ACT.17 ラストバトル・終章
この移動時間という奴が、パイロットにはちょっとした憩いの場だ。
「タクヤマ主任、彫像動力機に傷一つなくここまで来るというのは余程の腕前とお見受けしましたが、あの、失礼な言い方ですみません、情報局の方なのに、どうしてかな……と、思いまして……」
僕が問うと、タクヤマ主任は答えた。
『ああ、情報局勤務は、僕があんまり情緒不安定なんで、一時的な措置だったから……。僕は戦争は嫌いで……こう言ったら自慢に聞こえるかもしれないが、僕は一応これでも操縦能力的にAAをもらっていて、それで……』
「ええ!」
主任は続けた。
『とにかく敵をたくさん倒して、神経質になってしまって……。気分転換ということで情報局に出向になったんだ』
僕には、どうしても彼がそんなにすごいパイロットに見えなかった。だって、読書家のインテリ眼鏡くんじゃないか。体もたくましくないし、暗くて内気そうだし、とにかく軍人っぽくない。
「は、はあ……そうですか。じゃあ主任という階級は事務局勤務の間だけの階級ですよね。本当は、パイロットとしては、階級は……」
『主任とえらく格差があるけど、実は大尉です。僕』
僕はすっかりド肝を抜かれてしまった。事務方と現場では同じ等級を使っていないが、「主任」はだいたい「軍曹」くらいのイメージだ。白鶏でタクヤマさんにタメ口をきいていた人、何人かは大尉と聞いて慌てるだろうなあ。
僕はしばらく呆然とした後、話題を変えた。
「ところで、そのGMDM、見たことない機体ですね。なんていうメカですか?」
白と黒のカラーリングのGMDMは、背中に矢羽のようなものをしょっている。
『あ、これ? これ、ニューGMDM。前大戦の英雄の一人の特別機を拝借してきたんだ』
主任……もとい、タクヤマ大尉殿は言った。ニューGMDM……。新しくて、強そうだ。
僕たちは箱庭のふもとに戻ってきた。一歩入ると、そこは惨憺たる有様だった。ひどく煙っていて視界が悪い。足元にはざるうどんのようにうようよと触手が絡み合い、横たわっている。天球はあちこち壊れかけて装置を露呈していたし、せっかく植えた植物は燃えくすぶり、根こそぎ倒されていた。
「ウスイ大佐! キアト中佐! 皆さんご無事でありますか!」
僕は通信を入れた。視界が悪くてちっとも把握できない。しかし、小山のような悪魔GMDMのシルエットははっきりとわかった。
『これが……』
タクヤマ主任は息をのんでいた。そう、これが我々の敵なのだ。
『あら、戻ってきたわ。シンジンくんね。あとトッケーバーン組』
中佐の声だ。追って、
『人質と、丑五郎侍は?』
という大佐の声がした。
「あ、オレも来たよ」
丑五郎侍少尉が後ろから身を乗り出して、僕のブラスターSTの通信機のマイクに向かって言った。
『お、無事か。タモトさんは?』
『戻りましたよー』
視界が悪いのでいつ、どこから敵が攻めてくるかわからない。だが、どうも、触手の数はひとケタくらいしかいないようだ。とうとう僕らの勝利は見えてきた。
「そうだ、人質は?」
野太い声で誰かが言った。あれ? これは、誰の声だっけ。
タモト軍曹が元気よく答えた。
『そうそう、人質なんですけどー、全員無事、無傷で救出しましたよ』
軍曹は中学生を探して走り回っていただけなんだが……。まあいいか。
『あら、それはラッキー。でも、なんか敵が悪魔GMDM片を送り込んでとか何とか言ってたのはどうしちゃったのよ』
『それなんですけどー』
軍曹の声が笑いをこらえてうわずった。
『丑五郎侍センパイが、見張り中に機械のコンセント抜いちゃってて、失敗してました』
「なに!!?」
さっきの野太い声がした。あれ? この声は?
『おいおい、ラストバさん、どさくさに紛れてウチのクルーに質問しないでくれるう?』
キアト中佐が言った。あ、そうだ、この声はラストバ少将だ。
「うるさい、他に情報源がないのだ。なんだと、コンセント!? だれだ、そんないたずらをしたのは!!」
少将は怒鳴った。そこで、すかさずタモト軍曹が言った。
『白鶏のスパイですよ。潜り込んでるの、気がつかなかったんですか?』
「…………」
いよいよ、ラストバ少将も年貢の納め時だった。
『じゃあ、たたんじゃいましょう』
ウスイ大佐が淡々と言った。それを合図に、ノーブルGMDM、ザッコが飛び上がった。少し離れたところでほっけバーンとGMDMJP02のシルエットも飛び上がった。
『ウスイ大佐、加勢いたします!』
タクヤマ主任が言った。途端、
『えっ、うっそ~、もしかしてタクヤマくんなの~?』
という嬉しそうな声がした。しまった、彼はここへ来てはいけなかった!
『キアト中佐、お久しぶりです。我々はゾーエン小隊の10名です。お役に立てれば、幸いです!』
タクヤマさんは、その最後の『幸いです』のところで触手を一本、バズーカでぶち抜いた。そして軽やかに次の触手をよけ、悪魔GMDMに接近していった。
『いや~ん、増援だって~。超気合入っちゃうよね~』
中佐は大喜びだった。
『タクヤマくんだって~、気合入っちゃうよね~、の間違いでしょ』
大佐がひとりごちた。
『まあ! タクヤマくんに聞こえちゃうじゃ~ん、サイテー』
状況がわかるように通信を入れっぱなしにしているから、独り言も筒抜けだ。中佐は「サイテー」どころかとっても嬉しそうな声で言った。
だが問題は、この通信が僕らだけでなく、ラストバ少将にも聞こえているということだった。
「はははは! そういうことか!!」
突然、けたたましいラストバ少将の声が響きわたった。
次の瞬間、生き残っていた5本の触手(なんと、視界が悪くてわかりにくかったが、もう触手の残りはこれだけだった!)が一斉にニューGMDMを襲った。それはホントに瞬時のできごとで、タクヤマ主任は3本までを撃退したが、4本目に足をとられ、5本目がニューGMDMをかみ砕いた。その触手はニューGMDMをくわえたまま本体の元に戻っていった。
タクヤマ大尉は確かにAA級の腕前だった。しかし、どんな腕前だって、あの攻撃をすべてかわせるはずがない。
『タクヤマくん!!』
キアト中佐が悪魔GMDM本体に向かって突進した。止めようと立ちふさがった2本の触手はあっさりと粉砕された。僕は、こんな時に不謹慎だが、その姿を中学生を探して壁を壊すタモト軍曹にそっくりだと思った。
タクヤマ主任は生きているのだろうか、それとも……。生きているなら、何とかして助けなければ!
そしてその時気がついたのだが、触手はすべて破壊されていた。もう、動いている触手は一本もなかったのである。僕らは簡単に悪魔GMDMに接近できた。
悪魔GMDMが視界に入った。キアト中佐が言葉をなくして立ちつくしていた。ノーブルGMDMの狂戦士モードは消えていた。それほど中佐はショックを受けていた。そして、後から集まった僕らも、ただ呆然と悪魔GMDMを見つめることしかできなかった。
悪魔GMDMの足元には力尽きたナカジマ大将が転がっていた。そのずっと上、本体の胸にある中央頭脳の格納場所には、ぐったりしたタクヤマ主任がとりこまれていた。悪魔GMDMは、中央頭脳となる人間を取り替えたのである。
肩口に、再びラストバ少将が姿を見せた。
「どうだ、キアトくん。撃ったらどうだ。さっきは簡単に中央頭脳を撃ったじゃないか。千載一遇のチャンスが、またやってきたんだよ。遠慮はいらん」
少将はそう言って勝ち誇ったようにけたたましく笑った。
「キアトくんじゃなくてもいいんだ。誰か、撃ちたまえ」
撃てるわけがないじゃないか。それがナカジマ大将だって、タクヤマ主任だって、僕は中央頭脳を撃てない。生身の人間に直接手を下すなんて、この宇宙戦争時代、まずないんだ。我々は彫像動力機を落とし、戦艦を沈め、基地を葬り去るが、その戦火の中に消えていく人間のことは極力考えないように努めている。
『……俺が、撃ちます』
ウスイ大佐の声がした。僕らは一斉に大佐の方を見た。
『……俺の責任ですから』
静かな声だった。たしかに、ウスイ大佐が言った一言で敵はタクヤマ主任に狙いを定めた。だが、こんな形で責任をとるなんて哀しすぎる。まだ自分の命と引き替えにタクヤマ主任を助け出す方がましだ。自分のミスの責任を、仲間を殺すことで埋め合わせるなんて――。それに、これは大佐一人の責任じゃない。キアト中佐にだって責任はある。
『待って、ウスイくん! ラストバ少将を殺っちゃえばいいんでしょ!』
リオリ中尉の声が響いて、ほっけバーンが素早く悪魔GMDMに飛びかかった。だが、その瞬間……。
新しい触手がまるで壁のように悪魔GMDMの前に現れた。ほっけバーンは次々に襲いかかってくる触手に阻まれ、ラストバ少将に近づけなかった。
触手は次々にわいて出た。そして、赤黒い小山だった悪魔GMDMの下腹が蠕動を始めた。
「は、は、は、やはり若い方が生命力があるな。君たちは、残念なことをした。さっきすぐに撃っていれば、触手が復活する前に倒せたかもしれないのにな」
戦闘は振り出しに戻った。いや、事態は間違いなく悪くなった。復活した大量の触手に対して我々は疲労しきっていたし、増援部隊はさっきの僕らのブラスターSTくらいの活躍しか見込めない。唯一AA級で強い味方になるはずのタクヤマ主任は悪魔GMDMに取り込まれた。
今までじっとしていた悪魔GMDMの上半身がむっくりと体を起こした。そして背後から大量のミサイルを放出した。僕はなんとかよけたが、ゾーエン小隊の数人が被弾した。これが2発3発と命中すれば間違いなく沈む。
その時、僕は大佐がコックピットをわずかに開けて隙間から乗り出し、対人戦用のビーム銃を構えているのを見た。狙いは、もちろんタクヤマ主任だった。タクヤマ主任はまだ悪魔GMDMの胸に抱かれて我々に姿を見せている。確かに撃つなら今だ。だけど、本当にそれしか方法はないのか……?
「危ないよ! シンジンくん」
丑五郎侍少尉の声で僕は我に返り、迫ってきていた触手をよけることができた。その時、背後で閃光が走った。大佐がタクヤマ主任を撃ったのか? まさか、そんな?
だが、そこにはビーム鞭に阻まれたザッコと、地面に落ちた対人用ビーム銃と、無傷のタクヤマ主任の乗った悪魔GMDMがいた。ビーム鞭で人を殴ったら蒸発してしまうので、衝撃が生じる程度に近く鞭を振ったようだ。キアト中佐の腕でよくも上手くやったものだが、開けていた隙間が小さかったのも良かったのだろう。大佐はコックピットの座面に吹っ飛ばされていた。
すぐにザッコのコックピットが閉じられ、通信が流れた。
『センパイ! 自分は中央頭脳を撃ったでしょうが! なんで邪魔するんです!』
大佐は叫んだ。感情を感じない、乾いた大声だった。
『人生を謳歌し終わった老人と、これからを生きていく若者は違うわよ! 人の命は平等だって言うけど、実際にこういう状況できれいごとなしで考えたら、平等なんかじゃないの! 年寄りは撃ってもいいけど、若者はダメ!』
めちゃくちゃである。
『タクヤマくんだけは撃っちゃダメ、って言えばいいじゃないですか! そうやって大義名分をこじつけて! センパイは絶対に、タクヤマくんじゃなければ若い人でも撃ちますよ。そーいう人です!』
大佐もあまり冷静じゃないなあ。年寄りは殺してもいいけど若者を殺しちゃダメ、のどこが「大義名分」なんだ。
そう、彼らと来たら、タクヤマ主任が絡んでくると途端にこれだ。常に絶妙のチームプレイを見せる白鶏の6人組、そしてその中でも目立って仲のいいウスイ大佐とキアト中佐が、タクヤマ主任を挟むと微妙な違和感を醸し出す。ラストバトルの今このときに、僕は「白鶏ラブコメ疑惑」がまだ解消されていないことを思い出した。いや、もう少し焦点が絞られて「白鶏三角関係疑惑」かな?
いや、ゴシップ根性で言っているのではない。えてして恋愛関係のもつれというものは戦局を重大な方向に誤る。実際に、あと少しまでいったラストバトルを決定的にひっくり返してしまった。
「降伏したまえ!」
ラストバ少将の声が響きわたった。
「君たちは誤解している。悪魔GMDMの中央頭脳は、誰でもなれるわけではない。我々はたくさんの人々を組み込んで実験した。しかし、みんな動力ではなく、ただの寄生された手下になってしまった。どんなにたくましい男も、どんなに若い生命力にあふれた女も、ただ寄生されることしかできなかった。そして、たった一人、ぎりぎりのところで踏みとどまったのがナカジマ大将だ。彼は老人で、悪魔GMDMに生命力を与えきれなかった。さなぎのまま止まってしまったのだ。だが、触手は動かせた。だから、クーデターを実行に移した。他に中央頭脳になれる人物を捜していたらきりがない。この老人が悪魔GMDMに負けて食われてしまう前に目的を達成しなければならなくなったのだ。
その青年も間もなく悪魔GMDM片に支配されて、中央頭脳ではなく単なる手下となって排出されるだろう。寄生した細胞を排除する手段はまだ見つけていない。彼を助けたかったら、降伏するんだな。キアトくん、決断を。君が白鶏隊の総大将なんだろう」
大佐が司令官でないことはあっさりバレるなあ。まあ、ザッコに乗った人を総大将と思えと言うのも無理な話だが。
「もちろん、このまま無駄な戦いを続けて、この青年に倒されてもいいがな。中央頭脳に適合しない人間が悪魔GMDMを操れる時間はせいぜい15分というところだ。時間切れになっても君たちがまだしぶとく戦っていたら、また一人、誰かを食わせるだけのことだ。一人食われるたびに君たちの仲間は減り、こちらのしもべが増える。悪魔GMDMは何度でもよみがえる。どう考えたって、君たちに勝ち目はないじゃないか。私も無駄な戦いは嫌いだ。悪魔GMDMは、強いぞ。TRTなんか全滅したって、こいつさえあれば私に勝てる者は誰もいない!」
触手との戦いを続けながら、僕たちはラストバ少将の絶望的な演説を聞いていた。悪魔GMDMの上半身が時々背中からミサイルを出し、バルカンを撃った。ゾーエン小隊の面々が傷つき、弱っていった。片手片足をもがれた機体が後退し、元来た穴に逃げ込んだ。頭をふっとばされた機体がうずくまると、ほっけバーンが立ちはだかって触手を撃退した。トッケーバーンが被弾して盾を粉砕した。ザッコの武器格納フォルダーが半分吹っ飛び、排気口が破損した。
僕のブラスターSTはひたすら敵をよけた。倒そうと思わなければ、意外と長持ちすることに気がついた。だが、他のみんながやられたら僕も終わりだ。GMDMJP02は、背中の核兵器を傷つけさせないために、心おきなく戦うことができなかった。最後の最後には、こいつで悪魔GMDMを吹っ飛ばす。だが、この状態では……
そして、キアト中佐は狂戦士モードを失ったまま、力なく戦っていた。彼女は戦い以外のことを考えているのだろう。きっと、どうすればタクヤマ主任を助けられるのかとかそういうことを……。
『センパイ、何やってんですか!』
大佐が中佐を狙った触手を撃退した。しかしすぐにもう一機が攻めてきて、中佐を直撃した。だが触手の牙を外れていたのでノーブルGMDMは突き飛ばされただけだった。ダメージは大きいが、部分的に破壊されるよりマシだ。
『キアト先輩! 戦ってください!』
リオリ中尉の声がした。
『せんぱいが沈んだら、みんなの気力が、!!』
中尉は最後まで言葉を続けられなかった。ほっけバーンが触手の吐いたビーム砲に肩を撃ち抜かれたのである。
体当たりしてくるだけだった触手がビーム砲を吐き始めた。進化している。触手も増えているようだ。ナカジマ大将が中核だったときは、触手が増えるペースはどんどん落ち、最後にはほとんど触手は生まれなくなっていた。だが、今は違う。圧倒的だ。強すぎる。このままでは、……
僕をめがけて触手が口を開けた。僕は慌てて飛び退いたが、片足を半分やられてしまった。
「壊れたら、遠慮なく逃げろ! 足手まといだ!」
スズミー少尉のお父さんが叫んだ。しかし、そういうほっけバーンも片腕がなかった。トッケーバーンも頭の一部がつぶされていた。GMDMJP02は巨大な盾を跡形もなく粉砕され、あちこちに破片が突き刺さっていた。ノーブルGMDMはツインテール型のファンがあらかた吹っ飛んでいた。ザッコは、動いているのが不思議なほどどこもかしこもやられていたが、なぜか差し支えなく動いていた。機体性能を知り尽くすとはこのことだ。彼は真のザッコマニアだ。これだけ破損して動いているのは、もはや神業である。
僕は時計を見た。タクヤマ主任が飲み込まれてから15分は悪魔GMDMが動くという話だった。もう少し粘れば悪魔GMDMは動きを停止するのだろうか?
しかし、その行為は絶望を新たにしただけだった。タクヤマ主任が飲み込まれ、悪魔GMDMが活動を始めてから、なんとまだ3分しかたっていなかった。あと10分以上、誰がもつもんか。
逃げ隠れしているだけの僕以外のB、C級パイロットたちはこの場をみんな脱出していた。僕が逃げ出さなかったのは丑五郎侍少尉を乗せているからだ。白鶏の6人は、一緒にいなければいけない。どんな運命に見舞われたとしても……。
『シンジンくん』
「は、はいっ?」
突然キアト中佐に呼びかけられて、僕はびっくりした。
『白鶏の暮らしは、楽しかったか?』
なんだ、どうしたんだこんな時に。
「は、はい! 超楽しかったです!」
中佐は笑った。
『大分軍人しゃべりが直ったなあ。そうか、楽しかったか、良かった良かった。ちょっと、丑五郎侍くんを出してくれ』
僕が振り返ると、当然通信を聞いていた丑五郎侍少尉は身を乗り出していた。
「なんでしょう?」
少尉はとぼけた声でいった。
『押入の、君の本物の干物、時々虫干ししとけよ』
「干物はありませんよ! 別にオレ、本物ですって!」
『ふー。宇宙人らしいいいぐさだ』
あの6人組の間では、丑五郎侍少尉は「宇宙人にキャトられて干物にされ、偽物がなりすましている」という冗談になっているらしい。
中佐は笑い、次にトッケーバーンに声をかけた。
『スズミーの弟くん、もちっとしゃべればいいのに。我々とアツいゲーム談義をするとおもしろいぞ』
『は、いえ、……別に』
『別に』なんなのかわからないまま、彼は口をつぐんでしまった。人見知りする方なのだろうか。
『ちょっと、タモトを出してくれ』
『お呼びですか~』
『ハタチを超えて中学生はダメだ。犯罪だ。せめて高校生にしとけよ。ワタシは2歳下と28歳が好きだから、超問題なし』
『高校生はちょっと……。あとは、戦隊もののお兄さんとかなら』
『ダメだこりゃ』
続いて中佐はGMDMJP02に声をかけた。
『スズミー』
『はい?』
『生きてたら、一緒にカエル食いにいこーぜ』
『いいですよ。ワニもダチョウもカンガルーも、つきあいますよ』
『オッケー』
……中佐は何をしているんだ? これは、これでは、まるで……
『スズミーのお父さん』
『……はいはい』
『加勢、どうもありがとうございました。スズミー一家は鬼だということがよくわかりました。パイロット養成学校とか始めたらいいですよ。でも、この人たちほど強くは仕上がらないでしょうけど。ちょっと、リオリさんを出してください』
『はい、私です』
『リオリさんは、白鶏のベースだったよね。どうしても口数の多い私とか階級の高いウスイくんとか、エースのスズミーとか、おかしな丑五郎侍くんとか、騒がしいタモトとかと比べて目立たないけど、私は、リオリさんあっての白鶏だったと思う。唯一の押さえ役だしね。感謝する』
『やめましょうよ、そういうの』
『戻れたら、カレーの作り方を教えてくれ』
『いつでも教えますよ。インドでも、タイでも』
『サンキュ~』
そして、中佐は最後にウスイ大佐に声をかけた。僕は、ホントにこんな時に不謹慎だと思いながら、中佐が大佐に何を言うのかものすごく興味があった。
『ウスイくん』
『……はい?』
ウスイ大佐の声は珍しく緊張していた。彼自身も、何を言われるのかと思っているのだ。僕はかなりドキドキした。
『早く、彼女作れよ』
『よけいなお世話です!』
ははは……と笑いながら、中佐は大佐の元を離れていった。
えっ、これだけ?
僕は拍子抜けした。だがきっと、この通信が筒抜けになっている全員(多分ラストバ少将も)がもうちょっと劇的なセリフを期待していたことだろう。
『リオリセンパイにはアレで、俺にはコレ~? なんか、割に合わないわ』
だけど、これはもしかして、中佐の精一杯の最後の挨拶なのかもしれない。中佐は「私のことは忘れて」という一言を呑み込んでいたんじゃないのか……?
本当に不思議なことに、その時誰も中佐を止めようとはしなかった。止めてもムダだとわかっているからだろうか。それとも、やはり中佐を信じているからだろうか。
ノーブルGMDMが再び真っ赤に燃え、短くなってしまった髪を逆立てた。狂戦士モードの発動である。そして、取り落としていたビーム鞭を拾った。
『よっしゃあ、いっくぜえ!』
気っ風のいい江戸っ子のようなかけ声とともに、ノーブルGMDMが悪魔GMDMにつっこんだ。触手が次々に襲いかかったが、ビーム鞭で撃破された。
僕たちは無言で触手を切り払い続けた。必要なら中佐が指示をするだろう。僕たちはただ自分の戦いをするだけだ。僕たちが触手を相手にしている限り、キアト中佐に向かっていく触手は少なくなる。たとえその触手が無限に増殖するとしても、一定数に保つことぐらいはできる。
僕は必死に触手を切り払っていた。丑五郎侍少尉を死なせるわけにはいかないが、もうよけているだけでは死ぬまでの時間を稼いでいるに過ぎない。精一杯戦い、せめて中佐の援護をしなければ。
僕のブレードが触手に当たって飛んだ。あとはバルカンしかない。そんなもの、もう何の役にも立たない。僕は沈む。もう、丑五郎侍少尉を6人組に返すことはできない……。
目の前に触手の先の凶悪な顔が大写しになった。その顔は大きく口を開け、その奥にビーム砲のチャージが見えた。僕は目を閉じた。……
だが、ビームは発射されなかった。
僕を狙っていた触手は驚いたように首を上げ、本体の方を振り返った。他の触手も動きを止め、一斉に振り返った。
そして僕は、悪魔GMDMに単身立ち向かっていくノーブルGMDMの姿を見た――。
中佐のビーム鞭がはじけ飛んだ。ビーム出力のパーツがやられたらしく、鞭は空中で、はじけるように消えた。あとは音もなく柄の部分が地面に落ちるだけだった。ノーブルGMDMのコックピットが開いた。中央頭脳を撃つのか?
機体の腹の部分にキアト中佐の姿が見えた。何かを叫んでいる。だが悪魔GMDMは中央頭脳であるタクヤマ主任を体の奥深くに格納した。中佐がビーム銃を放った様子はない。間に合わなかった?
――いや、そうではなかった。
悪魔GMDMは胴体から新しい触手を生やして、ノーブルGMDMの腹をぶち抜いた。
僕は叫ぼうとした。だが声は出なかった。のどの奥をかすれた息が通過した。
ノーブルGMDMは、胸から上と下半身に分かれ、空中を落ちていきながら爆発した。
悪魔GMDMの触手は、ノーブルGMDMのコックピットを直撃したのだ。
僕たちは立ちつくしていた。戦闘中とは思えないほど長い時間、僕たちはじっと立っていた。悪魔GMDMは動かなかった。静かな、静かな時が流れた。真っ白な煙に霞んだ中で起こった悲劇は、まるで白昼夢のようにおぼろげだった。
ズシン、と地響きが起こった。僕たちはそれでも動かなかった。触手たちは不思議な咆哮を轟かせた。もちろんそれは、彼らの勝利への咆哮だった。だって、もう、白鶏にはキアト中佐がいないのだ。今更何ができるだろう。
触手たちは身をくねらせた。気持ちよさそうだ……と思って、僕は見ていた。
悪魔GMDMは僕たちへの攻撃をやめた。それは、決して戦いの終わりを示してはいなかった。根っこが、触手が、そして大きな芋虫のような下腹が大きく脈打った。そして激しく蠕動しはじめた。
巨大化していた。根が伸び、触手はどんどん増えている。下腹には葉脈のような筋が浮かび上がり、全身になにかを送り込み続けていた。まるで全身が心臓のようだ。だがその心臓も、どんどん肥大を続けていた。
『白鶏隊!』
途切れ途切れで雑音だらけの通信が入った。
『はい、こちら白鶏隊!』
通信をとったのはスズミー少尉のお父さんだった。こういうとき、しっかりした大人が一人いて本当に良かったと思った。
『内部で何が起きた? 外の触手が目を覚ました! いや、それどころか、触手は増える一方だ! TRT機は全滅したが、触手が……うわあっ!!』
一瞬通信が途切れ、また復活した。
『いや、触手なんてもんじゃない、なんだこれは? カ、カリン島が、変形していく……』
地面中に転がっていた触手が新しい触手に融合されていく。巨大化した触手は、基地の下層に向かってどんどん吸い込まれていく。
ダメだ、下の層には、人質がいるんだ……。彼らが脱出したという知らせはまだない。彼らはまだ下にいる。カリン島は今、悪魔GMDMに寄生された基地ではなく、悪魔GMDM自身と化していく。
だが、僕らはもう動けない。本当は、もうとっくに機体の限界なんか超えていた。もうダメだ。中佐は沈んだ。もう僕たちも楽になろう。カリン島を呑み込んで巨大化を続ける悪魔GMDMに勝てるものはもういない。僕たちは、ダメだった。
「……シンジンくん」
僕は、丑五郎侍少尉の声で目を覚ました。一瞬だけだが、気が遠くなりかけた。
「……なんです、少尉」
僕はどこか安らかな気持ちで答えた。だが、丑五郎侍少尉の声は強い緊張をたたえ、新たな局面の展開を僕に伝えていた。
僕は飛び起きた。そして、丑五郎侍少尉の見つめる先を探り、自分も振り返った。
悪魔GMDMは身をくねらせ、地面に何かを排出した。
「……タクヤマさん」
抑揚のない声がした。それが自分の声だと気づくのにしばらくかかった。
悪魔GMDMが、中央頭脳を排出した? なぜ?
悪魔GMDMはもう一度天に向かって咆哮した。嬉しそうに体をよじり、全身をふるわせた。そして、閉じていた胸をいっぱいに開いた。
僕は、この瞬間を知っていたような気がする。あってはならない最悪の事態として、心の奥底から何度も振り払った想像の未来……。
新しい中央頭脳は、キアト中佐だった。
この最大最悪の兵器が、この人を取り込んだとしたらどんなことになるか。僕はずっとそれを恐れていた。最強にして最悪のこの巨大兵器は、キアト中佐の圧倒的な存在感や圧迫感にそっくりだった。そしてそれは必然的に、その二つが融合したときに生まれる絶望的な強大さを僕に思わせた。
これは現実なのか? それとも、僕はそのことを恐れるあまり、おかしくなってしまったのか?
『……キアト先輩!!』
大佐のザッコがよろよろと身を起こし、悪魔GMDMに駆け寄ろうとした。
その瞬間、悪魔GMDMは肩からカギ爪のような触手を伸ばした。
『ウスイくん、危ない!!』
リオリ中尉の声がした。爪は、ためらいもなくザッコに向かっていった。
大佐が息をのむ気配がした。僕たちは、その悲劇を見たくなくて目を閉じた。
金属がはぎ取られるイヤな音がして、目を開けると、大佐のザッコは残骸になっていた。
「たいさ! ウスイ大佐!」
僕は呼びかけた。自分の声とは思えない金切り声だった。応答はなかった。
キアト中佐を振り返ると、彼女は2度3度大きく息をして、笑った。あの、悪魔GMDMの映像を見て笑っていたときのように肩をふるわせ、こらえきれずに笑っていた。
同時に、違う笑い声が聞こえた。
「ははははは! すごい、すごいじゃないか。キアトくんか、この力は!」
カリン島の外から大きな音と振動が響いてきた。とてつもないパワーをもった女性を取り込み、悪魔GMDMが果てしなく巨大化していることは明らかだ。キアト中佐に勝てるわけなんかない。それはもう、動物の本能のように明白なことだった。
ラストバ少将の勝利宣言を、僕たちはぼんやりと遠くで聞いた。
「白鶏の諸君におもしろいことを教えよう。彼女は選ばれた数少ない人材だ。彼女は、こうして、取り込まれても動いている。さっきの青年はピクリとも動かなかっただろう。それが大きな違いなんだ。君たちのナカジマ大将殿も、取り込んでしばらくは活動できていた。年齢のせいで途中で力尽きてしまったようだが……。つまり、キアトくんも大将殿と同様、悪魔GMDMの支配に負けず、脳の機能を維持していけるということだ。しかも、キアトくんは若い。すばらしい! あれだけ探しても手に入らなかった資格ある強い資質の持ち主が、自ら飛び込んできてくれるとはな!」
ラストバ少将は心から嬉しそうに笑った。僕たちはそれに怒りを覚えることもできなかった。彼は絶対的な力を手に入れた。力は、正義だ。
「私の勝ちだ、白鶏隊諸君! キアトくんがあの青年を撃てないと思って悪魔GMDMに取り込んだら、まさか、彼の身代わりになろうとまで言いだすとはな! こっちとしてはまさに棚からぼた餅だ!」
もう少し、かっこいい表現はできないのかなあ。僕はのんびりと思った。そうか、棚からぼた餅か。戦争に似つかわしくない表現だ。いいじゃないか、平和な響きだ。
そうか、キアト中佐はタクヤマ主任を助けるために、中央頭脳を代わると言ったのだ。コックピットから乗り出してなにかを叫んでいたのは、そういうことだったのだ。そして悪魔GMDMの触手はコックピットにキアト中佐を迎えに行った。ノーブルGMDMを捨て、中佐はあの触手の中を滑り落ちていき、タクヤマ主任に代わって悪魔GMDMに身を委ねたのだ。
本人同士はそれぞれ普通の人なのに、その二人が一緒になるとトラブルが多発する相性の人がいる。それは化学変化のようなもので、接触すると悪い気体が発生する。キアト中佐とタクヤマ主任は、そういう相性だったのだろう。
彼らが悪いわけじゃないんだ。仕方ないんだ。
僕はゆっくりと目を閉じた。悪魔GMDMが際限なく成長していく振動を、ゆりかごのように感じながら……。