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ACT.7 第5コロニーにて

 白鶏はつつがなく第5コロニーに入港した。艦内は普段となんにも変わらないのどかなムードに満たされていた。協定違反のことは僕の思い過ごしじゃないかと思ったが、何度資料室で本を開いても無差別放送を使って敵を攻撃(あれは攻撃ではなくてかく乱だと思うが)したこと、それを見逃しても無意味なチャンネルの占拠をしたことは間違いない。

 僕は責任を負う立場にない。だからこんなに緊張することはないはずだ。わかっているのに胸がつぶれるような気持ちになる。

 ドラマの回想シーンのように僕の脳裏に例の六人の姿が浮かんだ。やんなっちゃうわ、と言って去っていくウスイ大佐。ひよこのマットでふてくされているキアト中佐。犬をなで回しているリオリ中尉。トングでサラダを食べている丑五郎侍少尉。ゲームに熱中しているスズミー少尉。プロ野球のために廊下を全力疾走するタモト軍曹。彼らは、彼らでつるんでいてこそ強いのだ。ウスイ大佐は下に指令官を任せられる人がいなければザッコで出撃できないだろう。キアト中佐は他の上官の下では単なる高飛車な役立たずだ。リオリ中尉の発明も普通なら認められないだろう。丑五郎侍少尉は自分の軍を沈めるだろう。そこまで考えて、ああ、と思い直した。スズミー少尉だけはどこでもやっていけそうだ。タモト軍曹の偏った戦闘能力も、他の上官がどれだけ生かせるというのだろう。彼らはそれぞれ見事に適材適所であり、軍の規律や常識を越えたところで機能しているのだ。


 僕が感傷に浸っていると、放送が入った。

「みんな、入港しましたよー。とりあえず、ブリッジに集合してくださーい」

 こんな「超テキトー」な放送を聞くのもこれが最後かもしれない。

 ブリッジに行くと、すぐに全員が集合した。お酒をあまり搭載(搭載とは言わないか)していなかったので、パーティー翌日でも二日酔いの人はいない。

「えー、辞令ですがー」

 キアト中佐が高らかに言った。いよいよ処罰の発表か? 僕は自分の肩がびくっと震えるのを感じた。

「シンジンくーん」

「えっ?」

 思いがけず自分の名前が呼ばれたので僕は頓狂な声を出してしまった。

「返事は『はい』でしょ、自分は軍人ですから」

 みんながどっと笑った。お気楽な人たちだ。

「し、失礼いたしました、『はい』!」

 また一同爆笑。何がおかしかったんだろう。

「いちいち言い直さなくても。しかも超棒読みー。はい、辞令の続きです。シンジンくん、キミは今日明日の講習をもって研修期間を終了し、あさってから戦艦『白鶏』クルーとなります。おめでとう!」

 ブリッジに拍手がおこった。僕は皆さんに向かって一礼した。

「よろしくお願いいたします!」

「えー、キミは本日から二日間の研修があります。85名の合同研修となりますので、あとでウスイ大佐と一緒にコロニーの司令部に挨拶に行って、指示を受けてください。あとは、……残念ながら」

 僕はまた緊張して顔がひきつった。だが、キアト中佐はみんなの顔を見回して、ニカッと笑い、

「我々は一人たりとも昇進しませんでした。辞令に関しては、以上です!」

 としめくくった。

 僕は拍子抜けした。単なる取り越し苦労だったんだろうか。狡猾な中佐がおめおめと処罰を受けるような作戦を遂行するはずがないか……いや、彼女は「あれっ、そうだっけ」と言いかねないが、リオリ中尉が事前に気づくだろう。

 そこまで考えて、僕はちょっと反省した。大佐だって大佐である以上、軍規や協定くらい人一倍認識しているはずだ。

 それにしても……僕は2日間の研修、他の人は3日間の休暇か……。ガッカリだ。

「えー、それでは大佐からのご挨拶を」

 中佐がマイクを大佐に譲った。

「とくにありません。これから指示の出ている人以外は3日間の休暇になります。ベースを降りたら左手にあるチェックルームで認証を済ませてください。それを忘れるとセキュリティーに引っかかって取り押さえられます。場合によっては射殺かも。

 みなさん、本艦のクルーとしての自覚を持って、節度ある行動を心がけてくださいね。何か質問はありますか」

「はい」

 一人が手を挙げた。

「なんでしょう」

「集合に遅れた場合は」

「もちろん置き去り」

「わかりました」

 大佐も淡々とした口調で過激なことを言う。だが、僕はそのとき「ごめーん、遅れちゃったー」とへらへらしながらやってくるキアト中佐や、置き去りにされて「え? 明日じゃなかったっけ」と驚いている丑五郎侍少尉、「すみません、延長戦が長引いてて」と野球場から連絡を入れてくるタモト軍曹の姿などを想像していた。

「バナナはおやつに入りますかー、大佐ー」

 中佐がチャチャを入れ、大佐は、

「中佐、上官をからかうのは軍紀に違反します。慎みなさい。ちなみにバナナはおやつです。ほかに、まともな質問はありませんか」

 と一同を見回し、

「えー、それでは、白鶏のドアを開けて『ただいま』と言うまでが休暇です。気をつけて遊んできてください。それでは、解散!」

 と締めくくった。

 それから一分もしないうちに、ブリッジには例の六人と僕だけが残された。

「じゃあ、行こうか、シンジンくん」

 大佐に言われて僕は出口に向かって歩きだした。後ろからどやどやと足音がついてきて、

「宿舎一緒の部屋だといーねー」

 という中佐の声がした。白鶏はしばらく整備士たちに占領されるのだろうか。自室は荷物を整理して鍵を開けておくように言われている。荷物に関しては金属探知器とエックス線調査機を通されるということだ。

 認証作業を終えてチェックルームを出ると、一人の軍人がこちらに向かって歩いてきて敬礼をした。こちらの、僕を入れて7名も敬礼をした。

「白鶏指揮官、ウスイ大佐。副指揮官、キアト中佐。司令部から、先日の報告について詳しく説明するようにとのことです。司令室においでください」

 眼鏡をかけた細身の軍人さんはそう言って軽く一礼し、去っていった。

「怒られるのかしら」

 中佐が何気なく言った一言で、僕は凍りついた。例の協定違反だろうか。

「俺一人じゃなくてよかったー」

 大佐が言った。他の人々は、

「やった、私たちは自由時間だ」

 と喜んでいた。

「とりあえず、宿舎に行こうよ」

「あれ? オレだけこっちの寮なの? なんで?」

「アンタは男子寮!」

「あ、そうか」

 チェックルームで渡された宿舎の割り当て表を見て騒ぐ4人に中佐はぶ然として、

「ずるいよー、だったら荷物持ってってよー」

 と荷物を押しつけた。

「ウスイくんのも、丑五郎侍くんに預けちゃえば」

「ああ、じゃ、お願い」

 中尉に促されて大佐も荷物を預けた。だが僕は彼らが泊まる寮には一泊もしない。僕だけが大荷物を持ったまま基地の中を歩く羽目になった。

 リオリ中尉、スズミー少尉、丑五郎侍少尉、タモト軍曹は手を振って僕らと別れた。

「行ってらっしゃーい」

「くそお、呼び出し食らうの、ウスイくんだけでいいじゃん」

「俺は一人で行っても良かったんですけどね。シンジンくんの挨拶でどうせ司令室には行かなきゃなんないし」

「超むかつくー。さっき一人じゃなくて良かったって言ったクセにー」

 僕は大佐と中佐に連れられて司令室に向かった。だが僕の心は不安でいっぱいだった。先日の報告の説明とはどの報告だろう。無差別放送を使用した作戦についての報告? そして、国際協定違反で処罰?

「なんか顔色悪いよ、シンジンくん」

 中佐が僕の顔をのぞき込んだ。

「い、いえ、別に」

「司令室に挨拶に行くのは緊張するよね」

 フォローのつもりだろう、大佐が言った。

「そうおー?」

「センパイは特別です」

 彼らはまったくもっていつもどおりだった。やっぱり取り越し苦労なのかもしれない。

 大佐が立ち止まり、指令室のドアをノックした。ノックとはまた古風な、と思ったが、ドアは自動だった。部屋の外からノックをして軽く「OPEN」に触れるのがマナーのようだ。

「失礼いたします。本日辞令をいただいた新人のご挨拶に参りました」

 司令室は入ってすぐの部屋が応接だった。その奥に横長の机があり、中年の男性が3人こっちを向いて座っていた。その横にはファイルを持った男性が控えていた。秘書官だろうか。

「戦艦白鶏指揮官、ウスイ大佐であります」

「同じく副指揮官、キアト中佐であります」

 こうして上級の軍人と接している様子を見ると、やはり彼らも普通の軍人らしい。ウスイ大佐はあまり違和感がないが、一歩下がって黙っている中佐はほとんど別人だ。

「研修終了を以て戦艦白鶏に配属辞令をいただきます、シンジンです」

 大佐がそう言って僕を促した。

「シンジンと申します。よろしくお願いいたします」

 これだけで僕の役目は終わってしまった。中央の人(失礼だとは思うが、彼が自己紹介をしてくれない以上こう表現するしかない)が僕に向かって言った。

「それではシンジンくん、キミはこれから研修だね。彼について行ってくれたまえ」

 秘書官風の男性が僕を案内すべく、軽く一礼して一歩前へ出た。

「ウスイくん、キアトくんはこちらへかけてくれたまえ」

 中央の人は司令室の応接用ソファを軽く手のひらで指した。その時、秘書官風の人物が「こちらです」と言って僕を先導して歩きだした。僕は彼についていくしかなかった。この後、大佐と中佐にいったい何の話がなされるのか、うかがい知ることすらできなかった。


 僕が受けた研修では、もちろんあの「無差別放送」についても触れられた。この装置は通常の通信設備と違って改造不可能なブラックボックスになっていて、敵も味方も全く同じ構造の装置を搭載しているらしい。既製品をほんの少しでも改変、改造したらそれだけで処罰の対象になるそうだ。入力用端子とオン・オフの切り替えスイッチ用端子が黒くて怪しい箱からのびている。僕ら下っ端には無差別放送を使用する権限はなく、「基本的には上官の指示どおりに使用するべし」という指示が出た。つまり「使うな」「いじるな」が無差別放送の基本である。

 僕は、もしかしてこの研修であの放送について「こういう使い方もアリ」という結論を出してくれるのではないかと一縷の望みを持っていた。だが、こんな下級の兵士には軍のごく表層的な事しか教えてくれなかった。わからないことは上官に従っていればいい。僕たちに要求されているのは歯車として最低限の役割をこなすということだけだ。だがそう思えば思うほど、僕はあの自由な戦艦白鶏に帰りたかった。


 二日間の研修は終了し、僕にもたった一日だけ休暇が訪れた。夜中の12時までに白鶏に帰艦しなければならない。僕はスクーターを借り、白鶏のことを考えないようにつとめながら第5コロニーを観光して回った。夜はうまいものでも食べようと思って街をうろつき回ったが、これというものに出会えなかった。仕方がないので基地の食堂で済ませることにした。

 食事が終わると、もう20時になっていた。白鶏に戻ろう。もう立ち入り許可が出ているだろう。そう思って立ち上がると、遠くの方に丑五郎侍少尉の姿が見えた。僕は彼を凝視し、周りにいる人を順に眺めていった。

 少尉の隣にはリオリ中尉がいた。後ろ向きでわかりにくいがその向かいはタモト軍曹とスズミー少尉だろう。僕は目を凝らしたが、手前の人に隠れてあとの二人が確認できない。僕は食器を下げに行きながら、ずっとその方向を凝視していた。だがウスイ大佐とキアト中佐はそこにいなかった。

 僕は何度ものびあがって彼らの方を見た。だが、彼らはどう見ても4人だった。

 僕が戻ると、戦艦白鶏は相変わらずつぶらな目でそこにいてくれた。チェックルームでもう一度認証を受け、僕は白鶏に乗り込んだ。僕の荷物は出ていったときと同じように部屋の真ん中に置いてあった。あまりいろいろ考えたくない。上官がかわろうが環境がかわろうが、僕らのような下級の兵士はサラリーマンのようにただ働くだけだ。僕はベッドに背中から飛び込んだ。そして、集合は十二時だからもう少し時間があるから何をしてすごそうかと考えつつ横になっていた。

 ――どこかから何かを叩く大きな音が聞こえてきた。なんだろう。

「点呼、点呼!」

「……は、はい!」

 僕はベッドから跳ね起きた。いつの間にか眠り込んでいたらしい。

「失礼いたしました!」

 外から聞こえる声は間違いなくキアト中佐の声だ。ドアに駆けつけて鍵を開けた。

「点呼、点呼!」

 中佐がドアを力一杯開けた。僕は立ちつくしたまま中佐の頭のてっぺんを見ていた。中佐の背後を見るとリオリ中尉が点呼表を書き込みながら廊下に立っていた。

「明日は朝7時にブリッジ集合! 7時半には出航するからね!」

 中佐は無事に戻った。あとは大佐だ。大佐はたった一人で責任をとったのだろうか。いや、やはり僕の取り越し苦労だったのか。

 僕はブリッジに向かっていた。遠くから中佐の点呼の声がする以外にはひと気も物音もなく、白鶏の中は静まり返っていた。明かりもほとんどおとされて、歩くのに支障がない程度の微光は足元を照らしている。航行中にはこんな風にベースが眠ることはない。初めて見る光景だった。

 ブリッジには明かりがついていた。一歩中に足を踏み入れ、おそるおそる中を見回した。

 大佐が立っていた。

「シンジンくん」

 大佐は驚いた顔で声をかけてきた。だが、こっちこそ驚いているところだ。

「今、点呼が回ってるから、戻った方がいいよ」

「あ、いえ、もういらっしゃいました」

「そしたらどうしてこんなところに……。李下に冠を正さず、だよ」

「え、りか……?」

「すももの木の下で冠を直すとすもも泥棒と間違われるよ、という中国のことわざ。怪しまれるような行動をしちゃいかんってこと」

「は、勉強不足で……。すみません、ただ、気になって」

「何か忘れ物?」

 僕は、もう直接大佐に訊いた方が早いと開き直ることにした。

「大佐、自分は先日、資料室で国際協定に関する書籍を読んだのでありますが、その中に『無差別放送』の件がありまして……それによりますと、放送を使用して敵を攻撃したり、放送を占拠したりしてはならないという旨の記述がありました」

「へえ、シンジンくんは熱心だねー」

「あの、さしでがましいようではありますが、大佐が無差別放送を使用した作戦を遂行したことは、国際協定違反ではないかと心配だったものですから、その」

 僕はそのあとに何を言っていいかわからなくなった。

「戦時中の協定違反は重罪だからねー。唯一のモラルみたいなモンだしー」

 大佐は簡単に言ってのけた。なんだこの軽さは。僕がいったい、どれだけ心配していると思っているんだ。

「大佐、自分は先日の放送について、大佐やこの艦の他の上官の方々がなにかおとがめを受けるのではないかと心配しておりました。大佐殿はこの艦に残れるのでありますか?」

「おとがめなんか、ないよ」

 大佐は淡々と答えた。なんと、協定なんてその程度のものなのか!「唯一のモラル」も何もあったものではない。それとも「ここまでならやぶってもいい」というラインがあったりするのだろうか。

「君たちくらいのクラスでは自分の権限であれを使えないから、使用約款を知らないよね。使用約款を教わるのは少佐以上だったかな?」

 じゃあ、どうりで僕は知らないはずだ。

「でも、機密事項ではないよ。資料室で調べればわかるよ。正しい訳文忘れちゃったから、読み出してみようか。明日自分で調べてみる? 今から調べてもいいけど」

「あ、は、はい、お願いします」

 大佐がブリッジにある大きな電源盤をいくつか「ON」にして、僕らは階段を使って上がっていった。ブリッジは二階、資料室は四階にある。

 大佐は端末の電源を入れ、認証コードと検索内容「無差別放送」を入力した。意外と該当項目は少なく、25件だった。

「ええと、使用約款の方ね」

 大佐が絞り込みで「使用約款」の完全一致に限定すると、該当項目はたった一つになった。

「はい、読んで。ああ、長いから、ここだけでいいや」

 指定されたところを読むと、こう書いてあった。

『無差別放送に関しては、これを緊急信号として一兵士が使用することを許可する。ただしそれは上官(少佐以上)の許可の下で使用される必要がある。使用に及ぶ場合、ただ唯一緊急事態に救助を要請する放送のみ有効とする。敵兵にも放送が全面的に傍受されるが、そのために撃墜されても敵兵に何らとがめだてはないものとする。これを避けるために暗号による伝達を認めるが、事前に当委員会に詳細を登録のこと。また、5分以上に及ぶ暗号は不可とする』

「俺のあれは、一兵士が緊急信号に使っただけだよ。暗号を用いてね」

 僕は画面をぼうっと見ていた。

「ちなみにウチの緊急事態の暗号は、歌だから。何でも好きな歌選んでいいよ。委員会のほうには『歌。尚、歌の種類は問わず』ってSOS登録してあるから。歌詞ってことにすればいろいろ歌えるから便利でしょ。でも、今どこにいてあと一撃で死ぬよ、なんてことを歌ったら敵がすぐに撃ちに来るから、やめた方がいいよ。

 なんで一兵士に緊急使用を認めてるかというとね、ちょうど一年前だったかなあ、ちょっとした事件があってね。彫像動力機が大破して、死んだと思われていた兵士が幸いにも意識を取り戻したんだけど、もう戦闘は終了して敵も味方もその空域を去ってたんだよ。そのままじゃ生存は難しいけど、問題なく使えた機器は無差別放送用の例のブラックボックスだけ。でもその時の使用約款は、ただ一言『宣戦布告、降伏、自然災害等、敵味方に関係なく重要と判断される内容の、司令部が出す指示に基づく使用に限られる』だったかな。で、彼はどうしたと思う?」

「……死んだんですか?」

「結果的にはね。宇宙で置き去りにされて死ぬくらいなら、軍の規律違反でも協定違反でもいいから放送を使うよね。で、彼はぎりぎりのところで救助されて助かったんだけど、協定違反ということで軍全体に厳しい処罰が下り、彼の上官も除隊されて、彼は責任を感じて遺書を残して自殺したんだ。これが非人道的だと非難されて、改正されたんだよ。キミが調べた奴には書いてなかった? 約款とか、この事件とか」

「……は、たしか……」

 書いていなかったはずだ。僕はあわてて本棚から「戦争時における国際協定・約款」を取り出して索引を引いた。

 約款は載っていた。だが、非常に古いものだった。

「あ、これダメだよ、発行されたの五年も前だし。何度か改定されてるんだよね、この辺の約款」

 僕のこの数日間はなんだったんだろう。古い資料を断片的に読んで勝手な判断をし、一人で落ち込んでいたなんて。パーティーの時、胸が詰まってあまり食べられなかった。もっと食べておけば良かった。研修もうわの空、休暇も暗い気分だった。だがそれもみな、取り越し苦労だったとは……。

「シンジンくん、そういえばキアト中佐からアナログがいいのなんのって講釈、受けたでしょ」

「は、たしか白鶏に乗った翌日に」

「もしかして、キアト先輩の言ってたこと、信じたの?」

「い、いえ!」

 あのあと、僕はアナログ理論をあとからとってつけたという中佐の言葉を立ち聞きしている。ハッタリはやめましょうよ、という大佐の言葉も聞いている。

「ならいいけど。アナログアナログって、まったくあの人は、こういう時情報が更新されてないと困るのにもう……」

 大佐はため息をついた。僕は背中にじっとりと冷や汗をかいていた。わりと最近、中佐のアナログ信仰にも一理あるなあ、などと感心していた自分を思い出したからだ。

「シンジンくん、軍の情報は基本的に、こっちで検索してね。あの本棚の『零戦特攻術』とか『マイコンの使い方』なんて化石みたいな資料を活用したら大変だから。人生の参考にするのはいいけど」

「は、ごもっともであります。失礼いたしました。すみませんでした。ホントにもう……」

 僕はひたすら自分を恥じて謝り続け、大佐は「まあまあ」と言い続けた。

「大佐殿があのとき、自分をブリッジから出て行かせたのはてっきり……」

「いや、心の底からケーキが心配だっただけだよ」

「それに、休暇の最後の日に皆さんが基地の食堂にいるところを見かけたんですが、大佐と中佐がいなかったし、その時最後にお二人を見かけたのは軍のお偉いさんから呼び出しをくらったところだったし……」

「ああ、あれは、俺とキアト先輩が一番アイス好きなんだよねー。で、最後の買い出しに出かけてただけ。今冷凍庫に入ってるよ。呼び出しは例の、丑五郎侍からのハリボテ嘘基地の情報。あれは相当の重要機密だったからねー。上層部の奴ら喜んで、何も知らずに丑五郎侍を正式に諜報要員として抜擢して中尉に昇進させるとか言いだしてさー。あいつは諜報要員じゃなくて、単なる刺客として送り込んでるんだからもう……。偉い人は現場のことをちっともわかってなくて、結果だけでものを言うからねー」

 たしかに丑五郎侍少尉の仕事が本当にスパイ活動だったらかなり怖い。

「え、それでは、丑五郎侍少尉の昇進は……」

「俺が『奴はやばいから』って言ってやめさせるわけにいかないから、本人に辞退させたよ。重要なミスを犯したが、結果的にうまくいっただけだって説明させた。白鶏付きのまま昇進するならいいけど、諜報部員になんかさせられないよ。怖くて」

 僕らはそんな話をしながら階段を下りてきた。廊下を歩いてブリッジにたどり着くと、キアト中佐が怖い顔をして立っていた。

「リオリ中尉に報告します。ウスイ大佐以外の点呼終了しました。大佐は所定の時間に確認できなかったため、不在とみなし処罰します」

 中佐が言うと、後ろでリオリ中尉がペンを走らせながら復唱した。

「ウスイ大佐、確認できず。時刻までに帰艦せず、重要な軍紀違反につき処分は司令部の指示を待つものとする」

「えー、いるじゃん! 今!」

 大佐はあわてて言った。

「中佐、中尉、大佐は自分がよけいなことを言ったため……」

 僕は責任を感じて割って入ったが、彼女たちにはもちろん通用しなかった。

「行きましょう、リオリさん」

「これってチェックルームに出せばいいんでしたっけ」

「違反者がいる場合は司令部に通さなきゃならないんだよねー。でもこの時間だよー?」

「じゃあ、アイスを没収しましょう」

「やった! みんなで食おーぜ!」

「アイスはやめてえ」

 そんな会話を聞きながら、僕は全身の力が抜けていくのを感じた。大佐は相変わらずだった。中佐も相変わらずだった。中尉も相変わらずだった。そして明日から、この白鶏でまた宇宙に出る。なんとすばらしいことだろう。

 僕のこの数日間はなんだったんだろう? それは僕が、この白鶏とそのクルーたちに感じている愛情を再認識する数日間だったんじゃないだろうか……?

 誰もいなくなった廊下を一人で歩きながら、僕はそんなことを思っていた。そして自分の部屋に戻り、6時半に目覚ましをかけて寝た。


 余談だが、気がかりのまま残っていたことがたった一つだけあったので、翌朝キアト中佐をつかまえて小声で訊いた。

「中佐、先日のパーティーで音頭をとっているとき、途中で考え込んでいらしたのは、なんだったんでしょうか」

「え? なんか変だった?」

 中佐はそのまましばらく考え込んで、「ああ、あれか!」と叫んだ。そして、中佐にしては珍しく小声で僕に耳打ちをした。

「あれはねえ、ウスイくんの最後の認証作業が終わる時間を見計らってたのよ。ちょうどいいタイミングだったでしょ!」

 それで合点がいった。中佐の視線が僕らの上に泳いでいたのは、時計を見ていたのか。なんだ、ちゃんと大佐のことを待ってあげてたんじゃないか……と思う反面、やっぱり大佐をブリッジに一人で残したのは嫌がらせだったんだな、とも思った。

 そしてその30分後、来たときとまったく同じメンバーを乗せて、白鶏は第5コロニーをあとにした。

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