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ACT.9 ノーマル戦艦白鶏戦記

 我々は黙ったままブリッジにいた。こんなとき、倒れたのが他の人なら、中佐が「落ち込んでもしょうがないしい。落ち込むのは、死んでからにしようゼ」かなんか不謹慎なことを言って和ませてくれるんじゃないかと思う。

「リオリ中尉、あの……」

 はじめに口を開いたのは、意外にもタクヤマ主任だった。

「え、何?」

「あの、キアト中佐の指示で、精神感応増幅ミステリーサークルの機械をだいぶいじっちゃったんで……。すみません、まさか、ああいったものだとは思わなかったんです……」

 ははあ、キアト中佐にメカをいじれるはずがないと思ったら、そういえばあの場に閉じこめられていたのは中佐だけではなかったっけ。しかし、堅気の情報局の人がよくリオリ中尉の発明品をいじれたものだ。

「それは仕方ないよ。キアト先輩が緊急時にブリッジを外していたのは問題行動だから、ああいう形でも責任はとらなきゃならないよ。タクヤマくんはこの艦の司令官の指示に従っただけだし、実際に、精神感応増幅ミステリーサークルは正常に作動したよ。たいしたもんだ。謝ることなんて、ないよ」

 中尉が言うと、主任は恐縮して小さく頭を下げた。

「研究中の資料も、やむなく勝手に拝見しました。すみません」

「あれ見てわかったんだ。すごいね、情報局って、コンピュータ関係以外にも専門知識いるの?」

「いえ、趣味で一応、簡単な小型ロボットとかならAIから作れますから」

 リオリ中尉とタクヤマ主任は結構話が合っているようだ。聞くともなしに聞いていると、視界の先に大佐の姿が見えた。自動ドアを開けて、廊下から手招きをしている。

「え、僕ですか?」

 たまたま僕が近くにいたので、白羽の矢が立ったようだった。

「悪いね、ちょっとテレビだけは一人じゃ重くって」

 テレビ?

「うん、まあ、キアト先輩の治療に使おうと思って」

 大佐は何気なく言い、視聴覚室に向かって歩いていく。僕はついていった。

「治療方法が、わかったのですか?」

「まさか。俺医者じゃないし。でも、何にもしないより、もしかしたら治るかもしれないことをしたほうがいいと思って」

「いったい、何をするんですか?」

「……うーん、いや、まあ、いろいろと」

 大佐は言葉を濁した。なんかまずいことを訊いたかと思い、少し冷や汗をかいた。

 僕は大佐と共にテレビを一台医務室に運び込み、中佐の枕元にセットした。

「ありがとう。もういいよ」

「あの、中佐の状態は……」

 もしかして、この人のことだから「ただ疲れて寝てるだけ」というオチを期待して問うてみた。だが、大佐は深々とため息をついた。

「今回ばかりは、センパイも気合いだけではどうにもならなかったみたいだね。いや、敵艦隊は気合いだけでどうにかしちゃったんだけど。医務室の先生が検査したところによると、生体機能にはなんの損傷もないらしいよ。ただ、脳が……ショートしたみたいな状態っていうか、何に対しても無反応になってるらしい。脳波も微弱で、全く意識がないだけじゃなくて無意識の領域でも活動がないらしい。脳細胞は無事らしいんだけど……」

「そうですか……」

 僕は大佐を残して医務室を出た。

(だから、なんで大佐が一人で残るの?)

 普通、女性がつくんじゃないの? じゃなきゃ医学に明るい人。大佐は何か医学の知識があるのだろうか?

 ブリッジに戻る途中、タクヤマ主任とすれ違った。

「お疲れさまです。お仕事ですか?」

「ああ、資料室にちょっと」

 それだけの挨拶で行き過ぎた。彼は美男子でもないし、とっつきにくいし、女性に優しくしている様子も見たことがない。キアト中佐も変わった趣味だ。

 僕がブリッジに入ると、艦内はお通夜ムードを幾分払拭していた。落ち込んでいても仕方がないとわかったのだろう。でも僕は、キアト中佐の枕元にあった脳波計の微弱な曲線を思い出して暗澹たる気分になった。

 それから10分くらいして、大佐がブリッジに戻ってきた。

「キアト先輩は?」

 中尉たちの声に大佐は黙って首を横に振り、それから、

「……よく寝てるよ。深層意識まで全部」

 と笑えない冗談を言った。


 ミニステーションで艦を修理して出航したその日の夕方(とは言っても、外はいつだって宇宙空間で真っ暗だが)、ついに本当の意味で「中佐のいない戦闘」が勃発した。中佐がいつのまにか起き出して「おいおい! そんなんじゃ沈んじまうよ!」と現れることを期待したが、そんな奇跡は起きなかった。

「レーダーに反応! 敵艦隊です!」

 警報が鳴り、全員が戦闘配置につく。そういえば、中佐が指揮をとっているときはこんなふうに全員がぴしっと準備することはない。

(これが軍隊であり、戦闘なんだ……)

 僕はこの艦に乗り込むまでずっと思い描いていた憧れを久しぶりに思い出した。すっかり白鶏に毒されて、通常の感覚を忘れていた。

 瞬間、敵の母艦が見えた。だがすぐに電磁煙幕が画面を遮った。

「今の、映像とれた?」

「とれました。データと参照中です」

「周囲の彫像動力機、結構いたね」

「アレで通常の警戒態勢なんですかね? まだ戦闘配置についているようには見えませんでしたが」

「電磁煙幕の散布が不自然だ。急に濃くなったからね。はち合わせたと言うより、我々に姿を見せるつもりだったと考えた方がいいんじゃないの?」

「こっちのレーダーの範囲と通常航行中のモニターの監視レベルはだいたいバレてるだろうから、先方さんは一瞬だけ姿を見せるかどうかくらいに調節して電磁煙幕を撒いたんじゃない?」

「でも、なんで?」

「それは、あの20機あまりの彫像動力機がカギなんじゃないの?」

 大佐、中尉、少尉ふたりと軍曹はまじめに話し合っている。彼らもやればできるじゃないか。

「あっ、ちょっと待って、今の映像もう一回出して」

 丑五郎侍少尉がデータの映像を止めさせ、くいいるように見始めた。その横で大佐がつぶやく。

「これが今、お向かいでにらみ合ってる敵戦艦か。これ、強攻空母ラウルーレ? ああ、照合されたね。ラウルーレは、……彫像動力機収容力大、100機は積んでるか?」

 100機と聞いて軍曹がうんざりした声を出した。

「だから20機も出てるんですかね。これが作戦ともなると、100機全部が出てくるんでしょうね。やだなあ、やなのと当たっちゃったなあ」

 なぜか、丑五郎侍少尉はモニターを見つめ続けて黙っている。何か問題でもあったのだろうか。

 すると突然、大佐が丑五郎侍少尉に、

「丑五郎侍、あれ、ホントにラウルーレ?」

 と声をかけた。なぜ? 敵戦艦の映像は、そっくりそのままこっちの敵データに入っている「ラウルーレ」の資料そのままの形だが……?

「うーん、たぶん、これ、『うウルーレ』だ」

「ウウルーレ?」

「オレも乗ったことあるから、多分間違いないよ。アレ、ラウルーレに見せかけた輸送船だ。カタカナの『ラ』じゃなくて、見た目ニアピンのひらがなの『う』、うウルーレ。資材とか、燃料とか、金属とかの輸送に使うやつ。彫像動力機は護衛用の10機くらいしか積めない」

 丑五郎侍少尉は画面から目を離さずに言った。他の人たちがうなずいた。

「てことは、あの外の20機は」

「なんてことはない、積めないんだ」

 みんな笑った。そして、大佐が我が意を得たりとばかりに言った。

「ラウルーレなら、むしろ我々に正体を見せちゃまずいはずだから、おかしいと思った。戦略から言って、自分の隊が弱い場合は強く見せかけ、強い場合は弱く見せかけなきゃならないはずだからね。あれが輸送艦なら、納得がいく」

 大佐が即座に指示を出した。

「スズミーさん、今からすぐ、全速力でGMDM超速機、JP01で暗礁空域から迂回して単独で敵艦に接近。丑五郎侍、そのうウルーレの内部構造、どのくらいわかってる?」

「たいがいわかってるけど、ここからは説明できないよ。実物見れば特徴であのへんとかなんとか言えるんだけど」

「じゃあ、スズミーさんと一緒に出て。おまえ一応敵ってことになってるんだから、手錠かけてもらえよ」

「ウスイは出ないの」

「俺は無理だろ。センパイいないし。しかもこの艦、修理したとは言っても弱ってる。まともな戦闘は避けたい。まあ、あちらさんもそう思ってるだろうけどね」

 丑五郎侍少尉の情報がなければ、白鶏の判断は「100機あまりの彫像動力機を擁する強攻空母ラウルーレとニアミス」として間違いなく撤退しただろう。輸送艦は戦艦と交戦する能力を持たない。白鶏に誤認させて撤退させるのが一番安全だ。相手は正しい判断をした。だが、こちらが情報戦において一枚上だった。

「出ます!」

 スズミー少尉と丑五郎侍少尉は一緒に出ていった。その後ろ姿を見て、大佐が、

「じゃあ、こっちは対『ラ』ウルーレ戦でも始めますか」

 と言った。大佐は続けざまに淡々と指示を出していった。

「戦略としては超弱気、迎撃モードに入ります。左斜め後方暗礁空域まで後退。こっちが敵の姿をとらえた以上、あっちも我々が何者か見届けたはず。このお茶目な白鶏は一目で正体がばれるから、こっちの戦力は筒抜け。リオリ先輩、囮、お願いできますか。GMDMJP02で出てください。スズミーさんが単独で出撃したことは秘密なんで、彼女のふりをしてください」

「いいけど、スズミーじゃないことはちょっと戦闘すればすぐバレるよ」

「我々は戦闘配置について迎撃態勢をとるだけで、戦闘はしません」

「ならいいけど、でもやっぱザッコが出てないと敵に不審に思われるよ。ホントのラウルーレを前にして、主力を出さないわけないでしょ」

「え、出てもいいけど、誰が指揮とるの」

 大佐と中尉は同時にタモト軍曹を見て、一様に怪訝な顔をした。

「えー、私が指揮をとるんですかー?」

 軍曹は嬉しそうに目を輝かせたが、まさにその瞬間に二人は異口同音に却下した。

「ダメだね、ウスイくんは出撃できないね」

「えー、ダメっすかー」

 ガッカリするタモト軍曹の様子にはおかまいなしに、中尉が大佐に、

「ザッコはラジコンでいいじゃん。囮だし」

 と言った。ラジコン?

「ああ、鉄神28GOモードね……」

 すぐにリオリ中尉はどこかに出ていき、アンテナのついた黒い箱を持って戻ってきた。

「じゃあ、対ラウルーレ戦を展開しましょう。『う』じゃなくて、ラウルーレ戦ね」

「100機の彫像動力機を搭載した無敵の戦艦にビビって、戦艦白鶏、超弱気」

「ベースの援護と称してJP02とザッコを出しましょう。それから、汎用機NEY-MO (ネイモー)5体」

 大佐と中尉の指示を黙って聞いていた軍曹が、

「ネイモー5体じゃ少なすぎませんか?」

 と言った。大佐は説明した。

「いや、ホントに敵がラウルーレなら、白鶏は普通、少数精鋭を盾に、スキを見てこの空域から抜け出すはずだよ。敵さんも実際は白鶏と戦闘したくないからスキをうかがって、少しにらみ合いの時間ができるはず。その間に装甲は薄いけどスピードだけはめちゃくちゃターボの超速機JP01が一機でのりこんで、内部から是非破壊していきたい」

 話ながら大佐はリオリ中尉の出した変な箱を受け取った。それは、まごうかたなきラジコンのプロポ(コントローラー)だった。

「鉄神28GO……もとい、ウスイザッコ、出ます!」

 大佐がレバーを倒すと、しばらくしてカタパルトにザッコが出現した。だが操作に慣れていないらしく、ザッコの動きがやたらたどたどしく、転んだりしている。

「ボロが出ないうちにさっさとゾーン組んじゃわないとね。出撃しているのはあくまでも、スズミーのGMDMJP02と、ウスイザッコなんだから」

「大丈夫、奴らも電磁煙幕とかでいろいろ支障きたしてるよ。ばれてない、ばれてない」

 ひとしきり笑うと、

「じゃ、偽スズミーのGMDMJP02も、行きますか」

 とリオリ中尉が出ていった。

 リオリ中尉の出撃を見るのは初めてだった。僕はこんな些細なことにも感激した。

 想定のとおり、白鶏とうウルーレは電磁煙幕の干渉があってもギリギリ目視できる範囲にまで近づいてにらみ合いをすることになった。白鶏の周りにもうウルーレの周りにも彫像動力機が一触即発の雰囲気で立ちはだかっている。大佐はそこで後退を指示した。「ラウルーレに怖気づく戦艦」を演じなければならない。

 ゆっくりと退却を始める白鶏に、敵の部隊は少し欲を出したようだ。目視すれば白鶏がだいぶ痛めつけられているのがわかる。手負いの戦艦と見くびったのだろう。

 護衛の彫像動力機がうウルーレから少し離れようとしたとき――

「あっ! JP01の登場だ!」

「テクモンの悪夢」スズミー少尉は、5発たてつづけにうウルーレの死角に弾を撃ち込んだ。大きな煙が上がった。

 JP01は単機突入なので状況報告として集音マイクを入れていて、雑音と共に敵兵士のものらしい叫び声が途切れ途切れに響いてくる。

「敵機、デッキに進入しています! うわあ!」

 そしてドカーンという爆発音。ウスイ大佐はご満悦だった。

「的確に内部の要所をやってるみたいだね。じゃ、そろそろみんなに、外をぶらぶらしてる敵機を掃除してもらうか」

 白鶏は前進を始めた。敵が輸送艦だとわかっていれば、戦艦の方が圧倒的に有利。リオリ中尉のGMDMJP02はスズミー少尉と比較するととても動きが悪かったが、元の機体性能がいいので戦いには支障なかった。ラジコンのザッコは論外だったが、彼らがそれをウスイザッコではないと知ったときにはもう手遅れだった。

 敵輸送艦うウルーレから退避指令の自動音声が流れだした。勝利の響きだ。無線通信のやりとりも傍受されて紛れ込んでくる。

「白鶏から、いつの間に彫像動力機が発進していたんだ? いつの間に近づいてたんだ?」

「注意するのはGMDMJP02とザッコだけではなかったのか?」

 やがて、うウルーレは無人となり、物資はごっそりわが軍のものになった。輸送艦を落とすのは、戦艦を落とす何倍も意味がある。

 ウスイ大佐の指示の下、輸送艦のカムフラージュを見抜き、奇襲をかけるための伏兵を放っておき、敵の目を欺いて偽りの膠着状態を作り出して時間を稼ぐ。攻撃は、諜報員を使って得た情報を効率よく使って無駄なく行う。そして、その特性を余すところなく発揮した機体でAA級のパイロットが的確に敵にダメージを与える。

 完璧だ。ウスイ大佐、お見事……。

 僕は、この艦に初めて乗り込んだ日、先輩クルーがウスイ大佐のことをキアト中佐より能力が低いわけではないと言っていたのを思い出した。むしろウスイ大佐はデータも使え、彫像動力機も乗りこなし、戦略も立てられる。総合力では明らかに、中佐をはるかに上回っている。

 けれど、自分の精神を焼き切ってまで、たった一人で敵の艦隊を撃破するような真似ができるのは中佐だけだろう。常軌を逸した事態、異常な困難に直面したとき、非常識なパワーを発揮できるのは、大佐でなく中佐なのだ。

 ノーマル戦艦白鶏も強い。だが、白鶏が「強い」でなく「無敵」になるのはキアト中佐が指揮を執っているときだ。

(中佐、早く目覚めてください……)

 僕は祈った。

 戦闘が終わり、みんなが続々と艦に戻ってきた。こうして戦闘が終わったときに、「おう、やったじゃん」という声がないのはさびしい。やっぱり全員揃っての6人組であり、戦艦白鶏ではないか。

 スズミー・丑五郎侍の二人の少尉が帰艦した。しかし、さっきまでいたウスイ大佐の姿がない。やや拍子抜けした感の二人がタモト軍曹に出迎えられた。そこにリオリ中尉が戻ってきた。

「スズミー、よくあんな重い動力機メカ、操縦してるよね」

「お気に召しませんか? JP02」

「年寄りには、やっぱきついよ」

 そこにどこからともなくウスイ大佐が戻ってきた。トイレだろうか?

 ノーマル戦艦白鶏の勝利を祝ってみんなで拍手をして、その場はおひらき(?)になった。


 それからだいぶ時間が経った後、僕はウスイ大佐が約2時間くらいごとに席を立ってどこかへ行くことに気がついた。戦闘の後に出ていったのも同じ用事だろう。なんだろう?――と思い、そしてピンときた。キアト中佐の見舞いである。

 僕は、そんなふうにかいがいしく中佐の面倒を見る大佐のことをややこっぱずかしい気分で眺めていた。2時間おきに欠かさず様子を見に行く。しかも、さりげなく。そして長居せずにすぐ戻ってくるあたりもいじらしいと思った。

 やっぱり、この「白鶏戦記」はラブコメだったのだなあと、僕は納得した。


 少し僕は、早合点と考えすぎを直さなければならないな……と思ったのはその夜のことだった。

 夜遅く、またもやそっとブリッジを出ていったウスイ大佐がやや嬉しそうに戻ってきた。そして、例の仲間たちにひとことふたことなにかを告げ、彼らみんなの顔が輝いた。

「みんな、ちょっと聞いてくれる?」

 大佐は大きな声でみんなに呼びかけた。

「えー、間もなく、多分あと1、2時間で、キアト先輩が目覚めると思います」

 ブリッジが一瞬静まり返り、それからどよめきと驚嘆の声が上がった。

「心配かけました。でも、明日からはまた、キアト中佐の戦艦白鶏の復活です。短い間でしたが、絶対君主制が崩れて共和国になれて楽しかったです。以上」

 ぱらぱらと、そして次第に波をうつような拍手がブリッジに響いた。

 ウスイ大佐がその2時間後にブリッジを出ていったとき、僕は後を追って声をかけた。

「大佐、良かったですね」

「うーん、でも、もうちょっと長く共和国代表をやっていたかったかも」

 大佐は答えた。一応嬉しそうなのだが、顔にはそれほど出ない。

「やっぱり、中佐が回復したのは、大佐の看護のおかげですか?」

 僕はこのセリフを発したとき少しだけ目頭が熱くなった。ああ、愛は奇跡を起こすのだなあ……などと、ドラマチックでロマンチックで超恥ずかしいことを考えていた。

 だが、大佐は淡々と言い放った。

「いや、俺とシンジンくんで運んだテレビだよ、あの人を治したのは」

「は?」

 僕の目頭は急激に冷えていった。

「あのあと、キアト先輩の部屋からビデオデッキ持ってきてつないで、あの人の好きなアニメのビデオをかけておいただけ。ハードディスクにでも入れておいてくれれば2時間に1回のペースでかけかえに来なくて良かったのに、あの人ビデオなんか買うんだもん。シンジンくん知ってる?『VHSビデオ』。センパイはほんと、古いものばっかり好きなんだから。DVDならまだわかるけど、VHSって……」

「は、……アニメ」

「うん。地球の存亡をかけて神のロボットと悪魔のロボットが戦う名作古典アニメなんだけどね。キアト先輩、その作品が異常なほど好きで、ビデオとLDを1セットずつと、DVDボックスを2セット持ってるんだって。無駄なコレクションだよね。でも、だからこそあの人の魂を呼び戻せるのはこれしかない、と思って。……白鶏艦内にはビデオしか持ってきてないみたいだけど……」

 つまり、なにか? キアト中佐は脳波までが微弱になるようなダメージを受けて、ロボットアニメビデオで元気になったというのか?

 その時大佐が医務室のドアを開けた。そこには、大量の鼻紙のくずに埋もれたキアト中佐がひどい顔でべしょべしょ泣いている姿があった。意識が戻ってる!――という喜びよりも、その様子はむしろダメヲタ廃人そのまんまでかなり萎えた。

 ドアのところで大佐はしばらく立ち止まり、

「そっとしとこう。今声をかけたらこっちが危篤にされると思うよ。ちょうど、キアト先輩の好きなドイツ忍者が死ぬところなんだ」

 と言ってそっとドアを閉めた。ドイツ忍者? なにそれ?

「大丈夫、この後の放送回が最大の山場だから、そこの再生が終わればのこのこブリッジに来ると思うよ」

 大佐はいつもと変わらない様子でブリッジへの廊下を歩いていく。僕はどうにも納得がいかなくてブツブツ独り言を言いながら、大佐の後からブリッジに入っていった。


 そして大佐の言うとおり、キアト中佐はそれから丁度30分後にブリッジに戻ってきたのだった……。

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