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ACT.10 司令官交代!

 目覚めたキアト中佐はウスイ大佐にこってりと油をしぼられていた。その様子はまるで、大佐の方が上官のようだった(笑)。

「助かったから良かったようなものの、追っかけ行為でベースをほったらかすなんて言語道断ですよ。反省してください」

「だからさー、ちゃんと責任とって一人でなんとかしたじゃーん」

「感応砲台500基、いくらしたと思ってるんですか? 次のコロニーについたら、多分おとがめですよ。なんて説明するんです? 副官のキアト中佐が男追っかけて閉じこめられて、やむを得ず使用しました……って言うわけ?」

「あっ! それはちがうと思うけどお?」

「何がどうちがうんです?」

「私がちゃ~んとブリッジにいたとして、あの小さくて速い感応砲台に気がついたと思う?」

「……そりゃ、無理でしょうけど」

「動体視力スカスカ、反射神経ゼロ、超どんくさい私には、きっと永遠に感応砲台は見えなかったね。そしたら、結局同じじゃん。いつの間にか撃たれて、わかんないうちに挟み撃ちくらって、……したら、やっぱり私はあのミステリーサークルを使うね。したら、感応砲台500基使いまくり」

「それでも、センパイが早急にブリッジでみんなに指示を出してたらベースはあそこまで被弾しなかったかもしれないじゃないですか! それに、俺も出撃できたのに」

「あの状況じゃ私は出撃命令なんか出さないってば」

「なんにしろ、司令官がベースをほったらかして……」

「ウスイくんだってあのとき、ベースほったらかしてザッコに乗ろうとしてたじゃん」

「先輩は追っかけ、俺は出撃です! 一緒にしないでください!」

 ……大佐は油をしぼっていたが、中佐はちっともしぼられていなかった。

「とにかく、私が目覚めて良かったねえ。精神感応兵器使って廃人出すと、人権団体がうるさいからねえ。はははは」

 まったくこの人は、ベースのみんながどれだけ心配したか、わかっているのだろうか。

「センパイ、人権団体からの抗議は来ませんが、予算のことで軍からなんか言われますからね!」

 ウスイ大佐が一生懸命説教していると、それまで黙っていたリオリ中尉が、

「大丈夫。感応砲台、だいぶ回収したから」

 と言った。みもふたもない人だ。するとキアト中佐がぽんと手をたたいた。

「おお、じゃあ、ピンチになったらまたいけるんだ、ミステリーサークル」

「もう使わないでください!」

 大佐が叫んだ。そして、そんなことにはおかまいなしで、

「いやあ、あれねえ、なかなか気持ちいいんだよね。らりらり」

 と喜色満面で言うキアト中佐に大佐と中尉はあ然としていた。本当に困った司令官だ。

 困ったと言えば、中佐はあと3日でベースを降りるタクヤマ主任に「コンピュータの使い方教えてー」と詰め寄って、いろいろ教わっていた。大佐は、

「今まで、あれっっっほど俺がコンピュータ使えって言ってもやらなかったのに……」

 と深いため息をついていた。

 キアト中佐が戻った白鶏はのどかに航行を続けていた。いや、ひとりだけのどかでない人がいた。リオリ中尉である。精神感応増幅ミステリーサークルがああいうシロモノである以上、使用禁止にして分解したいのだが、あんな威力の超兵器でもあり、究極の切り札としてとっておきたいという気持ちもあるらしい。彼女は、

「うーん、キアト先輩なら、アニメのビデオでまた治るのかなあ……」

 とつぶやいてキアト中佐をちらりと横目で見たりしていた。僕は、中佐の能力をアテにするのは危ないんじゃないかなあ……と思った。

 のどかである。軍隊としてはとことん堕落している。でも、ものすごく居心地がいい。こんなんで、いいのだろうか……

「次のコロニーにヒーローショー劇場はありますかね?」

 タモト軍曹がブリッジの端末でデータを検索している。野球以外はめまぐるしく趣味が変わる彼女、現在ハマっているのは特撮ヒーローだ。

「あっ、ありました。……歴代グリーンショー?」

「なにそれ」

「戦隊ヒーローの、すべてのグリーンが大集合、って言うんですけど……」

「グリーンか、えらい地味だね」

「キアト先輩、コロニーでの休暇はいつですか? ヒーローショーの日にしてほしいんですけど」

 悪びれることなくタモト軍曹が主張すると、大佐も手を挙げた。

「あっ、俺も行く行く」

「戦隊ショーのために休暇を取るな! そんな休暇、くれてやらん!」

 中佐は一蹴した。大佐と軍曹は拳を振り上げて抗議した。

「横暴!」

「暴君!」

 そこにリオリ中尉とスズミー少尉が割って入る。

「ウスイくんもタモトも、待って。それ全然罵ってないよ」

「ただの事実だよ」

「ちょおおっと。艦を命がけで守って病み上がりの指揮官に向かって、失敬な!」

「センパイ、指揮官は俺!」

 彼らがそんな風にバトっていると、通信が入った。

「ウスイ大佐、ホンブ大将から通信です」

「大将から?」

 大将からの連絡は大佐か中佐が極秘通信用の機材で受けるので、通信係とその周辺の人々が席を外した。通信は3分ほどで終わった。

「キアト先輩、リオリ先輩、タモトさん、ちょっと来て」

 通信を終えると、大佐は神妙な顔で3人を連れて出ていった。

 それから30分ほどして、4人は神妙な顔で帰ってきた。

 いったいどんな連絡だったのかわからないまま、その2日後に戦艦白鶏は第7コロニーに入港した。


 基本的に、コロニーに着くと我々は休暇になる。基地のスタッフによるメンテナンスが入るからである。我々は戦艦クルーに専任されているため、戦艦で航行できないときには仕事がない。

 いつものように白鶏の全員が集まって、大佐が「2日後の夕方5時に集合です」というような説明をした。それから、タクヤマ主任が艦を降りるため、挨拶をした。

「短い間でしたがお世話になりました。また機会があったらこの艦に乗せていただきたいと思います。楽しかったです、ホントに。ありがとうございました。いつか、また……」

 僕はそっとキアト中佐の顔を盗み見た。だが、意外なことに中佐はちがうことを考えているようだった。

 今回はそれで解散ではなかった。

「……みんなに、連絡があります」

 大佐は神妙な顔で言った。

「実は、俺とキアト先輩は、この艦の司令官ではなくなります」

 ええっ、と声が上がった。僕は驚きのあまり声も出なかった。

「この艦の戦績は、上層部に高く評価されたようです。装備がこれだけ貧弱なのにパイロットも失わず彫像動力機もあまり失わずにここまでやってきたこと。それから、丑五郎侍が持ってくる情報や、先日輸送艦からスズミーさんたちが奪った物資や情報などが貴重なものであること」

 もしかして、栄転? ウスイ少将とキアト大佐になるのか? そして、艦を降りてしまうのか? そんなことが頭をかすめた。

 ウスイ大佐は努めて冷静に、いや、冷静を装って宣言した。

「そのため、この艦は、ナカジマ名誉総大将直属となります。知ってのとおり、ナカジマ名誉総大将は20年前に起きた前回の戦争の際に大変な活躍をした人で、その派手なパフォーマンスで人気を博した『ミスター連邦軍』です。もう還暦を過ぎていますが、本部での仕事から今度現場に復帰することになり、この艦に白羽の矢が立ちました。

 2日後に戻ってきたら、名誉総大将の指示で航行することになります。今までのキアト体制とは、運営方針ががらっと変わると思います。なにか不安な所持品等あったら、このコロニーから宅急便で自宅に送り返しておいた方がいいと思います。

 俺からの連絡は、以上です。何か質問は」

 ほぼ全員があるいは勢いよく、あるいはおずおずと手を挙げた。

「え、こんなにいるの?」

 でも、全員の質問は一緒だった。

「ウスイ大佐とキアト中佐は、この艦を降りてしまうのですか?」

 ウスイ大佐はさびしそうな笑顔で、

「いえ、ナカジマ大将が来るだけです」

 と答えた。

 そして、みんなが呆然としたままその場は解散となった。まっすぐに艦を出たものはなく、全員が一回自室に戻った。こののどかな戦艦白鶏のクルーは、全員がなにがしかの「不安な所持品」を持ち込んでいた。僕は無趣味な人間なのでそんなものはない。もしあるとすれば、こうして戦艦白鶏の活躍を書き留めているノートくらいだろう。

 なんで今頃、そんな昔の総大将が……。

 ナカジマ大将のことはよく知らない。中年層の人々が「神様」とまで言ってあがめているが、僕は彼が戦争で活躍していたときまだ赤ん坊だった。時々戦争が起きるたびにコメンテイターとしてテレビに出ていたのは見たことがある。日本語はイマイチ意味不明だが、誰からも好かれる人だという話である。

 けれど、今まで20代の司令官の下で明るく楽しく自由に戦ってきたのに、今更なぜ、還暦を過ぎた彼岸の(失礼! でも「名誉」大将というのはそういうことだ)人が現場指揮をするのだろう。彼は現在のテクノロジーについていけるのだろうか。

 そう、僕が以前無差別放送騒ぎの時に考えたとおり、ウスイ大佐を、キアト中佐を、リオリ中尉を、丑五郎侍少尉を、タモト軍曹を適材適所で使えるんだろうか。まあ、スズミー少尉は大丈夫なんだろうが……。

 ウスイ大佐は他に司令官がいれば単なるA級パイロットだから問題はないが、おそらくザッコには乗せてもらえまい。AA級のパイロットが単なるA級になってしまう。

 キアト中佐はいったい、どういう役回りになるのだろう。データは使えない、彫像動力機は操縦できない、となると作戦参謀か? しかし、旧時代の軍人がキアト中佐の無謀かつ斬新な戦法を受け入れるとは思えない。すると、単なる役立たずだ。

 リオリ中尉の発明も理解してもらえまい。彼女はデータも使えるし、事務作業等もやっているから決してお払い箱にはならないだろうが、多少の軍歴があれば誰でもできるような仕事を中尉クラスの人にやらせるのは非常に無駄だ。しかも、彼女はパイロットとしてはその辺のヒラクルーたちと大差ない。彼女は不毛なものも多数作っているが、白鶏が人もメカも消費せずにうまく戦っているのはリオリ中尉の発明あってこそだ。老人にその辺は理解できるのだろうか。

 そして、丑五郎侍少尉をこの艦のクルーとして戦闘に参加させるということは、うっかりベースが沈む可能性もあるということだ。しかし、そんなことは老将にはわかるまい。

 タモト軍曹についても、おそらく普通の彫像動力機での戦闘が指令されるだろう。彼女の操縦技術もあまり高くなく、キアト中佐と同じ、気合いでなんとかするタイプだ。しかしうまく説明すれば、ノーブルGMDM格納モードと狂戦士システムは使えそうだ。なにせ狂戦士システムはノーブルGMDM自身が切り替えるのだ。しかし、長距離射撃戦に投入されたら遠距離射撃で沈むだろう。

 スズミー少尉は、……GMDMJP02でも超速機01でも、いや彼女ならブラスターSTでもザッコでも大丈夫だろう。

 だが、いったい、これからの白鶏は誰がどうやって戦うのか?

 いや、考えるまい。きっと無差別放送事件の時のように僕の取り越し苦労だろう。……無理やりそう思おうとしたが、今回はもう、大佐から公式発表があった以上覆ることはない。名誉大将が今までのキアト体制を踏襲してくれるわけがない。

 僕は休暇の間も白鶏にずっといたかった。けれど、整備士たちがわらわらとやってきて、クルーを片っ端から追い出し始めた。僕も、無表情なやせた整備士にたったひとこと、

「これより整備に入りますので、ご協力をお願いいたします」

 とだけ言われ、重い足を引きずって艦を降りた。


 僕の休暇のことをいろいろ語ってもしょうがない。

 帰艦の日は、否応なくやってきた。おそるおそる艦に踏み込んだ僕は、荷物を置くとまた急いでブリッジに行った。李下に冠を正さず、という大佐の言いつけをちっとも守らない部下である。

 だが、まだブリッジには誰もいなかった。僕は息を殺して廊下を歩き、自室に戻った。

 やがて点呼がやってきた。静かな点呼だった。やって来たのはリオリ中尉とスズミー少尉だった。

「シンジンくん、オッケー」

 あっさりと二人は去っていき、僕はまた寂しく残された。

 夜の7時に召集がかかった。7時半には出航するという。

「時間です。クルーの皆さんはブリッジに集合してください」

 なんというつまらない放送だろう!

 ブリッジに行くと、新聞やテレビで何度も見た人がにこやかに立っていた。やや薄いがはげてはいない頭と、広いあご。ややひげが濃くてつやつやした顔。これが、ナカジマ大将である。

「皆さん集合しましたか。えーその、それではですねー、あいさつをしときましょうか」

 ナカジマ大将を遠巻きにガードするような位置にウスイ大佐とキアト中佐が立っていた。大佐はともかく、中佐が誰かの後ろで静かに控えているのは似合わない。

「えー、いわゆるひとつの、なんというか、年寄りの冷や水って言うんですかね、そのねえ、私なんかが今更こんな若い方々の先頭に立つなんてのはね。いやあ、私もどうかとは言ったんですがそのう、結果的にというか、まあなんですか、可愛い戦艦の、えーと、戦艦、白鳥はくちょうベースでしたっけね? ひとつの縁とでも言いますか、……」

 要領を得ない、何が言いたいんだか焦点の絞れない挨拶は、それから実に20分も続いた。ありがちな、おしゃべりな老人だ。彼が現役のパイロットだったときは、そりゃあすごかったという話だ。だが、悪いけど僕はそんなことは知らない。

「インパクトと言いますかね、この、ガツーンと来る感じが大事なわけですよ。それはもう、真剣勝負なわけですから、敵が来たらガッとね、こう、……」

 僕は暗澹たる気分で長い挨拶を聞いていた。


 案の定、大将が来てからの白鶏は普通の戦艦になってしまった。キアト体制の時は「フレックス制」とでも言うのか、任務に就く時間はもちろんブリッジにいてきちんと責任を果たすのだが、それ以外の時でもなんとなく人がブリッジに集まっていた。自分の勤務時間がコアタイムで、その前後にむやみにフレックス勤務をしてしまっていた。だが、大将が来てからはみんながやけに自分の時間に正確になった。年老いたお偉いさんがブリッジにでんと座っていては、仕事以外の何にもできやしない。(まあ、普通は職場で仕事以外のことをしないものなんだけど)

 さらに僕を絶望に陥れたのは実戦の際の艦の変わりようだった。

 僕たちの司令官がキアト中佐だろうとウスイ大佐だろうと、そしてナカジマ大将だろうと敵は攻めてくる。この日も、いつものように「電磁煙幕確認!」という係の声で戦闘が始まった。

「とりあえず、波状攻撃で行きましょう」

 ナカジマ大将が言った。

「この艦で一番操縦がうまいのは、誰ですか?」

 大将はブリッジを見回した。おいおい、そんなこと今から確認してたんじゃ間に合わないよ。でも、一般的な意味で操縦がうまいのはスズミー少尉だな、と思った。案の定、背中を押されてスズミー少尉が前にはじき出された。

「お、女性ですね。女性が一番ですか」

 なんと、大将は一目でスズミー少尉を女性だと見抜いた。実はすごい人物なのかもしれない。ブリッジにもどよめきが起こった。

「次に操縦がうまいのは、誰ですか?」

 大将は問うたが、我々は言いよどんだ。全員が同じ人を思い浮かべたのだが、なんたってその人は、先日までこの艦の司令官(名目上)だった人だ。本当なら指揮官であるべき人なのに、パイロットとして名が売れているのは若干まずい気がする。

 その瞬間、ベースに着弾があった。老将の目を気にしている場合ではないことに、やっとみんなが気づいた。

「次に腕がたつのは、ウスイ大佐であります!」

 クルーが口々に言うと、大将は何度もうなずいた。

「そうですか、ウスイくんは人望がある司令官ですね。それともお手本かな」

 今の言葉は日本語としてビミョーにずれている気がする。「A、それともB」という構文は2つのものを比較する表現だが、「人望がある(司令官orお手本)」という並列構造なら「人望があるお手本」がおかしいし、「ウスイくんは(人望がある司令官orお手本)かな」という並列構造であれば「ウスイくんはお手本かな」が変。「クルーみんなのお手本」とか「パイロットのお手本」とか、何のお手本なのかを示さないと不明瞭な日本語だ。

 それから大将は、なんと、我々クルーを3つの班に分けた。

「先発に2番目に強いウスイくんのチームが行ってください。それから中継ぎに、それほどうまくない人たち。タモトさんでしたっけ? あなたが隊長です。それから最後に抑えの切り札、スズミーさん。この勝ちパターンさえ出来上がれば、戦闘はいつもこうしていけば勝てるわけですから」

「ナカジマ大将」

 そこへ、キアト中佐が声をかけた。

「恐れながら、戦力をむやみに均等化して小出しにするのはどうかと思われますが」

 そう、そのとおりだ。10機のブラスターSTが出るより、スズミー少尉のJP02が一機だけ出た方がずっと強い。今までたいがいは大佐とスズミー少尉で片がついていたのに、クルーの大半がパイロットとして出撃しなきゃならないなんて、無駄な死人が増えるだけだ。B級パイロットは、AA級のパイロットには束になってもかないっこない。

 しかし、老将は軽快に言ってのけた。

「いやあ、他の隊でも強い隊はね、抑えがしっかりしてるんですよ、抑えがね」

 ちょっと待て、白鶏は戦績がトップクラスだったはずじゃないのか? 強いチームがなぜ、他のチームの真似をしなければならないのだ?

「それでは、出撃してください」

 僕は最後の班に入れられていた。初陣である。しかし、これは感傷の問題なのだが、キアト中佐率いる戦艦白鶏から出撃したかった。

 しぶしぶ、大佐たちは出撃していった。

 結果から言って、僕たちは勝った。なぜなら、ほかの人々が「スタンバイ」と称して次々に格納庫に行き、間をおかずに全員が出撃してしまったからだ。第一班と第二班、第二班と第三班の出撃の間は一分となかった。僕が出撃しようとした瞬間、第三班の先頭を切って出撃したスズミー少尉によって敵は全滅した。僕の初陣は次回以降となった。

 大将は僕たちに小言を言った。

「あれでは、波状攻撃にならないんですよ。せっかく作戦を立てたのに」

 だが、ブラスターSTが3機も破損した。この程度の戦いで彫像動力機を破損するなんて、今までの白鶏だったら考えられない失態だ。

 中佐、と僕は心で呼びかけた。このままではいつか死人が出る。なんとか言ってください……。

 だが、中佐は一生懸命メモをとっていて、僕たちの方をちっとも見なかった。

「いやあ、ですがね、スズミーさんはすごいですね。ウスイくんのザッコもすごかったですけど、スズミーさんは女性なのに本当にすごい。いや、こういうのは男女差別になるかな。いけませんね、失敬失敬。とにかく、みなさんの力は見せてもらいました。これからもがんばっていきましょう」

 大将はご機嫌な様子でまくし立てていた。小言を言っていたことは速攻忘れたらしい。現場に復帰したことがことのほか嬉しいようだった。


 だが、それからも僕たちの苦難は続いた。今後の戦闘について作戦会議が開かれ、またもや大将がわけのわからないことを言い出したのである。

「スズミーさんは、ジェーピー2号機に乗ってましたね。あれは、いい機体です。でも、スズミーさんは強いですから、ほかの機体でもいいと思うんですよ」

 もちろん彼女はほかの機体でも大丈夫だろう。なんたって「テクモンの悪夢」である。装甲が薄すぎて通常の戦闘には使えない超速機JP01だって、見事に戦艦を落としてきた。けれども、大将の言ったことは絶対に間違っていた。

「基本的に、先発、中継ぎ、抑えが大事なんです。そしてそれらのバランスが大事です。みんなが強くなくちゃ、勝てない。ですからね、いわゆるその、機体とパイロットの均等化、っていうんですかね?」

 均等化! なんとバカげた考えだろう。パイロットが同じような実力では、作戦も立てられない。みんなが同じような実力に雁首揃えて、真っ向から「はないちもんめ」をするように戦ったら、勝ったとしても何機かは確実に沈む。

「ですからそのう、スズミーさんは一番弱い機体に乗ってもらって、次にウスイくんが弱い機体に乗って、ですね。……そういえば、一番操縦が下手な人は誰なんでしょうかね? 作戦を立てる上で必要なだけだから、遠慮しないで積極的に名乗り出てください」

 どうも「遠慮」という言葉の使い方がやや間違っているような気がするが、それはおいといて、困った質問が出たものである。全員がうつむきつつ、頭の中ではある人物を思い描いていた。

「おや、困りましたね。やっぱり下手な人なんて言ったら言いにくいかな。でも、いいんですよ、下手な人は、囮にするとか、いろんな使い方があるんですから」

 バカか、この人は。操縦が下手な人を囮にしたら、本当にカモになって沈むだけじゃないか。

「えーじゃあ、元司令官の、ウスイくんに訊きましょう。誰でしょう?」

 本当に、いつも損な役ばかり回ってくる人だ。僕は心の中で十字を切った。

「それは、……キアト中佐です……」

 ただし、それは通常の領域でだが……という説明は、この老将にしても無駄だろう。たしかにパイロット能力から言ってふつうに出撃したら中佐は散々なのだろうが、リオリ中尉の発明品を使ったり、非常事態に陥ったりしたときの彼女の力は非凡である。まあ、それがいつでもアテになるかというとはなはだ不安ではあるが……。

 中佐は涼しい顔でそれを聞いていた。「操縦が下手」というのを自分のアイデンティティの一環程度にしか思っていない様子だ。

「ほほう、キアトさんは、操縦は苦手なんですか。じゃあ、あの立派な、ジェーピー2号機は彼女が乗ればいいですよ」

 大将がそう言うと、例の6人のうちキアト中佐をのぞく5人が真っ青になった。いや、クルーも「中佐が出撃する」という可能性に血の気は引いたのだが、彼らの動揺ぶりは明らかに異常だった。キアト中佐は、不敵にニッと笑った。

「光栄です」

 ナカジマ大将はうんうんとうなずいた。

「キアトさんは、素直な女性ですね。操縦が下手と言われてそれだけ謙虚でいられるのは大したものです。いいお嫁さんになりますよ」

 クルーが全員、一様に眉をしかめた。中佐はそれを見て「まあ、失礼しちゃうわ」という顔をした。

 そして、事態はなお悪くなった。キアト中佐はきわめておだてに乗りやすい人物らしく、「いいお嫁さんになる」と言われて大将を気に入った様子だった。やたらと大将の周りをうろついては他愛ない話で盛り上がっている。僕たちは、この戦艦白鶏もキアト中佐もナカジマ大将にとられてしまって、なすすべもなく日々を過ごすしかなかった。


 来てはならない日がついに来てしまった。キアト中佐がGMDMJP02で出撃する。中佐は自分の腕を心配することもせず、妙に浮かれていた。

「私にGMDMJP02を使えということは、もっともエレガントな武器を解放してもいいということかしら」

「ダメです! あれも国際協定違反です! 絶対に使用禁止です!」

 連中は中佐を囲んでそんな話をしていた。

 エレガントな武器?――自分の中で何かを思い出しかけた感覚があった。GMDMJP02について、以前ちょっとばかし気になる話を聞いたような……。

 キアト中佐は大佐のJP01とともに先発隊に入っていた。せめて最終出撃する班に入っていてくれれば、他の連中――もちろん、僕を含めて――で何とかカタをつけ、中佐を出撃させないように努めるのだが……。

 そして今回はもうひとつ恐ろしいネタがあった。丑五郎侍少尉が通常の出撃を命じられていたのである。

 ウスイ大佐がザッコではなく超速機JP01で、1班。装甲が薄すぎて実戦にはほとんど投入されない機体だ。ザッコを降りた大佐は単なるA級パイロットである。キアト中佐がJP02で、1班。リオリ中尉は参謀役としてベースに残り、スズミー少尉はザッコで第3班。丑五郎侍少尉は汎用のブラスターSTで第2班。唯一の救いはタモト軍曹がノーブルGMDMでそのまま出撃できることだったが、彼女も第2班であり、先発で出た中佐のJP02を狂戦士状態で沈めかねない。

 恐ろしいことにとうとう出撃は始まった。しかも、前回僕らが「波状攻撃」の指示を無視したため、今回はナカジマ大将がGOを出すまで2班は出られないことになった。3班の僕は2班が出終わるまでスタンバイを禁じられた。

 僕は祈るような気持ちでモニターを見ていた。JP02は戦場の最後尾にいる。おそらく大佐が「先輩は下がっててください、邪魔だから」かなんか言って追いやったのだろう。敵は明らかにいつもと違う白鶏の布陣に戸惑っているようだった。

 大佐は、ザッコを降りてもやはりA級で、やたら速度の出るJP01でことごとく敵の背後をとり、ブレードで切っていた。他の連中も早くカタをつけたいらしく、大変ながんばりようだった。

 しかし、ブラスターSTが一機、また一機と被弾した。ダメージを受けながらも粘っていたが、やがて一機、また一機と戦闘不能になり、脱出を余儀なくされた。

 こんなに不安な戦いを見るのは初めてだった。敵は白鶏の戦力を「AA級二人とそのガード」と見て精鋭を投入してきている。だが今は「A級一人とE級一人とそのガード」でしかない。しかもE級の乗った名機JP02は最後方にいて動かない。要するに、正味、牙をもがれた大佐しかいない状態だ。

 ついにJP02が被弾した。幸い装甲が厚い機体なので表層部の破損ですんだ。だが、その動きの悪さを見て何機かがJP02を狙い始めた。彼らは「テクモンの悪夢」を恐れていただけで、パイロットがかわればJP02だって「性能のいい機体」以上のものではない。

 2、3発続けて被弾したJP02は、なぜかよゆうしゃくしゃくという風情で背中に手を伸ばし、巨大なバズーカ状のものをゆっくりと引き抜いた。それを肩の上に構えようとした瞬間、すごい勢いでJP01が飛び込んできた。01に体当たりされて02は勢いよく吹っ飛び、そこに敵からの大型ビーム砲が間一髪で通過していった。さすがにあの大きさのビームを食らってはJP02の装甲でもひとたまりもないだろう。さすがは大佐、どんな状況でも中佐に目を配っているのか。

 そこで第2班の出撃命令が出た。第3班の僕たちは順次スタンバイを始めた。しかし、格納庫やコックピットにいて戦況が把握できないまま出撃命令を待っているだけでは不安が募る。この待機は非常にストレスフルだ。

 僕は、僕にあてがわれたブラスターST2号機に向かった。ブラスターSTは5号機まで少しだけ装甲が厚くなっており、初陣になる僕にはそういうありがたい配慮がなされていた。もちろん、その配慮をしてくれたのはナカジマ大将ではなく、リオリ中尉である。

 僕はコックピットの扉を開けた。すると、見慣れた顔がこっちを向いて、目を丸くしていた。一瞬なにが何だかわからなかったが、すぐにそれが出撃したはずの丑五郎侍少尉だとわかった。

「しょ、少尉、なにをしてらっしゃるんです?」

 僕は声をかけた。「なにをして」って、おそらく「うっかりして」乗ってるんだろうけど。

「え? だってオレ、2番だって言われたからここでスタンバってるんだけど?」

「少尉、2号機は自分に任された機体であります。少尉は、『2班』で出撃命令が出ていたはずですが……」

「2班?」

「はい、もう2班は出撃しているはずですが」

「え? マジで?」

 そう言うと少尉はコックピットから出てきた。すぐにその様子を見てメカニックが走ってきた。

「丑五郎侍少尉! ここにいらしたんですか? さがしたんですよ、少尉の乗るはずだった12号機がもぬけのからだったので……」

 おかげで僕と丑五郎侍少尉は出撃が3班の最後になってしまった。僕は、少尉のうっかりがこの程度ですんで本当によかったと思った。

 初陣の時がやってきた。カタパルトに自機をセットし、コックピットの背もたれにきちんと背中をつけた。

「シンジン、いきます!」

 あこがれの瞬間である。僕は勢いよく宇宙空間に射出された。苦しいくらいの加速が心地よかった。

 しかし、戦況は思いのほか厳しいようだった。3班の最初に出たスズミー少尉のザッコが片手と片足を失ってなお戦っていた。何に乗ってもAA級のスズミー少尉だが、ザッコの各段に劣る機体性能ではB、あるいはC級の成果がやっとである。ザッコは大佐専用機として搭載しているのであり、大佐が乗らなければただのがらくただ。

 大佐の01は……と目で探していたら、背後から何かの破片がぶつかってきた。びっくりして僕は振り返った。白鶏のカタパルト付近でブラスターST12号機が頭部を破損してうずくまっていた。僕はあわてて通信を入れた。

「丑五郎侍少尉! 無事でありますか!」

 一応コックピットは腹部にあるので、頭部の破損はパイロットに影響ないはずである。

「シンジンくんか、一応大丈夫だけど、ちょっと出直して来ますワ。みなさんによろしく」

「どうなさったんです?」

「オレ、今までに結構カタパルト系のミスやってるから、やばいかなと思って足元をのぞき込んだら射出始まっちゃってさー。足はちゃんとはまってたんだけど、脚の間に頭挟んじゃって……」

 と答えた。僕は、丑五郎侍少尉が戦線に参加する前に是非戦闘を終了したいと思った。

 前進すると、戦闘空域で妙なことが起きていた。どう見てもJP02とJP01がもみ合っている。僕は通信を入れてみた。

「中佐、大佐、なにをやってらっしゃるんですか!」

「あっ、シンジンくん」

「シンジンくん、こいつに何とか言ってやってよ、私に敵を撃つなって言うのよ?」

 つい大佐に加勢したくなったが、中佐もさすがに戦場でなにもしないわけにはいくまい。

「ウスイ大佐、お気持ちはわかりますが、この場合は……」

「なによ、お気持ちはわかりますがってー」

 中佐のふてくされた声を聞いて僕は焦った。基本的に、僕は正直すぎるのだ。

「すすすすみません、失礼いたしました」

「とにかく、キアト先輩は引っ込んでてください、俺らでなんとかするから。危ないものは振り回さないで!」

 スキをついて大佐の01が中佐の02から大きなバズーカのようなものを奪い取った。キアト中佐が文句を言った。

「ケチ! 宝の持ち腐れじゃん、使わなきゃ」

 そのとき僕は、かつてベースのブリッジで何気なく聞いた一言を思い出した。ベースが危機に陥ったときにリオリ中尉がもらした「スズミーの奴、JP02の最終兵器を……」というつぶやきである。

 最終兵器? では、あれが?

 しかし、大佐がその謎の武器を遠く(とはいえ、ベースのそば)へ投げてしまった。いったい、どういうシロモノなんだ?

「シンジンくん、危ない!」

 通信マイクから聞こえた叫びに僕が驚いて振り返ると、目の前にミサイルがあった。次の瞬間目から星が出て、僕のブラスターSTは大破した。……らしい。詳しいことはわからない。すなわち、僕は初陣で見事敵の攻撃を食らって沈んだわけだ。


 目覚めると、医務室だった。ぼうっとしているとベース付きの軍医さんが僕の様子に気づき、声をかけてきた。

「ああ、脳しんとうだよ。大丈夫、大丈夫」

 そうか、僕はミサイルにやられたのか……情けない。

 ところで戦いは? 僕が出撃したとき、戦況は完全にベースが不利だった。スズミー少尉のザッコは大破していたし、大佐と中佐は内輪もめをしていた。ほかにこれといった戦力もない我々が、あの状況から勝てたとは思えない。僕たちはもう敵の手に落ちているのでは……?

「中佐、新人くんが今、目覚めましたよ」

 軍医さんはブリッジに内線を入れていた。そして電話を切り、僕の方に向き直って、

「大丈夫なら、自力でブリッジに戻ってこいってさ」

 と言って笑った。中佐らしい思いやりだ。

 しかし、今度のことで僕は徹底的に腹を立てた。ひとつ間違っていたら死んでいた。僕だけではない。この艦のみんなが、老将のテキトーな指示で死んでいたかもしれない。これでは「八甲田山」だ。「八甲田山」というのは、日本軍のお偉いさんが部下を無謀な雪中行軍という訓練に行かせ、多数の凍死者を出すという絶望的な映画である。まさに今の我々がそういう状態じゃないか。無駄死にはごめんだ。

 僕はブリッジに行き、無事の報告をした。ナカジマ大将は不機嫌そうだった。どうやら僕たちが思ったような働きをせず、かなりの被害を出したことが原因のようだ。前評判からいけば余裕の戦いが想定されたのに、実際に指揮をとってみるとてんで弱い……とでも言いたげだ。僕は「あんたのせいだ」とのどまで出かかった。他の隊の真似をしたり、テキトーな配置換えをしたり、とにかくカンや何となくで采配を振られても困るのだ。


 腹に据えかね、僕はプライベートタイムに大佐の部屋を訪れた。

「あれ、どうしたのシンジンくん、珍しいね」

 僕は大佐の部屋に上げてもらい、自分の考えを率直に述べた。

「ですから、このままでは誰かが死ぬし、いずれ艦ごと沈みます。ナカジマ大将に、本部に戻ってもらうことはできないのでしょうか」

 僕は、大佐ももちろん同じように思っていると勝手に思い込んでいた。だが大佐は思いがけないことを言った。

「シンジンくん、俺らに人事権はないんだよ。ましてや、名誉総大将殿の配属先に口は出せない。軍人たるもの、いかなる状況であっても自らの能力で生き抜かなきゃならない。愚痴を言ってもしょうがない」

 大佐……。

 僕は打ちのめされ、おざなりな挨拶をして部屋に戻った。ベッドにうつぶせに倒れ、そのままぼんやりと時間を過ごした。彼らも、上官に対しては単なる軍人でしかないのか。クルーが死ぬかもしれなくても、ただ黙って上官に従うだけなのか。

 僕は彼らを見損なった。

 だが、そういえば、つつがなく運行している白鶏が、あの戦況をどう乗り切ったのか聞くのを忘れてしまった。つべこべ言う前に、このことだけは聞いておくべきだった……。

 僕の脳内は不快信号でいっぱいになった。泣き寝入りをするみたいに、僕は眠ってしまった。

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