ACT.15 ラストバトル・中編
ついに決戦の時がやってきた。
望遠できる距離にカリン島が入り、僕たちはその姿を見ることができた。黒い円筒形は変わらない。ただ、あちこちからうようよと触手が生えている。基地は円筒形の上方にある。白鶏は下の方から近づくことにして、暗礁空域を慎重に選んでゆっくりと航行していた。この白はあまりに目立つので、途中で拾ったドーム型の廃棄物をかぶっている。
敵は悪魔GMDMの絶対的な強さに驕っているらしく、偵察機も警護の彫像動力機も出していない。これなら、思ったより楽に突入できそうだ。
「はい、これがシンジンくんの分」
リオリ中尉が僕にベルトのようなものを渡した。
「なんですか? これ」
「ちょっとね、エンジンにニトロを入れたもんだから。超絶スピードが出るから、どこか太い柱かなんかに体をくくっといて」
「は、はあ??」
ニトロ? カーレースかなんかで、爆発的な瞬発力を出すために使うとかいう、ニトロか? 確かあれは、反則だ。まあそれだけ強力なわけだが、車のスピードを出すものが白鶏のエンジンに同じ機能を発揮するとは思えない。爆発とか不慮の事故を起こしたりしないのか?
周りを見ると、みんながめいめいベルトを着用している。なんて素直なクルーだろう!
「至近までたどり着いたら減速するから、そしたら出撃してね。指示があるまでは絶対に出ないで。自分の彫像動力機はわかってるよね。あと、カタパルトは使わないこと。白鶏の扉という扉を全部開くから、最寄りのハッチから出撃」
リオリ中尉がみんなに大声で伝えていた。おや? キアト中佐はおとなしいな……と思って定位置のソファを見ると、今までに見たこともないほど縮み上がった中佐がいた。
顔色は真っ青、表情は凍りついて、目は空中の一点をこれ以上にないくらい真剣に見つめている。脚は肩幅に開き、しっかりと床を踏みしめている。おいおい、まさか、最終決戦を前にして、怖気づいてるんじゃないだろうな……。
他の人々はそれほどびくびくしてはいない。悪い意味で戦争に慣れて、死ぬ可能性に頓着が薄くなっている。そういえば中佐が実戦に出たのは一回きりだったっけ。しかも絶対的な威力の核兵器を背に抱えて。まさか、単なる臆病者?
操舵係は自分の持ち場の椅子にベルトをつけた。そして、なぜか、リオリ中尉とタモト軍曹は連れだってブリッジを出ていった。
「健闘を祈ります」
「うん。ウスイくん、スズミー、あとはよろしくね。キアト先輩……は、ダメだね。当分ほっとこう。あとでよろしく伝えといて」
「わかりました。ご無事で。いや、タモトさんだね、『ご無事で』……は」
「オッケーっす。任せてくださいよ」
彼らはそんな挨拶を交わしていた。あとはよろしく? ご無事で? 穏やかでない挨拶だ。そして、タモト軍曹に何を任せるんだ? それも穏やかでない。
とにかく、これから敵の本拠地に突入しようというこのときに、我らが総司令官殿は一体何をやっているんだ?
「センパイ、大丈夫ですよ。Gがかかるって言っても、落下ってわけじゃないんですから。……たぶん」
大佐が声をかけても、中佐は全身を硬直させたまま首を勢いよく左右に振っただけだった。落下系? なんの話?
「センパイ、ちょっとで終わりですから」
スズミー少尉も中佐に声をかけた。中佐はますます首を横に振った。
そこに、がくん、と振動が走った。
全員が身構えた。ついに最終決戦の時である。
たしかにみんな身構えたのだが、キアト中佐の身構え方は尋常ではなかった。次第に白鶏が加速を始めた。援護の彫像動力機もなんにもなしで、身一つの無謀な特攻である。触手に直撃されたらあっけなく終わるんじゃないだろうか? 彫像動力機で突入した方が何機かは生き残れるような気がする。
白鶏は加速を増した。その時、
「うわぁぁぁ~~、とぉぉ~めてぇぇ~~」
というものすごい声が響きわたった。加速で体の自由がききにくかったので声の方向を見ることはできなかったが、間違いなくキアト中佐の声だった。
「いや~~~だぁぁ~!!」
そして僕は、中佐が何を怖がっていたのか、やっとわかった。この加速、そしてカリン島に向かって落ちて行くような錯覚、安全ベルト。これらは、まさにジェットコースターの感覚だ。
中佐の絶叫とともに白鶏は宇宙空間を落ちていった。ブリッジの雰囲気は、中佐のせいで、すっかり遊園地になってしまった。キアト中佐は、ジェットコースターが苦手だったので、あんなに怖がっていたのだ。
しかし、僕たちは違うものを恐れなければならなかった。そう、悪魔GMDMの触手である。カリン島に近づくにつれ、触手が迫ってくる。触手は我々に気づき始める。
一機、また一機と、顔のついた触手は白鶏に向き直った。
「おぉぉ~~りるぅぅうう~!!もうやだぁぁぁ~~」
場違いな中佐の絶叫の響きわたる中、触手がついに白鶏攻撃を開始――しようとしたその時、ブリッジのモニターに見たことのある光景が展開し始めた。
「あっ、感応砲台!!」
「この数は、……精神感応増幅ミステリーサークル!」
「と~めてよぉぉ~~ぉぉ~」
ブリッジのあちこちから声があがった。違う叫びも混ざっていたが。
無数の感応砲台が飛び交って触手を撃ち抜き、またはかく乱していた。感応砲台一機一機はそれほど強力ではないが、なんせこの数である。以前よりさらに多い。
「いったい、誰が?」
その声を聞いて、僕は思わず叫んでいた。
「タモト軍曹だ!!」
さっきタモト軍曹が出て行ったのはこの操作のためだ。だから「ご無事で」なんだ。キアト中佐の時とは戦い方がちがう。無数の感応砲台がひたすら敵を撃破している様子は全く変わらないが、今展開している感応砲台には狂気が感じられる。キアト中佐のときは、どこか敵を威圧するような、何者かの意図ある意思を感じた。一方で今のこの感応砲台は、破壊以外に何の意思も持たない一種の無垢なものを感じる。
しかし、中佐が精神感応増幅ミステリーサークルを使ったときは、精神感応の増幅効果でテレパシーに似た感覚があったと思ったが、今のこれにはなんの声も伴わない。周りを見回したが、誰も声は聞こえていないようだった。
白鶏は決して無事というわけではなかったが、無数の感応砲台の援護でなんとかカリン島に向けて進攻していた。だが、もちろん時を追うごとに生き残っている感応砲台の数は減っていく。ほんの1分ほどの超加速はやっと速度を落とし始めた。キアト中佐はもう声を出す気力すら残っていないらしく、死体のように硬直して中空を見つめていた。確かに、ジェットコースターがダメな人に1分ものあの感覚はかなりのダメージだったろう。タモト軍曹が精神感応増幅ミステリーサークル係になったのは中佐のせいか?
ミステリーサークルを使って、軍曹の脳は大丈夫なのだろうか。しかし、脳がショートしたら、彼女も何とかなりそうな気がする。とりあえず、野球の時間になったら起きてきそうだ。
カリン島に近づき、減速したのでブリッジの面々はベルトを外し、出撃のスタンバイを始めた。キアト中佐はまだまるっきりダメそうだった。心配そうにのぞき込む者も何人かいたが、完全に放心しているのでさっさと自分の役目に戻っていった。
やがてカリン島の近くにいる感応砲台が何かに気づいたようにくるりと向きを変えた。そしてカリン島の壁に向かってまっすぐに飛んでいき、攻撃し始めた。どうやら距離で攻撃対象を切り替えているようだ。途中までは触手、近づいたらカリン島本体。一定の距離にたどり着いた感応砲台は次々に方向を変えていった。
しかし、感応砲台がカリン島の壁を攻撃し始めたということは、白鶏を守る感応砲台が減っていくということでもある。ズシン、と重い衝撃が走った。触手の攻撃が当たったのだ。もう感応砲台の残りは少ない。
その時、船底の一か所がまた、ごそっと開いた。驚くことに、新たな感応砲台が射出された。いつの間にこんな大量の感応砲台を……?
その謎はすぐにとけた。新しい感応砲台は、とっても斬新なデザインをしていた。実用性に問題がありそうな変わったデザインの小さな砲台が白鶏の周りに広がった。これは、おそらくスズミー少尉のお父さんの試作品だ。
精神感応増幅ミステリーサークルが作動してから、実はまだ3分くらいしかたっていない(えらく長かったような気もするが!)。だから、この感応砲台が尽きるまでタモト軍曹ががんばっても、キアト中佐の無茶よりはよっぽど大丈夫そうだ。しかも、今回は開発者のリオリ中尉がタモト軍曹についている。……はずだ。憶測だが。
カリン島は、一か所を感応砲台に集中攻撃されていた。触手が阻もうとすればするほど、スズメバチの群のような感応砲台たちは狂ったように攻撃を激化させた。その部分は、かつて何かに大きく壊された痕を仮修復したような様相で、謎の新しい組織に覆われている。そして、他の部分より比較的簡単に、煙をふいたり溶けたりした。
白鶏は、さらにカリン島に近づいた。そして、白鶏を守っていた感応砲台たちは、どんどんカリン島に向かって矛先を変えていく。触手たちは白鶏を狙うこともやめなかったが、カリン島を狙う感応砲台たちを掃討するためにかなりの労力を奪われていた。
とはいえ、やはり時間とともに感応砲台の弾幕は薄くなっていく。もちろん、カリン島の破損部分、すなわち突破口も広がっていく。白鶏が持ちこたえるか、カリン島が持ちこたえるかである。
「リオリセンパイ、ハッチを開けてください! 彫像動力機を出しましょう!」
ウスイ大佐が通信機材に向かって叫んだ。すると、画面にリオリ中尉の姿が映り、
『ダメ。カリン島に穴が開くまで待って』
と言った。
「なんで! このままじゃ白鶏ごと、全機が沈んじゃうじゃないですか。もうここからは、彫像動力機でこじ開けて進入しましょう!」
大佐が言い終わらないうちに、着弾した。白鶏の左のカタパルトが3分の1ほど跡形もなく吹っ飛んでいた。
『もう少し待ってよ、ミステリーサークルが完全に停止するまで。急に止めるとなにかあるかもしれないから、しばらくかかるんだ』
リオリ中尉がこれだけのことを言う間に、2発着弾した。もう、感応砲台は大半が沈み、残りの大半はカリン島の壁を撃っていた。
「いいですよ、ミステリーサークルは引き続き停止を続行してください。その間、俺らで白鶏、援護しますから」
大佐が言うと、中尉は首を横に振って、
『ダメだよ。感応砲台が沈黙するまでは、出撃できない』
と言った。
「なんで!」
大佐が言った瞬間、左のカタパルトの残りもすべて吹っ飛んだ。エンジン部分に破損があったらしく、エラー信号が鳴り響いた。中尉は、それでも首を横に振った。
『今回の精神感応増幅ミステリーサークルは、敵味方関係なく皆殺しにする。今出たら、感応砲台でハチの巣だ。キアト先輩の時みたいに「撃っちゃうと困るからダメ」とかいうレベルじゃない。今出ると、敵と認識されて集中放火されて、おだぶつだよ』
そのとき、ひときわ大きな爆発が起こってカリン島の外壁が崩れた。そして、力つきたように感応砲台たちが沈黙を始めた。
『今回、ミステリーサークルは、狂戦士システムとつないで使ってるんだ。完全に止まりきるまでは、出ちゃダメだよ。無差別攻撃で、沈む。絶対に』
狂戦士システムを、精神感応増幅ミステリーサークルに?
『引き続き、スタンバイだけはしといて。外の感応砲台たちは今、全部狂戦士だよ。精神感応増幅ミステリーサークルを、精神感応以外の方法で使うにはこれしかなかったんだ。すべての感応砲台に、すべてを破壊し尽くす意識を送り込むしか』
「……感応砲台連中、よく白鶏を攻撃しませんでしたね、……」
大佐が言うと、中尉はにやりと笑って、
『ノーブルGMDM狂戦士モードが、唯一絶対に攻撃を仕掛けない対象って、なんだ?』
と言った。大佐は、
「……自分自身、か……」
とつぶやくように言った。
そんな会話が交わされている間にも、被弾は続いていた。
「大佐! スタンバイしましょう!」
僕は大佐に声をかけ、中佐を揺すった。
「キアト中佐、もう行かないと! 出撃です!」
スズミー少尉が、
「GMDMJP02が白鶏ごと沈んだらおしまいだ! なにがなんでも生き延びなきゃならないから、先に行くよ!」
と叫んで出ていった。僕たちの白鶏はひどい有様になっていた。しかし、ワキヤ大佐たちの艦が一撃で沈んだことを考えると、白鶏の周りを飛び回っている感応砲台の影響が大きいのだろう。あの触手たちは、知能としてはあまり高くないのかもしれない。白鶏を沈めれば事足りるという意識がなく、感応砲台も白鶏も同じように一機の敵と見なして目移りしているようだ。
『精神感応増幅ミステリーサークル停止! 彫像動力機、出撃!』
リオリ中尉の声がして、白鶏のハッチというハッチが全部開いた。スタンバイしていた彫像動力機たちが一斉に出撃し、カリン島の穴に向かった。
「シンジンくんも出て! キアト先輩は大丈夫。……たぶん。とにかく、俺もすぐ出るから」
大佐に言われ、僕も自分のブラスターSTに向かった。被弾の振動で何度か転倒したが、無事出撃することができた。しかし、感応砲台が沈黙した今、触手と戦うのは自分自身だ。恐怖を感じたが、いざ触手を前にするとそんな感情を持っているヒマはなかった。触手をよけ、とにかくカリン島内部に潜入しなくては。
しかし、不思議なことに触手はそれほど彫像動力機を集中攻撃してこなかった。見回すと、触手は停止したあとの感応砲台も敵と認識して攻撃しているようだ。今のうちだ。感応砲台が掃討される前に……。
大佐のザッコも出てきた。そのあと、ノーブルGMDMがよろよろと出てきた。そして何かにとりつかれたように突然うわっと髪が逆立ち、一瞬赤く光ったかと思うと、狂戦士モードになった。
あれ? 狂戦士システムは、精神感応増幅ミステリーサークルにつないだんじゃなかった? リオリ中尉がもう一つ、作ったのかな? ……いや、ちょっと待てよ、狂戦士モードになったってことは、無差別攻撃で僕らも皆殺し??
そんなことを考えていると、大佐から通信が入った。
「行くよ、シンジンくん。キアト先輩も」
キアト中佐? どこに?
『こいつらがカリン島を乗っ取ったせいで、私こんなメにあったのよ。ゼッテー許さない。こいつらがよけいなことをしなければ、私は、もう一生ジェットコースターに乗ることはなかったのに!!』
ノーブルGMDMには怒り狂ったキアト中佐が乗っていた。白鶏の超加速がどうしてもご立腹らしく、しかしその矛先はやや理不尽に敵に向けられていた。
『世界征服をもくろむのはいいけど、私をジェットコースターに乗せた罪は重い!!』
ノーブルGMDMの周りにゆらっと赤いオーラが立ちのぼった。その瞬間、中佐はすごい勢いで突進していった。早速、触手が中佐を狙った。僕は声も出ず、身動きもできなかった。「E」なんて操縦能力では、無理だ!
『うっとーしーんだよ!! 竜の子太郎!!』
たつのこたろう?
ノーブルGMDMは腰から短い棒を引き抜いた。そこからビームが出て、攻めてきた触手をぶった切った。
『お見事!』
大佐が声をかけた。ノーブルGMDMのビームは、ビームブレードのように疑似物体化していたが、まるでロープのようにしなっていた。ビーム鞭? 女王様仕様?
『たつのこたろう?』
大佐も同じことを思っていたらしく、中佐に通信で訊いた。中佐は答えた。
『あの触手、古代のアニメの、竜の子太郎の乗ってる竜そっくりじゃないの。ふかみどりだし、うねうねして長いし』
大佐は淡々と反論(?)した。
『だったら、竜の子太郎と言いながら切るのは間違いですよ。「うっとーしーんだよ、竜の子太郎の乗っている竜!」と言わないと』
つくづく、大佐は冷静沈着な人だ……。それどころじゃないと思うんだけど。
『つべこべ言ってないで、カリン島に向かえよ』
そう言ってノーブルGMDMはビーム鞭をふりまわしながら突入していった。今回ばかりは僕も中佐の方が正しいと思った。
ん? しかし?
「大佐!」
中佐の後を追ってカリン島に向かいながら、僕は通信した。
「キアト中佐は、狂戦士モードでよくあんなに普通の話ができますね。タモト軍曹の無差別攻撃を見てる限りでは、もっとケダモノみたいにわけわかんなくなってるんじゃないかと思ってたんですが」
大佐は苦笑しながら答えた。
『ノーブルGMDMの狂戦士システムは、撤去されてるみたい。さっき見たら、作動するための受信機の方は残ってたけど、肝心の、パイロットをバーサク状態にする機械と、それを機械に反映させるための増幅機がなかった。精神感応増幅ミステリーサークルにつけるのに、持ってっちゃったんじゃないかな』
「えええ!?」
じゃ、じゃあ、あの狂戦士モードは、いったい?
『前に、ノーブルGMDMが届いたばっかりの時だったかな、キアト先輩が乗りたい乗りたいって言って、テストで乗ったことがあったんだよね。したら、狂戦士システム使ってないのに、狂戦士モードに切り替わっちゃってさ。原因不明。しかも、本人はいたって普通なの。シンジンくんの言うとおり、狂戦士モードが発動するとパイロットは理性もなんにもないキ……おっとこれは放送禁止用語だ、もとい狂人、これもダメかな……になるはずなんだけど、あ』
大佐はそこで言葉を切って、僕の背後に迫っていた触手をザッコバズーカで撃った。強化型のバズーカなので、けっこう威力がある。ダメージを受け、触手は後退した。
『キアト先輩は、どうしても乗っただけで一方的に狂戦士モードに入っちゃってさ。テストに立ち会った技師たちが欠陥品かと思って回収しようとしたんだよね。そこで俺が言ったわけ、あの人が乗ったんじゃまともなテストはできないから、人をかえろって』
僕たちは大縄跳びでもするように、足元を通った触手をよけた。
『で、他のクルーで試したらちゃんと作動したってわけ。その中でも一番破壊力があったのがタモトさん。適性が一番あるんでタモトさん専用機になって、それからずっとタモトさんが使ってたわけなんだけど』
大佐はビームブレードを抜いて後方から来た触手の眉間に突き立てた。小さな爆発が起こって触手は後退し、一瞬おいてから爆発した。
『技師が、参考のためにセンパイのデータを取りたいって言って、ダミーエネミー使って実戦テストやったんだよね。したら、センパイ、1分くらいで20体を粉々にしちゃってさ。こなごなだよ、こなごな。見ていた誰もが恐怖したね。でも、どこがどう誤作動してるのかは結局わからなくて、技師連中、「何が起きても責任は負えない、絶対にあの中佐にノーブルGMDMを使わせないように」と言い残して帰っていったよ。こっちとしても、そういうあぶない使い方はしたくなかったから、ずっとキアト先輩は乗せなかった』
絶句。……そういえば以前、先輩たちが、キアト中佐をノーブルGMDMに乗せると怖いとか何とか言っていた気がする。
『今回、一つ謎が解けたなあ。センパイが乗ったときに誤作動してたのは、発信システムの方じゃなくて受信機の方だったって。センパイの生体波動が、そのまんま狂戦士なんだなあ。ははは』
話しながら、大佐は触手をさくさく退けていた。僕は大佐に守られているようなものだった。おかげで、無傷のままカリン島に近づくことができた。
しかし、カリン島の穴に入れた彫像動力機はまだ一機もいなかった。頭の悪い触手どもも自分たちの巣に進入しようとする者はわかるらしい。穴の周りにはひときわ多くの触手がゾーンを引いていて、近づくこともできない。僕たちより一足早くたどり着いた中佐の狂戦士ノーブルGMDMも、だいぶ早くから到達していたGMDMJP02も立ち往生していた。
『これじゃ、だめじゃん』
淡々と言って、大佐のザッコが単独で前進した。すると、イソギンチャクの触手のようにわらわらと、奴らが一斉に接近してきた。
『……これじゃ、だめじゃん』
やはり淡々と、大佐は戻ってきた。
『白鶏、通信使えるかな。それとももう、脱出しちゃったかな』
大佐はそう言って、僕らにも聞こえる回線で白鶏に連絡を入れた。
『リオリセンパイ、これじゃ入れませんよ。何か秘策はありませんか』
大佐は通じたかどうかもわからない回線に向かって語りかけた。
しばらく雑音がしたあと、通信に返事があった。
『穴が一か所しかないからいけないんだよ。もう一か所、穴を開ければ分散するじゃん』
リオリ中尉はまだあの中にいるのか! 白鶏は、もう、見るも無惨な姿になっている。壊滅と言ってもいい。
『センパイ、もう一か所なんて簡単に言いますけど、それこそ敵さんの掃討巨砲銃くらい使わないと無理ですよ。他の部分は装甲が弱くなってないんですから』
大佐が言うと、とぎれとぎれに中尉の声が聞こえた。
『うん、ちょっと撃ってみる』
撃つ?
不審に思った僕らが一斉に振り返ると、ぼろぼろの白鶏の正面の巨大な砲門にチャージを示す薄明かりがついていた。
『超大型ビーム砲か! まだ生きてたんだ』
『エネルギーあるの!?』
みんなは叫んだが、実際はよそ見をしているヒマなどなかったので、また周囲の触手を追い払い始めた。
超大型ビーム砲が放たれたらしく、側面を巨大な光が走っていってカリン島の側面に命中した。だが、カリン島の外壁は、えぐれはしたものの穴までは開いていなかった。確かに、その程度で穴が開いちゃ困る。今は敵のモノだが、そもそも我らの総本部基地だ。
『リオリセンパイ、もう一発撃てませんか?』
『無理だね、今のも最大出力出すだけのエネルギーがなかったんだ。もう、普通のビーム砲の一発も撃てないよ。あと、できることは一つ。ちょっとかっこよすぎるけど。タモト、なんか言い残すことは?』
遠くから大声で言っているような軍曹の声がマイクに入った。
『我がチームは永遠に不滅です!』
我がチームって、どっちだろう。この白鶏なのか、野球の応援チームなのか……。
『オッケー。じゃあ、後は頼んだよ』
えっ? この雰囲気は、まさか……
大佐が叫んだ。
『ちょっと、リオリセンパイ! タモトさん! 早く脱出しなよ! 一つ、彫像動力機残してあるでしょ!』
返事はなかった。代わりに、白鶏の予備エンジンが音をたて始めた。
まさか? そんな……
白鶏はカリン島に向かって前進を始めた。
『センパイ! タモトさん!』
大佐のザッコと、ほか何機かが白鶏の元へ行こうとした。その瞬間、触手たちは白鶏を認識し、うねうねと向かっていった。
『何やってんだ! 白鶏を止めるためにこっちが手薄になってる今、突入しなくてどうするんだよ!』
キアト中佐の声が聞こえた。そんな、非情な!
『リオリさん、タモト、できれば脱出してくれよ!』
中佐はそう言って、一番にカリン島の中に入っていった。2基の触手が止めようとしたが、今の中佐に2基は少なすぎた。
中佐が突入すると、僕たちは我に返った。今は感情に流されている場合ではない。僕たちが止めなければ、悪魔GMDMを擁するTRTによる恐怖政治が始まるのだ。この基地の人々を、脱出しようとした人々を、虫けらのように殺した奴らの……
僕たちは、数の減った触手の間を抜け、次々にカリン島にたどり着いた。大佐のザッコ、スズミー少尉のJP02、そして傷だらけのブラスターSTたち。よし、これで……と思ったその時――。
どすん、という重い音と、金属のきしむ不愉快な音が周囲を揺らした。真空中では音や空気の揺れが伝わることはないが、足の下から響く衝撃は彫像動力機を通じてパイロットに重く伝わった。
振り返ると、何本かの触手をぶら下げたまま白鶏がカリン島に半分埋もれていた。
リオリ中尉! タモト軍曹! ……
触手が数本、動かなくなった白鶏をさらにぶち抜いた。僕は白鶏を振り返ることをやめた。だって、僕たちの白鶏は、いつもお茶目で真っ白な無敵戦艦だったはずだ。決して、触手に貫かれて、命を巻き込んで沈んでいく悲劇の戦艦なんかじゃない。しかも僕たちには今、白鶏を助ける力がない。無惨な最期を口を開けて眺めたところで、何の役に立つというんだ。
僕もカリン島に突入した。内部にはセキュリティ用とおぼしき小型ロボットがいた。だが、すでにザッコとGMDMJP02が先を行っている。通路は屍累々と、あと数機の生き残りがいるだけだった。……いや、この破壊っぷりは、先頭を行くキアトノーブルGMDMだ。ザッコが切ったとか、JP02が撃ったとかいう壊し方じゃない。
僕が踏み出すと、同時にカリン島に激しい衝撃が響きわたった。前方の彫像動力機たちに何かあったのだろうか。僕は焦った。周囲の仲間も足を止めた。そこにもう一度、衝撃が基地中を揺るがした。
この振動は、爆発?
いろいろな可能性が頭をよぎったが、規模と方角から僕は悟った。今、白鶏がその姿を永遠に消したのだと……。
たぶん、みんなもわかっているのだろう。機体の肩が、背中が、それを物語っていた。しかし、こんなところでのんびりしているわけにはいかない。
僕たちの白鶏……
そして……
いや、今は考えるまい。そう、精一杯戦うことだ。もしも力及ばなければ、また会えるじゃないか。真っ白な白鶏と、ねじ回しを持ったリオリ中尉と、野球の応援メガホンを持ったタモト軍曹に……。
通路を抜けると広い空間があった。そこには白鶏隊が集合していた。かつては格納庫だったらしい広場の天井には、明らかに力任せに突き破ったような傷口がある。様々なコードや鉄骨がのぞいたその穴は、はるか上方に続いている。ここが、目指す通路だ。
しかし、侵入されたことで、敵は彫像動力機部隊を発進させたらしい。その天井の穴から、周りの通路から、いままでのしょぼしょぼセキュリティロボットとは違う、実戦用の装備をした彫像動力機がぞろぞろと出てきた。
「周りのザコ、止めといて。スズミー、この穴から上に向かって、でかいの撃ってやって。間違って、核撃たないでよ」
「センパイじゃあるまいし、大丈夫ですよ」
少尉は背中から間違いなくキャノン砲の方を引っこ抜いて、構えた。そして敵の列が途切れたところでさっと穴の下に入り、同時にキャノン砲のビームをぶっ放した。
JP02が慌ててその場を離れると、ぼとぼとと敵機が落ちてきた。よく焼けていた。
「いくよ!」
キアト中佐が真っ先に飛び込んだ。まさに切り込み隊長だ。僕たちは周りから迫ってくる敵機を止めることに注力した。敵の本体を倒すのは僕たちのブラスターSTではない。キアト中佐のノーブルGMDMか、ウスイ大佐のザッコか、スズミー少尉のGMDMJP02だ。……ザッコに倒される敵の最終兵器というのは、ややどうかとは思うが……。目下のところ、あれほど彫像動力機の操縦能力に難ありと言われたキアト中佐が大本命のような気がした。結局、主役はあの人が持っていってしまうのか。
彫像動力機の団体戦をするには狭い元格納庫で、大混戦が始まった。僕は、先輩クルーのブラスターSTに何度もぶつかって謝った。そして、先輩方も僕に向かって倒れてきたりした。スズミー少尉のお父さんが持ってきてくれた試作品の変わった彫像動力機に乗った人は、敵と間違われて撃たれたりしていた。大混雑のダンスホールのようなひどい状態で、僕たちは戦い続けていた。ビームブレードを振りかぶったら天井に刺さって抜けなくなったとか、実弾を撃ったら壁を壊して天井が落ちて10機あまりが埋まったとか、ひどい戦いだった。コミカルで軽快でアップテンポな戦いだが、多勢に無勢である。力尽きる味方機がだんだん増えてきた。
「大丈夫ですか!」
『ダメだ、もう動力部がやられた。この機体はもう動かないから、ここで死んだフリをしてチャンスを待つ。俺が生身で飛び出してもしょうがない』
通信を入れてみると、彫像動力機のダメージが大きくて動けないだけで、パイロットは無事だった。この狭い空間では、味方を巻き込まないように、天井を崩して下敷きにならないように、誰もがセーブして戦っていた。敵も、味方も。
だが、僕たちが一人も死ななくても、ここを突破されたら中佐たちは袋のネズミだ。必死の攻防は続いた。足元には機体や建造物のパーツが散らかり、キアト中佐の部屋のように足の踏み場がなくなっていく。空中戦はエネルギーを無駄に食うので避けたいが、足元がこれでは……。
ところで、びっくりしたのは僕がそれなりに戦いを続けられたことである。新人で、実戦経験もろくにないのに、最後に立っていた5人の中に入っていた。
『シンジン、やるなあ。ダテに連中と仲良くしてたわけじゃないなあ。大佐や中佐の強運がうつったか?』
「その、いやあ、実力であります」
『でも、あと残ってるの、俺ら5人だぜ。どうすんの』
『うーん、今この瞬間に、中佐が悪魔GMDMにとどめを刺してたりしないかなあ』
……本当に、そんな事態もありそうだなあ。
『俺ら、あとどのくらいもちこたえればいいわけ?』
『わかるか、そんなもん。世界中に放送が流れるまでだろ、中佐の声で、「悪魔GMDMは制圧したから、今後は私の傘下に入るように」とかなんとか』
……本当に、そんな事態もありそうだなあ。さらなる恐怖政治だなあ。
また、敵の大部隊が到着した。
『おーい、手一杯だよー』
『これは、早めに死んだフリしないと、ホントにおだぶつじゃネエの?』
そして、僕たちが身構えた瞬間……
『ここを死守するのもいいけど、上の方でまたこういう部隊が来てたら、いくら先輩たちでも大変だよ! もうちょっと、誰か考えなよ』
――この声は!?
突然通信に入った声に、僕たちは雷に打たれたように静まり返った。でも、敵はそんなことはないから撃ってきた。しまった。僕はバルカンに当たり、肩口を破損してしまった。
「……リオリ中尉!?」
通信のスピーカーから聞こえてきた声は、間違いなくリオリ中尉だった。
そして、突然どこからともなく飛来した感応砲台が敵を鮮やかに打ちのめした。
『ほっけバーン! トッケーバーン!』
先輩たちが叫んだ。それでは……
『白鶏隊所属、スズミー少尉の父です。戦闘に参加しますよ』
通信が入り、穏やかな大人の男性の声が響いてきた。ああ、僕が失神中に白鶏を救った英雄、ほっけバーンとトッケーバーンが今、また白鶏の危機に立ち上がったのか! 肝心の白鶏本体は沈んじゃったけど。
『リオリ中尉? どこです? タモト軍曹もいるんですか?』
『いますよー。私はトッケーバーンの方にいまーす。リオリ先輩はほっけバーンの方』
タモト軍曹も無事だった!
リオリ中尉の声が流れてきた。
『いやあ、ことごとくいいときに来てくれるね、スズミーのお父さんは。白鶏がカリン島にクラッシュして、爆発するまでは少し間があったんだよ。アニメとか特撮とかではぶつかったとたんにドカーンってなるけど、燃料タンクから体当たりしなきゃああはならないって。で、その数十秒だか1分くらいだかの間に、ほっけバーンが来てくれたんだよ』
『ほっけバーンは救出用に体温センサーつけてあるんですよ。35~40度くらいの温度のものを感知して、映像をサーモスタット状に出すんですけど、人の形してたんで、こりゃまずいと思って飛び込んだんです。ちょっと荒っぽかったですけど、助かって良かった』
荒っぽかった?
『時間がなかったんで、ビーム砲で壁をぶち抜いて直接助けに来たんですよー』
嬉しそうにタモト軍曹が言った。過激なオヤジだなあ。軍曹のノーテンキにも感服するが。
『とにかく、先に行った人たちの後を追った方がいい。このあと、ほかの部隊も到着するはずだ。ここは彼らに任せよう』
ほっけバーンは周囲を退け、颯爽と天井の穴に突入した。トッケーバーンも続いた。
そこにまた、通信が入った。
『白鶏隊のみなさん、聞こえますか! タクヤマです!』
『タクヤマさんか!』
『タクヤマ主任!』
僕たちは歓喜の声を上げ、しかしその直後に不安になった。キアト中佐には、タクヤマ主任が来ていることは伝えたくないなあ……。それともこの通信、傍受しちゃったかなあ……。
タクヤマ主任は続けた。
『TRTと戦おうという部隊が今、いくつもそちらに向かっています! もう少し、こらえてください!』
『わかった! 触手に気をつけて! 必ず、また会おう!』
僕たち、生き残りのブラスターSTは少し遅れて穴に突入した。そして、周りじゅうを撃っていろんなものを落下させた。これでしばらくはあの穴から入ってこられない。追って援軍も来るらしい。その間に、僕たちは悪魔GMDM本体をつぶすのだ。
リオリ中尉、タモト軍曹……。良かった、本当に……。
そう、それでこそ白鶏だ。我々に悲劇は似合わない。そしてまた、敗北も……。
役者は揃った。あとは悪魔GMDMを制圧するだけだ。
僕たちは、ラストステージに向かって加速していった。