辺境伯令嬢はとてもいい方のようです
「お嬢様、大変でございます!」
なかなかに上質なお肉が入り、とても美味しそうな料理ができたからでしょうか?
お腹が、とても空いてしまいましたの。
早く食べたくて急いで着替えをしようと部屋に戻った、その時でございます。
慌てた様子で、アニーがいつもとは違って乱暴に大きな音を立てながらドアを開け、部屋に入ってきましたの。
「どうしたの?そんなに慌てて。」
「辺境伯令嬢様、フィオーレ様が・・・・・・」
胸に手を当て、息を整えている様子からして、かなりの緊急事態と思われます。
「彼女は食堂ではないの?」
「いえ、それがまだお部屋にいらっしゃいまして。とにかく、一緒にいらしてくださいませ。」
急かすアニーと共に、私は足早に彼女に使ってもらっている、日当たりの一番良い客間の一つへと足を運んだのです。
「フィオーレ様?」
ドアを開け、部屋の中へと足を踏み入れてみれば。
「こ、これはこれは。おはようございます。オフィーリア様」
私の姿を確認するなり突然、深々と頭を下げられました。
昨日お風呂に入ったせいでしょうか?
くすんで汚れたはずの栗色の長い髪がすっかり綺麗になって、サラサラ艶やかでとてもお綺麗です。
体は全体的にやせすぎな気もしますが、小柄で華奢で可愛らしいとも取れますわね。
目鼻立ちも整っておりますし、大きなエメラルドグリーンの瞳が印象的な、とても可愛らしい顔立ちをしていらっしゃると思いますの。
こんな可愛らしい方には、どのようなドレスをお勧めしたのかしら?と思っていたのですが。
「アニー。コレはどういうことかしら?」
なぜ彼女は、我が家のメイド服を着ていらっしゃるのでしょうか?
おまけに左手には、小さなモップまで持っていらっしゃいます。
反射的に、アニーへ視線を移しました。
「ですから、お嬢様に来ていただいたのです。私たちが申しあげても、聞いていただけませんので。」
確かに。
アニーと私が来るまでに、この部屋で彼女に着替えを進めたであろうアニーの双子の妹のマリーも、水色のドレスを手に持ったまま、今にも泣きそうな顔をしておりますわ。
状況を説明してもらおうと思ったのですが、少し感情的になり、声がきつくなったのかもしれませんわね。
「あ、あの、これは私が無理を言って貸していただいたのです!!」
この部屋の空気を読んでくださったのか、弱々しくも震える小さな声が聞こえてまいりましたの。
「え? あなたが?」
フィオーレ様が両手を前で握りしめ、申し訳なさそうに俯いていらっしゃいます。
「はい。昨晩のお礼に、せめてお掃除でもと・・・・・・。」
「貴方は、兄の大切なお客様ですのよ?そのようなこと、気になさらなくてもよろしいですのに。」
「そんな訳にはまいりませんわ。私、とても嬉しくて。美味しいお食事に温かいお風呂、そしてこんなに寝心地の良いフカフカのベットで、久々にゆっくりと休めましたもの。でも私には、何もお返しするものがございませんの。このくらいのことしかできない自分を、不甲斐なく思ってますわ。」
困ったような、今にも泣きそうな顔になりながら、一生懸命私へと訴えてこられました。
なんと謙虚な御令嬢なのでしょう。
兄が思わず助けてしまうその気持ち、分かる気がいたしますわ。
「そのお気持ちだけで十分でございますわ。ゆっくりできたご様子で何よりです。ですが、フィオーレ様がお掃除をされますと、“我が家のメイドは客人に自分の仕事を押しつねる怠け者”と言われてしまい、困ったことになってしまいますの。」
「え・・・・・・そのようなつもりは・・・・・・。」
予想外の返事だったらしく、彼女は口元に手を当て、オロオロとしていらっしゃいます。
何やら勘違いをしている様子で、顔色が悪くなってきたように見えますわ。
そのようなこと、思わなくてもよろしいですのに。
「では私から、フィオーレ様へ提案がございます。私、今とてもお腹が空いておりまして。よろしければお昼をご一緒していただけると、とても嬉しいのですわ。」
「え?私と・・・・・・ですか?」
さっきと違って不思議そうに私を見つめながら、左横にコテン・・・・・・と頭を傾けてしまわれました。
「ええ。今日は朝からとてもいいお肉が手に入りまして。エルモバッファローという魔獣は御存じ? とても美味しいんですのよ?それにたくさんありまして。私一人では食べきることはできませんの。」
相手に警戒心を与えないように、私なりの満面の笑顔にてそう提案してみましたの。
私は兄によく似ているらしく、一見冷たい人間に見えるらしいんですの。
心外ですが。
ですので悲しいことに、よく初対面の方には、怖がられてしまいますのよ?
「オフィーリア様が、そのようにおっしゃるのでしたら。」
彼女がそう言った途端、アニーとマリーが彼女のそばにすぐさまいったかと思うと、手早く身支度を整え始めましたの。
二人とも、流石は我が屋敷の自慢のメイドたちですわ。
「まあ、とても柔らかくて質のいい髪の毛ですのね? ウエストもこんなに細くていらっしゃって。」
「お肌もきめ細やかで、綺麗でいらっしゃいますのね。」
彼女を褒め称えながらも、あっという間に身支度が整いましたの。
お二人ともさすがですわ。
「さあ、参りましょう。二人とも、あとはお願いね?」
そう言うと双子を部屋に置き去りにし、フィオーレ様の手を引いて、食堂へと向かったのですわ。
食堂ではすでに、二人分の食事のセッティングが済んでおりましたの。
「さあ、こちらにおかけになって。」
私自ら椅子を引き、彼女を座らせましたわ。
やっとのことで、あの私自ら料理したお肉が、食べられますのね。
本心を言えば、楽しみで仕方ありませんでしたもの。
「では、私もいただきますわ。」
私が席につき、スープに手を付けたのを確認したフィオーレ様は、やっとのことでフォークとナイフを手にしましたの。
そして最初の一口をその小さな口の中へ入れられた途端、大きな目をさらに見開き、驚いていらっしゃるご様子でした。
「まあ、なんて柔らかくておいしいお肉・・・・・・。」
「気に入っていただけて何よりですわ。まだまだありますので、沢山召し上がって下さいませ。」
美味しそうにお肉を食べている彼女を見て、私も一口頂きます。
うん。
力を入れなくても難なくフォークで切れるほどに柔らかく、お肉本来の味がしっかりしているのに、さっぱりソースのおかげでしつこくなくて、いくらでも食べられそうですわ。
「公爵家の料理人の方は、とても上手ですのね。私、こんなに柔らかくておいしいお肉、始めて頂きましたわ。」
「お気に召していただけて、何よりですわ。」
「今朝頂いたクッキーも、とても美味しかったのです。あのように上品な甘さのお菓子、初めて食べました。」
「あれは、ハニーキラービーという、魔獣から採取される蜂蜜を練りこんで作ったものですわ。」
「まあ。市場にもめったに出回ることのない、貴重な蜂蜜を使っていらっしゃるのですね?さすがは公爵家でいらっしゃいますわ。」
それから食事が終わるまでは、今朝の天気など差しさわりのない話をさせていただきました。
た、話をしている中で思ったのですが、彼女は物腰柔らかく、とても聞き上手なのですわ。
それに食事のマナーも、所作もとてもきれいでいらっしゃいますので、さすがは辺境伯御令嬢といった印象を受けましたの。
「あの・・・・・・。」
美味しい食事でお腹を満たし、お茶を飲んでいるときです。
「どうされまして?」
「昨日、こちらに馬車で向かっている中で、公子様に“これからは、自分の屋敷で暮らすように”と申しつけられたのですが。私、このままここにいてもよろしいのでしょうか?ご迷惑ではないのでしょうか?」
上目遣いにこちらを見ながら、私の顔色を窺っていらっしゃるご様子。
「あら?何かご不満なことでも?」
「いえ!滅相もございませんわ。こんなに良くしていただけて、昨日からまるで夢を見ているようでして。」
「でしたら、何も気にする必要は、ございませんわ。兄がいいと言えばいいのですもの。そういえば、私と同じお年でしたわよね? 確か学園に通っていたと思うのですが、これからどうされますの?」
このまま話を進めますと、まだ気を使って掃除などをしてしまいそうな雰囲気でしたので、ふと、思いついたことをそのまま聞いてみることにしましたの。。
「もちろん、通いたいのですが。でも、入学式以来ほとんど通学しておりませんので、もしかしてもう籍はないのかもしれません。」
残念そうに、悲しそうな笑顔で微笑んでいらっしゃいます。
ギュッと手を握りしめているその姿は、とても残念そうに見えますわ。
「それは大丈夫ですわ。私どもで調べたとこころ、在籍は確認済みですもの。よろしければ、私と一緒に通いませんこと?」
私と一緒ということでしたら、兄も反対はしないでしょうし。
「え?よろしいのですか?」
突然、瞳をキラキラと輝かせて、こちらに上半身を乗り出してこられました。
「私、学びたいことがたくさんありますのに、全く通わせてもらえなくて。いろいろと、諦めておりましたの。」
「それは良かったですわ。明日からはぜひ、私と一緒にここから通いましょう。」
「でも、教科書も制服もございませんわ。それに、入学式以来、ほとんど授業を受けておりませんので、ついていけるかどうか・・・・・・。」
せっかくパーッと明るくなった表情が、一気に暗くなってしまいましたわ。
「心配には及びませんわ。セバスチャン!」
「ハッ!!」
「今すぐ、フィオーレ様の学園で使用する道具や制服の準備をして下さるかしら?お願いしますね。あとフィオーレ様。お嫌でなければ、勉学の方でしたら私と兄で家庭教師になりますので、何の心配もございません事よ。」
「嫌だなんて、とんでもございません。」
「なるべく早く追いつけますように、少々スパルタ式になってしまいますが、ごめんあそばせ。」
「一向にかまいません。ぜひそのようによろしくお願いいたします。本当に、本当にうれしいです。ありがとうございます。ありがとうございます・・・・・・。」
彼女は学園に通えるのが、よほどうれしいご様子ですわ。
涙を流しながら私の手を強く握りしめて、こんなにも喜んでいただけるなんて。
それにしてもお兄様は、なんていい子を連れてきてくださったのでしょうか?
今日の晩餐は、お礼をしなくてはなりませんわね?
そんなことを考えておりましたら、制服の採寸を今から行う予定らしく、フィオーレ様はマリーと共に、食堂を出ていかれましたの。
「セバスチャン!」
「ハイ!」
私が声をかけると、我が家の超有能な執事がすぐ後ろへと控えます。
「私、今から食後の運動をしてまいりますわ。」
「い、今からでございますか? それに本日は、2度目となりますが?」
「問題ないわ! すぐに戻ってくるもの!」
「ハッ。お気を付けていってらっしゃいませ。」
そしてすぐさま向かった先は、わが屋敷の裏にある魔法陣ですわ。
行先はもちろん、多くの魔獣が生息している“マリディシオンの森”ですの。
「確かこの辺りにいるはずですわ。」
少し奥に行った沼地の一角に、紫色の毒々しい草の生えた場所がありますの。
彼らは、この草を主食としておりますのよ?
ちなみにこの草を人間が食べた場合は、すぐに口から泡を噴いてお亡くなりになってしまうので、要注意ですわ。
「まあ、こんなところでイチャイチャと。ずいぶんと余裕です事。」
そう。
草むらの中では雄と雌のコカトリスが一対、蛇の尻尾を絡ませながら、仲良くしていらっしゃる最中でしたの。
「なんて、いいタイミングなのでしょう!!」
素早く移動し、剣を横殴りに振れば。
「ゴゲーーーーーーーーーーッ!!」
激しい断末魔と共に2羽のコカトリスが、頭部と胴体を真っ二つにお別れさせて、横たわっておいでですわ。
ちなみに尻尾は絡まったまま御臨終となったご様子、よほど仲が良かったのでしょう。
ですが念のため、氷魔法でカチコチに凍らせて、持って帰ることにしましたの。
万が一があっては、流石の私でもひとたまりもありませんもの。
魔法陣を使って屋敷に戻りましたが、兄はまだ帰ってきていない御様子。
ちょうど良かったですわ。
急いで、調理場へと向かいます。
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
調理場担当の皆様が、左右に分かれてお出迎えをしてくださいました。
「ただいま戻りましてよ。」
私はすぐさま、氷付けの2羽のコカトリスを大きな調理台の上に置きましたわ。
「もしかして、絶賛求愛中のコカトリスを?」
「ええ。とても倒しやすくて助かりましたわ。」
「そ、そうなのですね・・・・・・。」
皆様何をそんなに、可愛そうなものを見る目で私を見ていらっしゃるのでしょう?
「血抜きは、終わっておりましてよ?」
そう伝えると、調理場の皆様は私と目を合わせないように素早く動くと、いつも通りにてきぱきと無言で解体作業を始められましたの。
そして、一口サイズに切っていただいたコカトリスの肉と、オニオン、トマトを使って兄の大好きな煮込み料理を作りましたのよ。
お兄様が返ってきたら、きっと喜んでくれるに違いありませんわ。
美味しい晩餐の後には、いろいろと話し合わなければなりませんしね?
★コカトリス
成体は、1m~2mくらい。
ニワトリの頭部、竜の翼、蛇の尾、黄色い羽毛を持つ。
蛇の形をした尻尾に嚙みつかれると、その部分から瞬時に石化が始まる。
走るのも早くキック力が岩をも粉々に砕くほど威力が強いので、要注意。
翼はあるが、地上1mくらいまでしか飛べない。
肉質が良く(保水性が高くジューシーな味わい)、とても美味しいので食用として人気。
ただし、体内の毒袋とその管をきちんと処理してからでないと、大変なことになる。
嘴、爪、羽は武具の材料として高く売れる。
尻尾の蛇の牙の先からは、石化の毒が取れる。
鶏の卵くらいの大きさの魔石は、石化解除の魔法具に使われる。
草食で、“マリディシオンの森”にしか生えない毒草しか食べないグルメ。
繁殖期でなければ、攻撃を加えない限りは大人しい。