ACT.6 最後の晩餐
僕の中で大佐のイメージが土砂崩れた日、僕の他のクルーにもショックを隠しきれない人がいたようだった。幸い、暗礁空域の一部隊以外に危険空域で白鶏を狙ってきた敵はいなかった。あの後で攻め込まれたら本艦の志気はひどい状態だったと思う。
だが、危険空域を無事抜けることができたのは、実は丑五郎侍少尉のおかげだった。彼は敵の重要機密を入手していた。暗礁空域をやっと離れ、今後の進路について意見がまとまらずにもめているときに、少尉は突然、
「あ、この基地、嘘です」
と言い出した。その衛星の表面に建造されている基地は実は基地として機能していないという。
「この基地、始めは中継基地くらいの規模で展開しようと思ったらしいんスけど、あとでその衛星に、異常に地熱が上がる時期があることがわかって。はじめにやった気象調査とかでは問題なかったのに、基地の基礎づくりって言うんですかね、堀り始めたらすごい地熱持ってて。基地ってかなり地下に埋めるじゃないですか。で、その特殊な高温の時期に基地を維持できないことがわかって建造中止になりました。でも建設中の情報は敵味方問わず流れちゃってたから、『何かあるはずだ』っていう噂になってて、それを逆手にとってフェイク基地にしただけです。あれ、ハリボテですよ」
他の5人が半信半疑の顔で丑五郎侍少尉を見たた。
「それ、ホントー?」
「そッスよ。オレ、聞きましたもん。基地の中で道に迷って、大勢の隊員が行く方についていってみたら、機密会議で……やばいから、とりあえず参加したといたんです」
「やばいと、参加するのか?」
「まあまあ、丑五郎侍ですからね」
「いや、結構オレくらいの奴もいたんで……。軍の偉い人はおっさんばっかですけど、そういう人は忙しくて代理よこしたりしてて」
そういうところに代理で来る若い人って、たしか血縁とかある、確実な人だけじゃないか?(この文明の世の中にあっても、血族が強い傾向は脈々と続いている。)
「あんた代理のふりしたわけ」
「いえ、ただ普通に席に着いたら資料が配られたんで、別に」
「ええ! ばれたら銃殺ものじゃないの?」
だが、なんの悪気もなく重要機密会議に顔を連ねている丑五郎侍少尉の姿は簡単に想像がついた。
「その資料は捨てましたけどー、そ……」
その瞬間、みんなが一斉に少尉に罵声を浴びせた。
「えー? 捨てたの!?」
「バカ! 信じらんない!」
「そりゃあ丑五郎侍センパイ、まずいっすよー」
「丑五郎侍くん、自分がスパイだってわかってるのー?」
「え、いや、そうですかー? 重要機密書類持ってて見つかる方がやばいって」
「ちょっと、こんなことやってる間に奇襲かけられたら、艦が沈むよ」
リオリ中尉が仲裁して、話は正常化した。
「とにかく、その会議は建造中止になった衛星基地に関する偽情報の申し合わせで、あの基地は表向き小規模な中継基地、だが実は大艦隊を擁する巨大秘密基地ってことになったんですよ。で、わざわざ大々的に、あの基地は小さい基地だって強調した、嘘っぽい情報を流すことが取り決められてました。ホントは廃棄施設なのに」
「……てことは、実はこの空域が最重要危険空域になってるの、嘘?」
中佐が訊いた。
「そっすね、いまこの衛星、丁度問題の、熱い時期のはずだし」
「地熱って、どのくらいになるの?」
「忘れましたけどね、たしかサウナより高かったと思いますよ。何百度とかだったかな」
大ざっぱすぎる。「何百度」がせいぜい二百度の場合と五百度にも及ぶ場合、条件は全く違う。「サウナより高い」ってなんだ。サウナはせいぜい90度だ。
リオリ中尉が割り込んだ。
「何百度って言われても全然わかんないけど、とにかく地熱でしょ。つまり火山活動だから、マグマの上昇があるんじゃないの? 気温はけっこう高くても建築でどうにかなるけど、基地は地下の埋蔵部分が多い建物だから地熱はきついし、周囲で噴火があったら基地の維持は厳しい。そういう根拠なら、基地はフェイクだろうね」
この人は、ホントに白鶏の頭脳だなと思う。
「スパイとして断言しますけど、あの基地は間違いです。大艦隊なんか、いないっスよ」
「でも、あの空域でいくつか艦隊が全滅させられてるんだよね。結構大きいのも」
「ああ、それも会議で決定されたんですよ。あの空域にはあの小さな中継基地しかないっていう情報を流しておいて、あの空域で敵艦隊をいくつもつぶすんです。そしたらあの基地の規模にしては戦力がありすぎるってことになって、事実上の制宙権が得られるってことです」
「なるほど、それでウチの軍はこの宙域を避けていて、まんまと制宙権を奪われてるわけね」
こうして白鶏は、第一級戦闘配備をしつつ「最重要危険空域」とされたエリアにまっしぐらに向かった。僕は、実は丑五郎侍少尉がスパイだとバレていて、その会議というのが偽情報をつかませるための作戦だったのではないかと心配した。だが、電磁煙幕を散布して基地の近くを航行したが、なんの反応もなかった。もちろん敵部隊は我々がそんな危険な空域を航行するとは思わず、待ち伏せなどもなかった。
諜報活動はなんと便利なんだろう。丑五郎侍少尉は、過程はどうあれ結果的には優秀なスパイであると言っていいだろう。
あと二日で目的地に到着することになった。現地で辞令が出て異動という場合もあるので、今のメンバーで簡単なパーティーをしようということになった。
「何作りましょっか?」
リオリ中尉が上つ方に訊いている。僕は、またパーティー用に変なおもちゃかなんかを開発するのかと思って不安になった。それとなく様子をうかがっていると、キアト中佐が大声で言った。
「カレー!」
「カレーでいいんですか? いいですよ」
うーん、不毛な機械を作られるのもちょっと困るが、せっかくのパーティーのメニューがカレーか……。それに、リオリ中尉がねじ回しを持っているところはさんざん見たが、調理用具を持っているところは見たことがない。カレーに珍妙なオイルを混ぜたり、新種の不思議な野菜を混入したりしそうだ。料理と発明の区別はついているのだろうか……
僕がブリッジの隅で不安にさいなまれていると、目の前をキアト中佐が通り過ぎた。
「わー、じゃあ私はケーキ作っちゃおー」
その後ろ姿を見て、僕はまた暗澹たる気持ちになった。自分をどう奮い立たせても中佐が作るケーキに希望を感じることができなかった。
だが、白鶏のことは例の六人組がすべて決めており、……というより、キアト中佐のわがままとリオリ中尉の判断で決まっており、僕のような下っ端が何をできるでもない。カレーとケーキのことはあきらめ、僕は資料室に行っていろいろ勉強することにした。
けれど、しばらく検索システムを使って資料を当たっていたらすぐ飽きてしまった。自分がそれほど集中力のない人間だったとは思っていなかったので、意外だった。しばらくぼんやりして、気晴らしに本棚の方に向かった。
すると、自分がなぜ資料に飽きたかがわかってきた。検索システムでは、明確な目的もなく資料を読むということがしにくい。自分で自主的にキーワードを入力しないと資料を開けない。もちろんメディアの中身を片っ端から当たっていくことは可能だが、記号しか書いてないメディアを棚から持ち出してオープンを選び、何が入っているのかわからないファイル番号を指定するのは空しい。開かれるまでなんの資料なのかわからない。
キーワード検索で興味のある事柄を調べようと思うと、数え切れないほどある軍事用語のなかから自分でテーマを考え出すことになる。だがうっかり「武器」など漠然とした項目を入力しようものなら該当項目が何千、何万に膨れ上がる。では自分が武器のどんなことを知りたいのかというと、実に漠然としている。それこそ武器のいろんなことを知りたいのだ。
一方、本棚の方は背表紙や目次がある程度のアプローチを与えてくれて、受け身にいろいろな情報を得ながらどんどん自主的に調べたいことが出てきた。キアト中佐のアナログ信仰も、一理あるような気がした。
そうして本棚を眺めていくと、「戦争時における国際協定、約款」という本があった。堅苦しい題名だったが、つまりは「戦時中であってもこれだけはやってはいけない、これだけは守らなければならない」ということがわかりやすく書いてある本だった。僕がまだ実戦に参加させてもらえないのはこのへんの研修が終わっていないからだ。
僕は本を開いた。そのまま読みふけっていき、やがて「無差別放送」という文字に目を留めた。これはたしか、大佐が歌を歌った時に使った放送システムだ。
「無差別放送
宣戦布告、終戦決定等、敵味方を問わず伝達する事項が生じたときに使用される放送であり、周波数は○○に限られる。
禁止事項:超音波等による攻撃への転用。事実と異なる情報の伝達。また、重要事項の伝達を妨害する無意味なチャンネルの占拠」
「えええ!」
先日のウスイ大佐の無差別放送によるアニメカラオケ、あれは攻撃ではないか。いや、それを免れても無意味なチャンネルの占拠には違いない。国際協定違反……重罪だ。まさか、彼らは危険を脱するためにこの違反を承知であの歌を流し、処罰を覚悟して最後の晩餐の「パーティー」を企画したのではないか……?
資料を読んで勉強しようなどという気持ちは、一気に吹っ飛んだ。
第五コロニーの領空に入り、我が軍の絶対的な勢力圏となった。油断大敵とは言ってももはやこの周辺には自動認識のセキュリティシステムが入っている。おかげで白鶏もいちいち認識コードを入電したり暗号の読み合わせをしたりして(これはまさにアナログで、大佐が妙ちくりんな単語の羅列を読み上げていた)セキュリティをかいくぐっていた。明日の夕方にはコロニー入りする。僕はこのままだろうが、誰かが艦を降りるかもしれない。
「大佐~、たいへんね~」
キアト中佐がウスイ大佐をからかいながら廊下を通り過ぎていった。大佐はブリッジの通信設備の前から離れられない。いくら実質中佐が仕切っているとはいえ、軍の中では大佐が上だ。つまり軍に対する責任とこういう面倒な作業は必ず大佐に回ってくる。ことごとく不憫な人である。
僕はブリッジの掃除をしていたので、大佐に声をかけた。
「大変ですね。パーティーには出られるんですか?」
この認証作業が延々続くのであれば、大佐はここから離れられない。心配そうな僕に、大佐は答えた。
「いや、認証がうるさいのは空域に進入してしばらくの間だけだから。俺抜きでケーキなんか食べたら、あとでうるさいのわかってるだろうし。ケーキに関してはちょっとうるさいよ。いろんな意味で」
大佐が得意げに何か言うのを初めて見た。その内容が、ケーキ……?
「大佐は甘党でらっしゃるんですか?」
「甘いものは全般的に好きだけど、やっぱケーキとアイスかなー」
大佐はそう言いながらスケジュール帳をめくっていた。コロニー入りの日にチェックが入っている以外にとくに何も書かれていないように見えた。だが、その次の瞬間、僕は愕然とした。大佐の手帳には所狭しと写真シールが貼ってあった。しかも瞳を大きく加工するなどの「盛り」や「加工」満載の乙女仕様の写真シールだ。
僕は大佐という人物がわからなくなった。いや、わからない人のことが今はっきりわかったのかもしれない。長い共同生活は、人の知らなくてもいい側面まで見せてくれる。
僕は話題をかえた。
「ケーキを作るのはキアト中佐ですよね。大佐が楽しみにしてらっしゃるということは、キアト中佐のケーキ作りの腕は確かなんですね」
すぐそばにあるひよこマットの黄色が、ケーキのスポンジに見えた。
「俺がずっと前に食べたやつは、大丈夫だったよ」
「……大丈夫、……ですか」
僕の期待はあっさりとしぼんだ。
そこへ噂をすれば何とやら、キアト中佐がやってきた。
「シンジンくーん、もう掃除はいーよ。食堂においで」
だが、大佐を一人おいて自分だけパーティー会場に行くのは気が引ける。
「でも、大佐が……」
「大佐殿は、我が隊の隊長でありますから、ワタクシなんかの指示は必要ありませんわ」
中佐はそう言って、うひゃひゃひゃひゃ……と笑いながら去っていった。
「普段めっちゃくちゃ指示出してるくせに……」
大佐はそう言ってため息をついた。本当に不憫な人だ。
「シンジンくん、食堂に行っていいよ。俺、あとふたポイントでチェック受けて終わりだから……」
「は、でも」
「むしろ早く行って、ケーキ、確保しといて」
とにかく大佐殿は、何よりもケーキが気になるご様子だった。僕はブリッジを出て食堂に向かった。
廊下に出ると香辛料の香りが広がっていた。リオリ中尉のカレーだろう。「この前は大丈夫だった」中佐のケーキと、珍発明家の中尉のカレー……。廊下を歩く足どりは自然と重くなった。せめて食堂のコックさんが腕を振るっていてくれればいいのだが。
「おっ、シンジン! 来た、来た。中佐ー、来ましたよー」
先輩クルーが大声で叫んだ。食堂に「グラス、グラス」という声が広がった。どうやら準備は万端らしい。僕はあわてて食堂に駆け込んだ。大佐は本当に不憫だ。中佐も、待ってあげればいいのに……
食堂のテーブルを見ると、きれいに飾りつけられたケーキが真っ先に目に入った。新鮮な果物は手に入らないので缶詰だが、フルーツ盛りだくさんの豪華なケーキが3つも君臨していた。そのまわりには、コックさんの作と思われるオードブルや肉、魚料理が並んでいた。もちろん戦艦の中なので飾り付けなどは貧弱だが、これだけのものが並べば充分だろう。
奥を見ると、厨房にあった大きなガスコンロが食堂に持ち込まれ、大きな鍋から湯気が上がっていた。あれがリオリ中尉のカレーだろう。しかし、僕はこの豪華な料理を前にして中尉のカレーを食べる気にはなれなかった。何でこの期に及んで素人の作ったカレーを食べなければならないのか。いや、ただの素人ならまだしも、「室内犬型掃除機」(部屋を走り回って掃除をするが、ランダムにしか動かないのでひどいムラが出る)や「自分写りカメラ」(シャッターを押す人も一緒に写れるように、登録した像を焼き込むことができる。超不自然な写真ができあがる)などを作っている人の作ったカレーだ。僕はこのテーブルの上のものだけで十分だ。
程なくキアト中佐が伏せたみかん箱の上に立ち、音頭を取り始めた。
「はーいみんな、グラスは持ったかしらー? えーと、それでは不幸なウスイ大佐をしのび、白鶏の健闘をたたえ、明日の入港で左遷されるかわいそうな誰かを惜しみつつ……」
そこで中佐はちょっと言葉をきって、一瞬だけ黙った。ちょっと不自然な瞬間だった。僕はその時、大変なことを思い出した。
この戦艦白鶏は、無差別放送を戦闘に利用するという国際協約違反を犯している。末端の僕らにおとがめはないだろうが、責任者であるウスイ大佐は何らかの処分を受けるだろう。放送を使った張本人も大佐だ。もしや、今ここに全員を呼び集めて大佐を一人にしたのは処分に関わる通信を受けているのかもしれない。今、たった一人で処分を聞いているとしたら、大佐の心中は……。そして今こうして一見「大佐をほったらかして」盛り上がっているふりをしているあとの5人の心中は……。
中佐は視線を僕たちからやや上にそらした。何か思うところがあるのだろう。たまたま僕は資料を見たから違反に気づいたが、みんなは何も知らないのだろう。そしてキアト中佐は役者だと思った。中尉や二人の少尉は黙っていても違和感がない。軍曹まで知っているかどうかはわからないが、下っ端が黙っていてもそれほど目立たない。中佐は何があってもあのキャラクターを貫かなくてはならない。そしてあのキャラクターでなければ自然な形で大佐を一人ブリッジに残すことは不可能だったろう。
僕自身、大佐がまたからかわれているだけだと思って疑わなかった。もしかすると、大佐のケーキの話も嘘なのかもしれない。僕が出ていくことを渋ったら、何か食べ物を確保しに行ってくれと言う段取りになっていたのだろう。
「えー、そんなわけで、とにかく腹へりましたね。食べましょう。か~んぱ~い!」
中佐の音頭のちょうど「ぱーい」という声のところで食堂のドアが開いた。大佐だった。
「あっ、ひでー、ホントに始めたんですかー」
「あっはっはあ、まにあったじゃーん」
中佐の満面の笑みを見て、僕は目頭が熱くなるのを感じた。この裏で何が行われていたか、気づいているのは僕だけなのか。中佐の笑顔の裏に隠された苦悩や、大佐がさっきまで味わっていたつらさを誰も知らないのか。
「なんだかんだ言って、結局はちゃんと俺を待ってくれると思ってたのに」
「甘い甘ーい! 間に合って良かったねー」
そして大佐はテーブルに向き直り、真っ先に視線をケーキに止めた。
「あ、ケーキ、きれいにできたじゃないですか」
「うーん、見かけだけはねー」
中佐は珍しく謙遜していた。いや、僕が見てもなかなかいい出来だ。
「ケーキ切りましょうよ、ケーキ」
大佐はそわそわしながら言った。芝居を徹底させているんだなあ、と感心した。
「えー? 切るのは、最後にしましょーよお」
中佐はせっかくきれいな外観に仕上がったケーキを切り崩したくないようだ。
「でも、こっちはこういう状態だし」
大佐が親指で指した方向を見ると、行列ができている。なんだ?と思ったら、リオリ中尉のカレー鍋から行列がのびている。
「ちょっとー、私の分ちゃんと残しといてよ!」
中佐が叫んだ。みんなに配給を行っている中尉は振り返って答えた。
「なくなったら、また作りますよ」
僕はカレーの列に並んでいないクルーを一人捕まえ、小声で聞いた。
「リオリ中尉のカレー、すごい人気ですね」
「ああ、シンジンくん、初めてかあ。じゃあ、普通のカレーだと思ってるんだろ」
「……ふつうの?」
やはり異常なカレー? 発明カレー? 変わったカレー? ホントにカレー?
「食べればわかるよ。タイカレーとインドカレー、どっちが好き?」
「タイカレー……ですか?」
「ほら、列が二つになってるでしょ。どっちがどっちかわかんないから鍋のところで見て決めてから列に並びなよ」
僕はおそるおそる鍋をのぞきに行った。中尉がよそっているのは、なんと真っ白なカレーだった。
「今回のはねー、冷凍ものだけど、オクラ入れたからー」
オクラ? 真っ白なカレー(たぶん)に、オクラ? そういえば変わったにおいがしている。牛乳? それじゃ、シチュー? いや、シチューのにおいではない。
怖くなったので隣の鍋を見た。これはホッとした。黄褐色のルーに鶏肉といんげん豆とおぼしき野菜が潜っている。これは普通っぽい。
僕はまず、カレーを食べている人々を観察して、その結果で食べるかどうか決めることにした。
「センパイ、ケーキ」
行列の後ろに並んでいる中佐に、大佐が声をかけている。どうやら大佐のケーキ好きは本当らしい。
「勝手に食えよ! 私は今、忙しいの!」
中佐は一番大きな皿を持って謎の白いカレーの方に並んでいた。大佐はひるむことなく中佐に声をかける。
「だって、俺だけでケーキ切って食べてたら、変じゃん」
ケーキのところにスズミー少尉とタモト軍曹がやってきた。
「キアトセンパーイ、ケーキ切っていいですかー」
「いーよー」
二人の女性には中佐も快く返事をした。
「センパイ、俺の時と違う」
大佐が文句を言ったが、中佐は取り合わなかった。
列が進むにつれ中佐が僕の近くに来たので、僕は声をかけてみた。
「中佐、ケーキ、きれいですね。お菓子作るの得意なんですか?」
すると彼女は意外な反応をした。
「……嫌味?」
「は?」
「……食べたあとで、もう一回同じこと言ってみ?」
「……は、はあ。じゃあ、いただきます」
適切なリアクションが思いつかなかったので、僕はケーキのところに行った。
「失礼いたします。自分もお相伴に預かってよろしいでしょうか!」
ところが、ケーキは思いがけない事態になっていた。
「手がつかれた」
「代わりましょうか?」
大きな刺身包丁を両手でつかんだスズミー少尉がケーキに挑みかかっている。大佐と軍曹がケーキの載った皿を両脇から押さえている。そのすぐそばで、ケーキに目もくれずに汗を拭き拭きカレーを食べている丑五郎侍少尉の姿が印象的だった。彼の中には、みんなと違う時間が流れているのだろう。
「か、かたい」
スズミー少尉が言った。かたい? ケーキが? なんで?
そこへコックさんがやってきてパン切りを出した。
「ちょっと貸してみな?」
コックさんは手際よくケーキを切り分けた。だが、パン切りをのこぎりのように前後させていく様子はケーキを切っているようには見えなかった。
皿に取り分けられたケーキを一つもらって、納得した。クリームまみれの断面は、「餅」だった。フォークで上から圧力をかけていくと、間にはさんである果物とクリームが押し出されて皿にぼとぼとと落ちる。やがて餅状のスポンジがずれていき、ついにはバラバラになってそれぞれのパーツで食べる羽目になる。味はそこまでひどくないが……やっぱり餅だ。
「どうよ」という声に振り返ると、中佐がカレーをもらって立っていた。その場の全員がじっと黙って中佐を見つめた。
「1つくらいうまくいくようにと思って、6つも焼いたのにさー」
6つ? ……全員がいっせいにテーブルを見た。そこにケーキは3つしかない。
「ホントはこの高さに焼き上がるはずだったんだけど、」
そう言って中佐は親指と人差し指を今僕たちが挑んでいるケーキの高さくらいに広げた。
「半分しかふくらまなかったのよ。だから、2つずつ重ねてつくったの。超濃厚」
しばらくの沈黙が流れ、大佐が口を開いた。
「……また失敗したんですね」
中佐はやはり、イメージどおりの人だ……。
気がつくと、ひととおりの配給を終えたリオリ中尉がいつのまにか輪に加わっていた。
「あっ、リオリさん。カレー、グッド、グッドー」
中佐はご機嫌で中尉に声をかけた。
「せんぱい、すごい汗かいてますよ」
中尉が笑った。見ると中佐はサウナに入ったような汗を顔中にかいていた。辛いのだろうか。まわりを見ると他にも汗を拭いている人がいた。
「やっぱ、リオリカレーに限るよねー。軍の予算で香辛料買ったかいがあったよー」
軍の予算! 僕はコックさんの方をうかがった。だが、彼はにこにこして言った。
「食料費は部隊によって違うのに、予算は人数と日数で単純計算した一律支給ですからね。この艦は、お嬢さんたちが多いから」
コックさんは「女性が多いから一人あたりの食費が少ない」と言いたいらしい。だが、みんなが食事をしているときには厨房にいるせいで、コックさんは知らないのだ。この艦の女性、とくにこの4人の女性たちは食べる。女性の食が細いというのは間違った先入観にすぎない。
「インドカレー、インドカレー」
僕の思いを裏付けるように、キアト中佐がおかわりに駆けていった。
「私ね、今回、リオリ中尉にカレー教わったんですよ」
コックさんが微笑んだ。大佐がカレーから目を上げた。
「あら、本職のコックさんが?」
大佐がときどき性別不詳のしゃべり方になることも、違和感だらけだがとにかく慣れることにした。乙女ちっくモードは戦闘中以外にも発動するようだ。
「ええ、エスニックは作ったことなくて。とくにタイカレーなんか特殊ですからねー。以前ココナッツミルクダメだったんですけど、おかげで好きになりましたよ」
大佐とコックさんの会話を聞いていたら、猛烈にカレーを食べたくなった。僕も餅のようなケーキを口に放り込んでカレー鍋のところに急いだ。
カレー鍋にはおかわりの短い列ができていた。僕はその後ろに並んだ。
「リオリからあげもうまいよねー」
中佐が声高に言っているのが聞こえた。オードブルと一緒に並んでいた唐揚げも中尉が作ったのか。僕は一人で6個も食べた。心の中で、リオリ中尉に深くお詫びした。中尉の料理の腕は確からしい。コックさんに教えるほどだったとは……。
「私、クッキーだったら得意なんだけどなー。ケーキはいっつもふくらまないんだよねー」
中佐の声が聞こえた。中佐の腕は、やはり見たままそのまま印象どおりらしい……
楽しいパーティーは夜更けまで続いた。これが最後の晩餐になると何人の人がわかっているのだろう。僕はココナツミルクたっぷりのおいしいカレーを食べながら、時折胸が詰まる思いがした。




