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ACT.13 ラストバトル・序章

 それから何日たっても核査察委員会からのおとがめは来なかった。

「はは、奴ら、報告書なんか出せるわけないじゃん。案の定だ。へぼへぼ」

 キアト中佐は誇らしげに言った。

「どういうことですか?」

「だって、今回の核騒動の顛末を委員会に報告したら、自分たちが民間船を攻撃したこともばれちゃうじゃん。あっちが報告書を出したら、こっちにも報告書の提出が求められるんだよ? したら、こっちは奴らの民間船攻撃を書くもんね。こっちはミス、しかも未遂。あっちは実際に攻撃しちゃったんだから。しかも中学生! 子供ですよ子供。世間の非難が目に見えるなあ」

 まあ、敵がどんな報告書を提出したところで、中佐が「たしかに事実ではあるが、曲解され、誇大された報告書」を提出して敵を悪者にしてしまうのだろうが……。

「でも俺、敵がよく核搭載なんて信用したな~と思ってるんですが。ノーブルGMDMって、小型ミサイルは搭載してるけど、基本、格闘戦用じゃないですか。あの『武器弾薬、なんにももってません』っていう見かけの機体に核兵器搭載なんて言っても、嘘だと思われるんじゃないですか? ふつう」

 ウスイ大佐が言った。

「ああ、それは……」

 キアト中佐がそう言ってリオリ中尉を見た。中尉がその視線を受けて答えた。

「ウスイくん、格納庫に行ったらザッコ以外のメカも見なよ。この前、ノーブルGMDMの背中に武器格納フォルダーつけたんだよ」

「え、ウソ。なんのために」

「前に言ったじゃん、全機感応砲台標準装備にしようと思って大量の感応砲台買ったって。で、武器の少ないノーブルGMDMに真っ先につけてみようかと思って」

 この艦の作戦は大佐の許可を必要としないので、時々大佐の知らない話が持ち上がっている。なお、キアト中佐が把握していない話になっていることは決してない。

 スズミー少尉が口を挟んだ。

「でも、格納庫にあるときは正面向いてるし、ノーブルGMDMの髪の毛型放熱ファンで武器格納フォルダー見えづらいよ。私は戦場で狂戦士モードで見てるけど。あの武器格納フォルダー、なんでごっつい黒なんですか? リオリセンパイ」

「昔、女子高生がブランドの黒いビニールのリュック背負うのが流行ったから似せようとしたんだけど、どう見てもリュックじゃなくてランドセルだよね」

 リオリ少尉は恐縮したが、キアト中佐はご満悦のようだった。

「でも、たぶん敵は、あの黒の武器格納フォルダー見て『これが核兵器か?』って思ったと思うよ。ものものしくて、超うさんくさいじゃん。結果オーライってゆうかあ」

 たぶん、あの時のハッタリの中には、その黒い武器格納フォルダーのイメージも計算として入っていたのだろう。

「でも、タモトさんは精神感応使えないですよ。感応砲台搭載したって、無駄じゃないですか? それともまた、何か発明したんですか?」

 大佐が訊くと、中尉は答えた。

「精神感応制御は不安定だし、廃人出るし、だから『偽感応砲台』にしようと思って。敵味方を識別して、敵だけ撃つの。前にこの艦が超遠隔操作の感応砲台でやられかけたでしょ。その時に考えたんだけど、AI制御で、勝手に敵を撃ってくれるオプションとしてまわりを感応砲台が飛び回ってるってのもいいんじゃない? 全機感応砲台搭載となったら、敵は怖いんじゃないかなあ」

「人権問題にならない感応砲台、いいじゃんいいじゃん。全然OK。ところで、敵味方の判別はどうやんの」

「……いや、さすがに敵は判別できないんで、味方だけ判別してもらおうかと」

「ふーん、いいんじゃん。味方でなければ敵なんだから」

 中佐はあっさりと言った。単細胞な人だ。敵機に乗った丑五郎侍少尉、などという応用問題は考えられないのだろうか……。

「味方って、どう判別するんですか?」

 スズミー少尉が訊いた。

「白鶏隊のすべての彫像動力機に識別信号を出す機械をつけたんだけど、そのくらいだね」

 中尉は答えた。不安だなあ。ということは、その識別機が壊れたとたん味方の感応砲台に撃たれまくりだ。

「でも、その設定だと味方以外なら何でも撃っちゃうじゃん。星屑とか」

「時速20キロ以上出してる直径1キロ以下のものを狙うように設定してみた。惑星とか衛星まで撃たれちゃかなわないからね。敵が動けば感応砲台に撃たれ、動かなければ我々に撃たれるってわけ」

「なるほどね」

 スズミー少尉とキアト中佐は納得したようだった。が、そこで大佐が、

「……てことは、俺らが撃った実弾兵器は?」

 と重々しくツッコんだ。

「んー、目下の検討課題。ミサイルにも識別機つけるとか。予算のムダだけど」

 中尉は苦笑した。つまり、改造したいのか。やっぱり、ふつうの意味で実戦の時に頼りになるのは、ウスイ大佐のようだな……と、僕は思った。

「まあ、なんとかなるんじゃあん。で、彫像動力機とかに識別機つけて安心してたら、白鶏につけ忘れてて撃っちゃったりしてね~」

「ありがちなオチですね」

 そこでみんなが笑った。

 その時、それまで神妙な顔つきで一言も発しなかったタモト軍曹が、

「あの中学生たちはどうしたんでしょう……」

 と言った。

「ああ! また中学生か。ホンっトに、懲りないねアンタも」

 いまだその件については中佐ご立腹の様子である。それを制するように、リオリ中尉が、

「ん、今、丑五郎侍くんに調べてもらってる」

 と言った。僕は、ちょっとだけ軍曹をかわいそうに思った。だって、中佐は、自分だって追っかけをやって騒動を起こして大佐にいろいろ言われて、ちっとも懲りてなかったじゃないか……。

 それからしばらくして、通信が入った。

「丑五郎侍少尉からです」

「おう! 元気でやってるかな」

 5人はわらわらと通信機材を囲んだ。

「あ、どーもどーも、皆さんお元気そうで何よりです」

 丑五郎侍少尉は相変わらず伏し目がちに、軽い口調で挨拶をした。

「丑五郎侍も元気そうじゃん」

 ウスイ大佐がそう言いながらマイクの前に座った。

「いやー、通信流したんですけど、届いてますかね?」

 丑五郎侍少尉は言った。5人は顔を見合わせた。

「いや、届いてないよ」

 僕は、彼がまたうっかりしたんだな、と思った。

「あ、もしかして、アレ使ったの?」

 リオリ中尉が大佐の後ろから乗り出して言った。

「ええ、言われたとおり流しましたよ」

「いつ?」

「かれこれ3日くらい前ですかね」

「ああ、じゃあ届かないよ。そのうち届くんじゃん」

 どうやらうっかりではないらしい。

「え、なんなの? なにで通信流したの?」

「新しく作ったんですよ、超低速ホーミング通信ビン」

「は?」

「ビンに手紙を詰めて宇宙に流すと、時速7.75㎞で白鶏に向かって来るんです。ふたのコルク状の入れ物にホーミング機能を搭載してて、見た目はただの浮遊物。重要な通信が入っているようには見えません。問題は、白鶏の方が速度があるので、追いつくのが当分先になるってことですね。移動してる限り差は広がる一方だし」

「何の役にも立たないじゃないですか!」

 ことごとくまっとうな感覚でツッコむウスイ大佐を尻目に、中尉は、

「いや、ロマンがあるよ」

 と、あっさりと言ってのけた。中佐も、

「いいねえ、殺伐とした宇宙の戦場の中を、人知れず流れてくるお便りのビン……」

 とうっとりしていた。しかし、緊急連絡をビンで流したりするのはやめてほしいものだ。

 そんな僕の心の声が聞こえたのか、丑五郎侍少尉は真顔で反論した。

「言われたとおり、緊急の通信はビンには入れませんでしたよ。ちゃんと今、通信してるじゃないですか」

 今通信しているなら、ビンはますます役に立たないんじゃないか?

「で、何?」

 大佐が話を元に戻した。

「このごろ、軍の動きが変なんすよ、敵、っていうかそっちの軍だけど……を捕虜にしたりとか、民間人を捕獲したりして」

「捕獲?」

 そのやり取りを聞いて、タモト軍曹が慌ててモニターに向かって乗り出した。

「この前の中学生は?」

「この前の? ああ、リオリさんから調査しろって話があった5人? いや、まだちょっと。最近、なんか不審な点が多くて、全然なんもわかんないすよ。オレも、ナカジマさん連れてったらイヤがられると思って覚悟してたんだけど、昇格したし。今度オレ、こっちの軍では軍曹ですよ。ああ、タモトさんと一緒か」

「不審な点って……」

「なんか作ってるみたいなんすよ、どっかで。それと人さらいに関係があるのかどうかはわかりませんけど。こっちの情報は、今んとこそのくらい」

「ふーん、じゃあ、またわかったら連絡して。あ、でも、ビンはダメ。誰かが拾うかもじゃん。届かないし」

 ウスイ大佐がそう言うと、リオリ中尉が、

「えー、せっかく作ったのに」

 と残念そうに言った。

「じゃあ、次は伝書鳩を」

 とつぶやく中尉の横から、スズミー少尉が口を挟んだ。

「……気になってたんだけど、そこ、どこ?」

 そう言われてみれば、丑五郎侍少尉は今、敵兵だ。よくもこんな風にのどかで、かつスパイ活動ミエミエの通信を送っているものだ。

「今オレ、大型戦艦の、ノドロスに乗ってるんすよ。で、そのブリッジから、ふつうに」

「ええええ!!」

 敵戦艦のブリッジから白鶏に諜報情報を流せるとは。丑五郎侍少尉は、いきさつはどうあれ、本当に優秀なスパイだ。

「いや、けっこう、みなさんも通信機、プライベートで拝借したりしてるんで、オレもちゃんと司令官に許可とって使ってますよ」

「…………」

 ああ、きっとこの人はなんにも悪びれず「通信使っていいですかね」とかなんとか言ってあっさり許可をもらったのだろう。結果オーライなのだが、なんともはや、恐れ入る。

「これ以上丑五郎侍に敵戦艦の通信機使って白鶏と交信させるわけにはいかないから、切るよ。今度はシークレット回線とかで送れよ、じゃあね」

 大佐は通信を切って大きなため息をついた。

「なんか作ってるみたいなんすよ、どっかで、か。わかんねえって」

 でも僕は、丑五郎侍少尉を本当に大人物だと思った。


 そして、どうやら雲行きがだんだん怪しくなってきたようだ。本部から軍の全部隊に入った連絡が、白鶏の全員に通達された。

『最近諜報員から入った連絡によると、敵は細胞兵器のようなものを開発したらしい。人体に寄生して神経細胞から人格に影響するもので、細菌ともちがう微生物のようなものらしい。今までの例から言って間違いなく人権問題になるはずだが、目下公表はされていないのでこちらとしては騒ぐこともできない。また、情報の出所から諜報員の身元が割れる可能性もあるため、今後ともこれらの発表については極秘のこと。

 とにかく、敵の動きは不審を極めている。寄生型神経細胞兵器の開発以外にも、これまで人道的に問題とされてきた行為をいくつか確認している。先日は中立コロニーの物資を略奪し、民間人の死者を出した。今後ともこういった事件が起こる可能性がある。くれぐれも注意願いたい。』

 白鶏艦内は不安に包まれた。

「寄生型神経細胞か。細胞兵器ね。注意しろったって、サンプルもなんにもなくっちゃ、どーしよーもないじゃんねえ」

「とにかく、敵は、どうしたんだ? 民間人に死者を出したり、中学生を襲撃したり……」

「中学生を襲ったことはバレてほしくなさそうな様子でしたけどね」

「でも、もう堂々とコロニーを襲うようになってる。今までブレーキになってたいろんなモノが、もう怖くなくなってきた、ってこと……?」

 僕も、そのニュースに得体の知れない薄ら寒さを感じた。


 その夜、僕がプライベートで自室にいると、窓の外にロープが見えたのでびっくりした。ただでさえ敵の不審な動き、謎の寄生型神経細胞の情報など、精神に悪影響を与えることばかりが報告されてきているのだ。僕は銃を構え、窓の外をにらんだ。とはいえ、窓の外に向かって発砲しようにも超硬質ガラスの向こうに銃弾が突き抜けるはずもなく、突き抜けたところで僕の部屋の空気が抜けるだけのことなのだが。まあ、気は心ってことで……。

 そのロープの先に、宇宙服を着た怪しい人物が見えた。僕は、ブリッジに報告に行こうと思ってきびすを返し、その瞬間突然ひらめいた。

「リオリ中尉?」

 振り返って目を凝らすと、宇宙服の人はこっちに向かって手を振った。真っ暗な宇宙空間から明るい部屋の中はよく見えるのだろう。彼女からは僕のプライベートタイムがよく見えていたに違いない。本を読んでいただけだから別にかまわないが。

 中尉は身振り手振りで僕に「ひもをたぐってくれ」というような指示をした。そして、非常用ハッチの方向を指さした。

 行ってみると、本当に単なるロープがくくりつけてあり、それが二重になっている扉の隙間からのびていた。密閉されていないと空気が抜けるので、きちんと目張りがしてある。

 僕はひもをたぐろうとしたが、ドアに挟まれてうまくたぐれない。仕方がないので宇宙服を着込み、扉を一つ入って密閉し、外側のハッチを全開にしてロープをたぐった。無重力のおかげでほとんどなんの抵抗も感じることなくリオリ中尉がたぐり寄せられてきた。僕らは外側のハッチを閉め、気体で中を満たしてから中への扉を開いた。

「中尉、何をやってらしたんですか? またなにか発明したんですか?」

 超低速ホーミング通信ビンとかじゃなくて、使える奴……と、僕は心でつけ足した。

「……ちょっと識別機をね」

「そうですか……って、昼間話してた、偽感応砲台の識別機ですか?今、中尉、本艦の外壁につけてましたよね?」

「んーまあ、壁っていうか、あちこちね」

「……もしかして、白鶏本体に識別機つけるの、忘れてたんですか……?」

「うん、いわゆる『ありがちなオチ』ってやつだね」

 ああ! リオリ中尉は怪しい発明以外は至極まっとうかつ使える人物だと思っていたのだが、こういうこともあり得るのか。偽感応砲台を発動させた後じゃなくて良かった。

「うーん、識別機はつけたけど、全機感応砲台標準装備はどうしようか迷ってるんだよね」

「は、なぜですか?」

「……だって、もしかしたらまた精神感応増幅ミステリーサークルを使うかもしれないじゃん……」

 独り言のようにつぶやいて、リオリ中尉は自分の部屋へ帰っていった。

 そんなバカな、と僕は思った。思いたかった。しかし、最近の敵の様子は明らかにおかしい。丑五郎侍少尉は、何かをどこかで作っているらしいと言っていた。それは今回の寄生型神経細胞なんだろうか。それとも違うのだろうか。

 戦場の空気が、明らかに変わってきていた。何がどうおかしいということはわからない。だが、宇宙のどこかで着々と何かが進行している気配を、誰もが動物的に察知していた。


 戦争とは、どういう風に終わるものなのだろうか。

 何となく終結の気配を感じながら、心の準備をしたうえでやってくるのだろうか。それとも、青天の霹靂で、ある日突然降ってくるものなのだろうか。

 本部からのたった二枚の文書転送機(いわゆるFAX。手書き文書は自筆であることが証明できるので重要書類によく使われる)の紙面で、戦争は終結した。しかも、我々の軍の敗北という形で。本部から簡単な転送文書が入り、ウスイ大佐がそれをみんなの前で読み上げているうちに、降伏を知らせる次の転送文書が入ってきた。

 はじめの転送文書には、比較的落ち着いた筆跡でこう書かれていた。

『現在、カリン島が敵の攻撃を受けている。圧倒的な強さの生物、あるいはロボットにより、壊滅は時間の問題と思われる。本部壊滅後は各々の生命の安全を第一にすること。ホンブ』

 ホンブ大将の肉筆だった。ちなみにカリン島とは、前大戦で名誉の戦死を遂げた英雄にちなんで名付けられた宇宙ステーションで、地球連合軍の、この戦争における総司令部がある。もちろん、そこが壊滅したからと言ってイコール敗戦というわけではないが、総司令部が壊滅するほど敵の戦力があるならば結果は同じことだ。だが、とりあえずその時はまだそれは「本部壊滅」であり、決して敗戦ではなかった。

 この報告が全員を集めたブリッジで行われているとき、次の転送文書が入った。

『これ以上の戦闘は死者が増えるだけである。我が軍は降伏する。諸君の無事を祈る』

 急いで書いた筆跡だった。おそらくホンブ大将の字だ。そして、その通信を受け取ってすぐに本部に通信を入れたが、本部からはなんの応答もなかった。

「……降伏?」

「こんな形で、こんなに急に、終戦?」

 もちろん終戦は嬉しい。けれど、敗戦は嬉しくない。いったい何が起きたかもわからないまま、二枚の転送文書と本部との連絡が途絶えた事実だけで敗戦とは、にわかに信じがたい。

 全員が呆然とする中、通信が入った。通信係は飛びつくようにそれをキャッチし、通信用の画面を全員が一斉に注目した。

「戦艦白鶏、戦艦白鶏、無事ですか。こちらホンブ大将の命によりカリン島を脱出したワキヤ大佐以下30名の部隊であります!」

 通信者の背後に同じように通信を送っている数人の姿が映っている。メンバーで手分けしてあちこちの部隊に通信を入れているのだろう。それだけ事態は緊迫しているのが感じ取れ、この通信で、僕らはやっと敗戦を実感しようとしていた。

「本部は、謎の巨大な兵器に襲撃され、ほんの10分で壊滅してしまいました! 巨大兵器は、先日注意を促した寄生型神経細胞の集合体で、頭部はGMDMタイプの彫像動力機の形態をしています。生物なのか、ロボットなのかわかりません。どちらの要素も持っています。我々はそれらの資料を各部隊に届けるために脱出しました。ですが、……我々以外の隊は、果敢に戦ったのですが、全滅しました……」

 ……全滅?

「ホンブ大将は!」

 大佐が叫んだ。通信係の彼はうなだれて、絞り出すように言った。

「……全滅しました。カリン島にいた者は、我々以外、本当に、全滅したんです……」

 そんな! さっき転送文書を寄越したばかりの大将が、今はもう……

「……各部隊に、投降許可が出ています。大将の最後の命は、犬死にをするな、です……。これから我々は各部隊に資料を届けます。巨大兵器の映像と、部品の一部です。本部の機能が壊滅したため、貴艦の位置が把握できません。現在位置をお伝え願いたい。その資料を見た後の判断は各部隊に任せます」

 ウスイ大佐がベースの現在位置をデータで発信し、それを確認して通信は切れた。

 後には、重苦しい沈黙が残った。


 どのくらいたっただろうか。レーダー係が、白鶏に向かってくる機影をキャッチした。

「識別電波に応答あり、我が軍の彫像動力機です」

 レーダー係が言うと、キアト中佐は片頬で笑って、

「我が軍、ね」

 とつぶやいた。

「投降するんですか?」

 リオリ中尉が訊いた。中佐は皮肉たっぷりに言った。

「だってしょうがないじゃん? 本部を壊滅させられるドすげえ敵と、どうやって戦うわけ? 我々は軍人であって、自殺マニアじゃないよ」

「残った部隊で、なんとか……」

 スズミー少尉が言った。今までの彼女の数々の勝利も、今、無駄になろうとしているのである。口調に悔しさがにじみ出ていた。

「私には、勝てるはずのない風車に立ち向かうドン・キホーテのかっこよさはわかんないんだよね。死んだ後の2階級特進とかも不毛だね。生きて享受するもの以外は興味ないよ。むしろ、戦績優秀な我々白鶏隊が敵さんにどう裁かれるかの方が心配だよね。なんて言いくるめるかが目下の最大の懸念事項じゃない?」

 中佐が極めてドライに言い放つと、大佐が顔色を変えた。

「げ、俺司令官か」

 本当に不憫である。そう、公式資料ではすべて「ウスイ大佐率いる戦艦白鶏」であり、実戦で当たった連中は「AA級のパイロット、ウスイ大佐」と思っている。司令官としてもパイロットとしても、大佐は敵にとって大きな脅威に違いない。こっちの軍で優秀であるということは、敵さんにしてみれば重要な戦犯だ。だが、無論キアト中佐は無名だろうな……。

「投降したら、俺銃殺かもじゃん。戦いましょうよ、最後まで」

 顔色が変わっている割には淡々と、大佐が言った。タモト軍曹が、

「いや、死刑はないですよー。人権団体がついてるじゃないですか」

 とフォローしたが、キアト中佐があっさりと、

「その人権団体を無視して最近愉快な問題をいっぱい起こしてたのは、連中じゃないのかね」

 と言った。そして続けた。

「どう考えたって、これから戦ったら、負ける。そう決まってたら、命乞いをする方が得策だよ。だいたい、この戦争は、我々が正義だってワケじゃないし。国家間の意見の相違のために殉死したって線香代が出るだけだ。そうまでして戦って死ぬより、生きててうまいモノ食った方がいいじゃん」

 ドライだなあ……。僕は、この潔さに敬服した。だがそんな僕に、大佐のつぶやきが聞こえた。

「よく言うよ、自分一人のことだとめちゃめちゃくよくよするくせに……」

 リオリ中尉が小声でフォローした。

「まあ、センパイは自分の役割をまっとうしてるだけだし」

 大佐は大きなため息をついて言い返した。

「根はクイーンオブ取り越し苦労じゃないですか。今は冷酷な司令官気分になってるだけで……。演技派ってゆうか、その気になりやすいってゆうか」

「おいそこ、ことごとく聞こえてるんだけど」

 中佐がつっこんだ。そりゃそうだ、僕のところまで聞こえているくらいだ。

「ワタシは、勝てない戦いはしないよ。勝てば官軍、生きててナンボじゃん。勝てないなら、少なくとも生きる。その辺の信念を曲げたことはないよ」

 その時、接近してきていた彫像動力機が着艦した。

「敗戦の伝令氏に敬意を表して、出向かなければなあ」

 中佐がそう言って立ち上がった。追って、

「ムーンブルクの兵士の到着ですね」

 と、軍曹がよくわからないことを言った。あとの4人が一斉に、

「シャレになってねえよ!」

 とつっこんだ。後ろで失笑が聞こえたので振り向いて、今のはどういう意味かと聞くと、先輩クルーが教えてくれた。

「古代の名作ゲームの冒頭の場面で、ゲームのはじめに『ムーンブルク』っていう滅ぼされた城の生き残りが、命からがら他の城に報告に来て、報告終えたら速攻死んじゃうんだよ。ぐふっ、とか言って」

 ……そりゃシャレんなってねえよ……。タモト軍曹にも、困ったものだ。

 幸い、そのようなことはなかったらしく、伝令のハトヤ曹長は5人組に連れられてブリッジにやってきた。

「悪いお知らせがありますよ」

 キアト中佐がなんでもないことのように言い、ハトヤ曹長を促した。

「我々、伝令の21名がワキヤ大佐の命により各部隊を目指して出発した直後、大佐以下十余名が乗った戦艦は本部を襲撃した巨大兵器の触手に直撃され、沈みました……」

 なんてことだ。片っ端から全滅ではないか。いったいどんな兵器が……?

「こりゃあ、ますます投降だね。せっかく伝令に来てくれたハトヤ曹長には悪いけど」

 中佐が言った。曹長は、

「いえ、我々も、このデータを見せることで皆さんに投降を促しに来たのです……」

 と言って、小さなビンとデータDVDを取り出した。

「なら、話は早い。白旗でも用意して敵の基地にでも乗り込むか。うーん、でも、この艦は白いからなあ。白旗が見えなかったりして」

「センパイ、ふつうは先導の彫像動力機が白旗を持つんですよ」

「ちゃんと基地の手前で停止して、敵の査察を受けてから着艦ですよ。そのまま突入したら撃たれて、科学忍法火の鳥ですよ」

「みんな詳しいなあ。ワタシ、投降したことないしぃ」

 もう、すっかり投降モードに入って盛り上がっていると、

「ですが!」

 と、ハトヤ曹長が声を上げた。ブリッジは静まり返った。

「あんな、人を人とも思わないような兵器で、圧倒的な力で、人を殺して、……あれだけの力があれば、人を殺さなくても目的を達することはできたはずなのに、ホンブ大将も、ワキヤ大佐も、……」

 彼はそう言って肩をふるわせた。目の前で多くの仲間たちを失った者の苦しみと絶望感が痛いほど伝わってきた。

 キアト中佐は、ゆっくりといつものひよこマットに腰掛けた。

「で? だから、戦ってくれって言うわけ?」

 ハトヤ曹長が、絞り出すような声で答えた。

「……我々が伝令に出たのは、たしかに投降を勧めるためです。ですが、その我々に敵のデータを持たせたのは、誰かにあの敵を倒してほしいと思ったから、ではないかと……。みすみす死に急ぐような真似をさせるわけにはいかないが、最後に一抹の希望を……残すためではないかと思うのです」

 彼の言葉は感動的だった。だが、中佐は感情のない声で言った。

「それでも、私はここにいる連中に、勝てない相手に特攻して死ねとは言えないね。残念だけど」

 たぶん、それは司令官としての中佐の言葉だったのだろう。司令官ではなく、一人の人間としてはまた別の気持ちがあったのだろうと思う。だから、僕たちは何も言えなかった。

「だから、その資料は見ないことにするよ。戦いたくなったら困るしね。どうせ、基地がやられる様子とか映ってるんでしょ。みんなが感情的になっちゃうじゃん」

 ハトヤ曹長は、手にした資料に静かに目を落とした。

 その時だった。

 あの「無差別放送」は、もちろん戦艦にも装備されている。宣戦布告、降伏、天災の警報といった、誰もが耳にしなければならない情報を無理矢理送りつけるためである。その無差別放送の機械が、大きな音で着信を告げた。

『全世界に告ぐ。こちらは、テキガワ連邦陸軍特殊部隊、TRTである!』

「なんだ、全世界にって」

 怪訝な顔で中佐が言い、ウスイ大佐が、

「映像入れて。たぶん共用回線あたりで何かしらこれ関係の映像が入ってるはずだよ」

 とモニター係に指示した。

「TRTって?」

「いや? 知らないよ。あっちの内部での特殊コードでしょ」

「でも、陸軍って、なに? 陸なんて、地球と宇宙ステーションの居住区にしかないじゃん」

「あ、でも、TRTがどういう意味かはわかった」

「なに? リオリさん」

「テキガワ(TEKIGAWA)連邦・陸(RIKU)軍・特殊(TOKUSYU)部隊、アタマをとってTRT」

「ローマ字じゃん」

 その時画面に映像が出た。僕らは一斉にそれを見上げた。

『TRTは本日、地球連合軍の本部を制圧した。その功績を認められ、テキガワ連邦の総指揮は私、ラストバ少将がとることになった! 連合軍は我々に降伏した。よって、以後テキガワ連邦、地球連合国はTRTの指揮下に入るものとする!』

 ウスイ大佐とリオリ中尉が同時につぶやいた。

「……クーデターだ……」

 スズミー少尉が続いた。

「最近の敵側のおかしな動きは、これだったんだ……」

「指揮はラストバ少将がとる、ってことは、『ラストバとる』ですね」

 タモト軍曹が悪びれずに言った。中佐以下、全クルーは脱力した。

 放送は続いた。

『今回の戦争に不干渉の立場をとっていたいくつかの国家、コロニーにも進言したい。我々と大宇宙連邦を作り上げ、平和な社会を実現しようではないか。我々は共通の理念と秩序の元、一つにまとまらなければならない。今後、いっさいの愚かしい戦争をこの世から排除するために! そのため、我々TRTの提示する憲章に従って共存を目指していくことにしたい! そして……』

 画面の中に彫像動力機の頭部が映った。

「あっ! あれは……!」

 ハトヤ曹長が叫んだ。彫像動力機を映した画面はどんどん後退していく。しかし、いくら後退しても後退しても全身は映らない。どこまでもどこまでも彫像動力機のボディなのだ。

「……で、かい……」

「彫像動力機じゃないよ……こんなの……」

 ハトヤ曹長が叫んだ。

「こいつだ! こいつが本部を襲った兵器だ! こいつ、生き物のように成長するんだ、そしてどんどん進化して、触手を伸ばして、巨大化して……」

 画面の中のラストバ少将は、狂気を瞳に宿して最後通告を行った。

『我々が提示する平和憲章に従えない国家・地域は、戦争を推進する危険な集団と見なし、しかるべき処罰を受けてもらう!! すべての人に平和を!』

 放送はそこで終わった。

 ブリッジは水を打ったように静まり返った。みんなの胸の中には同じ思いがこみ上げていたと思う。だが、僕もそうだが、その時口火を切るべきは自分ではないと思い、誰もが黙っていた。

 キアト中佐が、ゆっくりとひよこのマットから立ち上がった。

「班分けをしましょうかね」

 中佐はブリッジをゆっくりと見回し、

「どっちか好きな持ち物を選んでください。どっちを選ぶかは、みんなの自由です」

 と言って、ニッ、と笑った。

「武器を持つか、白い旗を持つか。アイテムはこの2種類。ただし、一つだけ注意しておきます。白い旗を持ったチームは、戦艦白鶏の敵に回るということをね」

 一人、二人とクルーの顔に笑みが浮かんだ。そして、誰からともなく笑いが起こった。

「ハトヤ曹長、その資料、見してもらえるかな?」

 中佐は曹長に向かって手を伸ばした。

「……はい、中佐!」

 不思議な笑いの渦の中、巨大な怪物の資料はキアト中佐の手に渡った。

 僕も、笑った。けれど笑いながら、同時に、まぶたに熱いものがこみあげてくるのを感じていた。


「……で、このデータ、どうやって見るの?」

「まったく、センパイは、わかんないんだったらカッコつけて受け取ったりしないでください! 貸して」

 白鶏最後の戦いは、こうして始まった。

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