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祇園守紋を掲げよ 〜立花家戦記〜  作者: ワールド
立花反撃
30/35

弔い合戦1 〜臼杵の戦い〜

「情報の通りだね」


「今泉一門期待の若手とやらか」


「僕らより年上だけどね」


統虎が苦笑する

話しているのは立花夫妻


「元服してすぐ家督を継ぎここまで上手く統治している当主など過去にいなかったでしょうね」


半兵衛が応じる


「統虎が規格外過ぎるのさ」


こちらは重朝


史実では宗麟の隠居所ではなかった臼杵

何が理由か分からないがこの世界においては臼杵で戦死した

その地で弔い合戦に望むことになる


立花軍7000

今泉軍9000


「勝てるかな?」


「弔い合戦なのだ。負けるわけがない」


「いつも我々が驚愕するような策を立てる若殿らしくないですな」


誾千代だけでなく鎮幸までこう返してくる

どうやら彼ら彼女らにとって勝つことは疑いなき事のようだ




「やり合いたくないな…」


島津義久が守り役だった新崎は島津本隊がこの戦に来れていないことを思い嘆いていた


「ご安心ください。この義虎が新崎様を危険にさらすことないよう全力を尽くします」


そばにいるのは島津義虎

島津宗家ではないが義久の長女を娶っている

義久から留守の間の補佐を頼まれていたところで出陣を言い渡されてため参戦している


それに続くのは伊東義祐

彼は耳川での敗北後、頼っていた大友が頼りないと見るとこれを切り捨て仇敵今泉の家臣となった

縁戚関係であったのにも関わらず非常なものだ


「しっかりと準備いたせば負けることはありません」


「どうだかわからないけどね。終わればわかることさ」


1984年6月

臼杵の戦いが始まる




両者一斉に突撃し戦闘が始まる

中央で激戦を繰り広げていたのは

今泉先鋒肝付兼寮

立花先鋒津田信澄



「引くな-!押せー!押せ-!」


彼は磯野員昌

信澄を養子としている元近江の豪族

そして歴史を好きな人なら知っているであろう姉川11段崩しの実行者だ

尤も実際に11もの陣を崩したかどうかは疑問が残るし、最近では本陣を奇襲し信長を追い詰めたこと自体は事実だが、織田軍中を突破した訳ではなく横山城攻城で手薄になっていた本陣を突いただけなんて話もあるにはある

しかし、降伏後の活躍を見ても猛将であったことは事実だろう


あるとき信長より叱責を受け出奔(信澄を養子とし、家督を譲ることを強要されたと思われる)信澄が紀伊へ避難していた際に再開し、叔父の行いを謝罪したことで和解している


「父上、あまり無理をなさらないでください!」


行信はその嫡男

信澄が立花家へ仕える際に磯野の家名を返したため彼が継ぐことになっている

史実では石田三成に仕え、逃亡の最後の最後まで同行したという

その後藤堂高虎に仕えた


「久しぶりの野戦だ!一気に行くぞ-!!」


激戦は始まったばかりだ

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