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ACT.8 中佐、中座!

 僕らの戦艦白鶏は、燃料と武器弾薬の補充のために小型ステーションに立ち寄った。ほんの30分の寄港なので、僕らクルーは艦を出ることを禁じられた。大佐と中佐が受け取りのために出ていった。

 20分ほど過ぎたころ、中佐が元気よく戻ってきた。後ろに男性をひとり従えていた。大佐で見慣れているせいか、中佐が男性の前に立って意気揚々と歩いているのは妙にしっくりする。男性は肩に荷物をしょい、分厚いファイルを抱えていた。あきらかに、白鶏に乗り込むようだ。でも、新しいクルーが来るとは聞いていない。誰なんだろう。

「えー、読書家なんだー、どんな本読むのー?」

 中佐の雑談の声に連れられて男性は艦の奥に進んでいった。無口そうな眼鏡の男性で、ちょっと暗そう……もとい、陰のある落ち着いた感じの人だった。

 それから少しして、出航ギリギリの時刻に大佐が駆け込んできた。

「キアト先輩は?」

 大佐はひきつった顔で僕に言った。

「ああ、見慣れない人と奥に行きましたけど……」

 僕が答え終わらないうちに、大佐は、

「大変だ」

 とひとりごちて奥に向かって駆け出した。大佐がそんなに動揺するなんて、いったい彼は……? まさか、スパイ……(丑五郎侍少尉みたいのじゃなくて、普通の)?

 そう思った瞬間、艦内放送が鳴り響いた。リオリ中尉の声だった。

「業務連絡、業務連絡。ウスイ大佐、キアト中佐、至急ブリッジにお戻りください。白鶏が出航できません」

 それから大佐が早足で階段を下りてきて、すぐに中佐が続いた。

「ちぇー、ウスイくんいれば、いーじゃん」

「だめです。上官として、危険を回避するために、今後彼との接触は禁じます」

 彼? さっきの彼だろうか。危険? 彼は、危険人物なのだろうか。

 僕も追ってブリッジに入った。中ではウスイ大佐を囲んでリオリ中尉、スズミー少尉、タモト軍曹が話し合っていた。

「ウスイくん、なんで彼をみすみす艦内に入れたのよ」

「だって、俺がここの代表者に捕まってる間に、センパイが連れてっちゃったんだもん。絶対やばいと思ったのに……」

 その脇にどうでもよさそうに丑五郎侍少尉が立っていた。中佐は一人でピカピカの笑顔でひよこのマットに腰かけている。いつもと様子が違う。

「遅くなりました」

 聞き慣れない声がして振り向くと、さっきの彼がファイルを持って立っていた。

「じこしょうか~い」

 中佐が元気よく立ち上がった。それを制するように、大佐が、

「みんなに紹介します」

 と淡々とした顔で言った。紹介? のどかなことだ。彼は、危険人物ではないのか?

「彼は次の目的地、第7コロニーまで本艦に同乗します。情報局の主任で、この艦の資料室の資料を更新してくれます」

「タクヤマです、よろしくお願いします」

 彼は小さくお辞儀をした。やや内向的そうな、いや、ナイーブそうな、というのか? 取っつきにくそうなタイプだな、と思った。

「えー、誕生日と、血液型は~?」

 中佐が質問するのを遮って、大佐が、

「じゃあ、タクヤマくん、資料の方お願いね」

 と言った。タクヤマ主任は少し中佐を気にして戸惑ったようだったが、

「いいよ、仕事に戻って」

 と大佐に念を入れられて、小さくお辞儀をして去っていった。

「信じらんない、何で追っ払うの~?」

 中佐が憮然として言った。

「あの膨大な資料を、次の寄港までにさばいてもらわなきゃならないんです。当然でしょう」

 大佐も憮然として(?)冷たく言い放った。僕はその時、もしかしてこれは「痴話喧嘩」か?と思った。大佐と中佐の関係は、やはり友人を超えた何かなのだろうか。心当たりはいろいろある。

「リオリさーん、彼の資料来てな~い~?」

 中佐は中尉のところに駆けていき、声をかけた。

「え、来てますけど……」

 やや困ったような声で中尉は答えた。そこへ、大佐がきっぱりと言い放った。

「中佐、個人的な理由でのクルーのプライベートデータの開示は、禁止します」

 こう言っちゃあ失礼だが、僕は初めて大佐の「大佐」らしい態度を見た。どうも穏やかではない雰囲気だ。この「白鶏戦記」は、実は大佐と中佐のラブコメだったのだろうか?

「ちえー、いいもーん、本人に訊くから~」

 中佐は軽い足取りでブリッジを出ていってしまった。

「……いちおう、俺、上官なんだけどな……」

 大佐の大佐らしさはもう消えていた。

「うーん、良くないねえ。本部も、まずいのを寄越したモンだ」

 中尉が小さなため息をついた。やはり彼は問題のある人物らしい。公式に我が軍に所属していて、「危険」で「まずいの」だが「まあ大丈夫」な人物? 僕には、そのすべての条件を満たす人物像が丑五郎侍少尉しか浮かばなかった。ここは、意表をついてキアト中佐のモト彼、そしてウスイ大佐と泥沼……というセンも考えたが、だったら中佐が誕生日や血液型を知らないのは変だと思って考え直した。

「ちょっと、彼の資料見せてくれる?」

 大佐が中尉に手を差し出した。中尉は薄いファイルを大佐に手渡し、大佐の手元をのぞき込んだ。

「……うーん、こりゃ、まずいね。本艦最大の危機かも」

「完璧ダメだね。キアト先輩は、こういう状態の時是非出撃してほしい」

「ああ、今出たら、強いでしょうねえ」

 大佐、中尉、軍曹の3人が順々にため息をついていた。丑五郎侍少尉とスズミー少尉は輪に加わってはいたがコメントしなかった。

 後ろで小さく、先輩クルーたちが話をしていた。

「こういうときに限って、奇襲とか来るんだよなあ」

「中佐いなくて、大丈夫かな」

 僕は振り向いて問いかけた。

「先輩方、何がそんなにまずいんですか?」

 小声で訊くと、彼らは一様に呆れた顔をして答えた。

「キアト中佐、ああいうインテリ坊ちゃんタイプの暗い人、好きなんだよねえ」

「多分今日から追っかけモードに入っちゃうよ。男追っかけ始めると、頼りにならないんだよねえ……、あのヒト」

 なんと! キアト中佐から根拠のない頼りがいをとったら、いったい何が残るのか。

「戦闘になったら、出撃させちゃえばいいんだよ。ノーブルGMDMにでも乗ってもらってさ。ゲキ強なんだから」

「こわすぎ」

 僕は先輩方の会話の内容が理解できなかった。出撃? たしか中佐の操縦技術は、かなりダメだったはずだが。

「センパイ方は、中佐の出撃をごらんになったことがあるのですか?」

 と訊いてみると、一人が伏し目がちに、

「一応……。でも、……あれは、こわいから……」

 と答えた。どういうこと?

「タモト軍曹の狂戦士モードは無差別攻撃だからいいけど、」

 いいもんか!

「中佐はあのシステムなんかなくても、鬼だから……」

 先輩方は気まずく視線をそらし、少しうなだれていた。そして、僕が中佐の出撃のことをどんなに訊いても、もう彼らは何も答えてはくれなかった。

 僕はその時、タクヤマ主任がどれだけこの艦にとって「危険な」人物であるか、全く認識していなかった。


 タクヤマ主任が戦艦白鶏をどれほど危険な目に陥れたか?

 それはその2日後に思い知ることになった。

「緊急警報!!」

 ものすごい振動があって、警報が鳴り響いた。

「撃たれてます! でも、どこから!?」

 レーダー係が必死でレーダーをのぞき込んだが、敵の姿は見えない。

 また、振動があった。

「電磁煙幕濃度は!」

「レーダーはほぼ正常です! 異常な電波、磁気、煙幕、その他いっさいなし!」

 ブリッジは騒然となった。そして、その場にキアト中佐はいなかった。

「キアト先輩は!?」

「資料室であります!」

「まっっっっっった、あの人は!!」

 ウスイ大佐が叫んだと同時に、もう一撃くらったようだ。ズシンと足元が揺れ、「システムエラー」の赤いランプが点滅した。外で何かが閉まる音がした。

「何、今の!」

「防火扉が閉まりました!」

「火事?」

「いや、誤作動だ! 撃たれたのは第6エリア! 自動修復装置で応急的には問題ありません! ただ、第6エリアが認識エラーで物理的に遮断されました!」

 リオリ中尉とウスイ大佐が、顔を見合わせた。

「第6エリアって、……」

「資料室の階じゃん……」

 タモト軍曹が言わなくていいことを元気よく言った。

「てことは、ふたりっきりですね!」

 大佐と中尉は、絶望的な顔でため息をついた。

 そこへ、スズミー少尉がモニターを見て叫んだ。

「感応砲台だ!」

 その声で、みんながいっせいにモニターを見た。

「どこに?」

「見えない」

「超小型感応砲台、速いから見えにくいけど、4機飛んでるよ! ほら、いまここ、あっ、あそこに行った、……」

 スズミー少尉の指先を目で追ってブリッジ中の人があっちを見たりこっちを見たりしたが、なんか時々画面が微少にぶれるくらいにしか異常は見えなかった。

「小さいな」

 大佐が言った。彼も見えるらしい。そこに、後ろからもう一つ声がした。

「あ、これ、決まったコースで飛んでるじゃん。さっきから、同じ図形をたどってる。3次元図形だから、ややわかりにくいけど」

 なんと、丑五郎侍少尉も見えるらしい。ウスイ大佐とスズミー少佐も感嘆した。

「ホントだ、さすが。そこまではわからなかった」

「丑五郎侍は、右脳の人だからなあ」

「お手柄、丑五郎侍くん。じゃあ、機銃で落とせる。ちょっとこっちに来て、入力して。壊さないでね」

 リオリ中尉が丑五郎侍少尉を呼んだ。

「壊したら、俺が直しますよ」

 ウスイ大佐が言った。

「ゴメン、私見えないから、任せるね」

「私も見えません」

 リオリ中尉とタモト軍曹は僕と他のクルー同様、動体視力はそれほどよくないらしい。スズミー少尉とウスイ大佐はさすがだが、丑五郎侍少尉には、さらにその動きの規則性が図形として見えているらしい。おかげで4機の感応砲台は機銃で簡単に落とされた。

「機銃で機械的に撃たれて簡単に落ちたから、精神感応じゃないね、あの感応砲台」

「普通の感応砲台の構造なのに、なんで精神感応操作じゃないんですか」

 大佐が訊くと、中尉がしばらく遠視モニタをあれこれ操作して、

「あ、あった!」

 と何かを画面に映し出した。

「これ、マザー感応砲台だ。ここからオートの指令が出てるんだと思うよ。相当遠くからこれだけ飛ばしてきたんだと思う。それにしても、レーダーの外からとは、遠すぎるね」

 リオリ中尉が言うと、スズミー少尉が、

「そういえば、このマザー感応砲台、マザーにしては小さいし、チルド感応砲台の特徴がありませんか?」

 と言った。「マザー感応砲台」とは、実際の射撃を行う「チルド(チルドレン)感応砲台」を搭載した中継型の大型感応砲台である。

 そこに、レーダー係の声が響いた。

「敵艦隊、前方に出現! 待ち伏せです!」

 言い終わるより早く、他のレーダー係が、

「左からも来ました! 挟み撃ちです!」

 と叫んだ。

 システムエラーを修復しているヒマはない。キアト中佐がいないまま、白鶏は戦闘に突入することになりそうだ。

「あっ、マザー感応砲台が動いた! え? あれ、なに?……」

「グランドマザー感応砲台?」

 映像の中の大きな感応砲台は、そこからさらにマザー感応砲台を射出した。

「中継ポイントだ! 間に点々とマザーを置いて、どんどん子感応砲台を産んでるんだ、この感応砲台!」

 グランドマザー感応砲台から射出されたマザー感応砲台から、チルド感応砲台が射出された。

「第二波が来る! 対策を!」

「感応砲台に構ってたら、敵艦隊にやられますよ!」

「艦隊に構ってたら、感応砲台にやられますよ!」

 大混乱。

 キアト中佐がいないと騒ぎを集約する先がない。ここでたった一声、「リオリさん、どうしよっか」と聞こえてくればみんな黙るのだが……。

「電磁煙幕、戦闘濃度で認識!」

「敵機、発進した模様! あっ、電磁煙幕の妨害で、……レーダーはもうダメです」

 たてつづけにレーダー係が叫び、

「ウスイくん、出よう!」

 とスズミー少尉が叫び、

「ダメだよスズミー、センパイがいなきゃウスイくんが司令官なんだから、指令出す人がいないと……」

 とリオリ中尉が叫んだ。ウスイ大佐は、

「敵戦力のデータは!」

 と端末を操作しようとしたが、その瞬間、またベースに振動が走った。

「データなんか出してるヒマないよ、もう撃たれてる」

 リオリ中尉が言った。

「ウスイくん、この場はセンパイなしでしのがないと。とりあえず、GMDMJP02出ます!」

 スズミー少尉がそう言ってドアに向かい、

「私も!」

 とタモト軍曹が続いた。

「タモトさんは、まだ出ないで!」

 大佐が軍曹を制した。その瞬間、今までの何倍も大きな衝撃がベースを揺らした。

「カタパルトハッチ、被弾! 感応砲台じゃありません、敵の射程圏内に入った模様!」

 出撃しようとしていた二人は振動に足をとられ、転倒していた。

「大佐、指示を!」

 クルーがいっせいにウスイ大佐を見た。だが、今回は指揮官が誰であれ、手の打ちようはない気がした。すでに周りを感応砲台が飛び回り、敵の直接射程圏に入っており、敵艦隊の挟み撃ちにあっている。感応砲台が超小型のため出力が小さく、ベースはまだ致命的なダメージを受けていないが、もはや時間の問題だ。

 大佐が必死の指示を出す。

「丑五郎侍、ひきつづき感応砲台を掃討して。カタパルトの被弾状況は?」

「左側はエラーです。右はまだ生きてます」

「じゃあスズミーさんと、……出せる人、いないじゃん! 主力、俺とスズミーさんだけなんだから! 他の人は、出ても犬死にするだけだよ!」

「私が……」

 タモト軍曹が言うと、大佐は瞬時に制した。

「感応砲台と遠隔射撃の連中に、タモトさんが出てもダメだよ、犬死にだ。……やっぱり、俺が出る。俺が出ないと、白鶏は弱すぎる。リオリ先輩、あとを頼みます」

「行こう、ウスイくん」

 スズミー少尉とウスイ大佐はブリッジを出ていった。だが、この大艦隊を相手に彼ら二人で何ができるだろう。ほとんど「特攻」である。

「中尉、二人だけでは、いくら何でも無理です」

「我々も、全員出ます」

 戦艦白鶏は悲壮な決死隊の様相を呈してきた。もちろん、僕も出るつもりだった。この白鶏を黙って沈めさせるわけにはいかない。僕は初陣で散るらしい。だが、もう覚悟は決めた。

「待って、もしかしたら、スズミーの奴、JP02の最終兵器を……」

 リオリ中尉がつぶやくと同時に、突然、

『おいおいっ! そんなんじゃ沈んじまうよ!』

 というものすごい声がした。

「せ、せんぱい?」

 まごうかたなき、キアト中佐の声。

『とりあえず、ウスイくんとスズミーを出撃させないで! ハッチ閉めて! 出撃、絶対禁止! 今すぐ止めて!』

 なんと、声は艦内放送のようだ。

「あ、そういえば第6エリアには、視聴覚室があったっけ……」

 第6エリアというのは基本的に研究、調査関係の部屋が集まっている。資料室、視聴覚室(ここに艦内放送の機材がある)、実験室、研究室などがあり、そこに中佐は閉じこめられているわけだ。

「センパイ、ハッチ閉めて出撃止めましたよ! って、こっちの声が聞こえるわけないか」

 リオリ中尉がつぶやくと、中佐のふざけた声がした。

『ざ~んねんでしたあ、聞こえるよ~』

「ええっ?なんで?」

 騒然とする我々をあざ笑うように、放送は続いた。

『じゃーん! 通風口をごらん!』

 各階は小さな通風口でタテに貫かれる形でつながっている。視聴覚室の下に当たる部分の通風口を何人かがわらわらとのぞき込んだ。

「中尉! 重しのついた紙コップが!」

 一人が叫んだ。

「糸デンワだ……」

 中尉がうめくように言った。

「そんなバカな……」

 緊迫感は一気に土砂崩れた。そこにウスイ大佐とスズミー少尉が戻ってきた。

「大変だ、ハッチが開かない!」

「出撃できない!」

 二人は真っ青になっていた。まさかキアト中佐の指示でブリッジから操作したとは思わなかったのだろう。コックピットに艦内放送は聞こえない。

『オッケ~、誰も出撃してないね。とにかく出撃禁止。砲門からの反撃はOK。あとは、私が一人でカタをつける!』

 大佐と少尉はイマイチ状況が飲み込めていないので、

「センパイ?」

「なんなの? どこから?」

 と戸惑っていた。そんなことには全くお構いなしに、中佐からの放送は続いた。

『リオリさん、この前作ってもらった奴、使っちゃうよ』

「えっ! でもあれは、危険が……」

 中尉の狼狽をものともせず、中佐は叫んだ。

『危険なのはこの艦だろ! いい、全部使っちゃうからね! ちょっと予算かさむけど、行くからね!』

 そこで放送は切れた。異様な静寂だけがブリッジを包んだ。

「無理ですよ! 一人でなんて!」

 クルーの一人が声を上げた。

「そうですよ、だいたい第6エリアは閉鎖されてるし、あそこに出撃できるメカなんか、なにもないじゃないですか!」

 他の声も続いた。不安げなクルーの声で、ブリッジが騒然とした。

 リオリ中尉は絞り出すような声でつぶやいた。

「いや、精神感応制御研究ルームがある……」

 それからすぐに、

「船底が開きます!! なんで!?」

 というクルーの悲鳴が聞こえた。

「船底?」

「あっ、これは、感応砲台格納庫!」

「エラー?」

 ますます騒然とする我々に、中尉は冷静に言った。

「いや、キアト先輩だよ」

「でも、これ、予備の感応砲台全部宇宙にばらまいちゃいますよ!」

「宇宙で感応砲台ばらまいたって、まきびしにもなりませんよ!」

 白鶏にはひっきりなしに着弾の振動が走っている。クルーはヒステリックになっていた。自分たちが死ぬかも知れないときに、せめてもの反撃すらさせてもらえないとは……。ベース自身の砲撃など反撃のうちに入らない。まともに彫像動力機で戦って死ぬ方が、よっぽどマシだ。

(キアト中佐、恨みます……)

 僕は思った。そう、いつもどおりの白鶏が、いつもどおりに戦って沈むなら仕方ない。中佐は頼りになるんだかならないんだかわからないが、今まで中佐に任せてきた以上、中佐でもどうにもできない事態なら散るときは散る。忘れがちだが、我々は軍人であり、今は戦時下である。こういう事態は、常に覚悟してあってしかるべきなのだ。だが、今回は、中佐が男性クルーの追っかけをやって危機に陥っている。たしかに、あの超遠隔感応砲台の奇襲で混乱させて大軍を待機させるという敵の戦法は大したものだ。あのときちゃんとブリッジに中佐がいたとして、この奇襲を防ぐことは不可能だったと思う。だが、その後の対応は最善だったのだろうか? 中佐がいたら、何か策があったのではないか? そのあたりが、どうしてもあきらめきれない。みんなも同じ気持ちだろう。

 これは逆恨みなのだが、タクヤマ主任さえ来なければ……。キアト中佐が資料室に追っかけに行って、ブリッジをむやみに空けることさえなかったら……。ああ、大佐たちが彼を「危険」と言っていたのはこういうことだったのだ。それを僕は、痴話喧嘩と勘違いしたりして……。

 その時、頭の中に超音波のような「なにか」が響いてきた。僕だけかと思って周りを見回すと、他の人たちも周りを見回していた。だが大佐は周りのクルーたちの落ち着かない様子に驚いた顔をしていた。これが聞こえないのだろうか。そしてリオリ中尉は、じっと一点を見つめて動かなかった。

<行けぇ、小砲台、感応砲台、その他モロモロぉ!>

 自分の頭のずっと上の方で、キアト中佐の声がした。肉声、ではない。放送でもない。不思議な、音を伴わない声だった。それとともにブリッジのあちこちから頓狂な声があがった。

 モニターには恐ろしい数の感応砲台がうつっていた。それが一斉に周囲に散り、この艦を取り囲んでいた敵機を撃破していく。すばらしい光景だったが、その中に鏡面反射型感応砲台も混ざっていたのには笑った。あれは、はね返すビーム砲がなければただの鏡だ。単独で飛んでいても意味はない。

 大佐が中尉に向かって叫んだ。

「リオリ先輩、白鶏には感応砲台を操作できる汎用彫像動力機はないですよ! 大型精神感応制御GMDMはあるけど、こんなに大量の感応砲台は使えないし! なんでこんなに、感応砲台買ったんですか!」

「いや、これから全部の機体に標準装備しようかと思って……」

 一応リオリ中尉は答えていたが、心ここにあらずの様相を呈していた。彼女はおそらくキアト中佐が一人で遂行している作戦の内容をわかっているのだろう。我々のように、ただ受け身に驚いているわけにはいかないのか。

 モニターはいくつか被弾の影響でつぶれていたが、生き残ったモニターは、ピラニアの大群のような感応砲台が敵機を食い尽くしていく様子をうつしていた。クルーたちは、次第に大歓声をあげ始めた。

「スゲエ! 無敵じゃないですか!」

「これみんな、キアト中佐ですか?」

「超A級精神感応適性者ですよ、これ!」

「俺、中佐見直しましたよ!」

 敵機が大量に掃討され、敵艦隊は明らかに動揺して撤退を決めたようだった。

「敵艦隊、逃げるみたいですよ。ここで追撃しときますか? うちの彫像動力機は全部無事ですよ」

 ややハイテンション(とは言っても当人比)な大佐に対し、リオリ中尉はかみしめるようにつぶやいた。

「……いや、早く安全な空域に行こう。一刻も早く寄港しないと手遅れになる」

 たしかにこの艦はもうボロボロだ。動力部も何か所かやられ、非常用のエンジンで航行している。一刻も早く寄港しなければまずい気配だ。

「大丈夫ですよ、修理だけならこの先に次のミニステーションがありますから。修理の設備はベースに載ってるので足りますよね?」

 スズミー少尉が言った。大佐も続いた。

「追撃、しないんですか? JP02とノーブルGMDMでいけませんかね? 奴ら、今、戦力ほとんど積んでませんよ、たぶん」

 不測の事態でほとんど丸腰になっている戦艦を、みすみす逃すのは確かにもったいない。

 だが、リオリ中尉はそれに応えず、立ち上がった。

「くれぐれも油断しないように注意して感応砲台を回収してきて。たぶん、生きてるのも死んでるのも相当散らかってるから」

 キアト中佐は、ホントにいろんなものを散らかす人だ。

「技術系の人は、第6エリアの閉鎖をなるべく早く解除して。壊してもいい。とにかく開けて。あとの人は、修復作業」

 リオリ中尉の指示で、何人かが出ていった。

「ウスイくん、私たちは直り次第第6エリアに入ろう」

「えっ、俺?」

 大佐は追撃をあきらめてザッコで感応砲台回収に出るつもりだったようだ。どうしても下っ端根性が抜けないらしい。

 リオリ中尉は沈痛な面もちで唇をかみしめて立っていた。

「……リオリ先輩?」

 大佐がいぶかって声をかけると、中尉は目を伏せて言った。

「あれだけの精神感応兵器を一斉操作して、キアト先輩が無事だと思ってる?」

 ブリッジに緊張が走った。そう、たった2機の反射型感応砲台だって廃人が出る出ないの話をしていたのだ。しかも、あの時はせいぜい3分程度の操作だった。今回キアト中佐は、一人でゆうに500基以上の感応砲台を、敵の撤退まで実に15分以上にわたって操作していた。しかも、彼女の精神感応適性は「O」、決して安定した精神感応能力があるわけではない。不覚にも、巨大な危機を脱したことに浮かれて誰もそのことに思いが至らなかった。リオリ中尉ははじめからわかっていて、ずっと気もそぞろだったのだろう。

「……リオリ先輩、キアト先輩は何を使ったんですか? いくらセンパイでも、気合いだけであの量の感応砲台は使えませんよね」

 いつもは元気なタモト軍曹が、深刻な声で中尉に訊いた。

「キアトセンパイのリクエストでね、『精神感応増幅ミステリーサークル』っていうものを……」

 中尉が答えると、大佐が「ああ」とうなずいた。

「なに、それ……」

 さすがに引きつった顔の丑五郎侍少尉が訊いた。大佐が中尉の顔をうかがうように答えた。

「これ、精神感応者の脳波を増幅するシステムですよね」

 中尉はうなずいた。

「精神感応制御システムの中央でミステリーサークルやストーンサークルの原理を使うことで特異な『気』の流れを作って、コアになる人物の脳波を増幅して共鳴させて、周波数を調整して送信できるようになってるから、弱い精神感応適性者でも精神感応制御兵器が比較的容易に使えるようになる。でも、理論は確立してるけど学者の間でもまだ安全性が保障できるシステムは作れてないし、これだって試作品だよ。周波数の適応範囲を広げるとそれだけ脳に負担がかかって危険だから、周波数の範囲を狭く設定して使うように作ったんだけど、センパイは今回、範囲をまるっきり絞った気配がない」

 しばらく悲壮な沈黙が訪れた。

「しかし、キアト先輩なのに、よくそんなメカ、わかりましたね……」

 そんな大佐のつぶやきに対しても、誰一人笑わなかった。

「とりあえず、第6エリアの防火扉、もう少しで焼き切れます!」

 一人がブリッジに駆け込んできて、中尉と大佐は出ていった。

 残された僕たちは、技術がないため、振動で散乱したものを片づけ始めた。誰も口を開くものはなかった。精神感応を使うことによる人体への影響はまだまだ研究が進んでいない。偏頭痛、吐き気といった程度のものから精神崩壊、植物人間までさまざまな症例が報告されているが、個人差があまりに大きくて理論化が難しいのが現状だ。

 僕たちにわかっていることは、今回のキアト中佐の作戦が無謀だったことだけだ。

「中佐!」

「大丈夫なんですか?」

 階段の方から声が上がった。中佐がおりてきたのかと思って僕たちもそこへ走った。あの中佐のことだから、もしかしてピンピンして「超OK」と元気におりてくる……なんてこともあるんじゃないか?

 そんな僕の期待もむなしく、階段の下には大佐とタクヤマ主任に両側から抱えられて死んだように動かないキアト中佐が運ばれてきていた。

「ゴメン、タンカ持ってきて。すげー重くて腕、疲れた……」

 大佐がうめくように言い、中佐は一度床におろされた。

「重かったね、大丈夫?」

 大佐は気遣ってタクヤマ主任に声をかけたが、妙齢の女性に対して「重い」などと言えようはずもなく(大佐は言っていたが)、主任は「いえ、そんなことは……」と言葉を濁していた。だが僕は、彼がさりげなく腕をもみほぐしているのを見逃さなかった。

 タンカが到着し、キアト中佐は医務室へ運ばれた。だが、もちろん医務室の薬や治療器具を使って精神感応操作でダメージを受けた脳を治療することはできない。

「くよくよしたって仕方ないよ。俺たちは一刻も早く次の目的地、第7コロニーにたどり着かなきゃいけない。そこまでには戦闘もあるだろう。俺たちは俺たちで、やっていかなきゃいけないんだ。キアト先輩が目覚めるまで、艦を沈めるわけにはいかない。頑張ろう」

 大佐は言った。僕たちはうなずいた。

 幸い、それから数時間後には中立のミニステーションに入港できることになった。

「他の人はブリッジに戻って。あとは、俺が……」

 大佐は一人、医務室に向かった。

 え? でも、なんで大佐が一人で行くわけ?

 僕の「白鶏戦記ラブコメ疑惑」がまたゆっくりとわき上がってきた。

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