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ACT.14 ラストバトル・前編

 白鶏は、進路を後方に約100度転換した。

「どうよ、他の部隊と連絡は取れた?」

「ええ、一応……。でも、全部隊、まだ投降の意思を固めきってはいないようですよ。我々が打って出ることを伝えて、味方を一人でも多く増やしましょうか?」

「やめた方がいいね。たぶん、大半が降伏するだろうし。したら、敵だ。保身のために白鶏の首をさし出そうと思うやつがいるかもしれないじゃん」

「……そうですけど……」

「自分の命を守るために長いものに巻かれる人を、恨んじゃイカン。利益のために巻かれるのは問題だけどな」

「キアト先輩、かっこいいこと言いますね」

「ちがうよスズミーさん、キアト先輩は、命のためなら自分は長いものに巻かれるって言ってるんだよ」

「失礼しちゃうわ。よりによって今回の、巻かれなかったときにそんなこと言われるのは心外だわ。自分だって『銃殺されたくないから』っていう理由でなんの罪もない我々に戦おうとか言ってたくせに」

「なんの罪もないって、誰がです? センパイはA級戦犯ですよ!」

 宇宙空間はどこまでも静かで、白鶏はのどかである。死地に赴くとはとても思えない……と一瞬だけ僕は思い、あわててうち消した。

 リオリ中尉の指示で何台かのモニターがブリッジに運び込まれていた。これから、本部を襲った巨大兵器の資料の大上映会を行うらしい。我々は今、その兵器を倒すためにカリン島へ向かっている。カリン島までは約2日かかる予定だった。ハトヤ曹長の持ってきた映像と部品の一部だけを資料に、たった2日で最終決戦への準備を整えるなんて……。だが、世界じゅうがTRTに屈服してからでは敵が大きくなりすぎる。時間に余裕はない。

 そして、いつ、どこの誰が敵に回っているかわからない。我々は孤独だった。

 ともすればくじけそうなこの状況のクルーたちに向かって、中佐は誇らしげに言った。

「いやあ、白鶏最後の敵は、やっぱり悪の秘密結社じゃなくちゃね! 国家間のケンカの手先としてあちこちでこき使われるより、悪を倒して宇宙の英雄になる方が、戦艦白鶏にはふさわしいと思わない?」

 宇宙の英雄がお茶目なにわとり型戦艦か。それも一興だ……。僕は失笑した。そしてその戦艦の主力ときたら、ポンコツのザッコと、核兵器を搭載した違反機GMDMJP02と、女子高生を模した破壊神ノーブルGMDMである。困った正義の味方もあったもんだ。

 だけど、クーデターで実権を握り、圧倒的な兵器で世界の掌握をはかろうという連中に白旗を揚げて、あげく、長く親しんだ戦艦白鶏に討伐される未来を誰が望むだろうか。だから結局、白い旗を選んだ人は誰もいなかった。そして、中佐を見ているとなんだか「もしかして、奴らを倒せるんじゃないか?」という気分になってくる。根拠はない。戦力では絶望的だ。だが、彼女は、よくわからないけれどもそういう雰囲気を醸し出す人なのだ。

 中佐はひよこのマットに腰を下ろし、また連中とおしゃべりを始めた。

「しかし、運のいいやつってのはどこまでも運がいいね」

「は? キアト先輩のことですか?」

「いや、ナカジマ大将のことだよ。我々、結果的にナカジマさんの安全を確保しちゃったわけでしょ。敵の捕虜よ、捕虜。敵の連中が人権団体怖くなくなっても、今更殺したところで何の役にも立たない年寄り。世界一安全なんじゃないの? 大将殿、本部にいたら死んでたし、あの戦い方じゃベースにいたらもう我々もろとも沈んでたでしょ。もし一緒にこの敗戦を聞いてたら、私が奴をふん縛って実権を握って、戦火のまっただ中に突入だ。排除したつもりが、助けちゃったね」

「そうかあ、そうですねえ」

「これからベースが奴ごと吹っ飛ばしちゃうかもだけどね」

「でも、彼はカリン島にはいませんよ、少なくとも」

「たしかに。あそこは連邦軍の基地でしたからね。捕虜がいるわけないか」

 そうか、ナカジマ大将は生き残っているんだ。一緒に戦ったときにはあんなに腹立たしかった上官だが、本部が壊滅して将校クラスの人が全滅してみると、生きていてくれることが嬉しい気がした。

「でも、連邦軍はもっと躍起になってナカジマさんを取り返すかと思ったんですけど、全然もたもたしてましたね」

 大佐の言葉に、中佐が呆れた顔をした。

「なんでナカジマさんがここに来たと思ってんの? 厄介払いよ、厄介払い。あのとおりの人だから、指揮権もないのに口出したりして、本部でも全く悪気のない采配ミスとかやってたんじゃないの。でも英雄みたいに祭り上げられてる人気者だから、本部は、奴を追い出したいけど、窓際に追いやったり引退させたりするわけにはいかない。そしたら、一番いい方法は現場復帰じゃない? 実戦経験豊富な人のお力を借りたい、とかなんとか言ったらあのお調子者、すぐのりそうじゃん」

「それはキアトセンパイが悪意のある見方をしすぎじゃないんですか? だって、やっぱ現場復帰ってことは、本部にいるより死ぬ可能性が高くなるわけだし、それなりの目的があったんじゃあ……。名誉大将を厄介払いで死なせたら、やばいじゃないですか」

「だから、他でなく、ウチに来たんだろ」

「……あ、そうか」

「白鶏隊は一人も戦死者を出してなかったからね。ここなら死なないと思ったんでしょ。上の連中の考えそうなことだ。死なせたくなかったら、上官としてじゃなくて、下っ端として寄越せってんだ」

「年はとりたくないですね。昔は花形エースだった軍人さんが、こんな風に邪魔にされるなんて」

「あの人、いったいどういうエースだったわけ? ぜんっぜん想像つかないんだけど」

「ウチの親とか、ナカジマさんのすごいファンですよ。一緒の戦艦に乗ってるって言ったら遊びに来るとか言ってましたもん。その前にいなくなっちゃったけど」

「戦績とかがすごいわけ? やっぱ」

「いや、戦績とか、そういう数字になったらもっとすごい人はいくらでもいたらしいですよ。でも、とにかく華があったらしいです。敵の大物をしとめる、よもやのピンチから生還する、偶然秘密情報を手に入れる、最終的な勝利のきっかけとなる手柄を立てる……。そもそも、訓練中は大したことなかったのに、入隊前の実戦テストだけダントツの掃討数だったらしいです。いざという時、ここぞという時、ピンチの時、ドラマチックに大成功をおさめる人だったって話ですけど」

 ……なんか、僕もそういう人物を約一名知っているような気がするなあ……。

「年とってモーロクしてなきゃ、なにげにすごい人だったんですかね」

「いやあ、単なるジジィでしょー」

「でも、実際に、あのわけのわからない指示で出撃した時、死者ってのは出てないんですよね」

「えー、偶然だって。じゃなきゃみんなががんばったか」

「……うーん、あの状況で戦死者が出ずに、捕虜になった人もいない――捕虜はわざと敬遠したのかもだけど――ってのは、実は結構すごい偶然かもしれませんね」

 大ピンチから生還したとき、それは運悪くピンチに陥ったのか、運良く生き残ったのかはわからない。だが、ナカジマさんの場合、自らピンチを招いて、そこから生還して華になったんじゃないかなあ。一緒に戦った者の憶測だけれど……。

「モニター準備できましたよ。資料見ましょうよ」

 リオリ中尉から声がかかった。

 ブリッジの電気が消され、上映が始まった。はじめは「映画みたい」とざわめいていたクルーたちも、すぐに神妙な面もちになった。この映像は、我々がずっと一緒に戦ってきた仲間たちの断末魔なのだ。できれば、死者の姿なんか「資料」として見たくはないものだが……。そう思っていたら、ハトヤ曹長が気配を察したらしく、

「一応、敵の兵器のことだけがわかるように編集してあります。見るのがつらいだけで、資料にならない映像はカットしました」

 とみんなに言った。みんなの安堵が伝わってきた。

 映像は、平和そうな基地の司令室から始まっていた。通信が入り、データが出力され、少将、中将クラスの人たちが分担で指示を出したり通信を受け取ったりしている。

 だがそこに、突然緊急警報が鳴り響く。全員に緊張が走ったその瞬間――柱のような、とでも表現したらいいのだろうか、司令室の床をぶち破って巨大な触手が貫通した。直撃を受けた部屋は瞬時に破壊された。触手の直径は10メートルを越えると思う。舞い上がる粉塵と散乱するコンクリート。映像はそれだけを映して切り替わった。そのあわただしい切り替わりぶりに僕たちは、映像が排除した、たくさんの人たちの死を感じ取った。

 基地の長い廊下の壁を恐ろしい速さで触手が覆っていく。巨大なツタのようだ。壁の中にあるケーブルが時折火を噴いた。見えないが、壁の中にも触手が通っているのだろう。

 警備室に送られている映像は基本的に電波であり、ケーブルはほとんど使っていない。また、基地という性質上、電気系統も万一の場合を想定して細かく分割されている。だから、これだけの破壊の中、機器は生き残ってくれた。この映像がここにあるのは奇跡だった。そして、その奇跡は、電気系統を守ろうという設計者の思いや、怪物の資料を残そうという基地のスタッフの思い、最後の希望を残った部隊に託そうとしたホンブ大将やワキヤ大佐の思い、戦ってくれと叫んだハトヤ曹長の思いに運ばれて今我々に届いている。

 屋上の監視モニターに切り替わると、そこは無数の触手でいっぱいだった。触手の先には、顔のようなものがついていた。

「GMDMだ!」

 みんなが小声で叫んだ。触手の先にはすべて、量産型GMDMと同じ気味の悪い顔が生えていた。

 僕はなぜかそこで、気になってキアト中佐の方を見た。真っ暗なブリッジで、映像の暗い光だけを浴びて、中佐はソファから転げ落ちそうなほど身を乗り出して見入っていた。

 彼女は薄笑いを浮かべていた。

 僕はぎょっとして目を凝らした。すると、肩が小刻みに震えているのがわかった。怒りで震えているのか、涙をこらえているのか……と見つめると、彼女は目をらんらんと輝かせて映像に見入っていた。時折震える肩は、笑っているのだ。

 ぞっとした。本部が壊滅する様子を見て、中佐は何を笑っているのだろう。一瞬、TRTの黒幕は中佐じゃないだろうな……という不安がよぎった。物語では、よく、一番信頼してきた人物が黒幕であり最後の敵というパターンがあるものだ。いや、案外ナカジマ大将が黒幕で、キアト中佐が腹心だったりして……。

 映像は続いていた。画面には、崩壊してガラクタと化した建物と、謎の小山ほどの物体が映っていた。また画面が切り替わり、基地の遠景になった。わずかに残る外壁で基地だったことがわかる赤黒い山を取り囲むように、触手が無数に蠢いている。赤黒い山の上にはGMDMの上半身が不自然な形で伸びていた。いかにもこの部分が本体だとわかる作りだ。

「GMDMの化け物だ……」

「大型彫像駆動機?」

「いや、これじゃ戦艦並みの大きさだよ……」

「でも、これは地表に出てる分だけだよな。さっきの映像では、地下部分にも根っこ張ってることになる」

「でかすぎるよ、なんなんだよこれ……」

 クルーは騒然とした。だが、驚くのはまだ早かった。振動と共に、基地のまわりに広がる草むらや林のあちこちの地面が隆起し始めた。

「まだあるのか!」

 最後に、画面は衛星からの超遠景へと切り替わった。化け物GMDMは、カリン島を丸ごと飲み込んでしまっていたのである。黒い円筒形をしたカリン島は、もはや連邦軍の総本部ではなく、敵の最終兵器の全身となっていた。

 それで映像は終わりだった。電気がつき、我々は夢から覚めた。

「この、宇宙からの映像部分は、直接衛星から回収しました。基地で取ったデータは屋上までの分なんですよ。基地が崩壊した直後に、このデータを守って殉職した職員の手から我々がなんとか引き継いで戦艦に搭載して退去し、編集して各部隊に配布したんです。所々見苦しい点もあったかと思いますが、その辺はご容赦くださいね」

 ハトヤ曹長はそう言って頭を下げた。僕たちは、彼らがどんな修羅場をくぐり抜けてこの映像を届けたかをこの目で感じ取った。そして、あの怪物は、このあとワキヤ大佐たちが乗った戦艦を触手で沈めたのか。それを背後に見ながら前進した彼らの心境は……。

 僕はもういちど、おそるおそるキアト中佐を見た。中佐は何食わぬ顔をしていた。だが、誰もが驚愕し、圧倒され、あるいは恐怖し、冷静な者など一人もいない中、「何食わぬ顔」をしていられるのは、すでにわかっていたからか、あるいは表情を殺しているかのどちらかだ。

 中佐は「作戦を練る」と言って、すぐに自室に戻ってしまった。僕は、ブリッジを出ていく彼女の横顔に、やはり笑みが浮かんでいたのを見逃さなかった。

 白鶏は一路、カリン島を目指していた。ほとんどないに等しい勝利への希望と、そのかすかな希望であるはずのキアト中佐への僕の不安を乗せて……。


その夜、白鶏に荷物が届いた。

「連絡のあった物資は、これでいいですかね」

 そんなふうにさりげなく伝票を持ってきたもんだから、食料とかそういう類のものかと思ったら、なんと彫像動力機の配達だった。

「10機も。よくこんなに買えましたね」

 伝票を持ってリオリ中尉のところに行き、僕は声をかけた。中尉はなにやらまた大がかりな機械をいじっている。最終決戦用の秘密兵器だろうか。

「いや、買ったんじゃないよ。ちょっと、ある筋の人から流してもらったの」

「ある筋……」

 もはや現在、敵と味方は混在している状態だ。いや、「敵」と「敵になるかもしれない人々」が混在している。そんな中で、よく戦闘マシンを流してもらえたものだ。

「どこの物資か、気になる?」

「……は、いえ、別に……」

「一応内密なんだけどね、でも今更いったい誰に対して内密にすればいいんだか。スズミーのお父さんだよ。オリジナル彫像動力機のデザインと設計をやってる、メカニック工房なんだって。で、試作品とか見本とかがあるから送ってもらったの」

「……試作品と、見本……」

 ちゃんと動くんだろうなあ……。

「前に一度新型機で助けに来てくれたことがあったじゃん、ナカジマ大将の指揮下にあったとき」

「は、すみません、当時撃墜されて失神中でした」

「あ、見てないんだっけ。うん、とにかく、新型機で来てくれたことがあったんだけど、普段は技師と一緒にあちこちに彫像動力機を売って歩いたりしてるんだって。もったいないよね、あれだけの操縦の腕があるのに工房の主なんて」

「……そういう方に、加勢は頼めないんでしょうか……」

「軍事関連の仕事はしてても民間人だよ。勝ち目のない……もとい、あまり勝てなそうな敵と戦って死んでくれとは、言えないじゃん」

「……そうですか……」

 スズミー少尉が3人に増えたら、頼もしいんだがなあ……。

 リオリ中尉は僕から伝票を受け取ると、確認のために格納庫に向かった。

 彫像動力機10機の追加か。全員出撃体制だな。僕も、勝ち目のない相手を目指して出撃する。僕に何ができるだろう。中佐は何か作戦を練っているのだろうか。……いや、中佐は……本当に僕たちの味方なのだろうか……。


 こんな気持ちで出撃などできない。僕は、中佐を訪ねることにした。

 クルーの部屋は番号が表示してあるだけで、個人名がわかるようにはなっていない。だが例の6人組は男性エリアの1が大佐、2が丑五郎侍少尉、女性エリアの1が中佐、2が中尉、3がスズミー少尉、4が軍曹となっているので誰でもわかる。

 中佐の部屋のドアには「キアト」という表札がかかっている。これは個人的な趣味でつけているだけで、他にそんなことをしている人はいない。

 僕が中佐の部屋の前に立つと、またもや中から大佐の声が聞こえた。目下のところ彼らは単なる仲良しこよしだが、僕はきっとそれだけではないとにらんでいる。ぜひ死ぬ前に本当のところを教えてほしいものだ。

 死ぬかもしれないと思うと、人は結構大胆になる。僕は、中佐と大佐が楽しそうに話している部屋のドアをノックした。

「誰~?」

 中佐の声がした。

「失礼します、シンジンです」

 僕はやや緊張気味に答えた。

「あいてるよ。足の踏み場があったら入っていいよ」

「失礼します」

 ドアを開けると、ありとあらゆるものが散乱しているものすごい部屋だった。そういえば、うわさには聞いていたが実際に中佐の部屋を見るのは初めてだ。

「一緒にアニメ見る~?」

 中佐は大佐と一緒にアニメを見ていた。僕は目が点になった。

「これ、キアト先輩が倒れたときに治したビデオだよ」

 大佐が呑気に教えてくれた。この大変なときに、彼らはなんでアニメなんか見てるんだ? 僕は不愉快に思った。責任ある上官2人が揃って一つ部屋にこもっているのもやや気に入らない。どうせ死ぬから、一緒に楽しいことをしてる……ってんじゃないだろうなあ。

「あの……」

 僕は言い淀んだ。大佐は席を外してくれないのかなあ……。一応僕は、中佐一人に話があるんだが。まあ、中佐に何らかのウラがあるとすれば大佐も怪しいものだが。

「センパイ、いますか……あれ、シンジンくん」 

 リオリ中尉もやってきたので、あのとき笑っていたわけを中佐に問いただせる状況ではなくなってきた。

「あれ、シンジンくん、何か用があったんじゃないの。先にいいよ」

 リオリ中尉はそう言ってくれたが、その場で立って待っていたので、この状況下で僕は何も言えなかった。

「なんか、とりこんでらっしゃるようなので、いいです……」

 僕は中尉の横を抜けて廊下に出た。中尉はすぐに用件に入った。

「センパイ、あとウスイくんも、戻って。丑五郎侍くんからの通信が着いたから、これから開けます」

 開ける? データで届いたのだろうか?

 僕らはわらわらとブリッジに戻った。ブリッジでは男性クルーが何人か集まって何かやっていた。

「開いた?」

 中尉が声をかけると、

「まだです」

「あっ、でも、開きそう」

 という声が返ってきた。見ると、ビンにコルクのふたがついていて、中に手紙が入っている。

「おお、愛とロマンの通信ビンだな」

「ええー、ホントに着いたんですか~?」

 なんと、まさかまさかの超低速ホーミング通信ビンだった。

 ぽん!と音がして、ふたが取れた。

「なんだこれ、コピーミスの紙の裏じゃん」

「ホントだ、紙のサイズ間違えてはじっこ切れてるよ。あいつ、便せんとかレポート用紙とか、なかったのかよ」

「おっ、軍の食堂の献立表のコピーミスだ。敵さん、何食ってんのかしら」

「センパイ、それよりも丑五郎侍の情報が先です」

 明日の深夜か明後日の早朝には最終決戦に突入する我々には、たとえほんの少しでも情報がほしい。みんながなだれ込むように通信をのぞき込んだ。

『トッケー。みなさんお元気そうで感激です。

 こちらではココナツジュースが飲めないのでスルメ食って生きてます。固いー。

 さて、お約束の情報ですが、これがなかなか曲者で難航しております。最近こっちでは人さらいがはやっているようです。さらって何にするかは不明。ちょっとイヤなカンジもします。

 ナカジマ大将はビップ待遇で連れて行かれ、僕としては一安心です。連れて来ていきなり銃殺とかされたら夢に出そうなので。

 その他の情報についてはご想像にお任せします。というのも(つづく)

 それではまた会う日まで。トッケー。ヤー』

 そして、不可解なイラストがたくさん描いてあった。たったこれだけの通信をコピーミスの裏に3枚にわたって書いてきていた。大きめのサインペンでのびのびと書いているのはいいのだが、彼がいったい何を伝えているのかよくわからない。僕にわかるのは、「トッケー」がとかげということだけである。丑五郎侍少尉が「とかげだよ。知らない? かまれると死ぬらしいよ」と言っていた。

 時を超えて(?)届いた丑五郎侍少尉の情報は、しばらくみんなを無言にさせた。

「これだけ? あいつが送ってきたの」

「全然新しい情報ないじゃん」

「そりゃそうですよ、丑五郎侍センパイが通信流したって言ってたの、もう何日も前じゃないですか」

「あっ、そうか。あの時流したって言ってたビンか、これ」

「資料価値ゼロじゃん。意味不明だよ。電波すぎる。昔はこんなじゃなかったのにねえ」

「キャトられて、こんなに変わり果てて……」

「は? ……キャト?」

「キャトルミューティレーション。宇宙人にさらわれて、なんか脳に埋め込まれたりしちゃうこと。丑五郎侍はねえ、なんか気づいたらあんな電波な奴になっていてね」

 不毛すぎる。決戦を控えて、なんで何日も前に放たれた古い情報をこの大人数で嬉々としてのぞき込まなきゃいけないんだ。

 そこに手が伸びてきて、キアト中佐が3枚の紙を持っていった。

「見終わったら、献立見してよ」

 中佐は紙を裏返して、熱心に覗き込んだ。

「おっ、奴ら鯨食べてるよ。こういうときは何でも養殖の、コロニーのメシの方がいいなあ。きなこパンにソフト麺もあるよ。いいなあ、投降して日替わりランチ食べたいなあ」

「おお、鯨はいいですねえ」

「クリームシチューはないですか?」

「あるある。ちゃんと毎食牛乳もついてるよ」

「じゃあ、もうダメだ、全滅だ、という時には即座に投降して日替わりランチを所望しましょう」

 これが、最終決戦を目の前にした孤立無援の戦艦の中だろうか。

「……おい」

 突然キアト中佐がマジメな声で言った。

「……3枚のうち、2枚は資料じゃないの? これ」

「えっ!!」

 中佐は2枚の紙を投げて寄越した。大佐がキャッチして、それをまた周りのみんながどっとのぞき込んだ。

 たしかに、コピーミスの紙だ。一枚ははじっこが紙に入りきっていないし、一枚は貼り込んだ資料がめくれてしまったらしく白い空間が記述の上を遮っている。だが、そのコピーミスは、とんでもないお宝だった。

「ここの図、さっき調べたあの巨大兵器の部品の電子顕微鏡写真と同じものですよ……」

 リオリ中尉が紙をひったくり、資料を読み上げた。

「ここに説明が書いてある。あの兵器は、……コンピュータでなく、人間の脳を使っており、補助的なAIしかついて……ここからコピーミスで切れてる」

「基地を襲った兵器のこと? 脳? どういうこと? まさか、兵器に人間の脳を移植して……」

「だから、人をさらって?」

「そんな、まさか! そんな非人道的なこと!」

 騒然とする我々を、キアト中佐が制した。

「はいはい、勝手な憶測でものを言わない。だいたい奴の正体はわかってるんだ。あれは、たぶん悪魔GMDM。敵が開発した、人体に寄生する神経細胞兵器っていうのがあったでしょ。敵は、成長すると悪魔GMDMを構築する組織に進化していく寄生兵器を作り出したんだよ。生物に寄生して増殖するという性質を持った特殊な細胞で、乗っ取られたら、悪魔GMDMの凶悪な手下になる。人をさらってるのは、そのミクロの機械、つまり悪魔GMDM片を植えつけて、兵士にするつもりかも……」

 説明を受けて、みんながぞっとした。一番真っ青になったのは、タモト軍曹だった。さらわれた中学生は、まさか……。

「悪魔GMDMが人間の脳を使ってるっていうのは、脳髄だけを移植して使うわけじゃないんだよ。私の思ったとおりなら、あの悪魔GMDMには、コアになる人間が一人必要になる。そうか、悪魔GMDMが人間を核にするのは、脳を使ってるのか。コンピュータなんかよりずっとコンパクトで高性能だからなあ。ちゃんと使えばだけどね」

 僕たちは呆気にとられていた。どうしちゃったんだ? キアト中佐は。いつからこんなに知的な司令官になったんだ? どこからこんな情報を入手してたんだ? なんでこんな分析ができたんだ?

「奴の倒し方は、中央頭脳である人間を葬ることだ。人殺しはイヤだけど、しょうがないね。今までだって、戦争をして来たんだ。その辺はわりきろう。他にどんなことが書いてあるの? その資料」

「……すごい資料だ、これ……。その、なんでしたっけ、悪魔GMDM?は、まださなぎですよ。赤黒い殻は、さなぎ部分だそうです。その期間については不安定なため要注意って書いてあります。それは逆に、今ならチャンスってことです。それからこの、印のついてるところを守るように書いてあります。ここが弱点ですかね?」

「胸元に丸があるみたいになってるとこ?」

「あ、そうです。知ってたんですか?」

「いや、多分そうだと思ってただけ。この資料のおかげで裏付けられた。じゃあ、たぶんそこに中央頭脳――もっとわかりやすく言うと、パイロットがいるわけだ。どんな人かな。見てみたいね」

 そこで中佐は中空を見つめてへらへらっと笑った。

「勝ち目はそれなりにあるかもよ。敵が未知の怪物ならともかく、悪魔GMDMとわかってさえいればね、頭部を狙うとか動力炉を破壊するとか、何か所か弱点はあるし、結局は中央頭脳になっている人間を倒すのが早道だってわかるしね。頭脳が止まったら、復活させなきゃ勝ちだ。幸い、このごたごたで核兵器が残ってるから、こいつで木っ端みじんにしちゃおう。リオリさん、あのかくへいき、カリン島一つくらいふっとばせるでしょ」

「ええ、余裕ですね」

「はじめから核を打ち込むってのは……」

「それでたしかに悪魔GMDMが死ぬんなら撃ってもいいよ。でも、中央頭脳と本体の核が生き残ったら、また再生するよ。そして、核は一発撃ったら終わりだ」

「そうか、……たしかに、核は、最後の武器ですもんね……」

「悪魔GMDMを倒して、再生できないように核でふっとばす。それが唯一、確実な方法だよ。今ここで、最終決戦の作戦は決定。目指すは悪魔GMDMの中央頭脳、つまり真ん中の丸のとこ。それ以外はムダに戦わない。そして、頭脳を沈めたらとにかく退散。逃げ遅れても助けられないよ。悪魔GMDMの死骸をふっとばすために、スズミーに、ついに核兵器の使用を認めよう。……なんなら、私が撃ってもいいけど」

「センパイは、しくじるからダメ」

「ふん、わかってるわよ。ちょっと笑いをとってみただけじゃん」

 この場は、思いがけず作戦会議になってしまった。

「おいおい、こっちのコピーミス、カリン島の資料じゃん」

「うわー、こんなの入手されちゃってたんだ、本部。そりゃあやられるよ、見てみ、基地の要所要所がきっちりチェックされてる。へえ、触手でテキトーに突き刺しただけだと思ってたら、各種ケーブルの基点とか武器庫格納庫とかをちゃーんと狙ってたんだ。そういう意味じゃ、見てるだけの警備のモニター室なんて基地の機能としてはつぶしても大した役に立たないよね。何が起こっても、通信設備つぶしちゃえば外部に通報できやしないし」

「だから狙わなかったんですね。でも、それが結果的には命取りだったかもね」

 そこでリオリ中尉がしみじみとつぶやいた。

「いや、何かを伝えようという人の心があれば、映像があるないは関係ないよ。きっと、結果は同じだったんじゃないかな」

 タモト軍曹が無邪気に続く。

「この、丑五郎侍先輩の資料みたいにですか?」

 全員が困惑に陥った。だが、たしかに、何かを伝えようという心は感じるなあ。結果オーライだし。

 キアト中佐が場の空気を取りまとめた。

「……これは、論外。たしかに結果的に、ドすげえ資料を寄越したよ、奴は。でも、これ、奴がわざとこの紙に書いて送ってきたと思う人、いる??」

 誰もが首を横に振った。しかし、丑五郎侍少尉のよくわからないすごさは、一種の才能だと僕は思った。

「なんだと思う? このバツ印」

 スズミー少尉が指さしたところには、ひときわ大きなバツ印がついていた。それはカリン島の下の方の、ちょうど基地の機能の真下に当たるところだった。

「ここから、奴ら攻めてきたのかな」

「だれか、カリン島の資料持ってきて。セキュリティ機能が詳しく載ってるヤツ。ちょっと、リオリさん見てみてよ。奴らここから攻め入ったのかどうか……」

 カリン島の資料がスクリーンに映し出された。円筒の上の側(恒星に照らされる側)に基地がある。そちらは当然強固な防御がなされる。そうなると反対側は手薄になりがちだが、そこを考慮してちゃんと警備を強化してある。相手の資料は、その警備の中核にバツ印をつけていた。

 リオリ中尉がスクリーンの前に立ち、映像を指さした。

「見てみ。この造りだと、一本のラインに沿って設備が集中してるんだよ。ふつうは一瞬でこの要のラインすべてを直撃するなんてできないと思うけど、あの規模でここからここまで触手で突けば、機能が止まっちゃうんじゃないかな」

 確かに構造上はそうだ。そして、念を入れて強化したところが一撃でやられるなんてなかなか考えないから、あとはもろい……。

「カリン島は円筒の構造で、円盤をいくつも重ねるような骨格になってるから、悪魔GMDMはここを貫いて、周囲をつぶしながら上の基地に上がっていくのが一番負担がないんじゃないかな。そこを食い破っててっぺんまで抜けて基地にはびこったってことは、……」

「カリン島の壊されたルートを追いかけて下から上に向かってたどっていけば、悪魔GMDMの真下に直結してるってことですね」

 勝てるのかもしれない。映像を見たときは手の打ちようがない怪物としか思えなかった敵の兵器が、今は威力こそすごいが単なる巨大なだけの物体に見えてきた。

 僕は中佐を信じることに決めた。根拠は、ない。今の作戦会議を見て、聞いて、信じるしかないと思ったからだ。


 でも、疑問はひとつだけ、あった。中佐は敵の最終兵器、「悪魔GMDM」に詳しすぎやしないか?

 僕は、また部屋に引き上げようという中佐を捕まえて問いかけた。

「中佐、もしかして、あの資料の映像を見たときから、敵の正体がわかってらしたんじゃありませんか? 笑ってましたよね、上映中……」

 中佐は不敵な笑いを浮かべた。

「バカにしてもらっちゃ困るわ。敵が人体に寄生する微生物みたいなものを作ったって聞いたときから、少なくとも私とウスイくんはうすうすわかってたわよ。ハトヤ曹長のあの資料で見事裏付けられたんだけど、あまりに元ネタそのまんまだから笑いが止まらなくて。不謹慎だとは思ったけど……」

「なぜ、そんな簡単に情報が……? その『元ネタ』という資料はどこから入手したんですか?」

「百聞は一見にしかず。見に来いよ、悪魔GMDM」

 中佐はそう言って僕の袖を引っ張った。

 僕は連行されていった。そして、何話か抜粋してアニメビデオを見せられた。

 そこには悪魔GMDMの詳細な情報がたくさん詰まっていた。

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