生き残りたければ
ある日見た夢の光景を元に、本作を執筆することにしました。一月に書いたものを編集し、なるべく読みやすいものにしましたので、暇つぶしにどうぞ。
一発の銃声が鳴り響く。私の前に立っていた男は腹部から血を流し、力なくその場に倒れた。私は右手に持ってたハンドガンを腰のポケットにしまい、その男からハンドガンとさばの缶詰を奪った。
今日の分はこれで足りるだろう。私はそれらをしまい、顔を上げて男から目をそらす。そして、また私は歩き出す。知ってるはずの世界。その見慣れない町中を、今日も――。
世界は突然変わった。とある国に新たな首領が生まれたのが始まりだった。優れたカリスマ性で、国の民を導いていった彼は、たちまちその存在を世界中に知れ渡らせた。やがて国の民だけでなく、世界中の人々からも支持されるほどになると、彼は世界中の民を代表する首領にふさわしいと、非公式に地球代表の第一人者とまで言われるようになった。一国のリーダーが世界すべての代表になるなど、バカげた話しではある。それは当時も言われていたことだ。それでも人々は、彼の誠実な人間性と、国を成長させるに十分な能力を評価し続けた。
彼がいた国は大きく成長し、米中を越えた、世界一の経済大国にまでなった。世界の中心は徐々に変化していき、やがていくつもの国が彼に助けを求めるようになった。優しさも持っていた彼は、もちろんそれらの国に支援を送っていき、その都度人間たちが彼の評価を上げていった。
しかしその裏で、彼は自分の本性を現し始めていた。支援を送る代わりに、彼は秘密裏に条件を提示していたのだ。その内容を要約すればこうだ。
国の支配権を自分によこせ、と。
国の首領たちには拒否権がなかった。それは国の経済危機のためではない。拒否すれば、国を滅ぼされる危険性があったからだ。彼は条件を提示するときに、支援を求める者たちに自国の軍事力を見せつけていたのだった。それはあまりにも巨大で、そして完璧のものだったのだろう。誰一人としてそれを拒否する者はおらず、そして誰一人として、それを口外する者はいなかった。
裏で世界を牛耳った彼は、とうとう世界中の人間に本性をさらけ出した。
「今からこの世界の常識をすべて無に帰し、新たな世界を作り出そう」
そう始めた演説に、世界中が不信に包まれる。全世界に映し出された彼の顔は、真っ赤な血で染まっていて、死体となった首領たちの亡骸を見せつけていたのだ。
「世界は既に自分のものであり、君たちには私の世界を存分に楽しんでもらいたい」
カメラの前で喋り続ける彼を、誰も止めることはできなかった。そして演説の最後。彼ははっきりとこう言った。
「生き残りたければ、殺せ」
突然の黒い画面に、町中がしんと静まる。そんな中、空を複数のヘリコプターが横切っていくと、そこから黒くて小さな物体が降り注いできた。まるで雨のようにダラダラとそれらが降ってくると、人々の足下にハンドガンが落ちていった。
それは模型で見たことがあるハンドガン。だが、次に鳴り響いた発砲音で、耳がキーンとした私は足がすくんだ。誰もその場を動けずにいる。一体どこから発砲音が鳴ったのか。それを急いで見つけるように首を動かしていると、今度は遠くから大きな爆発音が聞こえた。
嫌な予感に背筋が凍り、急いで背後に振り返ってみる。そこにあったのは、映画でお金をかけて作ったワンシーンのような、とても現実からかけ離れた光景。
遠くに見えていた東京スカイツリー。そう。それがたった今、砂の城のように呆気なく崩れていたのだった。六百を超える大きなタワー。その鉄骨が、大きな土埃を巻き上げながら地面に落ちていく。そうして最後に、体がよろけるほどの揺れと共に大きな地響きを残すと、とうとうそこに、スカイツリーの姿は消えてなくなった。
周りを飛んでいたヘリコプターは、それですべての用を済ませたかのようにどこかへと消えていく。プロペラの音も消え去り、再び静寂が訪れる。
誰も動こうとせず、物音一つ立たない最悪な居心地。しかしそれも、誰かの大声をきっかけにすぐに崩れた。
発狂するように騒ぎ出した声。それはウイルスのように拡散していき、周りの人々はパニックに陥った。突然降ってきた銃に、崩れ落ちたスカイツリー。見慣れない風景の連続に、黒い画面からまた彼の演説が繰り返される。
「生き残りたければ、殺せ」
次第に手足を動かしだす人々。狂い果てた世界からなんとか助かりたい。そんな思いが真っ先に来ると、私の前にいた中年の男が、地面に落ちてたハンドガンを拾い上げて私に銃口を向けていた。歯をガタガタ震わせた様子を見せながら。彼はハンドガンの引き金に指を回す。
「生き残りたければ、殺せ」
男が意を決するようにギュッと目を瞑った時、震えた手で引き金を引き、同時に銃弾が発射された。その銃弾は私の頬をかすめ、そのまま通り過ぎていく。鼻から焼けたような臭いを感じると、私の体は勝手にしゃがみこみ、適当なハンドガンをすっと拾って男に狙いを定めた。
「生き残りたければ、殺せ」
私は引き金を引いた。外さないようにしっかり目を見開き、体が震えないよう恐怖を押し殺しながら。
それが、初めての人殺しだった。世界が変わり、今までの常識が変わった瞬間だった。生き残りたければ、誰かを殺すしかない。それが新しい常識。銃声が鳴り響くこの世界で生き残るには、その常識を徹底するしかない。弾切れになったものはその場で捨て、殺した人間のを奪ってまた殺す。その繰り返しの果てに、私は今ここにいる。
ふと、空になった缶詰を眺めながら私は思う。なぜ私は生きているのか、と。
合わなければいけない人がいるとか、成し遂げたいことがあるとか、ましてや生に執着しているわけではない。
ではなせなのか。なぜ私は今も生きているのか。
私は缶詰をそっとコンクリートの床に置き、欠けた天井から空を見上げた。世界に光が失われ、皮肉に光り輝く星空。
真顔のまま、私は答えを出す。
生き残るために殺す。それがこの世界での生き方であり、私はその生き方に従っているだけなのだ、と。