ACT.4 最強のスパイ登場
我々の戦艦「白鶏」は、時々ささやかな交戦などに巻き込まれながら、目的地の第5コロニーに向けて航行していた。
我が隊のエース、「テクモンの悪夢」ことスズミー少尉のGMDMJP02はまさに無敵であり、雑魚メカの名をほしいままにするザッコを駆るウスイ大佐も強かった。僕は、大佐はザッコよりもいい機体に乗ればもっと活躍できるのに、と思った。リオリ中尉は普段からいろいろなものを開発しており(そしてそれはたいがい不毛なものだった)、タモト軍曹は大物相手にしか出撃命令が出ないので相手かまわず戦隊もののテレビの話をしていた。
そして、僕はキアト中佐がなぜ私物の本を資料室に散らかすのかを理解した。彼女は自室を散らかして足の踏み場のまるでない惨状にしてしまったため、資料室を使ってスーパーロボットの漫画を書いていたのだ。
白鶏の重要人物はこの5人なのだが、僕は先輩クルーが言っていた「一緒に飲みに行ったもう一人の人物」が誰なのかが気になっていた。この艦の誰かだろうか? いや、それなら普通に名前を言えばいいだけのことだ。先輩はやや言いにくそうな感じで「もう一人」という曖昧な表現をした。実は驚くべき人物なのだろうか。
そんなある日、またもやささやかな戦闘があり、またもやあっけなく我々が勝利をおさめた。その日特別だったのは、捕虜が連行されてきたことだった。
「中佐、捕虜を連行して参りました」
ブリッジ中の注目が捕虜に集まった。そして、ブリッジのあちこちから「あっ」という声があがった。
「アンタ、また捕まったの?」
中佐がソファから声をかけた。「また」? ……ということは、彼は何度もこの白鶏に連行されているのだろうか。
「ちわッス。ちょっとドジりまして」
捕虜は気さくな調子で言った。中佐は笑って立ち上がった。
「いいのいいの。こいつは釈放。うちのスパイだから」
連行してきたクルーはびっくりして叫んだ。
「えっ! でも、彼、こっちを撃ってきましたよ」
疑われないために、スパイがほどほどの戦闘を行ってみせるということはよくある。……と僕が思った途端、クルーはヒステリックに言った。
「私の愛機は大破して廃棄になりました。彼はマジで撃ってきました。3発うまくよけたと思ったら、4発目が命中しました。そのあとも2発撃たれました! 私は死ぬところだったんですよ!」
僕は考えを撤回した。それはやりすぎだ。捕虜はすまなそうに頭をかいた。
「いやあ、外そうと思ったんですがねえ」
「外そうとするから当たっちゃうんでしょ。ちゃんと狙ってればよかったのに」
中佐は悪態をつき、
「手錠の鍵」
とクルーに手をさし出した。クルーはまだ何か言いたそうだったが、黙って鍵を渡した。
「みんなに説明しておきます。彼が今日から白鶏の中をうろうろしていても、間違って撃ったりしないように」
中佐はブリッジのみんなに聞こえるように紹介を始めた。
「彼は丑五郎侍といいます。我々のスパイですが、彼に与えられた使命は『敵のために、一生懸命働く』というものです。交戦時に撃たれても、それは彼の任務です。恨まないように。彼はれっきとした我が軍の少尉であり、敵の戦艦を3隻も沈めています。さらに先日、基地を一つ壊滅させました。これらはすべて、彼がたった一人でやったことです」
基地を壊滅? しかも、たった一人で?
(白鶏に所属する人々には、なんてすごい顔ぶれが揃っているんだろう!)
僕は感動した。そして、自分がすごい戦艦に配属されたことを誇りに思った。
「自己紹介」
背中をこづかれて、丑五郎侍少尉が口を開いた。
「えーっと、あんまりしゃべるのとか、得意じゃないんで……。名前は丑五郎侍です。一応少尉なんスけど、なんもやってません。敵と一緒にみなさんを攻撃したりしてます。以上です。どうも」
奥ゆかしい人だ。一人で基地を破壊し、戦艦を3隻沈め、「なんもやってません」とは。中佐なら間違いなく「私一人で、基地まで沈めたんだから!」と威張っていることだろう。丑五郎侍少尉は、はっきりした顔立ちの大佐と対照的に、とりたてて特徴のない顔をしていた。人がよくやや内気そうな印象で、自己紹介の時にもやや下を向いていた。背は大佐と同じかやや高いくらい、177か8だろうか。
久しぶりに帰還した丑五郎侍少尉を、ウスイ大佐、キアト中佐、リオリ中尉、スズミー少尉、タモト軍曹が囲んだ。ははあ、なるほど、あの「もう一人」とはスパイである丑五郎侍少尉だったのか、と合点した。
昼食時、僕が食堂で一人でうどんをすすっていると、「例の六人組」(と、僕は命名した)がやってきた。キアト中佐が声高に何かを主張し、ウスイ大佐が「はいはい」と応じ、タモト軍曹が「いいっスねー」と声高に言い、その後ろからリオリ中尉が苦笑しながら続き、その後ろから丑五郎侍少尉とスズミー少尉がマニアックな話をしながら続いた。
「おう、シンジンくんじゃん。たまには一緒にメシ、食おーぜ」
中佐の声がしたので目を上げると、食堂のオレンジ色のお盆が目の前にあった。元気よくお盆がテーブルにおかれた。みそ汁とお茶がこぼれていた。
「私、液体運ぶの下手なんだよねえ」
中佐が笑い、続いてぞろぞろとあとの5人がやってきた。
「丑五郎侍くん、彼、シンジンくんっていうの。こないだ配属されたばっか。よろしくね」
唐突に中佐が丑五郎侍少尉に僕を紹介したので、僕はあわてて立ち上がってお辞儀をした。
「シンジンと申します! 以後お見知りおきを!」
「メシ時に、そんなあらたまんなよ。座れや」
中佐がまた笑った。丑五郎侍少尉は「どーも」と会釈した。一瞬沈黙があり、僕は何か話さなきゃと焦って口を開いた。
「丑五郎侍って、変わった名字ですね」
丑五郎侍少尉は「えっ」という顔をし、ほかの5人は爆笑した。僕はなにかまずいことを言ってしまったと冷や汗をかき、言い直した。
「あっ、すみません、『丑五郎』だけが名字で、『侍』は名前ですか」
5人はさらに笑い転げ、笑いながら口々に言った。
「コードネーム、コードネーム」
「スパイだから、コードネームだよ」
(そんなこと言われたって、僕はなんにも知らないんだから仕方ないじゃないか……)
やや憤然としたが、相手は上官なので渋い顔をするにとどめた。そしてすぐにフォローを試みた。
「それは、失礼いたしました。それにしても、すごい戦績ですね。どうやってお一人で基地や戦艦を壊滅させるんですか?」
これはいい話題だと思ったのだが、またもや丑五郎侍少尉は「えっ」という顔をし、ほかの5人は笑い転げた。
「うっかり、うっかり。どうやってって、『うっかり』して基地を沈めんだよね!」
「ウチにいられても、怖いですからねー」
「敵陣にいてもらった方が安心だから……」
それから、
「スズミー、戦績読んであげなよお」
という中佐の声に促されて、スズミー少尉が僕に向かって資料を読んでくれた。
「報告書によると、交戦の被弾による彫像動力機の破損7。これは普通に撃破された分。それから、交戦による被弾以外の破損は16。整備中の機体を間違って出撃させて途中で空中……もとい、宇宙分解。出撃時に味方機に激突、自機、相手機とも破損。カタパルトに巻き込まれて大破。着艦の失敗。武器の使用ミスで自爆。弾薬の補充を忘れて出撃して取り囲まれ、投降。この時の彫像動力機はウチで今使ってる。地上戦で着地ミス、大破。海中戦で岩礁に激突、浸水で脱出。自然災害で逃げ遅れて破損ってのもあるね。
あと、操縦してた以外のミスで、格納ハッチの閉め忘れで3機を落として紛失。この3機は今もって不明。それと整備のため搬送中の機体をハッチの扉で挟んで破損。戦艦からコロニー基地への移送トレーラーの操縦ミスで2機破損。……以上」
僕はあ然とした。
「カタパルトに巻き込まれたときは、死ぬと思いましたね。そんで、カタパルトも壊れて、味方の出撃にひどい迷惑がかかっちゃって」
ややうつむき加減でそんなことを言いながら、首にかけたタオルで汗を拭き拭き丑五郎侍少尉は激辛ラーメンを食べていた。
「アンタねえ、味方じゃなくて、敵」
いつもの攻撃的な口調で中佐がつっこむ。
「いやそうっスけど、一応その時は味方のつもりでいたんで」
「丑五郎侍の場合、敵とか味方とか、表現が難しいよね」
大佐がフォローする。
「最初の戦艦は、どうやって落としたんですかー」
タモト軍曹が訊いた。
「あれ、タモト、知らなかったっけ?」
「私が配属されてきたの、皆さんより後なんでー。二隻目からしか知らないんですー」
この6人でタモト軍曹の階級が他の人より低いことはちょっと気になっていたが、やはり年も軍歴も下のようだ。
「ああ、僕も聞きたいですね」
僕が言うと、丑五郎侍少尉は話し始めた。
「初めて出撃するとき、これもやっぱカタパルトで、ちゃんと足がセットされなかったんスよ。で、放り出されて、ビーム銃だけカタパルトに残って、それが挟まって暴発して出撃用のハッチを撃っちゃって。そのあとライフル爆発してカタパルトも壊れて」
そこに中佐が口を挟む。
「そういう騒ぎが起きてるなんて知らないで、我々白鶏隊は奴のいる敵艦に攻撃を仕掛けたわけよ」
「俺もザッコで出たけど、敵艦から全然出撃してこないし、煙上がってるし……。様子見てたら別のハッチから何機か出てきたけど、そのハッチを壊して終わりだったよね」
と、大佐。
「手負いの戦艦も、あっけなかったね」
と、スズミー少尉。
我が隊のエース2機を相手に、丑五郎侍少尉のせいで出撃体制がとれなかったのでは、ひとたまりもなかったに違いない。
「いやー、マジ俺が出た後で良かったっスよー。助かったー」
丑五郎侍少尉が汗を拭きながら言った。僕はもう少しで「アンタのせいだろが!」とツッコむところだった。
「他にも、訓練中にうっかり実弾撃って輸送機に命中したり、空調機壊して基地の中蒸し風呂にしたり、マザーコンピュータをショートさせたり、いろんなことやってるよ」
「わざとやってるわけじゃないんスけどねー」
「だからヤなんじゃん!」
「怖すぎるよねー」
ものすごい戦績の秘密は、こういうことだったのか。どうりで「なんもやってません」と自己紹介をするわけだ。
「ですが、少尉、そんなにいろいろやらかしてると、スパイであることが発覚しませんか?」
言ってから僕は「やらかして」という表現が不適切だったことに気づいた。だが彼らは誰もそんな言葉尻に気をとられたりはしなかった。
「いや、オレ、ばれる前に捕虜になって連行されたり逃げたりしてるし、オレ以外が全滅とかいうこともけっこうあるし」
「あと、こいつ軍のコンピュータ、ハッキングしてるから。データ書き換えたり、……うーん、データ破壊してる方が多いか?」
「そういうのも、ばれないんですか?」
「丑五郎侍くんねえ、あっちのデータ管理部門やらされたこともあったんだよね。もちろん機密事項にアクセスできない末端の端末だけど、そんときにもいろいろやらかして、『コンピュータ部門、能力的に不適』ってことになって転属されたの。だから、あっちでは『コンピュータ使えない人』ってことになってるんだって。末端の端末も使えない人がマザーコンピュータやシークレット回路にアクセスできるわけないでしょ」
そしてどうやら、丑五郎侍少尉はこれからしばらく、この艦でのんびりすごすことになるようだ。
「すぐ帰ると怪しまれるから、しばらくたった頃にウチのどうでもいいデータを持って脱走してもらうわ」
キアト中佐はそう言うと、丑五郎侍少尉の背中をバンバン叩いた。うらやましいことだ。だが、僕は彼がその間に何かやらかさないといいが……と思った。




