ACT.16 ラストバトル・後編
リオリ中尉とタモト軍曹が無事だったことは本人たちから伝えられた。リオリ中尉が通信を入れると、中佐は、
『おう、生きてたのか』
と短く言った。そしてもうひとこと、短く、
『てことは、タモトもか』
とつけ加えた。
『ここでーす』
軍曹の声がしたが、軍曹の乗っているトッケーバーンは突っ立っていた。たぶん軍曹は手を振りながら愛想良く答えているのだろうが、僕たちからコックピットは見えない。
『声だけじゃわかんねえよ』
中佐は冷たくツッコんだ。だが、声には安堵の響きがあった。
『あ、ほっけバーン、トッケーバーン、来たの?』
スズミー少尉は決まり悪そうに言った。父と娘、姉と弟の対面である。しかし、思ったような感動的な言葉のやりとりはなかった。
『俺とキアト先輩は、方向音痴なんだよねー。だれか、カリン島に詳しい人、いない?』
大佐はみんなに声をかけた。すると、リオリ中尉が答えた。
『スズミーのお父さんが、カリン島のマップ作ってきてくれたよ。ほっけバーンについていけば、基地の庭に出られるよ』
『……あ、またマップ作ったんだ……』
スズミー少尉はまた決まり悪そうに言った。少尉のお父さんは、
『一応最短距離で行けるように、マップ作ってマーキングしといたんだけど』
とさりげなく言った。
『ええー? 民間人が、よく本部基地のマップなんか入手できましたね』
大佐は慌てた。
『いや、これは、商売のために何回か足を運んだときに、自分で歩き回ってマッピングしていったんですよ。全部手作りです』
お父さんは飄々と答えた。おいおい……。作る方も作る方だが、作られる方も作られる方だ。これじゃ、敵がカリン島の地図を入手していても不思議はない。……ってまさか、敵が持っていたのは少尉のお父さんの作ったマップじゃないだろうなあ。と、思ったのは僕だけじゃなかったらしく、スズミー少尉はお父さんに、
『まさか、そのマップ、敵に売ったりしてないでしょうね』
と言った。
『ああ、個人的な趣味で作ってたから、このマップの存在は誰にも知られてなかったと思うよ。売ってくれっていう打診は来たことないよ』
お父さんは答えた。個人的な趣味で、連邦軍総本部基地のマップを作るなよ……。
その地図を元に、僕たちは進んだ。あるいは天井を撃ち、あるいは壁を撃ち、次々わいてくるザコメカを倒し続けた。
だが、道中は簡単ではなかった。僕たちは悪魔GMDMが通ったあとを比較的簡単に追っかけて奴のふもとに出られるつもりでいたのだが、壊れた箇所も壊れてなさそうな箇所も悪魔GMDMの根っこがはびこっていて、進もうとしてもあちこちで足止めされた。
『ここもダメだ。触手がびっしり張って、撃ち抜けない。この辺のエリアから上がらないと、狭くて彫像動力機が入らないのに……』
『もっと、悪魔GMDMが通ったあとって、それっぽく壊れまくってると思ったのにね』
『まさか、こんなにはびこってるとはねえ……。どこもかしこも、根っこだらけ』
『こんなところで立ち往生してる場合じゃないのに……』
立ちつくしていると、キアト中佐がイライラした声で、
『もう、手当たり次第壊しながら進んじゃおうよ! めんどっちいよ!』
と叫び、天井を見上げてうろうろしはじめた。
『触手がなさそうなとこの天井をぶち抜けばいいんでしょ? 考えるより、行動行動!』
仕方なく、僕たちも天井を見上げながらうろうろしてみたりした。すると、
『……なんだ? これ』
大佐がつぶやいた。大佐は天井でなく、壁を見ていた。そして、そこにはなにやらマジックで書いたような線が見えた。僕らは彫像動力機のまま集まり、カメラをそっちに向けて凝視した。
『見て。これ、丑五郎侍の絵じゃん』
それは間違いなく丑五郎侍少尉の絵だった。主義主張のよくわからない怪しいイラストが壁に書き込まれている。僕たちにはひと目で丑五郎侍少尉の絵とわかるが、ほかの人々には単なる意味不明の落書きだろう。
『……ここか』
ウスイ大佐は天井を見た。
『なにが』
キアト中佐も天井を見た。
『見て、センパイ。丑五郎侍の絵、爆弾持って天井を指さしてるよ』
これは、天井を壊せというサインなのだろうか。
『えー、なんかたまたま落書きしただけじゃないの~?』
『……そんな気もしますけど、今は何でも可能性のあることに賭けてみないと』
そして大佐はほっけバーンを呼び、天井を撃ってもらった。天井は、ちゃんと(?)崩れ落ちた。
『すげえ! たまにはスパイらしいことするじゃん、丑五郎侍くん』
『てことは、あいつもいるんですかね、この基地に』
『案外さっきの絵、ずっと前にたまたま書いた落書きだったりして……』
『あいつの場合、ホントにそれがありそうで怖いよなー』
しかし、丑五郎侍少尉は本当に僕らを導いてくれた。僕らは壁のあちこちにうさんくさいイラストを見つけることができた。そしてそれらの絵は、分かれ道の正しい方を指したり壊すべき壁面を指したりと、さりげなく悪魔GMDMへの道を示していた。敵はやたら出てきたが、僕らは丑五郎侍少尉の特徴のある絵だけを探して的確に進むことができた。
「なんか、この戦い、負けるような気がしてきた」
キアト中佐が言った。
「なんですか、気弱なこと言って。誰も本気にしませんよ」
「だって、丑五郎侍くんがこんなに使えてるんだもん。おかしいよ」
「うーん、確かに、珍しく奴がいいことすると、珍しく我々が負けるかも」
誰かもう少し、丑五郎侍少尉に感謝してやれよ……。
長い時間をかけてカリン島の内部を縦断して、ついに僕たちは基地の庭に出た。庭とは言ってもコロニー状の基地の内部に作られた人工の庭である。空は天球儀のようなドームだし、地面もよくできた巨大な箱庭にすぎない。その箱庭には基地の内部と同じように緑の巨大な根っこがはびこっていた。
とうとう、僕らは悪魔GMDMを目の当たりにした。赤黒いさなぎの上に上半身を伸ばし、眠っているように静かだ。さなぎ部分は、でかい。とにかく、とんでもなくでかい。映像で見るのとは違う。自分よりも遥かに巨大な、巨大すぎる図体が目の前にある。敵にとって、僕たちはハエのようなものだ。
「……えらく早かったな、白鶏隊員諸君」
大きな声が響きわたり、僕はびくっと体が硬直した。ただでさえいつ悪魔GMDMが動き出すかとびくびくしているのに、なんでそんな大声を出すんだ。
『まあ! 悪の総大将の登場だわ!』
大声で中佐が言った。しかし、姿は見えない。妙な静けさが緊迫感をあおる。
『出てらっしゃいよ、仲間じゃないの!』
中佐が続けて変なことを言うから、僕は一瞬だけ焦った。仲間というのが、つまりそういう、悪の仲間のことかと思ったのだ。だが、中佐の言った意味は違っていた。
『こんな機体を作って世界を征服しようなんて、気が利いてるじゃん。正直におっしゃいよ、俺は古代日本アニメのオタクだ!って。これが何なのか、わからないとでも思ってるの! オタク仲間のよしみで、姿を見せなさいよ』
「…………」
敵の絶句が聞こえたような気がした。だが、実際にそうなのだ。僕は中佐を廃人になることから救った古代のアニメを見せられた。そして、そのアニメには、間違いなく今目の前にある機体と極めて似た巨大兵器が映っていた。
最終決戦を前に大佐と中佐が籠もってアニメを見ていたのは、この巨大兵器のおさらいをしていたのである。
『このメカを作った気持ちはわかるわ。私も、理系だったら作ってたわ』
理系って……。ちょっと物理や化学に詳しくたって、こんな兵器は作れないんじゃ……。
『アンタがインテリ兄ちゃんだったら白旗を振ってもよかったけど、単なる軍人なんだもの。超ガッカリ。そんな人に、世界は渡せないわ』
最後にして最大の敵を目の前にした総司令官の口上なのに、なんてライトな宣戦布告だろう……。
『いにしえのアニメを見て究極の巨大兵器を作ったのはいいけど、それってつまり、同じアニメを見てた者には倒し方がバレバレなのよね。超ダサ。しかもこれ、まださなぎじゃないの。ちょっとばかし行動が早すぎたんじゃないの? 出てきなさいよ、アニタク』
中佐の挑発がきいたのか、それとも恐るるに足りないと思ったのか、ゆっくりと悪魔GMDMの肩口からラストバ少将が姿を見せた。背は185センチくらいだろうか? 鍛えられた体、オールバックの髪、融通のきかなそうな強い瞳、どことなく漂う体育会系の雰囲気。年齢は30代後半だろう。
「……残念だったな。この悪魔GMDMを作ったのは私ではない」
ラストバ少将の片ほおは引きつっていた。アニタクと言われたのが気にくわなかったらしい。キアト中佐は興奮気味に叫んだ。
『まあ! アンタじゃないの!? じゃあもしかして、インテリ科学者のお兄さまが作ったとか言うんじゃ……?』
おいおい、ホントにそうだったら中佐は投降しちゃうんじゃないだろうなあ。
「……そう何でもアニメどおりにはいかん」
『ホラ、やっぱりアンタだってアニメ見てたんじゃない』
どうやら、ラストバ少将は本当にアニタクらしい。そのまま、敵の総大将と我々の司令官は、誰もついていけないアニタクな罵り合いに突入してしまった。意味のわからない単語が飛び交ったため、僕はそれを記憶してノートに書くことがまるっきりできない。
そこにウスイ大佐がやっと割り込んだ。
『センパイ、マニアックな話してる場合じゃありませんよ。てゆうか、マニアックすぎて俺にもわかんないし』
こんなことをしている間に、敵の援軍が到着しちゃうと思うんだけどなあ。早く悪魔GMDMを倒した方がいいんじゃないかなあ。
『とにかく!』
やっと中佐が本題に戻った。
『私たちの白鶏を沈めた罪は重いわよ。そして、世界征服を目論む悪人は、正義のヒーローたちによって倒されると相場が決まっているのよ』
僕は内心、白鶏の最期は沈められたというより、特攻して勝手に爆発したんだよなあ、とツッコミを入れていた。
『おとなしく中央頭脳を出しなさいよ。超古超今の心で吹っ飛ばしてやるわ』
そう言って中佐は空中へ飛んだ。中佐に見せられたアニメでは別の四字熟語を使っていたのだが、中佐が「パクリになるから、私はこっちにする」と言っていたキャッチフレーズが「超古超今」だ。いにしえを超える、現在を超える、つまりなんでもかんでも超える境地に達して悟りを開き、パワーアップするということらしい。だが、キアト中佐はそこにいるだけで悟りならぬ狂戦士モードを開いてパワーアップしているんだから、もういいんじゃないかなあ……。
「はははは!」
ラストバ少将は笑った。僕は、やっぱり敵のボスというのは笑うものなのだなあ、と感心した。やっぱりテレビ世代はダメだなあ……。
「たしかに、この悪魔GMDMは古代のアニメを参考にして作った。それは認めよう。だが、実際に作ってみると、アニメのとおりには行かなかったのだよ」
地面から音を立てて触手が隆起して、凶悪な頭をもたげた。
「いろいろ、思いがけないことがあった。悪魔G片の寄生力も思ったほど強くはなかったし、こいつ本体もなかなか成長してくれなかった」
ついに触手は僕たちへの攻撃を開始した。今、最後の戦いが幕を開けたのである。
「だから、君たちがアニメのとおりに攻撃してきても、通用するかどうかわからないぞ。そして、あのアニメの英雄たちほどの攻撃力を、君たちは持っているのか?」
……ノーブルGMDMとJP02はまだしも、ザッコは確かに問題だなあ……。そして、アニメの英雄たちを白鶏の面々に置き換えると、3人は彫像動力機に乗って戦っているが、あとの2人はただ同乗して傍観しているだけだ。でも、数的には白鶏の3人にほっけバーンとトッケーバーンを足せば5人のヒーローで、アニメのとおりだからいいことにしよう。
「ははは! そして……」
『なによ、まだ言うことあんの?』
中佐がにべもなくラストバ少将に言った。少将の顔がちょっとだけ紅潮した。
「へらず口をたたけるのも今のうちだ! 普通に考えろ、あのアニメのラストは、勢いでついつい押し流されてしまいがちだが、現実に当てはめてちゃんと冷静に見ると、つじつまの合わないことばっかりだ!」
それからラストバ少将はアニメの最終話付近のいろんなアラを探してツッコミを語り始めた。実にいろいろな内容が彼の口から語られたが、ここで子細に記してもちっともわからないので割愛する。
だが僕はそのツッコミを聞きながら笑いを禁じ得なかった。だって、そういう、勢いだけで押し流されてしまうがよく考えるとつじつまの合わない(ような)勝ち方をしてきたのが戦艦白鶏なのだ。
僕らの戦いは続いていた。触手を相手にしてもきりがない。僕たちはとにかく「本体」に向かってつき進んだ。右から左から、上から下から触手は攻めてくる。この数に飛び道具で応戦していたらあっという間に弾切れしてしまう。武器はひたすらビームブレード、あとはよけることだ。
それにしてもキアト中佐は軽やかである。この腕なら、あんなに操縦が下手と言われることもなかったのではないか?
ほっけバーン、トッケーバーンも、さすがだ。スズミー少尉のJP02と3機で「魔のトライアングル」を形成している。ザコである僕らブラスターSTはむやみにブレードを振り回して逃げ回っているだけだが、彼らは近づく触手をことごとく撃破している。
中佐は直接邪魔をする触手だけを粉砕して先頭を進んでいた。その両脇をザッコとJP02が固めている。その時、僕は悟った。ヒーローになるべき人がヒーローになるのは、周りの人が道を譲るからなのだと。
触手どもとの攻防は我々が優勢だった。悲しいかな、僕らブラスターST組は大した役に立っていなかったが。
劣勢を悟ったラストバ少将は、不敵な笑いを浮かべて高らかに宣言した。
「さすがは噂に名高い白鶏隊。だが!」
『残念ながら、強い人の半分は白鶏の隊員ではなく、民間人ですよ』
大佐がチャチャを入れた。
「……ホントに口が減らないな、君たちは!」
ラストバ少将は気を取り直すのに少しだけ時間がかかったようだった。軽く咳払いをして、彼は続けた。
「だが、これを見ても、平気でいられるかな?」
僕たちは身構えた。悪魔GMDMの上半身がゆっくりと頭をもたげた。
ついに動くのか?
全員がブレードを(中佐はビーム鞭を)握りしめた。すると、宇宙生物が引きちぎられるような不気味な音がして、悪魔GMDMの胸の丸い形のついた部分が左右に開いた。
中から現れたものを見て、誰もが声を失った。
なんて、むごい……。そう、悪魔GMDMには核になる人間が一人必要だという予測がされていた。だが、まさか僕たちが敵陣に送り込んだ名誉総大将、ナカジマさんが、体を絡めとられるような状態で取り込まれていたなんて! 前大戦で英雄となり、名誉職までもらった老人が、意識を失ったまま、敵の最終兵器の動力源として操られている。
「はははは! 声も出ないか? どうだ、君たちの英雄……」
ラストバ少将が言い終わらないうちに閃光が走った。光はナカジマ大将の数十センチ左に当たって爆発した。
「あらやだ、外したわ」
キアト中佐がコックピットを開けて生身で乗り出し、対人戦用のビーム銃を構えていた。
「なななな、なんなんだ! ためらいがなさすぎるだろ! もうちょっと感動的な演出はできないのか! そんなに簡単に、味方の、上官の、老人を撃つな!」
ラストバ少将は不様にうろたえて叫んだ。悪魔GMDMは慌てて胸の中央頭脳・ナカジマ大将を格納した。
「まあ、千載一遇のチャンスだったのに、超台無し」
キアト中佐は自分で言って、中に戻っていった。僕らはあっけにとられていたがすぐに我に返った。再び触手が我々を襲い始めた。
『キアト先輩! いつも、センパイはしくるから飛び道具を撃つなって言ってるのに!』
大佐が触手を切り払いながら言った。つくづく、どうしてこの弱々しいザッコのブレードでこんなにさくさく敵のメカが切れるのだろう。居合いと同じで、やはり気合いなのだろうか。
『だって、ビーム鞭は届かないし、ミサイルもみんな撃っちゃったんだもの。しょうがないから頭を狙いましょう。とりあえず、頭を壊すのよ。頭も弱点のはずだったよねえ、ウスイくん』
『そうですねえ、アニメの中盤では頭が弱点でしたねえ。あとで多少設定変わってたけど」
そこへリオリ中尉が、
『あと、ラストバさんをやっつけるっていうテもあるからね。その辺忘れないで』
と言った。そういえば、そうだ。
ところで、さっきキアト中佐が生身で乗り出したとき、不思議なものを着ていたように見えたのだが……。体にぴったりくっついたおかしな全身タイツのようなもの。そこで、たまたまほっけバーンの近くに行ったときにちょっとリオリ中尉に声をかけてみた。
「リオリ中尉、キアト中佐は、何を着て搭乗してらっしゃるんですか?」
中尉は戦闘に加わっていないので、すぐに答えてくれた。
『ああ、あれ、ノーブルGMDM独自の操縦装置。みんなは計器とかついてて、レバーとかボタンで動かすでしょ。でも、ノーブルGMDMは、全身に発信機がついたスーツを着用して、動いた軌道を読み取って動くの。キアト先輩は、操縦全然ダメだけど、さすがに自分の体はちゃんと操縦できるからね』
つまり、中佐は僕たちのようにちまちまと装置をいじくりまわしてノーブルGMDMを動かしているのではないらしい。機体が自分と同じ動きをしてくれるように、発信機がついたスーツを着ているのだそうだ。
しばらく一進一退の攻防が続いた。長いばかりでメリハリのない戦いだった。触手は倒した分だけ増えたし、悪魔GMDMの本体は動かなかった。そして、僕らの体力は落ちはじめ、彫像動力機にはガタがきはじめた。このまま戦っていても、全然らちがあかない。
『超疲れたわ。みんなは座って操縦してるけど、私は立ちっぱでずっと運動してるのよ。私、運動なんて普段全然しないから疲れたわ。なんとかして』
キアト中佐が文句を言うと、すぐにリオリ中尉が返事をした。
『そう思って、コックピットに後夜祭サウンドを仕込んでおきましたよ』
後夜祭?
『おお、気が利いてるわ。これで当分ランナーズハイ。らりらり』
中佐はご満悦のようだった。
「なんですか、後夜祭サウンドって」
僕は二人に訊いた。二人は口々に答えた。
『私たちの高校の学園祭では、後夜祭で『そばや、そばや』って叫びながら走るならわしがあるの。この輪に加わると、とっても不思議なことに、1時間以上とか平気で走り続けちゃうんだ。私、普通なら1キロも走れないのに』
『あれは超脳内麻薬ですよね。私もノンストップで後夜祭の間中走れますもん』
『私も、足ケガして金属埋め込んであったときに1時間以上走ったよ』
そばや、そばやと叫びながら走るならわし? どんな後夜祭だ。まあいい、彼らが出た高校だ。どんな手段にしろ、中佐の疲労が吹き飛ぶならそれでいい。
だが、疲れているのは中佐だけではなかった。
『うわ!』
短い悲鳴が聞こえて、一機のブラスターSTが地面に落ちた。片腕がもげていた。
地べたに伏したブラスターSTに狙いを定めて触手が飛びかかった。幸いトッケーバーンが触手を撃ち抜いて事なきを得た。それにしても、スズミー少尉の弟さんは無口だなあ。
「いつまでもこんな戦いをやっていても仕方あるまい。いい加減、諦めたらどうだ。カリン島の戦力はこの巨大な悪魔と大小のロボットたちだけではない。もう一つ、おもしろい援軍が今、育っているところだ」
ラストバ少将が高見の見物をしながら言った。中佐が即座に言い返した。
『まさか、ゾンビ兵とか作ってるんじゃないでしょうねえ』
『ゾンビ兵?』
スズミー少尉はGGMDMを見ていないらしく、不思議そうに言った。僕は彼女が『仲間』じゃなくてちょっとホッとした。
『人間に悪魔GMDMのカケラを埋め込んで、細胞を培養して、その手下にするんだよ』
大佐が答えた。やっぱり、アニメを参考にして最終兵器を作るとことごとく先が読まれる。どうせ世界征服を目論むなら、オリジナルの方法にしたほうがいい。
ラストバ少将は『おもしろい援軍』をあっさり看破されてまた不愉快そうな顔になった。
「ゾンビ兵という言い方は、アニメではいっさい使われてないぞ。しかも、作ってみたら本来の神経細胞に寄生するだけで、一時的に人格が封印される程度の精神制御しかできなかった。つまり、うまくすれば元に戻るかもしれない仲間たちだ。これから彼らが君たちの敵になる。容赦なく殺すがいい。なかなか、罪もない人を虫けらのように殺すチャンスなどないだろうからな」
さらわれた民間人と、捕虜の兵士たちか。彼らが、僕たちの敵に……?
僕がそう思うと同時に、叫び声が上がった。
『うわ、なんですか?』
聞いたことのない声だったので一瞬戸惑ったが、トッケーバーンがバランスを崩して片ひざをついたのですぐにわかった。声は、少尉の弟さんだ。そして、コックピットの中で起きていることも想像がついた。
『おい、どこへ行くんだ?』
ほっけバーンが振り返って呼びかけたが、トッケーバーンは恐ろしい勢いでこの箱庭を飛び出していった。タモト軍曹が、さらわれた中学生たちを捜すために少尉の弟さんから操縦かんを奪ったのである。
少しして、コンクリートをぶち破るものすごい音が響いた。タモト軍曹が手当たり次第に捜索しているようだ。しかし、これでは崩したコンクリートのせいで中学生がつぶされかねない気がする。
『ブラスターST隊!』
「は、はい!」
突然中佐の声が響いて、僕は慌てて返事をした。
『タモトを援護してくれ!』
それでは、この場は……
『アンタたちがここにいたって役に立たない。もうブラスターSTはボロボロじゃん。それよりも下の援軍を押さえるとか、民間人を救出するとかしてくれ! そして、……もし間に合えば、人質が改造される前に、助け出してくれ』
シャクだが、全くそのとおりだった。僕たちがここにいても足手まといになるだけだ。それなら、罪のない人々を……
そこにラストバ少将の声で追い打ちがかけられた。
「ムダだよ。今日一日かけて相当悪魔GMDM片が繁殖しているはずだ。おとなしく救助なんか、させてくれんよ。もうそろそろ自動的に奴らが這い出してくる頃だと思うがな」
僕は唇をかんだ。世界がこんな奴のものになっていいもんか。
中佐が気を取り直して言った。
『なんにしろ、ブラスターSTはタモトと一緒に人質を救助! 生きたまま連れ出せば、どこかで治療ができるかもしれない!』
『いいんですかセンパイ、タモトさんをあのまま行かせちゃって』
大佐が言った。
『適任だろ。我々は、あいつほど執念深く人質を探せないよ。それに、奴一人じゃ危なくてやれないけど、トッケーバーンならいざとなったらスズミー弟がいる。ピンチになったら弟くんが操縦かんを握るだろ』
他のブラスターSTが軍曹の後を追った。僕も、仕方なく後を追った。
「中佐、大佐、中尉、少尉、少尉のお父さん! ご無事で!」
『あ、丑五郎侍もいないか見といて』
声をかけると、大佐から一言頼まれた。そうか、あの絵があったということは、丑五郎侍少尉はこの基地の中にいるのだろう。探して、助けなければ。
僕たちは、ノーブルGMDM、ザッコ、GMDMJP02、ほっけバーンを残してカリン島の箱庭を去った。
本当は、僕は白鶏隊と悪魔GMDMの戦いを詳細に記したかったのだが、僕のブラスターSTはもう限界だった。大暴れするタモト軍曹をなだめすかして、僕たちは基地の中を歩き回った。通れないところがあっても、軍曹がムリヤリ引きちぎった。少尉の弟さんはおとなしく見ていることしかできないらしい。
基地の中を手探りで歩き回っていた状況をつぶさに書いても延々と同じような記述が続くだけなので、中略して言うと、僕たちはさらわれた人たちが閉じこめられている場所をつきとめた。あまりに厳重な警備がされていたので、すぐになにかあるとわかってしまった。敵もあまり賢くない。
警備の彫像動力機を倒し(軍曹の独壇場だった!)、固く閉ざされた扉を壊して中に入ろうしたら、突然すんなりと扉が開いた。僕らが面食らっていると、その大きすぎるドアからお馴染みの人物がてくてくと出てきた。
『丑五郎侍センパイ!』
『丑五郎侍少尉!』
こういう時、スパイはいいなあ。今こうして対峙しているのが僕たちでも敵の誰かでも、彼だけは身構える必要がない。
「あれ、ウチのブラスターSTと、それからトッケーなんとかじゃん。まあ、中へどうぞ。彫像動力機は入れないから、中身だけ。ところで、もしかして、これから最終決戦? オレ、壁とかに、わかるように目印つけといたんだけど。絵とか書いて」
丑五郎侍少尉はやはり、意図的に我々の役に立ったようだ。
『丑五郎侍センパイ、最終決戦はもうとっくに始まってますよ』
タモト軍曹が言った。丑五郎侍少尉はこの決戦の空気をまるで感じ取っていないらしい。振動とか爆発音とかは届かないんだろうか。
「うそ、始まってんの? やばいじゃん、じゃあこんなとこにいたら死ぬかもじゃん」
丑五郎侍少尉は慌てた。だが人質を探し出すまでは「こんなとこ」にいなければならない。僕たちはコックピットを出た。スズミー少尉の弟さんだけが見張りのためにトッケーバーンのコックピットに残った。
「丑五郎侍センパイ、中の施設は、人質がいるんですか?」
「人質? いや、カプセルホテルみたいに大勢人が寝てますよ」
「それだ!」
僕たちは勇んでその大きなホールのような部屋に突入した。
中央には大掛かりな機械が据えつけられ、そこからチューブが放射状にのびている。チューブの先には棺桶のような(シャレになっていないが、そうとしか言いようがない)カプセルが数え切れないほどついていて、そのひとつひとつに人が眠っている。タモト軍曹はダッシュでカプセルの一つ一つを見て回っていた。中学生を真っ先に助けようというのだろう。
彼女を放っておいて、僕たちはカプセルを開けようとした。開閉用とおぼしきボタンやレバーがついていたが、押してもなんの反応もない。そこで、僕たちは銃で撃ったり、落ちていたがれきの破片で叩いたり、壊れた壁からのぞいた鉄パイプを折りとって打ちつけたりして壊そうとした。だが、カプセルはびくともしない。
丑五郎侍少尉は一人のクルーから説明を聞き、感心していた。
「ああ、これは、人質なんですか。へー。ほー。オレ、今日当番なんで、ずっとここにいて退屈してたんすよ。なんだ、わかってたらなんとかしたのになあ」
一人が真ん中の機械に立ち向かっていき、やがて驚きの声をあげた。
「この機械、動いてないじゃん。電源ランプついてないし、メーターも全部動いてないよ。これが敵の言ってた、人質を改造する機械じゃないの?」
僕たちはわらわらと中央に集まった(タモト軍曹を除く)。
たしかに、その機械はポンプのような作りになっており、ここから何かを送り出す――はず、のものらしい。だが、ポンプも動いていなければその他の機器類も微動だにしていない。いったい、どういうことだ?
僕たちは機械を調べ、驚愕の事実を発見した。
「なんだよ! これ、コンセント抜けてるよ!」
そこにてくてくと丑五郎侍少尉がやってきて、不思議そうにのぞき込んだ。
「え、これ、なんのコンセントですか? オレ、朝からここで見張りしてて、ヒマだったからずっと電源拝借して携帯ゲーム機やってたんですけど」
見ると、そのすぐそばには簡単なパイプ椅子があり、椅子の上にはポータブルゲーム機が置いてあった。
「……あの、電源拝借して、って……もしかして、ここのコンセント抜いたの、丑五郎侍少尉ですか?」
僕はおそるおそる訊いた。彼は、全く悪びれずにうなずいた。
「ああ、邪魔だったんで」
みんながしばらく顔を見合わせ、それから、笑った。なんてことだ、ラストバ少将。アンタが一生懸命用意したこの巨大な装置は、たった一人の見張りの男がコンセントを抜いたことで沈黙したよ。そう、そしてその英雄は、やっぱり白鶏のさし向けた刺客なんだよ。アンタは白鶏には勝てないんだよ。
僕たちは機械に電源を入れ、棺桶のふたのスイッチを押して回った。電源が通じているので、今度は簡単にふたが開いた。そして、やっぱり中の人たちはまだ悪魔GMDM片に影響されてはおらず、普通そのものだった。
「この人数じゃどうしたってブラスターSTに収容しきれない。俺たちは、悪魔GMDMを中佐たちに任せて、彼らを避難させよう」
ブラスターST隊の一人が言った。それはもっともだ。だが僕は、上で戦っている人々のところへ戻りたかった。とはいえ、それは単なるわがままだ。僕は口実を探した。だが、命を賭してまで足手まといになりに行く大義名分を探し出すことはできなかった。
後ろの方で、タモト軍曹が助けた中学生に一生懸命話しかけている声が聞こえた。彼女はおそらく、トッケーバーンの後ろに乗ってまた戦場に戻るのだろう。……まさか、この期に及んで中学生たちの後を追うとは言うまい。うらやましいことだ。彼らが悪魔GMDMを倒して宇宙の英雄になるところを、僕も見たかった。
その時、丑五郎侍少尉が言った。
「すみませんけど、だれかオレを後ろに乗っけて最終決戦の場所に連れてってくれませんかね。オレ、たぶん皆さんより敵に詳しいと思うし」
僕はほとんど反射的に手を挙げていた。
「す、すみません、実力もないのに。でも、自分は……」
自分は……白鶏の戦いを見届けたい。だがそれだけだ。僕は口ごもった。
「俺は、シンジンが行ってくれるんなら、それでもいいよ」
ブラスターST隊の一人が言った。他のメンバーも口々に言った。
「俺も」
「シンジン、死ぬかもしれないのに、よく行くなあ。逃げる役の方が、楽だぞ」
話は決まった。名残惜しそうなタモト軍曹はトッケーバーンのコックピットに同乗し、丑五郎侍少尉は僕のブラスターSTのコックピットに同乗した。
「ラストバ少将、どんな顔しますかねー。コンセント抜けてたなんて」
他のブラスターSTに人質を任せ、僕たちはまた悪魔GMDMの箱庭に戻るために発進した。すると、前方で爆発が起こり、足場が抜けた。身構えると、下から彫像動力機の頭がのぞいた。僕らは残弾の少ないビーム銃の引き金に指をかけた。
こちらを振り返った機体の肩には、地球連合軍のマークが記されていた。
『白鶏隊の方ですか? 下の連中は掃討しました。あとは、悪魔GMDMだけです!』
聞き覚えのある声がした。これは……
「タクヤマ主任!」
そこにはタクヤマさんたちの隊がいた。だが、情報局の人が先頭を切って彫像動力機で包囲網を突破してくるとは、恐れ入る。
『上です、行きましょう!』
タクヤマさんたちの後ろには大勢の彫像動力機が続いていた。
「しかし、外の触手は大丈夫だったんですか?」
僕は無傷とおぼしきタクヤマさんのGMDMを見て、言った。すると彼は答えた。
『それがね、しばらくしたら動かなくなったんだ』
「動かなく?」
『そうなんだ。僕は、中佐たちが止めたのかと思ったんだけど、違ったんだ。今、中佐たちは、戦ってるの?』
「そのはずです」
『……彼らに手一杯で、外の触手まで動かす余裕がなかったのかな?』
僕は、多分そうだろうと思った。きっと優勢なんだ。今度は僕が質問した。
「今、他の状況は? 基地内部にいる敵はあまり多くありません。TRTがこんなに手薄な部隊とは思えないんですが」
『シンジンくん、TRTはテキガワ国のごく小さな部隊だよ。他の隊の要人が多少協力しているようだけど、結局このクーデターはラストバさんとその周辺の小さめの部隊で起こしたものなんだ。つまり、悪魔GMDMだけを頼りに起こしたクーデター。今、宇宙ではラストバ少将のTRT部隊と連邦軍の有志たちが交戦中だ。でも、たぶん時間の問題だ。結局、問題は悪魔GMDMなんだよ』
さすが情報局、そういえば僕たちはTRTの規模も調べずに突入してきたんだなあ。僕は自分が生きていることに感謝した。
そう、あとは悪魔GMDMだけだ。悪魔GMDMさえ倒してしまえば、TRTもきっと降伏する。
僕たちは今や、大部隊で最終決戦へと向かっていた。