ACT.2 資料室にて
敵機襲来の騒ぎの後、僕はやっと仕事にありついた。とは言っても、上官の散らかした資料の片づけである。キアト中佐と一緒というのも複雑な気分だった。上官と一緒という緊張と、なぜこの人が司令官なのかという好奇心と、尻拭い的な仕事をやらされる反発心があった。
「本棚に記号がついてるから、とりあえず本関係を記号のとおりに棚にしまってー」
中佐は資料CD、DVDのたぐいを分類しながら僕に言った。僕は書類と本を手早く分類し、本を分類票ごとに分類した。「スーパーロボット大全集」とか「漫画の描き方」といった、明らかに私物と見られる本もたくさんあり、それらには分類票がついていなかった。
「あ、それ、全部私のー。別にしといてー」
なぜ私物を資料室に持ち込み、そして散らかすのだろう。
しかし分類票が張ってある資料は、なかなか興味深いラインナップが揃っていた。武器資料、戦艦写真図解、宇宙地図、戦場における応急手当読本、宇宙空間における精神衛生白書、過去の戦争における非人道的行為の裁判判例集……
「なんか気になるのあったら、見てもいいよ」
中佐は言った。
「は、プライベートで拝見します」
僕は当てこすりを言った。今出ている指令は整理であり、閲覧ではない。
程なく本の整理は終わった。だが、書類に関してはばらばらで僕の手には負えなかった。
「基本的に、A4とB5を分けて。違うサイズで書類を作ることはないから。あと、ウチのこの白鶏関係のと、その他……うーん、わかんないか。明らかにしらとりベースの資料っていうのと、明らかにそれ以外の資料と、わけわかんないので三つに分けて」
テキトーな指示だが相手は上官だから仕方がない。中佐の方を見ると、CD、DVDの整理はまもなく終わろうとしていた。
やがて手が空いた中佐が僕のところにやってきた。そして僕が「ベースの資料」と判断した書類を一枚ずつ点検し、3つくらいの束に分けた。次に「ベース以外」と判断した山を見始めると、中佐は宇宙コロニーの図解を手にして言った。
「これねえ、ベースの所属基地のあるコロニーで、ベース関係の資料なんだ」
そんなこと、教わらなきゃわかるはずがない。
それからしばらく、中佐は僕が「ベース以外」と判断した書類の中から実際はベース関係の資料であるいくつかを拾い出し、嬉しそうに説明していた。これも仕事、と思いながら一応ちゃんと聞いた。
1時間ほどで作業はほぼ終了した。例のドラム缶偵察機の書類も発見された。どうやら渋々大佐に提出することにしたようだ。テーブルの上に残った何枚かの書類を見ながら、中佐は僕に語りだした。
「ホントはね、キミにCD、DVDの整理をしてもらった方が早かったのよ。あれは何から何までラベルで管理されてるからね。数字と記号を見ながら、順番に並べて片っ端から棚に戻せば終わり」
「は、はあ」
だったらなんで面倒な方を僕にやらせたのだろう。僕が試行錯誤して書類とにらめっこしていた時間はかなりあったと思う。
「私がね、機械文明が嫌いなのは、ただ機械音痴っていうだけじゃないのよ。ちょっと、こっちに来てくれる?」
中佐は資料室のコンピュータのところへ僕を引っ張っていった。CD、DVD、USBメモリ、ハードディスク……大量のメディアが棚に並んでいた。
「キミさあ、この棚見て、なんの資料があるかわかる?」
「……いえ……」
棚とメディアには分類記号が張ってあるだけで、その資料の内容がそれぞれ何なのかはわからない。
「一括したデータベースにしないのは、ハッキングにあうと一発で持ってかれたり壊されたりするからなんだけど、そのせいで見ただけじゃ『なんかCD-R』『ふつうにUSB』しかわかんないじゃん。だから、このメディア検索にかけるんだけど、これ、まずこのIDカードを差してキーワード検索とかやって、……ここ? こっち? えーっと、まあいいや、とにかく、キーワード検索すると何番のメディアをセットしろって言われて、セットすると勝手に開いてくれるの」
「はあ、なるほど。セキュリティ上の面倒はありますが、古いまま保管しておく資料は更新の必要がないし、これはこれで資料庫としては理にかなった造りですね」
「うーん、まあそうなんだけどね」
しばらくメディアの棚を軽蔑するように眺め、中佐は続けた。
「じゃあ、キミ、この5番の棚のメディアに入ったデータから何が検索できるかわかる?」
「……は、いえ……」
「この棚だけ見てたら、ウチの資料室になんの資料があるかわかんないじゃん。じゃあさ、本棚にあった資料、どんな本があったか覚えてる?」
「えーと、正確な本のタイトルは忘れましたが、武器資料、戦艦写真図解、宇宙地図、応急手当読本、精神衛生白書、過去の戦争の裁判判例集……」
自分で答えて驚いた。正確な文字列は脳裏に浮かばないものの、どんな本があったかは本の見た目の漠然とした映像と共に次々浮かんできた。
「ね。もしこの資料室にこーゆーデジタル資料しかなかったら、整理を手伝ったってなんの知識も得らんないわけよ。アナログで無駄な手間がかかるっていうことは、一見無駄に見える知識を得たり、一見無駄に見える作業の技術が身についたりするの。人はアナログで作業することで、実はいつの間にか、すごーくいろいろなことを身につけてると思うわけ」
一気にしゃべって中佐は息をついた。
「さっきの散らかった書類も、内容チェックしていろんなことがわかったでしょ」
「……はい」
たしかに僕は、書類を分けようと試行錯誤しながら眺めたことで、白鶏の内部の施設や装備、所属基地の様子、軍全体の中でこの艦がしめる地位、非常時の大まかな対応など、雑学のような形で漠然とした知識を得ていた。棚の数字に沿ってメディアの整理をしていたらこうはいかなかったことだろう。僕は話を聞きながら、中佐に対して感じていた侮蔑の気持ちが薄れていくのを感じていた。始めの印象が悪かったので、そのギャップに打ちのめされた感があった。
「それと、これがこの、ベースの概要。大きさ、重さ、出力……なんてのが書いてあるの。これは見といて」
「あれ?」
渡された資料を見て、僕はびっくりした。
「これ、白鶏ですか?」
大きく載っているイラストレーションは、たしかに白鶏とほぼ同じシルエットをしていたが、今より直線的な構造だし、カラーリングなどがちょっと違っていた。
「ああ、そう。これが、できたばっかの時の白鶏。そんときは『木馬』っていう名前だったの」
「あ、歴史で習いました。古の戦争で活躍した宇宙戦艦の通称からとったんですね」
かつての白鶏のイメージ図は、たしかに「木馬」といったいでたちだ。脚のパーツがない場合、馬と鶏のシルエットがわりと近いなんて、考えたことがなかった。
中佐は話を続けた。
「一応この艦で一番階級が上なのって、ウスイくんじゃん」
一応とはいえ、中佐も階級は認識してるんだ……と僕は思った。
「この艦はもともと、ウスイくんが木馬に似せて作ってくれって言ってこうなったのよ」
「……それで、なぜ馬が鶏に変更されたんですか?」
そこまで言ったとき、僕の脳裏にはあの中佐のひよこのマットが浮かんだ。野暮な質問をしてしまった。
「まあ! いま、私が無理矢理変えさせたと思ったでしょう!」
中佐が気色ばんで言った。この、顔に出やすい性格を直したいと思った。
「失礼しちゃうわ。木馬って、伝説の名戦艦に似せてあったでしょう。いざ進宙式を終えて航行してみたら、宇宙方のデータベースに過去の伝説の『木馬』が地球側の戦艦の見本として記載されてて、こっちの『木馬』が混同されて、新型戦艦なのに行く先々で敵認識されて自動攻撃受けちゃって。で、応急処置としてモデルチェンジの必要があって、……」
そこで中佐は思い出したように口ごもった。僕は助け船(?)を出してあげた。
「……で、中佐の好き勝手にした、というわけですね?」
真っ白なボディは変えずに、全体をソフトにゆるく、くちばし部分をとがらせ、羽部分とくちばしに当たるエリアを黄色に、頭のてっぺんを赤に。そして頭の側面に大きくてつぶらな目。この艦が「白鶏の指揮官のリクエストでこうなった」というのは、ウスイ大佐のリクエストで木馬を作り、キアト中佐のリクエストでニワトリになったという意味だ。
「キミ、入ったばっかで、図々しいこと言うわね」
中佐は恨めしそうな顔で僕を見ていた。でもその目はやや嬉しそうだった。
僕の心には、中佐に対する親しみのようなものがわいていた。
その日の仕事はそれで終わった。夜のプライベートの時間に、僕は資料室を見に行った。戦闘機の写真集や武器の資料をひとしきり眺めて過ごしていると、床の上に黄色いものが落ちているのに気がついた。拾ってみると、ひよこのイヤリングだった。ああ、キアト中佐のだ……と思い、すぐに届けに行くことにした。
長い廊下を歩いて中佐の部屋に向かっていて、そういえば夜に女性の上官の部屋を訪ねるのもどうかと気がついた。部屋の前に着き、ノックをしようか迷ったとき、部屋の中から中佐の声が聞こえた。
「私が散らかすのも、役に立ってるってゆうかあ」
ノックをしようとした手は止まってしまった。
「そうやって、新人にハッタリ言うの、やめましょうよ……」
どうやら大佐が来ているらしい。やや聞き取りづらかったが、ウスイ大佐の声に間違いない。艦内で、ドア越しに会話が筒抜けなのもまずいような気がするが。しかも上官、司令官の部屋までこれって……。
「ええー、いいじゃん、こうして味方を増やすのよ。キミも大佐なんだから、少しは私を見習って、戦略的な暮らしをなさいよ」
「だいたいね、センパイの場合、始めに機械嫌いがあって、後から理屈をくっつけてるじゃないですか。始めっからアナログ信仰なんだから。もっとちゃんと機械を使ってくれないと、こっちが困るんですよ」
「だって、めんどいもーん。いいでしょ、さっきのディスク棚と本棚の話。その場で考えついたとは思えない説得力! これで私のアナログ主義にももっともらしい理由がついたから、いろんな人に吹聴しよー」
どうやら僕に無関係な話ではなさそうだ。僕は周りに人がいないことを確認して、ドアに聞き耳を立てた。
「今日、新人くんに早速本棚の話をしてやったのよ。私を見る目が変わったもんね、話の前と後で。しかも、私にぞんざいな口とかきくようになったから、これで彼も私の軍門に下ったね。ふふん」
ぞんざいな口? ……たしかに、中佐を何となく身近に感じてからかった。中佐は図星だったので恨めしそうな顔をしていた。すべて計算の上?
彼女がもっと普通の軍人だったら昼間の資料整理のやりとりごときで見直したりはしなかった。ダメな上官らしい、という先入観が僕の判断力をおかしくしたのだ。
「資料室が散らかったら、また新人入れましょうよ。一人で片づけさせられるのやだもん。片づけるたびに新人が私になついてくれるんなら、やるかいもあるじゃあん」
「ダメです。今回はたまたま新人が入りましたが、次に散らかったら自分で片づけてください。あ、違う、そもそも散らかさないでください。あと、今回みたいに新しい資料が手に入ったときは、すぐに俺んとこに持ってきてください。速攻入力しますから」
「ちえー、そうやってすぐデジタルにしちゃうのー」
「センパイは、なくすでしょうが!」
僕は空しくなってそのまま自分の部屋に戻った。イヤリングは明日返せばいいだろう。
つまり、やっぱり今日の片づけはキアト中佐の散らかした尻拭いであり、その状況に乗じてキアト中佐は唐突に思いついたテキトーなへ理屈を使ってもっともらしい話をし、自分の株を上げようとしたのだ。そして僕はしっかり策に乗せられ、その時、中佐に対する評価を一変させてしまったということだ。
僕の心の中からキアト中佐をバカにする気持ちは消えた。彼女は策士だ。というか、ハッタリこきだ。そして一時的にとはいえだまされた以上、僕は彼女に負けたのだ。しかし、結果的にはそれをべらべらしゃべって僕にバレているのだから、結局のところうっかり者である。
中佐は油断ならない人だということだけは肝に銘じておこうと思った。そして、プライベートでも仲の良さそうな中佐と大佐の関係について、ちょっと好奇心を抱いたりもした。




