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狂気に笑うもの  作者: 耳の缶詰め
6/7

権利

 残り二発。商店街にいた私はいつも通り銃口の先に意識を凝らし、確実に仕留めるように引き金を引く。放たれた弾丸は、焼けた匂いを辺りに漂わせ、床に置かれた看板の裏にいた女の肩を貫いた。女は声にならない叫びをあげ、ネイルをつけた爪の手で急いで肩を抑える。そして、私が次の引き金を引くよりも先に立ちあがると、手に持っていたハンドガンをこちらに投げ捨て、おまけに懐に持っていた予備の弾が入ったマガジンも投げてくると、すぐに奥の角を曲がって姿を消していった。


 その女が戻ってこないのを確認すると、私は両腕を下げ、白い石床に落ちたハンドガンとマガジンを拾い上げる。そうして商店街の入り口に振り返りながら歩き、マガジンはそのまま服の胸裏ポケットにしまって、ハンドガンのマガジンを抜いて自分のに入れる作業を済ませる。


 残り十発。商店街から出てみると、私はある音が聞こえて空を見上げた。いつもと変わらない灰色の空。今日はそこに、一台の黒いヘリコプターが飛んでいた。空を切るプロペラの音がうるさくなってくる。よく見るとそのヘリコプターはこちらに近付いてきていて、丁度私の真上まで来てその場にとどまったかと思うと、機体の下につけられていた扉が開き、そこから一枚の紙っぴらがゆったり降ってきた。


 私はそれをじっと眺め続ける。右に左にゆらゆらと落ちるそれが、私の目の前を落ちていき、やがてはコンクリートの地面に落ちていく。私はもう一度顔を上げ、未だそこに留まり続ける耳障りなヘリコプターを見上げた。しばらく見つめていても、それがどこかに行く気配はなかった。


 仕方なく地面に落ちた紙を拾い上げて確認してみる。どうやらそれは手紙のようで、封筒の表紙には、偉大なるあなた様へ、と書かれていた。黒い丸シールを付けただけの封を開け、三つ折りの中身を取り出して開く。そこに書いてあった内容はこうだ。


 ごきげんよう。私は新たな世界を生み出した者であり、過去にヴィルトニア大統領と名乗っていた者。

 世界が変わってから一年。私はあなたを監視し続けてきました。あなたの適格な射撃の腕と、自分を見失わない冷静な判断は、中々に素晴らしいものだ。

 いきなりだが、あなたに問おう。世界が新しく生まれ変わる時、それは一体どんな時か?

 答えは戦争だ。国の威信をかけて、人々が血で血を洗う争い。その時世界は新たな姿に生まれ変わる。

 しかし、戦争で変わるのは世界だけであり、人ではない。人は過ちを繰り返し、また戦争を起こし続ける生き物。まるで脳みそのない生き物だ。

 果たして人間は、世界を統べるのにふさわしい生き物なのだろうか? 同じことを幾度となく繰り返す生き物が、果たしてこの世界にふさわしい存在だろうか?

 あなたの答えはどうだ?

 あなたは人間が世界に存在するのにふさわしいと思うか?

 もしそうだと言うのなら、私にその答えを見せてほしい。上空に飛ぶ無人のヘリコプターが、あなたを私の前へと運んでくれるだろう。そして、そこで確かなものを私に示した暁には、あなたに絶対な居場所を譲ることを約束しよう。

 あなたが新しい可能性を見せてくれることを、私は期待している。


 手紙から目を離すと、目の前にははしごがあった。顔を上げると、真上を飛ぶヘリコプターから降りてきたものだと気づく。もう一度手紙に目を落とすと、私はある一文を凝視した。


 絶対の居場所を譲る。これは私だけに向けた手紙ではないだろう。きっと同じような内容のものを、他の人間が受け取っているはずだ。そしてその中に、実際にこのはしごに手をかけた人間もいるだろう。この手紙がいつ頃から落とされているかは分からない。だが確かなのは、今もなお、この人間に新たな可能性を示した人間はいないということだ。


 人の新しい可能性。もしそれを示すことができたなら、この世界は元に戻るだろうか。もし私が人の頂点に立ち、この人間のように世界を掌握すれば、人々を意のままに操れるだろうか。


 もし示したとして、私の求める絶対の居場所とは、どこだろうか。


 手紙から目を離し、空中で揺れるはしごを眺める。するとその先に、見知らぬ男の死体が転がっているのが目に映った。


 私は手紙を持つ手をそっと開くと、そのままはしごの横を通り過ぎていった。

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