ACT.1 出会い、そして敵機襲来
着任の前夜は興奮で眠れなかった。夜中まで寝返りをうち、朝方やっと浅く眠った。目覚ましをかけておいた時刻の20分前に僕は着替え終わり、しばらくは戻れないであろうこの自分の部屋に一応の別れを告げた。
はじめて巨大戦艦白鶏に乗り込む瞬間がやってきた。金属の光沢と、見渡しきれない巨体。メカニックでない自分にはよくわからない機械がぎっしり搭載され、大勢の人が行き来していた。
僕はブリッジに案内された。この艦の司令官、ウスイ大佐と副官のキアト中佐に挨拶するためである。ドアが開くと、大きなソファに座った人物と、その脇に立って補佐しているらしい人物の後ろ姿が見えた。あれが大佐と中佐に違いない。
「本日着任した、新人を連れて参りました!」
先導してくれた先輩が大きな声をあげたので、二人の人物がこっちを向いた。
ソファの人物は立ち上がった。女性だった。
「ごくろうさま」
よく見ると、ソファにはひよこの模様のカバーが掛かっている。この女性の上官の趣味だろうか。戦場に赴くにはあまりにも違和感がある。気を取られていたら先輩に脇をこづかれたので、自己紹介をした。
「本日着任いたしました、シンジンであります。以後よろしくお願いします!」
「よろしく。私はキアト中佐です」
女性の上官はそう言った。そうか、これは中佐のほうか。遠目に見た感じよりも背が小さい。長い髪はただのばしただけという印象で、耳に黄色いイヤリングをしている。よく見るとこれもひよこだった。肩に掛けた大きなマント。体格はさすが軍人だけあってがっしりしている。美人ではない。顔立ちは丸い。とりたてて特徴はないし、知的な印象もないが、女性にして中佐にまで昇進しているくらいだから切れ者なのだろう。
「よろしく、ウスイです」
中佐の隣に立っていた男性が急に自己紹介したので、僕は慌てて頭を下げた。それから、おや?と思った。
「ウスイ……大佐殿でありますか?」
たしかさっき、ソファに座っていたのはキアト中佐のほうだった。脇に立って指示を受けているように見えたこの男性のほうが上官?
「いかにも、ウスイ大佐です。なにか?」
僕は慌てて、
「いえ、よろしくお願いします! それではこれにて、失礼いたします!」
と叫び、いくつかの言葉を飲み込んで回れ右をした。ウスイ大佐は細身で身長は175センチくらい、濃い眉と高い鼻が印象的だった。ドアを出るときに振り返ると、キアト中佐はひよこのマットに再び深々と腰掛け、ウスイ大佐は立っていた。
自室に案内してくれた先輩クルーに質問をしようかと思ったが、中佐のほうがずいぶん偉そうですねとか、あのひよこは何なんですかと訊けるはずもなく、黙っていた。その気配を察したのか、先輩のほうから声をかけてきた。
「新入り、早速あのひよこが気になったか?」
「えっ……」
「中佐の趣味でな。艦内でひよこのグッズを拾ったら、中佐に届ければまず間違いはない」
「は、はあ……」
白鶏の中にはひよこがいっぱい……。僕はけげんな顔をしていたに違いない。先輩は僕を振り返り、笑いだした。
「ひよこ以外にも、疑問はあったろう?」
僕は焦って首を振った。
「い、いえ」
「無理するな。中佐と大佐の立場について訊きたくはないか? ウチの艦の司令官は、間違いなくキアト中佐だよ。ウスイ大佐が補佐をしている」
「補佐!?」
しかしそれでは軍の規律というものが……。僕は言葉も出なかった。
「あの二人は高校時代の先輩後輩らしい。その時の上下関係そのままでいるということだよ。今更階級で上下関係が逆転するほうが、彼らはやりにくいそうだ」
「憚りながら、それで戦闘の際は、大丈夫なんでしょうか……」
我々は戦場に乗り込むのだ。高校時代がどうだったとか、そんなテキトーな理由で指令系統を決められても困る。僕の真剣な表情を見て、先輩はまた笑った。
「死にたくないだろう? だったら、これでいいんだよ。ウスイ大佐は『彫像動力機』(※人を金属で象った戦闘機、いわゆる戦闘ロボット)で出撃するほうがお好きだしね」
僕は小声で訊いた。
「それは、キアト中佐のほうが、優秀、……ということでしょうか……」
「いや、そういう結論には、ならないと思うけど。ただ、人には向き不向きがあるというだけのことさ」
その時、我々は僕の部屋の前に着いた。先輩は持ってくれた荷物を部屋の床に置き、
「ま、早く慣れることだ。そうすればわかるよ」
と言い残して去っていった。
得体の知れない不安と共に、僕は部屋に残された。
僕が翌日に任された仕事は資料整理だった。時間どおりに資料室に行ってみると閲覧用の机の上はひどいことになっていた。散らかった部屋の中には椅子がぽつんとあり、キアト中佐が座っていた。
「私がだいぶ散らかしちゃったからさー、さっき出撃した新型偵察機の資料が見っかんないんだよねー。資料一つしかないのに」
キアト中佐はこともなげに言った。
「さ、さっきって!」
「大丈夫よ、乗ってってるのは開発者自身だから。でも、ちょっと問題が生じたから、片づけなきゃいけなくなって」
「も、問題でありますか??」
戦場で「問題」は大問題ではないのだろうか。この艦はきっと戦果もあげぬうちに沈むだろう。そのときのために、非常口をしっかり確認しておこうと思った。
「中佐! リオリ中尉から通信です!」
資料室のドアを開け、クルーの一人が声をかけてきた。
「あっそ、今行くー」
中佐は、たった今しまおうとしていた本の山を、またもやほったらかして行ってしまった。資料室にぼうっと立っていても仕方がないので、僕はいかにもキアト中佐の後に従ってきたようなふりをしてメインブリッジに入った。通信が入ったというのは非常に興味深い。戦闘中の緊急連絡のイメージが脳裏に広がる。
だが、僕が想像していたような、戦場の「通信」の光景はそこになかった。
「リオリさん、すぐ取れなくてごめーん。うん、うんわかった、あ、そーなんだー。オッケー、サーンキュー。じゃあそっちも気をつけてね、じゃあねえー」
中佐はどう見ても携帯電話としか思えないような超小型の通信機で、友達からとしか思えないような通信をしていた。ヘッドホンをした通信士が仲介しているわけでもなく、画面に通信相手の顔が大写しになっているでもなく、中佐風の言い方をすれば「なんか、デンワー」といった風情である。
電話(?)を切ったキアト中佐は船内を見回して、またこともなげに言った。
「敵機が10機くらいこっちに向かってるらしいよー。ザコだから、ウスイザッコとスズミーJP02で充分だってー」
船内には静かに「あっそう」という落ち着きが広がった。だが、敵機が向かっているというのは、敵襲ではないのか? リオリという仲間の乗った偵察機は大丈夫なんだろうか。援護を出すとか、艦内に戦闘配置の指示を出すとか、司令官が決めることはたくさんありそうなものだが……。
ウスイ大佐が真っ先に出ていった。彼は階級的にはこの艦の一番上のはずだが、ヒラのクルーがのんびりしている中でなぜ大佐が出撃するのだろう。しばらく考えたが、ザコ一握りにザコをぶつけて同レベルのこぜりあいをするよりも、エリートが戦うほうが効率はいいかもしれない……と思い直した。
「おう、すまんすまん、資料のこと、なんにも教えてなかったな。まあ、戻ろうや」
敵機が襲来しているとは思えない気安さで、キアト中佐が僕に声をかけてきた。先に立ってブリッジを出ようとした中佐を、僕は止めた。
「中佐、敵機はよろしいのでしょうか……。偵察機は……」
「大丈夫よ、リオリさんが大丈夫って言ってるもん。二人出たし。でも、早く行ってあげないと、リオリさんが等速直線運動中だからやばいんだよねー」
「等速直線運動?」
「うん。うちのリオリって中尉がいんだけど、彼女がPHSとアクアラング持ってさびたドラム缶の中に入ってね、それをカタパルトで超低速発射したの。新型偵察機『さびたドラム缶廃棄物』だって。亀裂の隙間から肉眼で見た様子をPHSで通信してきてるんだけど、なんせ動力がないから、減速とか方向転換とか障害物をさけるとかができないんだよねー。一応対人小型ビーム銃も持って乗るようになってたから、その反動とか使えば多少は動けるはずだけど。
で、さっき資料室でなくしたって言ってたのが、その資料。対人小型ビーム銃の発射の反動でどれだけ運動の制御ができるかの資料があって、発射してから何分以内にどこの空域まで行ってる可能性があるかっていう座標の表があるから、それを見て回収に行かなきゃいけないんだ」
「そ、それでは、資料を一刻も早く探し出さないと……?」
「リオリさんは永遠に宇宙を流れていくことになるかもねー」
その時、艦が揺れて近くで爆発が起こったような衝撃が走った。
「敵機でしょうか!」
「タイミング的には、そうじゃん?」
僕は絶望的な気分になった。どうやらその気持ちが顔に出ていたらしい。キアト中佐は僕の顔をしばらくのぞき込んでから、
「なんか信用してないわね。ウチのウスイとスズミーは、すごいよ。悪いけど」
と言い、僕を引っ張って全方位モニターの前に立った。
(信用してないのは、ウスイ大佐とかスズミーというパイロットさんのことじゃなくて、キアト中佐なんだけど……)
僕は、これが僕の見る最後の光景かもしれない、と思いながらモニターに映った暗い宇宙の映像を左から右に眺めていった。
3秒くらいの間に4機の敵彫像動力機が撃破され、
「敵機せん滅、着艦します」
という通信がスピーカーから流れた。まさに電光石火、瞬時のできごとだった。
「見始めるの、遅かったね。終わっちゃったよ」
勝ち誇ったように中佐は言った。
「……あの緑色のモビール・スーツが大佐でありますか?」
「そう。あれ知ってる? もう世界に数台しかない究極のポンコツ雑魚機、ZACCO。で、もう一機がスズミーの彫像動力機、GMDM・JP02。奴は『テクモンの悪夢』っていうあだ名がついててね、スゴ腕なの」
「テクモンの悪夢! 入隊試験にありました! かつての英雄の称号を継承したのでありますか!」
「……うーん、確かに出典はそこなんだけどね、実際のところは、はるか昔あった『テクモンの鍵』っていうゲームの……」
「ええと、化石で発掘された『スーパーパミコム』とかいう、石盤を差し替えて遊ぶ古いゲーム機ですか?」
「もっと前時代のゲームだよ。その『テクモンの鍵』っていうゲームの復刻版が出てるんだけど、それがま~~難しいんだわ。スズミーは、そのゲームで驚愕の『偏差値70』を越えた唯一のプレーヤーでね。それで、その悪夢のような腕を賞賛して『テクモンの悪夢』……」
「は、はあ……」
僕が言葉を失っていると、中佐ははっとして飛び上がった。
「ああっ! リオリさんを回収しなくっちゃ!」
我々が無駄話をしているこの間にも、着々とリオリ中尉は宇宙の彼方に向かってドラム缶で等速直線運動をしているのだ。そして絶望的なことに、資料室はまだあの有様だ。
「うーん、今から資料探すと、多分手遅れだね。PHSにかけてみよ」
中佐はブリッジ中央のウスイ大佐のところに行き、問いかけた。
「PHSの通話って、高いの?」
「いや、独自回線だから、無料通話じゃないですかね」
PHS……聞いたことがある。かつて「ポケットベル」という通信機器の後に一時的に使われたという携帯型通信機だったはず。だが、前紀元、2020年を境に滅んだと歴史の教科書に載っていたような……。
「移動中弱いのって、ケータイとPHS、どっちだっけ」
「PHSです」
「うーん、入るかなあ。リオリさんに、PHSじゃなくて、ケータイ持って乗ってもらったらよかったのにね」
なんだろう、このおかしな空間は。ケータイとかPHSといった個人通信機器で戦場の連絡を取り合うのもどうかと思うし、ドラム缶で偵察に出るのもどうかと思うし、司令官が散らかしたせいで資料が見つからないのもどうかと思うし、そのせいで今一人のクルーが宇宙から帰還できずに死ぬかもしれないなんて!
「あ、リオリさーん?」
佇んでいた僕の耳に、中佐の声が飛び込んできた。
「やあ、PHSだから、通じないかと思った」
通じたのか!
「まだ資料見っかんなくてー。探してもいいけど、もっといい方法ないー? アクアラングの空気、まだもつのー?」
そう、それだ。アクアラングでドラム缶とは何か。宇宙服の中でアクアラングを使っているのだろうか? 標準的な宇宙装備として、宇宙服に装着するエアポンプが一般の作業服店でも売っているというのに? それを大目に見たとしてもどうやってPHSを耳と口にあてて使っているのだろう? 真空では聞こえないし、声もPHSには届かないはずだ。
「えええー? あんなに犬はダメだって言ったのにー!」
犬? 意味がわからない。もう僕は、あえて意識して、中佐が何を言っても驚かないことに決めた。
「はい、はい、それで?」
PHSを持ったまま、キアト中佐はブリッジを出ていった。
「大丈夫なんでしょうか、大佐」
さすがにクルーも不安になったらしく、みんながウスイ大佐の方を見ていた。
「うーん、とりあえずキアト先輩がなんにも言ってないから、待機」
表情を変えずに大佐は言った。
それから中佐がブリッジの外で何らかの操作をして、大画面に何かの操作マニュアルが表示され、ブリッジに戻ってきた中尉がPHSから聞こえるリオリさんの指示らしきものをウスイ大佐に伝えて機器を操作させたと思ったら、いきなり前方に犬の入ったカプセルが射出された。さらに、戦艦白鶏はその犬に引っ張られて前進を始めた。その一連の作業が行われる間、我々クルーはポカーンとその様子を見ていた。
「オート、オート。操舵係、座ってていいよ」
そう言ってキアト中佐は豪快に笑い、例のひよこカバーのソファに腰掛けた。
「センパイ、俺なんだかわかんないんすけど」
ウスイ大佐が言った。この質問は全クルーの代弁だった。
「うん、私もわかんない。またリオリさんが、なんか作ったらしいよ。それより、あんなにペットの持ち込みは禁止だって言っといたのに、リオリさん、あんなでっかい犬こっそり飼ってたのよ! 私もうちのインコ、連れてくればよかった!」
「はあ、犬……。で、あの犬は、まさかこの艦引っ張ってるわけじゃないですよねえ」
「ああ、リオリさんのにおいを追っかけてるらしいよ。あの球形のカプセルが、……うーん、なんか犬が走って内側の球が回転して、それを読みとって操舵する……とか言ってたかなあ」
「はあ、なるほど……いやちょっと待ってください。宇宙空間でにおいは追えませんよ! しかもあのカプセル、密閉されてるじゃないですか! 操舵システムはわかりましたが、リオリセンパイ追尾システムは納得いきません!」
大佐が叫んだが、
「いや、リオリさんが作るものに間違いはないよ。とくに犬関係はね」
と一蹴された。
それからほどなく、リオリ中尉の乗ったドラム缶は愛犬によって発見された。
「やあ、犬、ばれちゃいましたね」
ややうれしそうな面もちでリオリ中尉はブリッジに帰還した。意外なことに、中尉も女性だった。背はキアト中佐と同じくらいだろうか。短めの髪に、眼鏡。大佐もそうだが、あまり表情を表に出さない。キアト中佐の喜怒哀楽の100分の1くらいだ。今までの話から総合すると、技術開発にたけているようだ。
「リオリさんが犬飼うんなら、私も鳥飼うー」
騒ぐ中佐を制して、大佐が中尉に詰め寄った。
「リオリセンパイ、いろいろ訊きたいことがあるんですけど……」
「何?」
「まず、PHSは、宇宙空間でとか、高速移動中の物体間でとか……」
「改造したからねー」
「それと、アクアラングは……」
「だって、今回の偵察、無許可の実験なんだもん。搭載してるエアは全部軍の備品だし、軍のもの使うわけにいかないから、持ってた人に借りて……」
誰がアクアラングなんか持って戦艦に乗り込んだんだ?
「だいたい、宇宙服の外にPHSくっつけて、聞こえるなんて……」
「理科の勉強不足。くっつけてれば振動が伝わって、音は聞こえる」
「糸電話はそうでしょうけど! あの厚手の宇宙服の……」
「いいじゃん。実際通信できたし」
みもふたもないリオリ中尉の返答を聞いていると、なんとなく「そういうモンなんだな」という気がしてきた。初めてテレビを見た人が、「なんで遠くのものがうつるの?」という質問をしているようなものだ。そういう技術が中尉にはあり、我々にはない。そういうことだ。
「だいたい、犬は宇宙空間でにおいを追えません!」
「物理的なスメルとは限らないじゃん。私と犬には、犬チャンネルが開くからね」
そこに、キアト中佐が割って入った。
「いいじゃん、実際に使えてるのに、ウスイくんがつべこべ言ったってしょうがないよ。わかる人がわかってりゃいいじゃん。なんかすごいマシン、そして犬!って思ってれば」
大佐がやや鼻白んで言った。
「そうは言いますけどね、このベース(白鶏のこと)の設備その他のシステム一式、ちゃんと理解しとかないといざというときどうするんですか? キアト先輩なんか、資料室のデータファイルのシークレットコードも入力できないじゃないですか!」
「べっつにい。誰かにやってもらってプリントアウトしちゃえば使えるしい」
「今回だって、リオリセンパイがPHSつながんなかったら、どうするつもりだったんです? 始めから設備をちゃんと使えるようになってれば、センパイが受け取ったドラム缶の資料もコンピュータにインプットして誰かが一発で検索できたのに……」
ははあ、なるほど、資料室が今時あんなに紙と本だらけなのは、どうやらキアト中佐が機械音痴なためらしい。そしてどうやら、大佐は非常にまともな人物らしい。
話の中心が自分からそれて、リオリ中尉はご機嫌な様子で犬をなで回していた。この人はこの人で変わっているのだろうが、優秀な開発者であることは間違いなさそうだ。
キアト中佐だけが、僕には不可解だった。




