3話 『同居者の要望』
「えーと、シャルちゃんもしかして怒ってる?」
彼女の顔色を伺いつつそう言葉を述べた。先刻の彼女の言葉や顔つきから考えると怒っていると、とらえたほうがよさそうだけどまぁ、もしかしたら怒ってないかもしれないし
「当たり前よ」
「ですよねー」
もちろん彼女は怒っているようだった。シャルは寛大なお方だ。けどこればっかりはちょっと自分のせいで喧嘩始まっちゃったわけだし怒っちゃってもしょうがないよな
大和は若干の希望を捨て、真摯に話すことにした
シャルはこの家で家事もやって子供達の世話までして、本当に頑張ってくれている
逆にあとの二人は何をしているんだ。最年長のくせに
「あ、えーとさ、悪かったよ。元々は毎日俺がすぐに起きないせいであんな喧嘩が怒っちゃったし」
シャルは無言に返事を返す
なんていうのか、マジギレしてそうでなんか怖い
だからすかさず言葉を並べる
「喧嘩の内容が内容だったからさ、怒るに怒れなかったんだよ。そこは俺の甘さだしさ、あとでちゃんとあの子達には言っておくからそんなに怒らないでくれよ」
長々と大和は言い訳混じりに反省の色をあらわにした
本当に申し訳なく思っている。言うなら喧嘩というものはシャルの仕事を増やしてしまうことになるのだから、同居者が仕事を増やしては意味がない
だから、やっぱりこれは自分が本当に悪かったと思う大和だった
「……ぷっ、ははっ」
そんな大和とは裏腹にシャルは急に笑い始めた。さっきまでの表情とはうって違う明るい笑みだ
「ええっ!?」
当然大和は理解ができなかった
さっきまであんなに怒ってるような雰囲気出していた彼女が急にふき始めたんだから
しかも笑ってるところがすごいかわいいし
なんていうよこしまな気持ちが挟まる
そしてシャルは笑いをこらえて言葉を口にした
「別に全然怒ってないわよ。ヤマトがいろいろと頑張ってくれているのはわかってるから、喧嘩の一つや二つで怒ったりなんかしないわよ」
「え、じゃあ、さっきから声が冷たかったり怒ってるような顔してたのは?」
少しの間が空いて
「んーー、全部は全部このための口実にしようと思って、ヤマトを子供達の前から離れて欲しかったのよ」
ん?あんまりよくわからないぞ
大和にとって今の言葉の意味が何を表しているのかよくわからなかった
口実ってどういうことだろうか、自分を子供の前から離れさしたかったてどういうことだろうか
何がなんだか全くわからなかった
「え、つまりどういうこと?」
だから大和は疑問を口にした
シャルの返答は少しの時間も要さずに、はきはきとした声で聞こえた
「ヤマト、私と勝負して」
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「早く剣を持ってよヤマト」
「あんまノリ気じゃないんだけどな…」
中庭に当事者たちはいた
車で動き回るほどの大きさは普通にある。言うならドラ○もんでいうスネオの庭ぐらいある
いつもはここでチビどもがはしゃいで遊んでいるんだけど、まだ朝だし、あいつらはあいつらで朝食やら他にやることがあるから今はいない
ちゃんとあの二人がチビどもの世話をできているのかとても心配だ
一人は不器用だし、もう一人は自由人だし
だから、シャルの要望を受けるのには多少の罪悪感があったけど、いつも頑張っている彼女のお願いくらい叶えるぐらいはしてあげたい
だから、彼女が言う勝負とやらに付き合ってやることにした
「えーと、ただでさえ強い君はもしかして剣を使うとか言うんじゃないだろうな」
きょとんとした顔をシャルは大和に見せて、当然のように言葉を口にした
「一様使うわよ。だってヤマトは口ではそんなこと言うけど剣使わないと勝てる気がしないし」
「あれ、俺そんなに強い人扱いされちゃってんの?まぁ、自分で言うのもなんだが弱いわけではないと思うしな」
口ではこんなことを言っているが、はっきし言ってとても怖い。シャルの戦い方は遠目だけど眺めたことがある
力で押し切って負けず嫌いで、とても敵う気はしない
大和の心境は不安という心に苛まれていた
「そもそもの話、どうして急に勝負なんか挑んできたんだよ。俺よりも強い奴いるだろ例えばレーンとかミツキとかさ」
シャルが急に嫌そうな顔をして、さっきまでの口調とは逆に鈍い声を出して言った
「絶対嫌よ。レーンはまだいいとしてミツキなんかと戦ったら最悪殺されちゃうわよ」
「……あ、あーね。確かにミツキは中途半端なことは嫌いだからな、任務は絶対遂行、あーいう性格はいいんだか悪いんだか微妙な路線だな」
ミツキはただ不器用な性格なだけかもしれないけど、シャルが勝負をしてもらうには手が余る
冷徹だし、まぁかわいいところもあるんだけどなあいつ。同じ男だからシンとは気が合いそうだし、好きな女の子とかエッチな話とかしたいな、なんて
「あ、でもレーンは別にいいんだろ?じゃあ彼女に頼んでもよかったんじゃないのか?」
即答で
「あの子は絶対無理よ。誘うことはできてもレーンがしたくないっていうんだもん」
「なんでさ?」
「だって、まだ読み終わってない本があるとか言うし、身体動かしたくないとか言うし、だからヤマトにしか頼む相手がいなかったのよ」
レーンらしいといえばレーンらしい。
面倒くさがりかつ自称自由人。本ばっか読んで、なんでも人任せな性格だからなあ
シャルが頼むに頼めないわけだ。まぁ、あのチビどものことは結構好きらしくて無言ながらも楽しんでいる表情だけは見てとれる
「つまり、ミツキもレーンも無理。俺だったら勝負ができるっていう判断になったわけか。」
「そういうこと」
ヤマトは少しの時間をかけて考えた
相手はシャルだ。勝負をしてどのような結果が待っているかもわからない
男として勝つべきなのか負けるべきなのか、いや、そもそも勝てるかどうかも不確かだ
どうこう考えるより行動に表す方が早そうだ
「わかった。シャルのお願いだし勝負を受けるよ。俺もまだまだ二十代だ。おっさん扱いしないでくれよ」
「当たり前よ」
大和は剣を握った。長さといえば1メートルほどの剣を片手づつに二本
赤と青の光のない色が剣にかかっている
「最近平和ボケしてて、リベリオンの使い方忘れちゃってるかもだけどまぁ、なんとかなるだろ」
5メートルほど離れた位置に立ったシャルには聞こえない声で小さくぼやいた
彼女を見ると、どうやら最初は剣を使わないようだ
「さあ、準備はいいわよ」
大きな声で叫んで
「なんだ?剣使わなくてもいいのか?最初っから使う気でいると思ってたんだけどな」
「最初はヤマトの小手調べよ!」
ギュンッと風が耳を切ってギリギリのところで拳を回避した
一瞬の間に間合いを突かれ、5メートルもの距離を一秒もかからないほどのスピードで詰め寄ってきた
「うおお!?」
大和は驚きの声をあげ驚愕している
耳は彼女の拳で生まれた風で少し切られて血がにじんでいた
とてつもなく速い右ストレートが大和の顔すれすれを通過したのだ
「へぇ、これ避けるんだ」
「勝負の域を超えてそうな攻撃だけどやっぱ君たちは、人間とは驚くほどの力の差があるんだな。」
「そんなの、なんの褒め言葉にもならない…!?」
大和は剣の握り方を変え、剣先を自分の方に向けて剣の柄をがら空きの彼女の腹にぶち込んだ
攻撃を受けたシャルは一度大和との距離をとる
「手加減してるでしょヤマト。今の本番の戦場だったら殺されてた…」
「当たり前だろ。自分で言うのもなんだが俺はそれなりに剣の扱いには自信があるんだよ」
彼女は素手だけでは勝てないと察したのか大きな大剣を手にした。刃渡り2メートルほどの大きな剣だ
彼女の髪色と同じ青色をしている。でも、少し剣の方が青みが薄く見えた
「ようやくか」
ヤマトは待ってましたと彼女の大剣を見つめる。大きな剣だ、自分の扱えるものではないことは明白なものだった
「ちょっと本気で行くから!」
ギン!
という剣と剣通しが重なり合い交じり合う音が中庭中に響いた
それと同時に強い風が生まれ雑草たちが揺れ始める
「ぐっ……。」
大和は二本の剣を使ってかろうじて彼女の大剣を受け止めていた
腕は小さく震え、受け止めるだけでも相当な力を要した
「くっ…今の受け止めるの……」
大和は予想以上の力をシャルから感じていた。逆にシャルは予想以上にヤマトから力を感じていた
「でも、この勝負は俺が勝たせてもらう。君が負けず嫌いなように俺はもう、一度も負けたくないんだよ!」
「ーーなっ!?」
右下から、予期せぬ方向から大和の剣が弧を描くようにしてシャルの頭上へと降りかかる
一本だけで自分の大剣を受け止めることができるなんて、という驚きと一瞬の油断で避きせぬ行動をとられたシャルはなすべきことがなくなったと思ったのか、目を力強く瞑った
「そこまでだヤマト」
大きな風が生まれ、ヤマトが放った剣先はシャルの頭上すれすれで止まった
シャルは急な安心感と脱力感で汗が溢れ、息を小さく吐いた
「お前ら何やってんだ。俺とレーンがガキたちの相手をしているっていうのに」
二階のベランダから中庭がよく見える場所で一人の黒いコートを着た少年がそう言葉を口にした
大和はさっきまでの真剣な表情を崩し、いつものように小さく笑いながら声の主の方へと顔を向けた
「お、ミツキじゃないか。おはよ」
「おはよじゃねぇよ。こっちはガキたちの世話でそれどころじゃないんだ。お前とよくいるあの三人組だけじゃないんだからなここにいるガキは」
若干皮肉そうにミツキはそう言う
「悪い悪い、俺もまたすぐ行くからさ」
ヤマトがそう言うとミツキは呆れたように言葉を口にしなかった。逆に今度はシャルの方へと目線を変えた
「シャルも早く来てくれ。お前がいないとらちがあかない」
「あ、う、うん…」
それだけ言ってミツキはこの場を後にしようとした
しかし、大和からの声が聞こえて足を止めた
「てかお前、今は春だよな。なんでコートなんか着てんだよ。もしかしてブラック○ックにでも憧れてんのか?」
即答で少し冷徹に
「そんなわけないだろ」
バタン、とベランダのドアが閉まる音が聞こえた。大きな音で中庭までよく聞こえた
「あははは。あいつらしいや」
「そうね、」
シャルは悔しさと負けたという惨めさで感情のない相槌をうった
その相槌を聞いてか大和は
「んで、勝負は俺の勝ちってことでいいよな」
「……悔しいけど」
顔を下に向けて、元気のない返事が聞こえた
大和はふっと、小さく嘆息して
「俺は君のこともちゃんと見てるからさ、一番頑張ってるのはシャルだってわかってるつもりだ。だから、あいつらのとこ行って朝ごはん、食べようぜ」
大和は大きな笑みをシャルに見せた
太陽が中庭を照りつける。生えている雑草が微風に小さく揺らされている
「さぁごはんだ、ごはんだ」
大和が言う言葉を耳にして、屋内へと戻っていく彼の後ろ姿を見ながらシャルは小さく誰にも聞こえないほどの声で言った
「ばか……」