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なんと彼女は御令嬢でした

「お嬢様、おはようございます。」


「ええ。おはよう。アニー。」


 挨拶を終えるなり、シャーッと勢いよくカーテンが開かれました。

 窓から外を覗けば、真っ青な空が広がり、小鳥たちの鳴き声が耳に心地よくて、今日もいい日になりそうな予感がいたします。


「昨日はクッキーをごちそうさまでした。とても美味しかったですわ。みな、大喜びだったのですよ。あのように高価な食材で作った贅沢なお菓子、このお屋敷で働いていなければ、私たちは一生口にすることなんてありえませもの。」


 私の身支度のため、髪をブラシで梳きながら、とてもうれしそうな声で話してくれています。

 どうやら、メイドの皆さんにも配られた模様。

 まあ、テンション上がってたくさん作ってしまいましたもの。

 喜んでもらえているようで、何よりですわ。


「それは良かったですわ。ところで、お兄様とあの女性についてのことなのですが。」


「はい。ルーカス様は、早朝の鍛錬の後、王太子殿下からのお呼び出しにより、先ほど登城されましたわ」


 まあ、いつものことですわね。


「では、あの女性の方は?」


「ぐっすり眠っておいでです。ルーカス様より、そっとしておくようにとのことでしたので。」


 昨日の様子からしてみれば、当然のことでしょう。

 かなり憔悴していらっしゃるご様子でしたもの。

 お兄様は外出中、彼女はまだ眠っていらっしゃるのでしたら、時間は十分にありそうですわね。

 まずは目覚めの紅茶を楽しみながら、さらりと軽く情報を集めましょうか。


「そう。ところで昨日、彼女の着替えや湯あみは、あなたが手伝ったのよね?」


「ええ。私が担当いたしましたわ。」


「それで、彼女はどうだったのかしら?もしかして暴力を振るわれた跡がある・・・・・・なんてことは・・・・・・。」


 念のための確認ですわ。

 昨日の兄の様子から、まさかそんな事は無いと信じておりますし。

 たまたま薄汚れていただけ、たまたま濡れていただけだと思いたいのですわ。


「はい。確かにそれはありましたわ。服を着ていれば見えないところに、あざや擦り傷がございました。」


「え?」


“ガチャン!”


 予想外の言葉に、思わず飲んでいた紅茶を落としてしまいましたわ。

 まさか、あの兄が・・・・・・。

 私に嘘を・・・・・・。


「まあ、お嬢様。お怪我はございませんか?」


 アニーが慌てて、床に落ちたカップを拾ってくれました。

 お気に入りのティーカップです、壊れていなくて良かったですわ。

 と。

 今は、それどころではございませんわよね。

 

「古いものから、新しいものまでありましたので、どうやら日常的にそのような扱いを受けていたのではないかと・・・・・・。」


 素早くかたずけが終了し、新しいお茶が出てきたため、一口飲んで落ち着きましたわ。

 私の様子を見るなりすぐさま察して、そのように報告してくださるところは、流石と申しましょうか。


「では、兄が無理矢理関係を迫ったとか、そういう感じではない・・・・・・と。」


 正直、安心いたしましたわ。

 まあ、女性とあまり接することがないからと、突然野蛮な行為には及ばないと、一応は信じておりましたけれど。


「お嬢様・・・・・・。少々、俗世の読み物に毒されすぎなのでは?」


 心当たりがあるだけに、その言葉に思わず口に含んだ紅茶を、吐き出しそうになったのですわ。


「え? 何のことかしら?」


「最近、お部屋のお掃除をしているときに、何やらいかがわしい内容が書き記されている、書物を発見することがあるのですが・・・・・。」


 ギクリ・・・・・・。


「あ、あれは・・・・・・。あれは、そう。学校で密かに販売されている物で。お兄様や婚約者殿に似た登場人物がいるというから・・・・・・」


 そう。

 私は、今年で18歳。

 教養と知識を身に着けるため、王室御用達の学園に通っておりますの。

 貴族の紳士淑女の皆様の、たしなみでございますわ。

 その学園には、“書物同好会”なるものがございまして。

 その。

 青春物から、アクションに、推理、冒険ものに激しいラブロマンスまで様々なジャンルの書物が月1で発行されるのですが、昔からどのジャンルも大人気なんですの。


 ご長男以外の殿方や、結婚が決まっていないご令嬢など、家の財力があてにならず独立せねばならない方々が、時々プロとして世に出ていることも少なくはございませんのよ。


 その“発行書物”で、最近人気のシリーズがございまして。


 どんな方が執筆なさっているのかは今だ謎なのですが、どうやら私の婚約者と兄との激しいラブロマンスものが、学園内だけでなく城下町のお嬢様方にも大変人気なご様子なんですの。


 私も気になって一冊、秘密裏に仕入れて読んでみたのですが、アレですわね。


 ()()()()に、性別は関係ございませんのね。


 ということで、すっかりはまってしまいまして。

 なんでもわが兄はその書物の中では、とても()()()と申しましょうか、()()()で激しくていらっしゃるので・・・・・・。


「お嬢様のお年頃ですと、好奇心旺盛なのは理解できますが、ほどほどになさっていただきませんと。お二人とも、可哀想ですわよ」


「も、もちろん私は、二人を信じておりますわ・・・・・・よ。」


 と。答えたところで、深いため息をつかれるのは心外ですわ。

 アニー、あなた私の味方ですわよね?

 

「お嬢様のお考えは、稀有なものだと思われますわ。なぜなら彼女は涙を流しながら、“公子様のおかげで、こんなに温かいお湯で体を洗えるなんて夢みたい”だの“こんなにたくさん、しかも暖かくておいしいご飯が頂けるなんて”と。怖がっていたり軽蔑したりするどころか、とても感謝しているご様子でしたもの。」


「か、彼女は一般市民なのかしら?しかも、相当貧しいご家庭でお育ちのようですわね?」


 そのようなご家庭のお嬢様が、何故兄と接点が持てたのか不思議です。


「聞いた限りでは、辺境伯家のお嬢様らしいですわ。」


「あら? それではグッドウィン辺境伯家のお嬢様ということかしら?もしかして、病弱で家に籠りきりだと噂のあのお嬢様の方なのかしら?私が学園でお見かけするグッドウィン辺境伯令嬢は、確か一つ年下の、ボリュームのあるピンク色の髪をした小柄な方だったと記憶しておりますもの。」


「そうなのですか?では、私の聞き間違えでしたでしょうか?」


 そんな話をしていると、部屋のドアをノックする音が、聞こえてきましたの。


「多分、執事長だと思いますので、お通ししたいのですが。」


「ええ。よろしくお願いしますわ。」


 アニーがドアを開ければ、聞いていた通りそこにはセバスチャンが立っておりました。


「お嬢様、失礼いたします。」


 そう言い、お辞儀をすると書類を手に持って、私の元へとやってきましたの。


「昨晩の御令嬢、フィオーレ=グッドウィン辺境伯令嬢様の身辺調査の報告書にございます」


 そう言って、書類の束を私に渡してきましたわ。


 内容を見ますと、やはり彼女は私が聞いたことのある、同じ年で病弱なご令嬢の方でしたわ。

 なんでも入学時からほぼ学園にはいらしたことがなく、在籍のみがあると聞いておりますが。

 そして私が見覚えのあるピンク頭の御令嬢は、5歳の時にお母様を亡くされたフィオーレ嬢のためにと、5年前に再婚なされたお相手の連れ子だとか。

 

 しかし。


 コレは表向きの報告。


 実際は。


「え?こんなの、まるで使用人みたいな扱いではないのかしら!」


 フィオーレ様と継母と義妹は、3年前に学園に通うという名目であの遠い北部にある領土からこの王都のお屋敷に、移っていらしたらしいのです。

 しかし、そこでは最低限度の使用人しか雇っておらず、ほとんどの家事を朝から晩までフィオーレ様が、ほぼお一人でなさっていらっしゃるのだとか。


「どうやら、使用人に払う賃金を浮かせて、その分継母親子が贅沢三昧をなさっておるらしいですな。」


 なんということでしょう。

 

 隣国との国境であるあの北部を守っていらっしゃる、辺境伯家の御長女がこのような扱いを受けているなんて。


 フィオーレ様のお父上は、忠誠心厚く大変お強くていらっしゃるので、陛下の信頼も厚いと聞いておりますわ。

 あと、亡くなった最初の奥様は、王妃様の親しいご友人だったとも記憶しているのですが。

 

「それで、あのような格好で。ではなぜ、びしょぬれでしたの?しかも兄まで。」


「はい。実はルーカス様は秘密裏に辺境伯様ご本人により、あのお屋敷のことを調べてもらうよう頼まれておりまして。先日もこっそりと、フィオーレ様のご様子を見に行かれたのです。その時に、匂うとか何とかで使用人らしき女性が、フィオーレ様にバケツの水をかけているところを目撃なさいまして。驚いたルーカス様は、すぐさま身に着けていたご自分の上着を脱いで、フィオーレ様に羽織らせたらしいのです。その後なぜか鬼の形相の義妹様が、またもやバケツの水を投げつけまして。それをルーカス様がお被りになってしまわれたとのことでした。」


「え?何なんですのそれ・・・・・・。」


 使用人が、雇用主の娘に対して、怒鳴りつけた上に水をかけるなんて!

 しかも義理とはいえ、妹までがそのようなことを?

 ありえないことですわ!


「調べたところによりますと、どうもあの屋敷内では日常茶飯事らしいとのことです。それで危険を感じたルーカス様が、昨日屋敷にお迎えしたのでございます。」


 まあ!

 なんということでしょう。

 だから、あのようにやせ細っていたのですね?

 でしたら、精の付くものを召し上がっていただかなくては!


「セバスチャン!」


「ハイ!」


「私、少~し、朝の運動をしてまいりますわ。アニー、そのように支度を!」


「かしこまりましたわ。すぐに手軽に食べれるものをご用意して参ります。」

 

 アニーにはすぐさま、調理場へと向かっていただきましたわ。


「ハッ。お気を付けていってらっしゃいませ。」


 セバスチャンにも見送っていただき、私は軽食の入ったバスケットと使い慣れた剣を持つと、すぐさま屋敷の裏にある、魔法陣へと向かいました。

 行先は言わずと知れた、“マリディシオンの森”でございます。


 この時間帯であれば、きっとエサを探してうろうろしているはず。

 と思い、よく魔獣たちがのどを潤しにやってくる水場の近くへと、腰を下ろしまして。


 生い茂る草葉の陰から水場をチェックしつつ、長筒に入っているハーブティーでのどを潤し、軽食のサンドイッチをつまんで、まずは自分の腹ごしらえをしましたの。

 卵に野菜、そしてお肉もはさんであるかなりボリュームのあるものばかりでしたので、とても満足しておりますわ。

 

 お腹も満たされ一息ついておりますと、まあ、ちょうど良き大きさの獲物が、のこのことやって参りましてよ。


「チェストーーーーーーーーッ!!」


 ここは、一気に仕留めなくてはなりません。

 素早く距離を詰め、思いっきり剣を振り下ろし、頭部と胴体を切り離して差し上げましたわ。

 一瞬のことでしたもの、きっと苦しまずに天に召されたはずですわ。


「なかなかに大物でしたわね」


 さすがは成体、5mは軽くありそうですわね?


「よっこらせっと。」


 そのまま手足を縛って、肩に担いで魔法陣でお屋敷へと戻りましたの。

 私としたことが、収納袋を忘れてしまったのですわ。

 帰ってすぐに向かうべきは、調理場なのですが、この大きさはさすがに入りませんわね?

 と思っておりましたら、すぐ目の前にて。


「お帰りなさいませ、お嬢様。」


 調理場担当の皆様が、左右に分かれてお出迎えをしてくださいました。


「ただいま戻りましてよ。」


 “ズドン!!”という大きな音と共に私はすぐさま、目に前の芝生の上に用意されている敷物の上に、収穫物を置きましたの。


「こ、これはまた立派なエルモバッファローでございますな?」


 皆さま、口を大きく開けてその場で固まっていらっしゃいますが、そのお姿、滑稽でしてよ?


「血抜きは、終わっておりましてよ?」


 そう伝えると、調理場の皆様は慌てて我に返り、いつも通りにてきぱきと無言で解体作業を始められましたの。

 ドン! ドン! と大きな音を立ててあっという間に解体していく様はいつ見ても素晴らしいですわ。

 大きな塊の一つをもらって調理場まで行き、まずはくまなくフォークでザクザクと刺していきませんと、味が入りにくいのですわ。

 それから体に良いとされる複数の香草をたっぷりとふりかけて、じっくりとオーブンで蒸し焼きにしますの。


 それを食べやすいように薄くスライスしまして、体に優しいように、すりおろしたオニオンに、赤ワインとジャンジャンブルを加えた、特製のソースをかけてありますのよ。


 アリーの話によれば、辺境伯令嬢様は先ほどお目覚めになった御様子。

 私が昨日作ったハニークッキーも、美味しいと召し上がられ、昼食は今からだと聞いております。


 辺境伯令嬢様には、ぜひともこれを召し上がって元気になっていただきたいものですわ。

★エルモバッファロー

 成体は、3m~5mくらいの巨大な牛。

 頭部には立派な2本の角が生えており、それも加え頭部がまるで兜のように見えることから、この名がついた。

 身体全体の皮膚が、物理攻撃では歯が立たないほどなため、角と皮は、防具の材料として高く売れる。

 ただし、首の部分あるライオンの鬣のような部分だけは、皮膚が柔らかい。

 ちなみにその部分の毛だけは柔らかく手触りもとても良くて暖かいので、装飾品として高値で売れる。

 どちらかというと魔素を含んだ植物を好むが、基本はなんでも食べる雑食。

 肉質がとてもよく、例えるならA5ランクの高級和牛並みの美味しさ。

 大人の手ほどの大きさの魔石が取れ、“身体強化”の魔法具に使われる。

 強い魔物が生息する森“マリディシオンの森”にしかいない。

 繁殖期でなければ、攻撃を加えない限りは大人しい。

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