く食べてしまいましょう。冷めてしまいますわ。」
テーブルには、クロワッサンにコーンスープ、そして色鮮やかな野菜サラダに料理長ご自慢のふわふわオムレツにカリカリに焼いたベーコンといった、いつものメニューが並んでおりますの。
今はただ、お互いに黙々と食事をしたのですわ。
そして、食後のスイーツは。
「こ、これは・・・・・・。」
「この、プルプルしたものは、何ですの?なにやら、甘い匂いがしますが。」
お二人とも、その姿を見るなりとても驚いておいでです。
フィオーレ様は、初めてご覧になったのでしょう。
目をキラキラと輝かせて、興味津々といったご様子です。
兄は、そんなフィオーレ様のお姿をとてもお優しいお顔をなさって、見ておられたのですわ。
「これは、プリント言う食べ物で、甘くておいしいのですよ。」
そう言うなり、スプーンですくったプリンをパクリと、口の中へと入れまして。
「この、濃厚な卵の味と甘さ、もしかしてロック鳥の卵か?」
とても驚いているご様子です。
「ええ。今朝、新鮮なものが手に入りまして。急いで作らせましたのよ。」
作ってすぐに調理場の皆様とアニーとマリーとで味見はしてありますもの、美味しくないわけがございませんわ。
「やはり、ロック鳥の卵で作ったプリンは、他の卵で作ったものとは、全くの別物だな。」
兄はすでにプリンの虜となった御様子。
そして、フィオーレ様も。
「こんなに柔らかくて甘くておいしいもの、初めて頂きましたわ。」
お気に召していただけて、良かったですわ。
そんな二人の食べる様子を見ながら、後ろに控えているアニーとマリーはプリンの味を思い出したのか、ゴクリと喉を鳴らしてしまいまして・・・・・・はしたないですわよ?
まあ、女性は皆甘いものが好きですから、致し方ございませんわね。
「あー、コホン。」
プリンを食べ終わった兄が突然、フィオーレ様の方へ体を向け、咳ばらいをなさいましたわ。
「グッドウィン辺境伯令嬢殿。少しよろしいだろうか?」
「は、はい・・・・・・。」
彼女はプリンをちょうど食べ終えたらしく、その場でスプーンを置きましたわ。
兄の緊張が、ビシビシと彼女へ伝わっている感じです。
お二人とも、表情がとても固くていらっしゃいますが、大丈夫でしょうか。
「じ、自己紹介がまだだったのでな。私は、ルーカス=フォルモーント。次期フォルモーント公爵になる予定の者で、こちらにいるオフィーリアの兄だ。今年で23歳。今はレオナルド=フォン=アスファリア王太子殿下の近衛をしている。健康状態は見ての通り、至って良好だ。」
「はい。存じ上げておりますわ。」
緊張して多少早口になっている兄に、にっこりと優しく微笑むフィオーレ様。
「突然、説明もなく我が屋敷に連れてきてしまい、申し訳なく思っている。」
「いえ、そんな。私はあの場から助けていただいて、とても感謝しておりますわ。」
そう言うと、フィオーレ様は椅子から立ち上がり、何と兄の目の前まで来ると、床の上に座り込んだのでございます。
「この度は誠にありがとうございました。心より感謝いたしております。このご恩は一生、忘れませんわ。」
三つ指をついて頭を下げたまま、土下座なるものをなさりながら、感謝の意を述べられるフィオーレ様。
「ご、ご令嬢、そのようなことはいけない!」
兄は慌てて立ち上がり、ガタン!と椅子を大きな音とともに倒したかと思うと、彼女のそばへと駆け寄りましたの。
「さあ、椅子に座られよ。」
そう言って優しく彼女の手を取り体を起こして差し上げると、椅子へと座らせたのですわ。
その一連の流れは、紳士らしき振る舞いですので、ポイント高いと思いますわよ。
その調子で頑張っていただきたいものですわ。
それからのお兄様と言えば、フィオーレ様の前に片膝をついておりまして。
「すまない。まだお互いのことをよく知らないのに。私は君の許可も取らず、勝手におとといは君の肩に触れ、今は君の手に触れてしまった。」
深々と頭を下げ、謝罪なさっております。
「いえ、そんな・・・・・・」
アレ?
お二人とも顔を真っ赤にしていらっしゃいますが、この流れでいいのですわよね?
順調なのですわよね?
と、自分に言い聞かせていたのですが。
「私は責任を取って、君と結婚するつもりでいる。」
「え?」
「はあ?」
お兄様、いきなりそのようなお話は、よろしくないのでは?
フィオーレ様も、びっくりしておいでですわよ?
「お、お兄様、モノには順序というものが・・・・・・。」
突然のことに、フィオーレ様は固まっていらっしゃるご様子。
コレは良かったんですの?
それとも・・・・・・。
頭の中をフル回転している最中に、またもや兄が暴走をし始めたような・・・・・・。
「だからご令嬢。」
「はい。」
「今日から私と交換日記をしないか?」
「え?」
フィオーレ様はまだ、どこか別の世界に旅立っていらっしゃるかのように、ただただ兄の顔を見ているだけなのですわ。
コレは良かったんですの?
それとも呆れておりますの?
判断するには、まだお付き合いがちっとも足りません事よ。
「はい?」
それにしても。
どうしてこのタイミングで、交換日記なんですの?
兄はそう言うと突然、セバスチャンから一冊の分厚いしかも可愛らしいピンク色のノートをもらい、そのままフィオーレ様の前へと差し出しましたの。
その表情、冗談ではなく本気なのですね?
それでいいって思っていらっしゃいますのね?
表紙の中心には、真っ赤なハートが金色の縁取りをされており、存在感が半端ありませんが。
って、まさかこれはお兄様の趣味ではないですわよね?
堂々と、お店でこのノートを購入している兄を想像しただけで、少々、眩暈がするのですが。
「お互いのことを知るには、まずこれが一番だと聞いている。」
「え? ええ。ですが私なんかで、よろしいのでしょうか?」
やっと我に返ったオフィーリア様は、申し訳なさそうに兄の方を見て、ノートを受け取るべきかどうか、迷っていらっしゃるご様子ですの。
その前に!!
兄は誰に聞いたのでしょうか?
23歳にもなって、まず最初が交換日記って・・・・・・。
「まずは私から。昨晩、いろいろと考えて書いてみた。良ければ全部読んで、君の自己紹介とできれば私の書いたことに対する返事を記入してもらえると助かる。明日の朝にでも渡してもらえると、とても嬉しいのだが。」
兄は真剣そのものなお顔で、そうおっしゃりますが“全部読んで”って、どれだけの量を書いたのでしょうか?
兄の顔を改めて確認しましたら、目の下にうっすら隈が出来上がっていらっしゃるような・・・。
少々、心配になってきましたわ。
「わ、分かりましたわ。公子様。私、頑張ってお返事を書きますわ。」
フィオーレ様は、何か意を決したような表情で、ノートを受け取って下さったのですわ。
大事そうに、ノートを両手でしっかりと抱きしめながら。
「“公子様”ではなく、今から私のことは、“ルーカス”と呼んでいただきたい。」
兄が提案なさいますと。
「では、私のことは、“フィオーレ”とお呼びくださいませ。」
フィオーレ様も、名前呼びをお願いされましたの。
これは、一歩前進と言ったところでしょうか?
「では、フィオーレ。私は今から城へ行かなくてはならない。本当は学園までついて行ってあげたいのだが、こんな薄情者ですまないと思っている。」
「いえ、そんな。お気をつけていってらっしゃいませ、“ルーカス様”」
恥ずかしそうに微笑みながら、兄を見つめてそうおっしゃるフィオーレ様を見て、またしても真っ赤になるお兄様。
「ああ。では行ってくる。」
そう言うなり兄はその場にて立ち上がると、右手右足を一緒に出しながら、カッチカチになって食堂を後にしたのでございます。
そしてその後を見送った後、再びノートに視線を移し、何やらうれしそうに微笑むフィオーレ様。
何なのでしょうか?
私、もう一日分の疲れが、こうドドッと押し寄せてきたような、そんな感じがするのですが。
思い違いなのでしょうか?
「セバスチャン!」
「お嬢様、セバス様はルーカス様について、お部屋を出られましたわ。」
「え?」
言われてみれば、お部屋には姿が見当たりませんわね?
「では、アニー!」
「だめですよ? 今からフィオーレ様と、学園に向かわれなければ遅刻してしまいます!」
そうでした。
昨日は休んでしまいましたが、私の本分はまだ学生でしたわ。
「しかたございませんわね。」
こうして私は、フィオーレ様と共に、学園へと向かったのですわ。