兄が結婚相手を連れてきました
「お、お兄様、とうとう犯罪に手を・・・・・・。」
目の前の光景に、ただただ驚くしかございません。。
兄が・・・・・・あの真面目一辺倒で浮いた話もなく、いつも王太子殿下やその取り巻き達としかいないことから。
『実は、好きな殿方が・・・・・・』
と、あれこれ詮索され、本当は私の婚約者とあらぬ関係であると噂されている、あの兄が?
女性を連れてきた・・・・・・だと?!
私の記憶の限りでは、初めてだと思うのですが。
屋敷に入ってすぐのところで、兄の上着と毛布にすっぽりと包み込まれていらっしゃると申しましょうか、ぐるぐる巻きにされていらっしゃると申しましょうか。
兎に角、白く細い足首にボロボロな靴、隙間から見える汚れた淡い栗色の髪の毛から、たぶんきっと中にいるのは女性であると思われるのですが。
その女性は、ポタポタと床に水たまりを作りながら、ガタガタと小刻みに震えていらっしゃいます。
兄がその彼女の肩を抱いて、体を支えておいでですが、彼女の方はと申しますと兄の方へ体を傾けるようなそぶりはなく、むしろ距離が・・・・・・といいますか、よく見たら、彼女の肩を抱いている兄もお体ガッチガチに緊張していらっしゃるのでは?
正直、そのお顔は、テンパっていらっしゃいますよね?
私と同じプラチナブロンドのさらりとした柔らかい髪質に、切れ長のサファイアをはめたような美しい瞳。
神話から飛び出てきたかのような陶器のように滑らかな肌に美しい顔立ちだと言われ、そして長身痩躯で一見優男風な見た目なのに“魔剣士”の称号を持つ、学生時代から成績は常に主席で、完璧人間の兄が。
幼少より、どんなに美しいご令嬢たちが声をかけても、見向きもせず、お誘いさえもさらりとかわしてしまい、基本無表情な為に別名“氷の貴公子”と呼ばれているあの兄が。
“全身を隠され、薄汚れて震える女性”
“ありえないくらいにテンパる兄”
そして。
「ああ、オフィーリア。ちょうどよかった、ひとまず彼女に温かい飲み物と着替えを・・・・・・。いや、入浴を進めたほうがいいのか?」
屋敷に入るなり、話があったために直接出迎えに出た私の姿を目にとめた兄は、そうおっしゃったのです。
もう、疑いの余地はございません。
兄も所詮は、ただのそこらへんの“男”だったのです。
自分の欲望のままにその女性を・・・・・・。
そう思ってしまった途端、つい冒頭のような言葉が、口をついてしまったのです。
・・・・・・が。
「は? お前は何を言っているんだ?とにかく、彼女のことを頼みたいのだが。」
アレ?
いつもの口調に戻られました。
といいますか、口調が少々きついような・・・・・・。
さっきまでは、いろいろと困惑していらっしゃるご様子でしたのに。
「え? ええ。承知いたしましたわ。アニー、手伝ってくださる?」
「もちろんでございますわ。お嬢様。」
私の一言に、大きく口を開けてその場に固まっていたであろうアニーは、ハッと我に返ったかのように、ビクリと体を震わせると、会釈をして私と共に兄の隣の女性の方へと歩み寄ります。
「ひとまずは、湯船につかって温まっていただきましょう。それでよろしくて?」
そう、女性に聞いてみましたところ。
「はい・・・・・・。」
消え入るような小さな声で、返事をなさってくださいました。
アニーには目で合図をし、そのまま浴室へと連れて行ってもらいます。
二人の姿が視界から消え、ホールには私と兄の二人きりとなりました。
「お兄様、あの女性は一体どこのどなたでいらっしゃいますの?」
なんだか浮気をした夫を問い詰める妻のようなセリフですが、この状況致し方ございません。
私には、聞く権利がありますもの。
初めて見る客人、しかも外はもう暗くなってしまっております。
どのようなご関係なのか、それ以前になぜあのような外見なのか、確認する必要があると思うのです。
もしもの場合は、いくら兄といえども・・・・・・。
「ん? 私の結婚相手だが?」
「は?」
突然、何言ってんのコイツ・・・・・・。
爆弾発言とでも言いましょうか?
それほどに衝撃的なことを“今日も仕事が忙しくて疲れたよ”的に、サラッと言うの止めてもらえません?
第一!
今まで、殿方とのうわさはあっても、女性との噂なんて一度も。
しかも、そんな素振りさえついさっきお戻りになるまで、一ミリもなかったではありませんこと?
「今、なんと?」
何やら、予想外の言葉が耳に入ってきたような・・・・・・幻聴がするとは、もしかして私、疲れているのでしょうか?
「だから、私は彼女と結婚するのだが?」
その、“何言ってんのコイツ?”的な、知能が自分に追い付いていないおバカなどこぞの御子息を相手にしているような、そんな顔でおっしゃられましても。
「我慢が出来ずに婚前交渉に至ってしまい、責任を取られるというのは、たいへん男らしいとは思いますが・・・・・・。」
「まてまて!!こ、ここ婚前交渉って・・・・・・。」
私の言葉に、兄は耳の先まで顔を真っ赤にしておいでです。
よほどお恥ずかしいのか、いつもは出さない大声をあげていらっしゃいます。
声も裏返っていらっしゃいますし・・・・・・。
「あら? 違いますの?」
“責任を取るところは偉いわ!”と、我が兄ながらその潔さに、あまり追求しないで差し上げようと思っておりましたのに。
「そんな!彼女に失礼ではないか!第一、私たちが会話を交わしたのは、今日が初めてだというのに・・・・・・」
両手でその真っ赤になってしまったお顔を覆い隠しながら、またもや意外なことをおっしゃります。
正直、こんな兄、今まで拝見したことがなかったので新鮮だと申しましょうか、可愛いと申しましょうか。
「え? 初めて?」
「まだ手も繋いだこともないのにふしだらな!第一そんな大人の階段、一気に駆け上がってたまるか!」
23歳にもなった大の大人の男が、真っ赤になって何をおっしゃっているのでしょうか?
そんな思春期真っ盛りのお子様がおっしゃるようなセリフ、大声でまくしたてられても困るのですが。
それ以前に、今日初めて会話を交わしたまだ手も繋いだことのない女性と、結婚とはどういうことなのでしょうか?
「それなのに、彼女と結婚なさるのですか?」
問いただそうとしたところで、
「クチュン・・・・・・。」
見た目に似合わない、なんとも可愛らしいくしゃみが聞こえてきました。
よく見れば、兄も濡れているご様子。
シャツが透けてピタリと体に張り付き、その以外にも筋肉の付いた、たくましい上半身が丸わかりな状態でございます。
正直眼福です! ごちそうさまです! と手を合わせたいところなのですが。
「話はあとで伺います。ひとまずお兄様もご入浴をなさって温まってはいかがでしょう?」
「ああ、そうさせてもらうよ。」
思わず親指を立ててしまいそうになるのを堪え、何とか兄を入浴へと向かわせました。
これでしばらく、時間稼ぎが出来そうです。
正直、いろいろと疲れました。
予想外の情報が一気に入ってきましたもの、脳みそが爆発一歩手前とはまさにこのことを言うのでしょうか?
「セバスチャン!」
「ハイ!」
私が声をかけると、どこからともなく我が家の超有能な執事が姿を現します。
「私、少~し、夜風に当たってきますわ。」
「い、今からでございますか?」
「ええ。今すぐよ。」
「ですがもう、外は真っ暗に・・・・・・。」
「すぐよ! すぐに戻ってくるわ!」
「ハッ。お気を付けていってらっしゃいませ。」
いつものことなのに、どうしてこうも心配性なのでしょう?
今まで何もなかったのだから、これからだって何も起こるわけがございませんのに。
そしてすぐさま向かった先は、わが屋敷の裏にある魔法陣。
この魔方陣を踏んだ先は、多くの魔獣が生息している“マリディシオンの森”。
わが公爵家は先祖代々、王室の勅令によって、この森の管理を一任されておりますの。
なにせこの森の魔獣は、Bランク以上しか存在しないので、とても危険なのです。
夜になり暗くなって視界も悪く、さらに危険度の増したこの森に、何故私一人がやって来たのかと申しますと。
「さっさと出てこいや! コラッ!!」
ガン!と、近くの大きな木を思いっきり蹴っ飛ばして刺激を与えますと。
あら不思議!
真っ暗闇の中に“ブーン”という不快極まりない大きな羽音と共に、赤い光が一対、二対とあっという間に増えていきますの。
私今、落ち着きを取り戻し、頭の中を整理しなくてはなりませんので、付き合っていただきますわよ?
み・な・さ・ま!
「何?突然結婚ってどういうこと?」
スパン・・・・・・。
出かける際に持ってきた剣を勢いよく振り下ろせば、目の前の赤い光は力なく、ふらふらと地面へ落ちてゆきます。
「それ以前に、あの女性は誰?」
シュパッ!!
剣を横に薙ぎ払えば、5対の赤い光が、次々と地面へと落ちていくのですわ。
「なんで、あんな格好なの? なんで震えていたの?」
シュパッ! シュパッ!
思うがままに剣を振りかざせば、そのたびに一対また一対と、面白いように赤い光が地面へと落ちていくのですわ。
それと共に、あんなにたくさんあった赤い光が、瞬く間に地面を染めていきますの。
「これから、どうするつもりなのーーーーーーーーーーーー!」
気が付けば、あの耳障りな羽音は全く聞こえることなく、足元付近の地面だけが真っ赤に光っておりましたわ。
「ひとまず気晴らしもできたし、戦利品を持って帰りましょうか?」
それから、赤い光をひとつづつ丁寧に剣でえぐり取って、中が亜空間になっていて無限に入る収納袋に入れ終わると、魔法陣に乗ってお屋敷へと帰りましたの。
この袋の中に入れたものは、鮮度がそのままいつまでも保つことが可能なので、とても便利なのですのよ。
今日も大量で何よりですわ。
「ただいま戻りましてよ。」
帰ってまっすぐに向かうべきは、調理場です。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
調理場担当の皆様が、左右に分かれてお出迎えをしてくださいました。
私はすぐさま、大きな調理台の上に袋を下ろしましたの。
「よっこらせ」
袋から取り出したのは、先ほど私のお相手をしてくださったハニーキラービーたちの赤い目玉、合わせて20対です。
「またこんなに大量に・・・・・・」
え?
いつもこんな感じだと思いますけど?
何故皆さま、そんなに顔を引きつらせていらっしゃいますの?
料理長なんて、こめかみをピクピクさせて痙攣しておいでですが?
そんなに、遅い時間でもないと思うのですが?
何やら諦めたご様子の皆様は、それからは無言で各自作業に入られました。
最初の担当の方は、目玉を真っ二つに割り、その中心にある直径5㎝程のビー玉くらいの大きさの赤い魔石を取り出しますの。
次の担当の方は、その魔石を綺麗に洗って臼の中に入れるのですわ。
その後に次の担当の方が、それを一つ一つ細かく砕いていきますの。
そうしますと、中から甘い香りのする琥珀色の液体がトロリと流れてでくるのですわ。
「まあ、甘くていい匂い・・・・・・。」
今回は、この蜂蜜を使って、クッキーを焼くことにいたしましたのよ。
ハニーキラービーの蜂蜜は、とても純度が高くて栄養満点、そして甘くて老若男女関係なく人気がございますの。
疲れた時には、甘いものが一番ですもの。
きっと皆さま、お気に召してくださると思いましてよ?
アクセントに、クルミも細かく砕いて入れてみましたの。
「お味の方は、いかがかしら?」
先ほどの労をねぎらい、出来立ては必ず調理場の使用人の皆さまに、召し上がってもらっておりますの。
やはり、プロの方のご意見は大事ですもの。
「いつも通り、たいへんおいしゅうございますわ。」
「こんな貴重な品を我々に頂けるとは。光栄の極みです。」
皆さん、喜んでいただけてなによりです。
しかし。
夜もだいぶん更けてまいりましたわ。
今後のことを考えて、ほどほどに召しあがったほうがよろしいかと思いましてよ?
ハニーキラービーの蜂蜜は、カロリーが高い食材ですから・・・・・・。
そういえば、お兄様とあの女性の方に、お話を伺う予定でしたのに。
気が付けばもうこんな時間・・・・・・。
きっともう、お二人ともお休みになっておいでですわよね。
仕方ありませんわ。
私も疲れました。
正直、とても眠くなってまいりましたし。
「では、私はもう休みますね。それでは皆様、ごきげんよう。」
こうして今日という一日が、幕を閉じたのでございます。
★ハニーキラービー
人間の赤ちゃんくらいの大きさ。
見た目は、目の大きなミツバチ。
手足に、フワフワの手触りのいい輪っかが一つづつついている。
見た目は可愛らしいがかなり狂暴。
普段は気の上で生活している。
普通のミツバチのように巣を作る事は無く、群れごとに1つの木を縄張りとしている。
普段は“マリディシオンの森”にしか咲かない、回復機能の高い“リンネカメル”という花の蜜を主食としている。
人間の子供の手のひらくらいある大きな目玉の中にある赤い魔石からは、甘い蜂蜜が取れる。
強い魔物が生息する森“マリディシオンの森”にしかいない。
繁殖期でなければ、攻撃を加えない限りは大人しい。