明日へまどろむ
気付けば夜が更け、今日が終わろうとしていた。
代わり映えのない毎日を変えようと、最近始めたプログラミングの勉強。
若い頃に比べると、覚えるのが遅くなった。
私も気づかないうちに夜の淵へ向かっているのだな。
着実に死に行く憂いも、気まぐれにスマホから流していたボサノバの音楽も、新しいことに触れる楽しさが忘れさせてくれていた。
捨てたもんじゃないな。
そう思いながら、固まった肩を回し、上へ腕を伸ばす。
自然と大きな欠伸が出てきた。
なんの感情もない涙が目尻に溜まる。
しぱしぱと渇いた眼には丁度いい。
ソファーの座面に寄りかかり、天井を見上げた。
今日の課長凄く怒ってたな。明日は機嫌良いといいけど。
新しく入ってきたあの子は要領良さそうだけど、一人で抱えちゃうタイプだな。
あ、お土産のお菓子美味しかったなー。お取り寄せしようかな。
あ、洗剤切れそうだった。明日帰りに買わないと。
あー…。
……。
自然と視界が暗くなっていた。
いかん。もう寝よう。
その前にお茶飲もうかな。
台所へ行き、電気ケトルで少しお湯を沸かす。
その間に大き目でクリーム色のマグカップと、ジャスミン茶のティーバッグを棚から取り出した。
静かな部屋には、小さな音楽と、ケトルのボーという音が流れる。
シンクに手をついて、頭を下げる。
掌から伝わる冷たさが心地よい。
カチッという音で、重い頭をあげる。
マグカップにティーバッグとお湯を注ぎ、ティーバッグの紐を持ちちゃぷちゃぷと揺らす。
じんわりと薄茶色が広がり、甘く爽やかな香りが漂ってきた。
マグカップを両手で持って、ふーふーと表面の熱を追い払う。
ゆっくりと口をつけ、ゆっくりとお茶を飲み込む。
優しい味が喉を通ってお腹に行き着く頃には、暖かい空気と香りが鼻を抜ける。
ついでにほやんと気も抜けていく。
窓辺に向かい、暗い空を見上げる。
星は無い。
外を見ているか、ガラスに映る自分を見ているか分からなくなった頃には、マグカップは温くなっていた。
もう一度台所へ行き、マグカップを濯ぐ。
スマホの音楽を消して充電器を差し込む
ノートパソコンを畳み、プログラミングの本を上に乗せる。
照明の紐をカチ、カチ、カチ、と3回引っ張り明かりを消す。
ベッドへ寝転び、布団を被る。
部屋を眺めていても、目を閉じても、真っ暗な事に変わらない。
そして夢を見ている事にも気付かないのだ。
おやすみなさい。いい夢を。