園丁の王 (完)
作者さま:井出有紀
キーワード:ファンタジー 造園 苦悩 中世~近世
あらすじ
傭兵「オルソ」は、戦いに疲れ平和な稼業に就くべく母国へ舞い戻った。庭師になることを希望し役所の窓口へ並んだところ、手違いが重なり天才造園家「グラーブ・ヴァンブラ」の元へ弟子入りすることに。グラーブは無表情で暗い男、辛い過去があるらしい。さらに、ただの庭師ではなく……?
感想
主要キャラはとても少なく、ほぼ「グラーブ・ヴァンブラの物語」と言えます。10万字を使って、1人の男の人生を掘り下げ、その苦悩を書く。ライトノベルというより「小説」な雰囲気。
造園(=庭を作る)という珍しい題材を中心に据えているのも新鮮で面白い。
ヨーロッパの宮殿などにある庭って幾何学的で美しく壮大。それを作る造園家はロマンあふれる職業だと思いますが、あんまり物語には出てこない気がします。
そして、庭は作った者の心を表す、という筋書きでグラーブという1人の男の内面を書いていく。上手い流れですね。
このグラープ・ヴァンプラという人物が実にいい味をしています。本文から描写を引用させていただくと、
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年齢は三十八、オルソよりちょうど十歳上である。肉薄な相貌は青白く、後ろへ撫でつけられた短い髪は黒く、同じ色の瞳には全く光がなく、いくたりとも生気が感じられない。何百人もの職人を顎で扱き使う大事業を任された人物とは、とてもオルソには思えなかった。
中背の痩躯は、常に黒か、限りなく黒に近い暗い色の衣装をまとっている。右の袖が空虚に垂れ下がっているのは、事故により右肘から先を失ったためだという。その際に彼は右腕だけでなく、妻をも失った。
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という感じで、強い存在感をもって登場。どんな人間なのか、グググっと興味を引かれて読み進めちゃいます。
また、ファンタジーと言っても本作にはモンスターとか派手な魔法は出てきません。代わりに登場するのは、敷き物の中にある不思議な異空間。
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彼の上空は暁だが、右手は真昼の明るさで爽快に晴れ上がっている。その前方では雲の合間から稲妻が落ちており、左手は夜、その隣が夕暮れといった具合である。目まぐるしく広がっている空からは、しかし不思議なことに混沌よりも自由な秩序を感じさせた。
地上は大小の庭園だらけである。
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想像するとなんとも美しく楽しい! 非現実的な風景こそ、ファンタジーの本領でしょう。
この空間でグラープは何をしている? 彼は後悔と苦難を乗り越えられるのか?
10年以上にわたって過去にとらわれ続けた半生、答えの出せない日々……悩む姿に共感しちゃいますね。心理描写が見事です。
すっきり爽快感のあるシーンがあるわけじゃないけど、その分だけ落ち着いた展開。10万字=本一冊ほどの文量できれいにまとまっている良作。なんとも読後の余韻が深く、すごく満足感があります。
状態:完結
文字数:109,344文字
個人的高評価ポイント
◇ アイディアが良い!
◎ 高い完成度!
☆ 私の特に好きな作品です!
作品URL
https://ncode.syosetu.com/n4304dp/