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ACT.11 さようなら、少尉!

 ただでさえ暗い気分だというのに、僕は風邪までひいてしまった。布団もかけずにベッドに倒れてそのまま寝込んだせいだ。おかげで出撃禁止令が出た。ナカジマ大将の指揮の下で出撃なんかしたくないが、初陣で沈んだあげく自己管理のミスによって出撃できなくなると、だいぶ惨めな気分になった。

 僕がブリッジの隅っこで密かに落ち込んでいると、キアト中佐が寄ってきた。

「おう、若者よ、元気ないな。撃墜されたからかな?」

 無神経な上官だ。

「いえ、反省はしておりますが、落ち込んではおりません。その節は、失礼いたしました」

 僕は強がりを言い、ここぞとばかりにずっと知りたかったことを問うた。

「中佐、自分が沈んだ後のことですが、戦闘はどうなったのでしょうか」

「そうかあ、あれを見ていないのかあ」

 中佐は大喜びで話しはじめた。

「今回はなかなか苦戦したんだよね、何が悪かったとかは立場上言えないけどー」

 僕は、あれ?と思った。中佐はけっこうナカジマ大将と仲良くしている。この前なんか、一緒に将棋盤を囲んでいてかなり驚いたものだ。仲間たちと人生ゲームもすごろくもやらない中佐が大将とは将棋をしていることと、中佐が将棋のような頭脳的なゲームをしていることに相当面食らった。だが中佐は、そういえば戦略の記述テストが満点という話だったっけ。将棋も戦略のゲームだ。実は、強いのかもしれない。

 話がそれたが、つまり、中佐はナカジマ大将のお気に入りであり、仲良しのはずなのに、今の言い方では「大将が悪いと言いたいけど言えない」というニュアンスだ。中佐は妙なところでドライな人なので、大将の人間性と軍人としての能力を分けて考えているのかもしれない。

「スズミーは沈むわシンジンくんは沈むわ、ウスイくんは私の武器を投げ捨てるわ、散々だったのよ」

 なんと、スズミー少尉が沈んだ? やはり彼女も、絶対的な存在ではなかったのか。いくら「テクモンの悪夢」でも、ザッコに乗れば沈むのか。

「そしてついに、もうダメだというその瞬間!」

 中佐はちょっともったいをつけて、一息おいてから言った。

「ヒーローは現れたね!! あの勇姿を見られなかったなんて、生涯の損失だよ」

「ヒーローとは、なんでありますか??」

 僕は身を乗り出した。

「うん、たまたま小型輸送船で近くを通りかかったスズミーのお父さんと弟がね、輸送中の新型機、ほっけバーンとトッケーバーンに乗り込んで助けに来てくれたのよ。スズミー並と、スズミー以上のパイロットが一人ずつ、新型機で!」

 少尉の弟と父親! うわさには聞いていた、あのスズミー少尉のご家族か! 少尉を鍛えた父親と、一緒に鍛え上げられた弟! それは、強かろう!!

「想像ついた?」

「はいっ、想像がつきました!」

 見てもいないのに、たった二機の彫像動力機に恐ろしい勢いで掃討されていく敵の様が浮かんだ。ゲームを前にしたスズミー少尉のように、恐ろしい腕のパイロット……。敵もツイてない。というか、今までのことを思い返すと、白鶏がツイているだけのような気もするが。

「ところで、ものは相談なんだけど」

 中佐は僕に耳打ちした。

「シンジンくんに、手伝ってほしいことがあるんだなあ」

「な、なんでしょう」

 これを聞いてうさんくさい気分にならぬものはあるまい。僕はややおののきながら、それでも中佐の話を聞くために背をかがめた。

「今、リオリさんがプライベートタイムで部屋にいるから、さりげなく訪問して。詳しくは、彼女から」

 中佐はそれだけ言うと、またナカジマ大将の隣に歩いていった。最近では大将の隣が中佐の指定席だ。釈然としないが。

 僕は何食わぬ顔でブリッジを出て中尉の部屋に向かった。そういえば、彼女の犬はどうしたのだろう。まさか宅急便で送り返すわけにもいくまいに。

 この後、リオリ中尉の部屋でどんな会話が交わされたかは、今ここでは語らずにおこう。

 僕はブリッジに戻った。そしてその日は、何事もなく終わった。


 翌日、ついにその日はやってきた。

 敵の偵察部隊をとらえ、ウスイ大佐とスズミー少尉、ほか3名という至極まっとうなメンバーが出撃した。ザッコは前回の戦闘で大破し、修理中(一から作り始めたと言っていいほどの大がかりな!)であるため、大佐はJP01に乗っていた。これは、大佐のたっての希望であった。

「ですから、機動性という点において01はその名のとおり1番バッターなんですよ。1番バッターで機動力を使って敵にまず一撃を加えて出塁し、4番バッターでとどめを刺すべきです。私が01で1番バッター、そして最強打者であるスズミーさんに重いバット――すなわちJP02を持たせて出撃させれば、戦闘の展開はおのずと決まります」

 このウスイ大佐の説明にナカジマ大将は大喜びし、そのとおりの出撃を許可したというわけだ。なんだ、大将は、この調子で今後もうまくのせられるんじゃないか……?

 逃げ惑う4機の敵に、スピードしか取り柄のないGMDM超速機JP01はすぐ追いついた。2機はJP01のブレードで沈み、2機は遠くから飛んできたJP02の正確な射撃に沈黙した。白鶏側のあとの3機はベースから大して離れないうちに戦闘終了となり、無駄足になって即帰艦した。戦力の均一化がいかに無駄かがよくわかる。

 彼らは、パイロットが脱出して空っぽになった彫像動力機を一機回収した。そして予定どおり、艦に連絡を入れた。

「ナカジマ大将、戦闘終了いたしました。捕虜を一名連行いたします」

 大将は困ったような顔をした。

「捕虜ですか……。できれば、そのね、捕虜とかは……どうなんですかねえ。厳しい尋問も許可されてないし、ちょっと何かあると人権団体が大騒ぎするし、むしろそのう……、なんというんですか、この、捕虜なんて言っても、できれば連れてこないでほしいところではあるんですけどねえ……」

そう、最近では捕虜の方が人権とかなんとかいってよっぽど態度がでかいのだ。危害を加えられることはまずない。ただ食事を与えられてまったりしていればいいのである。

 大佐たちは帰艦して、

「捕虜の尋問に入ります」

 と言ってまたどこかへ行った。それから10分後、ついに幕は上がった。

 靴音高く大佐がブリッジに入ってきた。

「ナカジマ大将!」

 大佐は大将のところに歩み寄った。

「捕虜が、大将が相手であれば話す、と言っております。我々ではらちがあきません。前大戦の英雄とさし向かいで話をしてみたいということで、どうやら大将のファンであるようです」

 大佐の言葉に大将は喜色満面になって立ち上がった。

「そうですか、敵なのにファンをやってくれるなんて光栄ですね。ファンは大事にしないといけませんよ、ファンは。そうですか、ファンねえ……」

「よろしくお願いします。捕虜は警備室におりますので」

 ナカジマ大将は出ていった。僕もさりげなく後を追った。

 僕の耳にはイヤホンがついていた。これで、これから起こるブリッジの出来事を聞きながら作戦に参加する。

 ナカジマ大将は廊下を歩いて警備室に入った。警備室は警備員詰め所風に作られた執務室とその奥の尋問室からなる。常に警戒しながら航行している戦艦に「警備室」は滑稽だが、基地に安置されているときなどはここに警備員が入る。

『指令総本部に重要事項の報告があります。A級回線をつないでいただきたい』

 中佐の声が僕のイヤホンから流れ出した。中佐と大佐はブリッジにいる。イヤホンに耳を傾けながら、僕は大将が入ったばかりの警備室をノックした。それを待って、中から、

「とりあえず、大将は尋問室へ」

 という声がした。そしてドアの開く音。同時にイヤホンからは、浪々とよどみない勧進帳が聞こえはじめた。

『ホンブ大将、現在我が隊は重大な危機に直面しております。我々は上官として、クルーの命を最優先に考えております。よって、本部の対策を要求するものであります』

 ドアの中から物音が消えた。僕は踏み込んだ。

「シンジンくん、万事OK」

 スズミー少尉と丑五郎侍少尉、そしてタモト軍曹が、ぐったりと倒れたナカジマ大将を囲んで立っていた。

「時間がない。運ぼう」

 僕と丑五郎侍少尉がナカジマ大将を抱え、軍曹が偵察をしながら先導した。スズミー少尉は警備室にこもり、内側から鍵をかけた。誰が来ても「尋問中」とつっぱねるためだ。

『単刀直入に申しましょう。ナカジマ大将にお引き取りいただきたいのであります』

 このセリフを聞いて、僕は心の中でバンザイをした。ヒラで新人の僕には絶対に言えない言葉だ。いや、大佐には言ったけど……。

『いえ、それは我々クルー全員の意見です。ここにいるウスイ大佐も同意見であります』

 本部の言葉が遠くて聞こえないのは残念だが、だいたいの察しはつく。

 警備室から格納庫は意外と近い。そりゃあそうだ、戦艦の中で警備が必要なのは、コントロールルームと武器庫、そして戦闘機器の格納庫だ。僕らはブラスターSTの1機に大将を運び込み、イヤホンに集中した。

『まず、戦績です。ウスイ大佐が指揮官であった期間の彫像動力機モビール・スーツの破損率は0・8です。1回の戦いに際して、まず1機も沈まないという、驚異的な数字です。ですが、ナカジマ大将が来てからすでに2度の戦いで14機が沈んでおります。破損率は7、実に10倍近くにのぼります』

 この「14機」の中には、もちろんカタパルトでうっかり頭をふっとばした丑五郎侍少尉の分も入っている。

『それだけではありません。大将は本艦の軍紀を乱します。まず、我が隊のクルーが揃った会議中に、「一番下手なパイロットは誰か」と全員に訊きました。このため、クルーの人間関係に影響が出ております。返事を強要されて気まずい思いをした者や、部下に名指しされて憤慨した者もおります』

 これは、ただ単に大佐一人がしぶしぶ中佐を名指ししただけの話だ。ものは言いようで、これだと、多数のクルーが意に反して答えさせられたように聞こえる。だいたい、「部下に名指しされ」って、階級から言うと大佐の方が上だ。……などとツッコミは入れつつも、全く気持ちのいい報告である。

『さらに、我が隊の女性パイロット――ご存じかと思います、AA級を持っております優秀な少尉がおりますが、ナカジマ大将はこの少尉について、女性なのに強いのはおかしいといった意味の発言をしました。また、そのうえ、彼女を最も性能の悪い機に強制的にコンバートいたしました。我が隊は特別に、ウスイ大佐専用機として、非常に性能の劣るあのザッコを搭載しております。彼女は、その機体での出撃を命じられたのです。機体性能に負けまいと、大破しながらも果敢に戦おうとする少尉のザッコの姿に、我々は怒りと涙を禁じ得ませんでした』

 いやあ、たしかに、嘘はひとっつも言っていないんだけどさあ……。

 僕はおかしくてたまらなかった。口八丁手八丁、なるほど中佐は大した戦略家だ。ナカジマ大将につきっきりでメモばっかりとっていると思ったら、大将の一挙手一投足を記録して本部に報告するネタをあさっていたのだ。

『また、……これは私に対しての大将の発言ですが、……結婚した方がよいという意味のことを言われました……』

 不服そうな中佐の声に、僕は思わず「ウソツキ!」と叫びそうになった。中佐はいいお嫁さんになると言われたのが本当に嬉しかったらしく、ことあるごとに「私って、やっぱ軍人よりかわいいお嫁さんの方が向いてるよねえ」と騒いでいた。つまり、これはこれ、それはそれ、ほめられたのは喜ぶけれど、使えるものは何でも使うのだろう。常識から言うと職場で女性に結婚を勧めるのはれっきとしたセクハラだ。このご時世、特に上官の男性から部下の女性へのセクハラは重大問題とされる。

 これからが佳境だ。ブラスターSTに丑五郎侍少尉と薬で眠らせた大将を残し、タモト軍曹はハッチの開閉ボードに、僕はブリッジに向かった。

『現在、ナカジマ大将はブリッジに不在です。だからこうして本部に連絡をとれるのです。上官を無視し、軍紀を乱したとおっしゃるかもしれませんが、我々が無事生き延びる可能性よりも、本部がこの意見を容れてくれる確率の方が高いので、こうしてご報告申し上げているのです。それとも、ナカジマ大将もろとも沈めとおっしゃいますか?

 大将は現在、先ほどの戦闘でとらえた捕虜を自分で尋問すると言ってブリッジを出たままです。大将は、捕虜に厳しい尋問ができないのはおかしいという発言をなさっていましたので、捕虜の取り扱いにも不安があります。しかも大将はご高齢です。興奮する環境におかれ、健康上に何かあっても困ります。我々は同行、同席を希望いたしましたが、大将は一人で行ってしまわれました。念のため警備役を3名つけましたので、問題はないと思いますが』

 この「同行、同席を希望」のところはやや嘘かな。……と思ったが、「希望する」というのは決して「要望する」という意味だけではない。「そうなるといいな、と思い描く」でも言葉上は「希望する」だ。中佐は「同行、同席をしたいな~と心の片隅で思ったりもしたけれど」と言っているのであり、決してそのように「申し出た」とは言っていない。

『それから、……これは、できればお耳に入れたくなかったのですが……』

 中佐がそう言うと同時に、僕は駆け足の「ヨーイ」の姿勢をとった。

『ナカジマ大将に関しては……現実問題として、現場に出すべきではないと思われます。彼は大変危険です。ホンブ大将、この通信はA回線でありますね? これからお伝えするのは、重要な問題事項です。音をしぼっていただきたい』

 そのタイミングで、僕は全力でブリッジに駆け込んだ。

「大変です! 捕虜が、ナカジマ大将を人質にとって逃走をはかっています!」

 少し離れたところから全力で駆け込んだせいで、いいあんばいに僕の呼吸は乱れていた。この程度で息切れするなんて少し運動不足のようだ。

「なにやってたの、警備陣!」

 中佐が本部へのマイクのスイッチを入れたまま大声で僕を怒鳴った。

「それが、大将が、俺に任せろと強引に一人で入ってしまわれ、我々にはどうにも……」

 息切れしていなければ僕はひどい大根役者だったろう。だが、息切れのせいで言葉の調子がなかなか緊迫している。成功だ。

「大将1人で、若くてガタイのいい軍人に対抗できるわけないじゃない! 何のために警備を3人もつけといたのよ!」

「お言葉ですが、大将ご自身が我々に命令なさったのです。下がるようにと。我々は反対したのですが、断固下がれとおっしゃるので……」

 中佐は本部の画面に向き直り、叫んだ。

「緊急事態が発生した模様なので、報告を終わらせていただきます!」

 その瞬間、ナカジマ大将を乗せ、丑五郎侍少尉が操縦するブラスターSTが格納庫のハッチから宇宙空間へ飛び出した。

「中佐! 敵捕虜、逃げた模様!!」

「なに!! ……ホンブ大将、失礼いたします!!」

 乱暴に通信を切ると、中佐、大佐、リオリ中尉は、

「全員、待機!」

 と言い置いてブリッジを駆け出した。僕も後を追った。なお、今回のリオリ中尉の役目は、両方の様子をイヤホンで確実にモニターして、イレギュラーの事態に対してどうにでも対応できるように待機することである。

 敵をだますにはまず味方から、今回の作戦は、例の6人と僕しか知らない。あとは、丑五郎侍少尉がうまく敵のもとへ「戻って」くれれば成功だ。丑五郎侍少尉は敵側に認証コードを持つスパイだから、我が軍の名誉総大将を人質に敵陣へ戻れば、一応手柄ということには、なる。まあ、昨今の風潮として捕虜は煙たがられるが……。しかも、相手方の重要人物であればなおさら扱いが面倒なだけだ。「人権団体がうるさいから捕虜は困る」などとは言えないため、表面上は「手柄」として扱われるだろうが。

 カムフラージュのために追っ手が出る算段なので、僕は格納庫に向かった。すると、

「ちょっと、なにこれ!」

 というスズミー少尉の声が聞こえた。

「どうした、スズミー」

 リオリ中尉が一足早く踏み込んだ。僕も、追って格納庫に飛び込んだ。

「ああっ!」

 僕も仰天した。そこには投降する彫像動力機が掲示するための巨大な旗が置いてあった。

「丑五郎侍の奴、白旗おいてってんじゃん!」

 キアト中佐が叫んだ。この旗がなければ、敵に見つかったとたんに撃たれてナカジマ大将と心中だ。

「しょうがないなあ、スズミー、ちょっと01で追っかけて。後ろから追って、もし敵が現れたら後ろから丑五郎侍のヤツを撃ってやってよ。敵は無視、深追いも禁止。とにかく敵が丑五郎侍を味方と認識したら即戻って。あとは、見失ったとか言ってすぐ戻っていいからシンジンくんとウスイくんはテキトーに追っかけて。あと、リオリさん、小型の作業用彫像動力機、あれ、捨てといて」

「あれは分解して部品にします。あとかたもなくバラせますから」

「これで、捕虜が大将を連れてブラスターSTで逃げて、スズミーが追ったけど敵の艦隊が援護したせいで取り返せなくて、ウスイくんとシンジンくんは追いつけなくて、しかたがないから丑五郎侍くんを大将奪還のために作業用メカに乗せて敵陣へ送り込んだ……というシナリオができて、終わりかな?」

「オッケーです」

 スズミー少尉は丑五郎侍少尉を追ってすごい速さで出撃し、僕と大佐はテキトーに後を追った。

「大佐、いつベースに戻りましょっか」

「んーまあ、あと5分くらいしたらねー」

 僕らは偵察でもするようにのんびりと等速直線運動に身を任せた。

「そういえば、大佐。なぜ、自分を作戦の仲間に入れてくださったのですか?」

 中佐と大佐はアリバイづくりのために本部に姿を見せていなければならなかったので、大将を運ぶのに男手がもう一人分あった方がいいのはわかる。だが、「この6人」以外の誰かでは、もしかしたら彼らを裏切って大将の側につくかもしれない(まずないと僕は思うが)。それに、僕はしがない新人だ。

「シンジンくんは、俺のところに大将の不満を言いに来てくれたから……。実はあの時、もうこの作戦決まっててさ。それが露呈しちゃいけなかったから、一般論で無難な返事しかしなかったけどね」

 そういうことだったのか。僕はそれで落ち込んで風邪までひいたというのに。

 徒に宇宙空間を流れていくと、前方に、明らかにブラスターSTとJP01が寄り添って立っている。なにやらパイプを接続しているようだ。なんで丑五郎侍少尉は、この期に及んでまだこんなところをうろうろしてるんだ?

「なにやってんの、丑五郎侍」

 大佐が通信を入れた。すると、

「スマン、ガス欠だった」

 と返事が返ってきた。このひとは、この調子でよくもまあ今まで死ななかったものだ。

 スズミー少尉は、追いついたら渡そうと、投降用の白旗を背中にさしてきていた。それを見た丑五郎侍少尉は、

「あ、旗じゃん。何に使うの?」

 と驚いている。

「あんたが忘れてったの! これがなかったら、速攻撃たれて終わりだよ!」

「え、なんで? オレ、一応味方じゃん、敵の」

「彫像動力機はこっちの軍のでしょ!」

「なんだ、オレ、敵が来たら通信入れればいいんだと思った」

「丑五郎侍くん、あんた敵の軍の全員と顔見知りなわけ? それとも敵は、パイロットの敵味方を判別する機械でも発明したの?」

 心から、丑五郎侍少尉は敵陣にいてほしい。そうだ、この作戦に伴って、彼は敵陣にまたもや乗り込むのだ。しばしの別れだ。僕はコックピットの中で敬礼し、

「丑五郎侍少尉、お元気で」

 と言った。

「あ、いえ、どうもこちらこそ」

 少尉も丁重に頭を下げた。

 スズミー少尉のJP01からエネルギーをもらって、壊れかけのブラスターSTはまた旅立った。薬で眠らされたナカジマ大将は、丑五郎侍少尉の手によって敵陣に捕虜として連行された。ブラスターSTが遠ざかって小さくなるまで、僕らはぼんやりと彼の後ろ姿を見送っていた。

 ブリッジに戻ると中佐が通信中だった。どうやら、本部からさっきの事態について報告せよとお達しが出たようだ。なんたって、前大戦の英雄ナカジマ大将が敵に拉致され、まんまと逃げられたのだ。白鶏におとがめがないはずはない。

「現在、我が軍で一番速い彫像動力機が後を追っております。しかし、ナカジマ大将がとらわれている以上、全力での攻撃は仕掛けられません」

 キアト中佐は堂々たるものだ。僕は今、次の場面のために薄い衝立越しに待機しているせいで、本部からの通信もギリギリ聞こえる。

『今回の捕虜は、どういった人物だったのかね。名前は、階級は、操縦の腕は!』

 中佐が答える。

「それも、ナカジマ大将がお一人ですべて対処なさっていたため、わかりません。そういった勝手な行動を見過ごせない、という報告は先ほど行った通りです」

『もっと早く、そういう報告は入れられなかったのかね』

「軍では上官の命令に必ず従うのが規律です。上官には服従し、責任は上官が負う、そうではないのですか。我々は限界まで上官に服従し、指示に従いました。規律を守ったことを咎められるいわれはありません」

『…………』

「同時に、本部についても責任の一端があると言わざるを得ませんが。本艦にナカジマ大将を配属するときに、当然こういった事態、ひいては最悪の事態も想定できたはずであります。我々が絶対に生き延びるという保障など元からありません。これでは、未必の故意という見方をされることもあり得るのではないでしょうか」

『な、何をバカなことを……』

「我々は事前に何も聞かされず、ただナカジマ大将の配属通知をいただいただけです。その時点で責任は本部にあります。その後ナカジマ大将に従っていたことで今回の事件が発生した以上、責任者として指示を出していた大将に責任があります。部下として指示を的確に守っていた我々に責任が転嫁されるなど、あってはならないことです」

 本部は何も言い返せなくなっていた。そして、とどめの一撃。

「先ほどの通信中に事件が起きましたため中断しておりました報告を申し上げます。ナカジマ大将は、核兵器の使用を指示いたしました。我々は反対し、なんとか止めることができました」

『か、核兵器!!?』

 核兵器!?

 僕もびっくり仰天した。核兵器は軍法会議ものだ。現在死刑は人権団体の運動によってほぼ全世界的に廃止されているが、核兵器使用という大罪においてはその死刑さえ選択されかねない。

「ご報告が遅れまして申し訳ございません。前大戦から引き継いだ彫像動力機、GMDMJP02が破損いたしましたため修理を行っておりましたところ、目下一度も使っておりません背後に装着された大型バズーカが、バズーカにカムフラージュした核兵器であることが判明いたしました。ご存じのとおり、バズーカは命中率が低いためあまり使われません。そのため、搭載時の調査の際に見落としておりました。

 そしてその旨をナカジマ大将に伝えたところ、大将は、核をうて、とおっしゃいました。私は必死で止め、その際はおさまりましたが、そうした思想をお持ちの方が司令官というのは……。我々は、国際協定に従って早急に核兵器の無条件提出をすべしと申し上げましたが、大将は、今後最悪の場合にはこっそり使えばわからないとおっしゃって……」

 GMDMJP02のバズーカ?

 あっ! と、僕は声を上げそうになった。それは、もしかして先日の戦闘の際、キアト中佐が撃とうとしていた背中のバズーカ? それが「JP02の最終兵器」……?

『……いや、そんな、まさか……。しかし、そんな浅はかなことは……』

「ここに、証拠の録音音源がございます」

 中佐は音声データを再生した。ブリッジとおぼしき物音がする。録音状態はあまりよくないが、会話ははっきりと聞き取れた。

『私は、こういった場合、どうしても奇襲戦法ばかり考えてしまいますのでね』

 キアト中佐の声だ。そして、追ってナカジマ大将の声。

『いや、奇襲戦法はイチかバチかです。ここは、確実性を確かに実行するために、小物でかく乱するよりは、大きく核で行くでしょう』

『か、核ですか! それは、ちょっと、……』

『いやあ、核で一発ですよ。敵はこれで簡単にアウトです。いわゆるひとつの、最終兵器ですね。ここにこんなふうに、核を撃てば、簡単にカタがつきますよ。どうです?』

『私は断固反対です。それでは、ルールに違反するではありませんか? 規律を守らずに勝つことは、その場ではよくてもその後で問題になりますから』

『いえいえ、この場合はですね、勝てばそれでいいんですよ。誰が見ているわけでなしね。戦いは、その場その場で展開しているのであってね、こういう難しいケースにおいては、非情に徹することが勝利につながるわけですから。何回違反をしたとかの統計が出てその後以降の戦局に影響するというならともかく』

『いや、しかし、私は断固反対です』

『しかし、後はこの局面だけなのでしょう?』

『そ、それはそうなのでありますが』

『いいじゃありませんか、そんなに堅苦しく難解に考えなくても。核一つで、終わるわけですから。ここで核を撃って、我々の勝利、それでよいんじゃあありませんかねえ』

『私は断固、反対いたします。わかりました、この局面を打開する方法を提示申し上げれば、核の使用は諦めていただけますね』

『そりゃあ、元々は核を使わないのがルールなのでねえ。そうですか、キアトさんは、まじめですねえ。うーんそれは結構。私も少しは見習わないといけませんかねえ、歳をとると、残された時間が短いせいか、短気になっていけませんねえ……』

 録音はそこで終わっていた。僕も衝撃を受けたが、本部のお偉方は真っ青だった。これはキアト中佐のでっち上げテープではないのか? たとえば、劇の練習をするとか言ってテキトーな台本を読ませたとか……。だが、それにしては、相変わらずナカジマ大将の日本語は変だ。

「我々の努力がおわかりいただけましたか。おわかりいただけないなら、除隊はもとより覚悟の上であります。我々は除隊されたら、このテープを持ってジャーナリストになりますが、それでもよろしいなら」

『……きょ、脅迫かね!』

 つくづく過激な司令官を持ったものだ。総本部のお偉い方をずらっと並べて、この言いぐさだ。あきれるというか、感心するというか。

「いえ、本部の方で我々の努力をお認めくださり、しかるべき方に責任の所在を認めるということであれば、我々はあくまでも一軍人でありますから、こういったものはすべて資料として本部に提出するものであります」

 中佐はそこで、寛容な笑みをたたえた。

「今回の責任はあくまでもナカジマ大将にあります。我々は忠実に従っただけです。そのことをお認めいただき、また、今回の責任をとって大将に本艦を外れていただければ、我々は軍に対して何ら仇なす気はございません」

『ううむ……』

 そのまましばらくにらめっこが続いた。そこで、帰艦していた我々が駆け寄り、芝居の仕上げをした。

「キアト中佐! 我々は全力で大将を拉致した機体を追いましたが、敵の援護にあい、かないませんでした。申し訳ございません!」

 すぐに大佐が本部連中の方に向き直り、頭を下げた。

「報告は、キアト中佐から行っているとおりです。私も、元司令官として責任を感じ全力で追いましたが、敵艦隊の反撃にあい、やむなく撤退いたしました。対応としては、諜報を任務としておりますコードネーム丑五郎侍少尉を、作業用のメカに乗せて敵方に送り込みました。彼に大将の奪還を一任したいと思います。以上です」

 少しだけ間があって、それからホンブ大将が重い口を開いた。

『……わかった。白鶏に関しては、責任は不問とする。君らは、軍人として、部下としての職務を全うしたにすぎない。問題発生以降の対処についても、誠意をもって全力をあげたことを認めよう。ウスイ大佐』

「はい」

『本日をもって、白鶏部隊の指揮官は、ウスイ大佐を任命する』

「ありがとうございます」

『それから、キアト中佐』

「はい」

『本日をもって、戦艦白鶏の副指揮官は、キアト中佐を任命する』

「ありがとうございます」

『それからキアト中佐、軍の規律に従い、重要証拠となるものはすべて本部に提出のこと』

「もちろんであります」

『それでは、今回の件については本部より正式に発表される。それに従うように。以上、ご苦労であった』

 こうして、ナカジマ騒動は終結した。本部との通信を切るとブリッジから拍手が起こり、「まあまあ、まあまあ」と中佐が手を振ってみんなをおさめた。

「怪我の功名と言いますか、いや、ナカジマ大将のあの勝手気ままな振る舞いから言うと必然と言った方が正しいと思いますが、そんなわけで、彼は異人さんに連れられて行っちゃったので、今日この瞬間から、この艦の司令官は、私になりましたあ!」

 また大きな拍手が起こった。さっそく大佐がツッコミを入れる。

「センパイ、一応本部に司令官に任命されたのは、俺なんだけど……」

「あら、いいのよ別に、君が司令官をやっても。やる?」

「いえ、俺は一兵卒で結構。ザッコはもう直るんでしょ?」

「たぶんねー」

 ああ、これこそいつもの光景。……と、思ったら、リオリ中尉がいない。あたりを見回していると、自動ドアが開いて犬が入ってきた。

「つるつるー」

 中尉が意味不明の発声と共に入ってきた。犬はくるりと向きを変えると、中尉に飛びついた。

「やあ、つるつるも復活だね」

 大犬と戯れる楽しそうなリオリ中尉に向かってキアト中佐が言った。どうやら、犬の名前は「つるつる」というらしい。……。まあ、中尉らしいネーミングではあるが。

 こうして白鶏は平和を取り戻した。しかしこの頃から、敵は最終決戦に向けて不気味な牙をとぎ始めていたのである……。

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