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ACT.12 白鶏再び

 本部は、今回の騒動を「ナカジマ大将が白鶏を降りて本部へ戻るところで敵襲にあい、捕虜とされた」と発表した。大変な騒ぎになったことは言うまでもない。敵方に大将を連行した白鶏の腹心・丑五郎侍少尉の手によって、敵方からもうまく言いつくろった発表がなされた。「諜報活動中にナカジマ大将が単独行動をしていたため、身柄を確保した」という漠然とした内容で、実際の経緯とも当方の本部からの発表ともそう食い違わない。もちろん世間が騒いでも、宇宙戦艦の中の僕らには関係ない。

 僕は、例の6人――とはいえ、丑五郎侍少尉がいなくなったので今は5人の「作戦成功祝い」に呼んでもらえた。

「とにかく、邪魔者は徹底的に排除。それが白鶏のやり方!」

「それはキアト先輩のやり方でしょ」

「失礼しちゃうわ。私は自分だけのためには非道なことなんかしないわよ」

「キアト先輩のやり方、それすなわち白鶏のやり方」

 タモト軍曹は一人だけウーロン茶を飲んでいた。

「軍曹、お酒は飲めないのですか?」

「あんまり好きじゃないから……」

「タモトはまだ学生だから、お子さまなんだよ」

 僕はびっくりした。

「学生?」

「あれ、知らなかったの? 士官学校の実地訓練中だよ、タモトは」

「我々みんな士官学校出だから、入隊時から階級は少尉になるの。でも、卒業年は一年間実地訓練で、一応階級としては軍曹でやるの」

 そうか、ヒラのクルーとして来た研修生が次の春に少尉になって現れると、みんながやりづらい。研修中ヒラ扱いもしにくいし、配属後急に上官扱いもしにくい。軍曹という階級はそういうバランスから言って、ちょうどいいのだろう。

 しかし、キアト中佐や丑五郎侍少尉はまっとうに訓練を終えてまっとうに士官学校を卒業できたのだろうか。こうしている以上、一応ちゃんと出たんだろうが。

「つるつる、今までどこにいたの?」

 リオリ中尉の犬をなで回しながらキアト中佐が訊いた。

「食料貯蔵庫でかくまってもらってました」

「ふーん」

「えっ! 衛生的に問題じゃないんですか?」

「なんでそんなとこ? 他に大将が全然来そうもないとこ、ありますよね」

「コックさんが、見つかったら『食料です』って言ってごまかしてくれることになってたの」

 我々はびっくり仰天した。

「しょ、食料~?」

「だって、犬ですよ?」

 口々に言うと、リオリ中尉は涼しい顔で答えた。

「いや、犬は食料だよ。食べる国は今でもあるし、はるか昔の戦争中は日本でも食べたらしいよ」

「犬の好きな方の発言とは思えないです……」

 僕がつぶやくと、キアト中佐とスズミー少尉が口をそろえて言い返した。

「いいや、私も鳥は見るのも食うのも好きだよ」

「センパイとスズミーさんは、ホントに鳥好きだよね~」

「スズミー、蛙も『見るのも食うのも好き』?」

「まだ食べたことないですけど、鶏肉みたいな味がするっていうんで、たぶん好きだと思います」

 どうやらスズミー少尉は蛙も好きらしい。

「こんどダチョウとワニとカンガルー食いに行こーぜ」

 キアト中佐が元気よく叫んだ。しかし、戦時中に主要人物が一室に集まっていていいんだろうか。しかも飲酒している。酔っぱらって出撃して、中佐が間違って核を放たないといいが……

「あっ!!」

 突然僕は、あることを思い出して声を上げた。

「なに、シンジンくん」

「そういえば、中佐! 大将が核を使おうとした……とか本部に密告ちくってらっしゃいましたが、中佐が使おうとしてたバズーカが核だったんじゃ……、ってことは、大将より先に、中佐が核を使おうとしてたんじゃ……」

 僕も言いにくいことをずけずけ言うようになったものだ。

「あら、よく見てたわね」

 ウスイ大佐がテーブルを叩いて怒りを表現した。

「最悪だよ、あの爺さん。世界で最もGMDMJP02に乗せちゃいけない人物を任命するんだもん。俺が体張って止めなかったら、今頃大変な事態だよ」

「えっ、キアト先輩、核使おうとしたんですかー?」

「センパイ、私のJP02ですよ。ずるい」

「俺が止めたの、ほめてほめてー。JP01じゃなきゃ間に合ってなかったよ、あのタイミング。でも、装甲スカスカのJP01で重量級の硬いJP02に体当たりしたもんだから、だいぶダメージ受けちゃってさ」

「こいつ、全速力で体当たりしたんだよ、しんじらんない。しかも、かくへいきを宇宙空間に投げ捨てるという非常識なこともやったのよ」

「センパイは、持ってたら、撃っちゃうでしょうが!」

 僕の脳裏にあの時の光景が浮かんだ。「大佐が体を張って中佐を守った」と思っていたのは間違いだったのか……。あのとき、敵の大型ビームが至近を通過したのは単なる偶然で、大佐は中佐が核兵器を使用するのをすんでの所で止めただけだったとは。

「核兵器の使用で司令官(当時)が除隊になる、っていうシナリオもあったと思わない?」

 全員が絶句した。たしかに国際協定違反は本人よりもむしろ上官の責任の方が大きい。大佐がため息交じりに言う。

「ナカジマ大将は、除隊じゃなくて死刑になったかもしれないじゃないですか……」

 それは寝覚めが悪い。

「えー、私は、そういう直接的な排除のし方は絶対にしませーん。ああいう、一般大衆に人気のある人を死刑にしたら、軍のイメージダウンになります。まず除隊でしょう。

 で、私はと言うと、操縦能力が低いので今まで実戦には徹底的に参加していません。その私が、突然出撃。そして核搭載機に搭乗。これは、戦闘指示じゃなくてナカジマ大将の何か特別な指示に違いないでしょう? で、私は言うわけ。『私は核を撃って即戻ってくるように命じられて出撃しました』。重要な機体をE級パイロットに任せたのは、はじめから戦闘じゃなくて核を一発撃つだけが目的か……ってことになるよね。そしたら明らかに計画的犯行で重罪。で、上に大将がいて、大佐がいて、その下のワタクシは命令に従ったにすぎない」

 中佐は喜色満面で言った。大佐が顔色を変えた。

「俺、まきぞえじゃん」

「大丈夫よ、大将の独断だったって私が言えば、実行犯の私と同じくらいの処罰でしょ」

「いやですよそんなの」

 核の使用なんて、未遂ですら重罪になるに決まっているので、露呈したら相当の罰が下ったと思う。ウスイ大佐はひどいとばっちりを受けるところだった。

 タモト軍曹が割って入った。

「でも最終的には核は撃たなかったわけですよね。大将の命令どおりに撃って、あの証拠の録音音源があったら、カンペキな告発になったじゃないですか」

 中佐は頓狂な顔をした。

「タモト、ナカジマさんが本当に『核を撃て』って言ったと思ってたの?」

「え? ちがうんですか?」

 タモト軍曹と一緒に、僕も「え?」と声が出てしまった。

「なんかからくりがあるんだろうとは、思ってましたけど」

 大佐が怪訝な顔で言った。

「でも、ホントにナカジマ大将のふつうのしゃべり方で核を撃てって言ってたよね」

 中尉も首をかしげ、僕らはみんなで中佐の顔をじっと見た。そんな僕らを眺めて楽しんだ後、中佐が口を開いた。

「あれねえ、『核』って聞こえたと思うけど、ホントは、『かく』。将棋のコマ」

「へ???」

 僕らは口を開けたまま中佐の説明を聞いた。

「ナカジマさん、時々単語の発音がかわってるんだよね。で、『角』の発音が『核』の発音になってることに気がついて、速攻父ちゃんから送ってもらったね、詰め将棋の本を」

「詰め将棋?」

「将棋知らない? 私も知ってる程度にしか打てないけど。詰め将棋っていうのは、パズルゲームみたいなもの。対局途中の盤面がもうできあがってて、何手以内で相手の王様をギブアップ、『詰み』にさせる、っていう課題が出てるのよ。で、父ちゃんにすぐ『飛車角落ちの詰め将棋』っていう本を送ってもらったの。父ちゃん結構将棋強くて、ウチにこの本があったのを思い出して、これは使える、と思って。その本の詰め将棋は、基本的に飛車と角を使っちゃいけないことになってるのよ。使う解法も載ってるけど。

 で、ナカジマさんと、角を使う使わないでもめてたわけ。もう一回、あの音源聞いてみようよ。核じゃなくて角だって思って聞くと、すごくふつうの会話だよ」

 そう言って、中佐はくだんの録音を再生した。

『いやあ、角で一発ですよ。敵はこれで簡単にアウトです。いわゆるひとつの、最終兵器ですね。ここにこんなふうに、角を打てば、簡単にカタがつきますよ。どうです?』…

『いや、しかし、私は断固反対です』

『しかし、後はこの局面だけなのでしょう?』…『いいじゃありませんか、そんなに堅苦しく難解に考えなくても。角一つで、終わるわけですから。ここで角を打って、我々の勝利、それでよいんじゃあありませんかねえ』

『私は断固、反対いたします。わかりました、この局面を打開する方法を提示申し上げれば、角の使用は諦めていただけますね』

『そりゃあ、元々は角を使わないのがルールなのでねえ』……

 そして、中佐は音源の再生を止めると誇らしげに笑った。

「だから、『局面』とか言ってるじゃん。将棋の対戦のことを、局って言うんだよね。局面って、その辺から来た言葉なんだよ。で、実際に核を撃たなくてもこの会話の録音でナカジマさんを排除できることになったから、核はやめたの。大変だったんだよ、長い間この詰め将棋一緒にやって、やっとそれっぽい発言が録れたんだから。この後、もう『飛車角落ち』とか言ってて、このへんの部分しか使えなかったんだから」

「で、でも、キアト先輩も『核』って言ってませんか?」

「私が『角』って言っちゃったら台無しじゃん。苦心惨憺して『核』って発音したの」

「超、直接手下してんじゃん。……」

 僕たちは、ただ呆れるしかなかった。しかし中佐は涼しい顔で言い放った。

「いや、敵の捕虜になっても危害を加えられることはないってわかってるから送り込んだだけよ。そんな理性のない陥れ方はしないもん。バレたときに言い逃れのできなくなるような、人道にもとる真似したら、私に返って来ちゃうじゃん。敵は去り、私は残るの!」

 それって、つまり武士の情けとか最後の良心とかじゃなくて、保身のための逃げ道を作っておくという意味での理性なわけね……。僕は苦笑した。

「しかし、間違って核を撃っちゃうことがなくて良かったですね。JP02が弾切れしたとき、普通にバズーカ使ってたら大変なことになってたじゃないですか」

 僕は5人の顔を見回して言った。一歩間違えば核兵器使用の咎でウスイ大佐とキアト中佐は軍事裁判だ。ナカジマさんは著名人で、人のいい人気者だから、(あの録音がなければ)「誤って使用した」という弁護で通用するだろう。だが、ウスイ大佐とキアト中佐は違う。敵に対しても世間に対しても「誠意」を見せなければならないから厳重な処罰が下るはずだ。

 しかし、ウスイ大佐は衝撃の事実を語った。

「……うーん、シンジンくんは今回の共犯者ということで教えるけど、我々はGMDMJP02を入手した時点で核兵器を搭載してることは知ってたよ」

「へっ?」

 僕は絶句した。確かに、だいぶ以前から「最終兵器」という話は出ていたが……。

「あれは前大戦から引き継がれた機体で、製造者は戦死してたし、もらったデータには核兵器搭載の記述がないし、肝心のモノはあのとおりバズーカにしか見えないし。だから、最終兵器として持っててもいいや、と思って」

「いや、核兵器の所有じたい、重罪ですよ!」

 僕は空恐ろしくなって言った。

「もちろん非人道的兵器だから、おいそれと使う気はなかったけどね。でもシンジンくん、宇宙空間で核兵器を使用したかどうかって、どうやって確かめるか知ってる? だだっ広い宇宙空間で、ちっさい核一発撃ったところで、客観的な証拠を集めるのは大変なんだよ。核攻撃を受けた敵が生き残って、報告して、それに基づいてその付近の放射線やその影響の調査でもしない限りは」

 大佐の後を、中尉が受けて説明を続ける。

「戦場から離れたところで放射性物質に多少上昇がみられたとして、宇宙では恒星が常に放射線を放ってる状態だし、自然現象じゃないって誰が証明できる? そもそも、核兵器はすべて登録されてる建前だから、誰かが使うかもしれないっていう危機管理はされてない。届け出以外の理由でいつの間にか核兵器そのものや核燃料、核廃棄物が増減してるっていう事態がないよう、全数のチェックもある。すると、どういうことになるかな? シンジンくん」

 僕は促されるままに答えた。

「登録漏れの核兵器を使って、しかも敵が全滅した場合にはそうそうバレない……」

「オッケィ! 正解だね」

「あとは、内部告発でもなければ、っていう一言がつけば満点」

 なんという人々だろう……。

 しかし、よく考えたら核兵器を使用する大量殺戮だけを「人道的問題」とする国際協定の方が間違っている。人道的にどうこうと言うならば、この戦争そのものが人道的問題だ。誰も死なせたくなければ戦争をやめればいい。そっちに目をつぶって核だけを悪者にするのは論点のすり替えにすぎない。

「ま、本部に報告しちゃったから、次のコロニーで召し上げだよ。もうこの後は、あの核は撃てない。ナカジマさん相手に使っちゃったようなモンだ」

「核よりも精神感応増幅ミステリーサークルの方が効率いいでしょ。廃人出るかもだけど」

 不謹慎なネタで盛り上がりながら、僕自身も毒されたなあ……と思い、笑いの最後は苦笑になった。


 ブリッジに戻って少しした頃、モニター係が未確認浮遊物体を発見した。

「なんだろ?」

「油断すんなよ、新兵器かもしれないし」

「あれ? 民間の小型宇宙船舶じゃん?」

「カムフラージュかもよ。注意しないと」

 用心しつつ、白鶏はその船を回収した。みんながわらわらとハッチに集まった。もしものために銃を構えて船の扉を外から開けようとすると、中から小さくノックがあった。僕らは全員で銃を抜いて、少し船から離れた。

 古い釘でひっかくような濁った金属音がして、船の扉が開いた。

「すみません、僕たちは第7コロニーの中学生で、この先のミニステーションにいる友人のところに遊びに行った帰りに事故にあって……」

 人の姿が見えるより先に、そんな声が中から聞こえた。扉が開ききると中学生らしい男の子が5人出てきた。

「定員が4人のところに5人乗ったせいか、舵のききが悪くて浮遊していた残骸にぶつかってしまって……」

 軍隊に回収されたことでだいぶ緊張しているらしい。最初船を出てきた男の子は言い訳をするかのように早口で一生懸命まくしたてていた。

「僕たちは第7コロニーに帰ろうとしていたところで、その、できる範囲でいいですから簡単な修理をお願いできないかと……」

「あー、いいよ」

 我らが白鶏の司令官・キアト中佐は、誰に確認をとるでもなく堂々と言った。やはり白鶏はこうでなくちゃ。

「リオリさん、この船、直せるでしょ?」

 中佐が振り返ると、中尉は即、一言多く答えた。

「ええ、超高速船に改造することもできますよ」

 中学生たちは、

「あの、帰れればそれでいいですから……」

 と不安そうに言った。

「じゃ、リオリさんとメカニック以外は、退散。中学生、君たち食堂でうまいモンでも食ってけば。のんびりしてっていいよ」

 中佐の音頭でみんなぞろぞろブリッジに戻っていった。

「へえ、中学生なんだ。私、教員免許持ってるんだけどさー、……」

 その声は、一瞬、キアト中佐?と思った。だが、振り返るとタモト軍曹だった。

 キアト中佐がタモト軍曹に声をかけた。

「タモト、アンタはブリッジ。行くよ」

「いや、大丈夫ですよー、ここにいても」

「それはタモトが決めることではない。――んー、いや、いいや」

 軍曹を諫めていたキアト中佐は、突然、容認することにしたようだった。

「いいんですかあー???」

 大佐が眉をひそめて言った。中佐は小声で答えた。

「スパイだったりしたら困るじゃん。タモトなら決して彼らから目を離すことはないよ」

 リオリ中尉がため息をついた。

「でも、これで当分奴の中学生話が続きますよ」

「しょうがないじゃん、あいつ、どうせもう何を言っても聞かないよ……」

 中佐が言うと、大佐と中尉は顔を見合わせて、それから中佐と、背後の軍曹を交互に見てもっと大きなため息をついた。

「そのへんは、キアト先輩と一緒……」

 僕は彼らに歩み寄り、大佐に声をかけた。

「大佐、なにがそんなにマズいんですか?」

「あのねえ、タモトさんは中学生フェチなんだよ。キアト先輩が眼鏡のインテリ好きなのと同じように、見境なく中学生男子が好きなんだよね……」

 なんでまあこの艦の人たちは……。タモト軍曹が「ミニキアト」と言われるのは何となくわかるような気がした。今後ろで男子中学生に一生懸命話しかけている様子は、タクヤマ主任に一生懸命ちょっかいをかけているキアト中佐そっくりだった。

 修理はほんの5分ほどで終わった。

「エネルギータンクが破損してたから、新しい燃料をタンクごとセットしといたよ。外装は応急処置だけど、第7コロニーまではすぐだから」

 メカニック担当のクルーはそう言って、中学生たちを船に乗り込ませた。タモト軍曹は指をくわえてそれを見送り、彼らはつつがなく旅立っていった。

 それから30分あまり、タモト軍曹はひたすらさっきまでいた男子中学生の話をしていたが、中佐以下誰も相手にしていなかった。


 30分後にタモト軍曹が中学生の話をするのをやめたのは、決して彼女が諦めたのではなく、戦闘に入ったからである。中学生たちは、道中トラブルが起きたときのために白鶏と通信できるPHS(例のリオリ中尉仕様の怪しいPHS!)を持って行った。リオリ中尉の心づかいである。だが、まさかたった30分でSOSが入るとは!

『聞こえますか、白鶏、こちらは先ほどお世話になったヒロイです! 今、謎の黒い戦艦に襲われています! あっ……』

 通信はこれだけで終わった。我々は戸惑った。敵が民間人を襲ったとしたら、とんでもないことだ。彼らが丸腰でのうのうと宇宙空間を航行しているのは、民間機に対する絶対的な両軍の安全保障があるからである。その代わり、民間機にカムフラージュすることは両軍において禁止されている。バレないように上手くやっている例はあるだろうが、中学生たちの船はどう見ても典型的な民間機だ。

「なんで、民間船を狙ったんだ? 奴ら」

「我々と接触したから、こっちの軍のメンバーと思ったんでしょうかね?」

「いずれにしても、民間機だから、いきなり撃墜はしないだろう。生きてはいるよ」

 その時、ものすごい音がしてカタパルトが作動した。

「タモト!!」

「ノーブルGMDM! しかも、格納モードにしてませんよ! むき出しです!」

「通信、貸せ! タモト、甲冑……じゃなくて乙女アーマーはつけろ! ……じゃなくて、おい、私、出撃していいなんて言ってないぞ!! ちょっと!」

 キアト中佐が止める声を全く無視して、タモト軍曹のノーブルGMDMは最高速のカタパルトに乗って恐ろしい速度で出撃してしまった。

「あいつ、中学生助けに行っちゃったよ……」

「やばいですよ、ノーブルGMDMは装甲薄いから、乙女アーマーがないと最前列の連中に囲まれて沈んじゃいます。時間稼ぎにもなりゃしない」

「とにかく全速後退! PHSは位置情報が出るよね。さっきの中学生が通信よこした空域に戻って! あーもう、タモトの奴、男子中学生と見るとホントに見境ないなあ!」

 キアト中佐の叫びに、クルー一同はえもいわれぬ視線で応えた。ホント、誰かさんを見てるようだ……。

 しかし今はそれどころではない。むき出しのノーブルGMDMが、敵艦隊に向かってたった一人特攻していってしまったのだ。

「スズミー、超速機JP01で出てくれ! タモトがやられそうでも、自分が死にそうになったら戻ってきていい。何の情報もない相手にノーブルGMDMとJP01だけじゃ何にもできない。気休め程度のつもりで追っかけてくれ」

 事態は一刻の猶予もない。キアト中佐の間延びした命令口調は聞けそうになかった。

「俺、JP02で追いましょうか」

 大佐が言った。ホントはザッコで追いたいところだろうが、あの機体は最高速度もタカがしれているためこの場面ではまったく使えない。

 中佐は肩を上下させて、大きくため息をついた。

「前にタモトがナイター見るためにノーブルGMDMの最高速度を超えてすっとばして来たことがあったよね。覚えてる?」

「ああ、掃討巨砲銃撃たれそうになったときですね」

「あんとき出した最高速度、JP02の最高速より速いんだ」

「ええー?」

「今回は中学生男子だから、もっとスピード出てんじゃん? だからJP02で追っかけても無駄。話になるのはGMDM超速機JP01だけだよ。あとは、祈るしかないね」

 なんてことだ。眼鏡のインテリを追っかけて艦を危機に陥れる司令官と、男子中学生を追っかけて命の危険にさらされる部下か! すこしばかり慣れっこになっていた僕も久しぶりに、配属されたばかりの時のような絶望感を味わった。

 全速力でノーブルGMDMの後を追った白鶏だったが、所詮は戦艦である。加速しても加速しても戦闘エリアに着かない。たまりかねて大佐が叫んだ。

「俺、やっぱりここからJP02で出ます! 少なくともベースよりは速い!」

 中佐は冷たく一喝した。

「ここから飛んだら、エネルギー消費してビームキャノンが3発しか撃てなくなるよ」

「センパイ、2発です」

 すかさずリオリ中尉が合いの手を入れた。

 そこに、スズミー少尉から連絡が入った。

「報告します! タモトさんは狂戦士モードで無差別爆撃をしながら戦艦にとりついたんですけど、集中砲火食らってもう時間の問題です! 私もなんとか援護しようとしたんですけど、多勢に無勢で……あっ!」

 通信は途絶えた。砲撃を食らった気配はなかったが、JP01も手一杯らしい。

「まだPHSの位置情報の空域まで5分かかります、間に合わない……」

 操舵係がしぼるような声で言った。

「ベースから出せるもので、戦場まで間に合うのは光と電波くらいですよ……。でもここから超大型ビーム砲撃ったって届かないし……」

 リオリ中尉がつぶやいた。

 突然、キアト中佐が立ち上がった。そして通信係をどかせ、マイクの前に座った。

「ウスイくん、敵艦そろそろ望遠できない?」

 機材をいじって大佐は超望遠で戦火を探した。

「――いました、多分あれだ。戦艦の色が黒だから目視しづらいですけど、色調補正かけたら見えました。Xのシルエット……バツイチって呼ばれてる、ブラックロスです」

「艦の通信チャンネルは?」

「敵戦艦の通信を傍受するんですか? そんな便利な情報は持ってませんよ」

「いや、敵――つまり我々からの通信をキャッチするための回線チャンネル。それは公表されてるでしょ」

 戦場で敵同士が交信するというのも変な話だが、不必要な戦闘を避けるためにコンタクトを取る必要が生じることはよくある。そのため、「白鶏への、敵機からの通信はこのチャンネルに」という数字が公表されている。もちろん、通信を無視する権限もある。

 大佐が放送機材をつなぐが早いか、中佐は話し始めた。

「敵艦ブラックロス、敵機ブラックロス、こちら白鶏、応答せよ――敵艦ブラックロス、応答せよ、こちら白鶏、緊急事態につき一時休戦、応答求む」

 一時休戦……か。気休めだ。タモト軍曹を救うのに単なる通信とは。

 すぐに通信回線が開かれ、応答があった。

『こちらブラックロス。貴艦の彫像動力機が当方を一方的に攻撃中である。当方は休戦には応じられない』

 無理もない答えが返ってきた。回線を切られないよう、中佐は急いで続けた。

「当方の彫像動力機に、先日、回収漏れの核兵器が発見された。現在核査察委員会に報告書と始末書が提出され、審議中。我々はこの後の寄港の際に委員会に核を明け渡す予定。現在貴艦を攻撃中の機体に核兵器が搭載されている。貴艦の攻撃いかんでは核爆発を誘発する恐れあり。一方的で申し訳ないが、当方の彫像動力機への攻撃をやめてもらいたい。貴艦ともども核爆発で消滅の恐れあり」

 またもやキアト中佐のハッタリだ。核を搭載しているのは艦内に残っているGMDMJP02であり、出撃しているノーブルGMDMではない。

『攻撃中止!』

 敵艦の奥から声がする。ノーブルGMDMへの攻撃を中止しているらしい。

『説明を求める! 貴艦の彫像動力機が核を搭載して当方を襲ったということであれば、核兵器による襲撃をもくろんだとして委員会の方に報告することになる!』

 さすがに先方は激怒している。あたりまえだ。一方的に無鉄砲で無謀で暴虐な攻撃をくらい、今度は核を積んでいるから攻撃するなとは。

『核兵器を盾に襲撃するとは、天下の白鶏の今までの戦績もしれたものであるな! 非人道的手段で勝ち抜いてきたのか?』

 感情的になっている敵艦の指令官に対して、中佐は丁重に話し始めた。

「元はと言えば、貴艦が民間船を襲撃したことが発端であります。貴艦が襲撃した船には中学生が乗っていたかと思いますが、いかがですか?」

『当方は預かり知らんな』

「……」

 ばっくれるな、とキアト中佐の背中が言っていた。だが中佐は語調を崩さずに、彼らが中学生を襲撃したという前提で話を続けた。

「現在貴艦に単独で攻撃を仕掛けているのは、元中学教師の軍曹であります。貴艦が襲ったのは、彼女の教え子を含む単なる民間の中学生です。軍曹は教え子を救うために無断で発進してしまいました。その点については当方で厳重な処罰を行います」

 いちおう断っておく。タモト軍曹に教師経験があるかどうかは知らないが、当艦が救助したあの中学生たちは、決してタモト軍曹の教え子ではない。

 さりげなく情状酌量を求める嘘を混ぜ込みつつ、中佐は訴える。

「ただ、問題は、当方で核兵器が発見されたことを、少尉以上の者しか知らなかったということです。核兵器については一部の急進的な者が使用を認めさせようとしています。実戦配備された核兵器があることは、当方としても、敵味方問わず極秘です。味方の一部に知らせなかったことで今回の不始末となったことは謝罪いたしますが、公表して一部の危険思想の者に乱用されるわけにいかなかったということもご理解ください。

 ぜひ、委員会の方に問い合わせていただきたい。戦艦白鶏、GMDMタイプの彫像動力機に未回収の核兵器発見、回収の準備中という状況になっているはずです」

『……確認しろ』

 敵の司令官は横にいるらしい係にそう告げた。もちろん、委員会にはキアト中佐の言うとおり、「戦艦白鶏に核兵器搭載」の報告が行っている。

 3分ほどの重苦しい沈黙の後、小さく、

『確認されました。戦艦白鶏搭載のGMDMタイプの彫像動力機に、前大戦の際に搭載された核ミサイル一基発見、回収準備中です』

 と聞こえ、司令官がうめくように、

『……一刻も早く、この空域を離脱」

 と指示を出した。そしてこちらに向き直り、

「核査察委員会の方に、報告書を提出する。以上だ」

 と言い残し、通信は切れた。

 核兵器の作動を恐れた敵艦隊は全速力で去っていった。もはや動かなくなったノーブルGMDMをJP01が回収し、ベースに帰艦させた。

 間に合うのは光と電波くらい、……たしかに、電波は戦場に間に合った。そして、タモト軍曹とスズミー少尉は助かった。

 その後、タモト軍曹は医務室で目を覚ました。キアト中佐はそれを聞くと、

「ちょっと、厳重注意してくる」

 と言って出ていった。

「……行っちゃったよ、怖……」

「センパイの理論武装は、言い返せないからなあ」

「いや、でも、今回はタモトさんが悪いから、元から言い返せませんよ」

「思い出すなあ、士官学校時代に教官と言い争って半泣きのメにあわせてた勇姿を……」

「でも、あれはあれで、みんなが言うに言えない文句を、代表して悪の教官に言ってたんだよね」

「あの人は、アレでも一応正義の味方だからねえ。個人的に正義だと判断したものと、自分の仲間である後輩たちの味方」

「自分が悪くないことまで『キアトさんたちが』って言われるタイプだよね」

「でも、その顛末を聞いた軍の一部の上層連中、キアト先輩に一目置いてたらしいよ」

「たしかに、E級パイロットにしちゃ昇進早いですよね」

「あ、一応俺、軍への報告でキアト中佐の手腕に依るところ大、って必ず書いてるよ」

 ブリッジでそんな会話が交わされている頃、医務室では空気も凍るような怖い怖い時間が流れていたということだ。くわばら、くわばら。


 しかし、敵はなんで民間人を襲ったのだろう……?

 明らかに今までにはなかった行動だった。僕は一抹の不安を感じた……。

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