女帝と節制のQ&A part2
(=ↀωↀ=)<まだ書けそうなので書いた
(=ↀωↀ=)<なんか二話分になった
□■<ドラグノマド>・首都工房
「ご、ごめんくださーい……」
ある日のこと、ミミィはカリュートに呼ばれて彼の工房を訪れた。
工房のドアをノックすると、この工房に派遣されている赤い髪のシルキーが出迎える。
彼女は『こちらへどうぞ』とフリップを提示しながらミミィを中へと先導していく。
そうして辿り着いた工房の作業場に辿り着くと……。
「……あれ? 明神さん?」
普段はカリュートとレプラコーン、それとシルキーが働いている工房で、今日は別の人物が作業をしていた。
「…………」
赤い装束、【火鼠の皮衣】を纏いながら、黙々と槌を振るって鍛治作業に勤しんでいる男。
彼の名は、明神バグラ。
<メジャー・アルカナ>の一席、“戦車”のコードを与えられた【鬼将軍】だ。
「…………」
彼が無言で槌を振う度に、金属が金属を打つ硬く澄んだ音が工房に響く。
バグラのエンブリオは鍛治道具のアームズ、ウルカヌス。
そう、彼は戦闘系ジョブと生産系エンブリオを持つ<マスター>である。
いつもは様々な武器を自分の率いる鬼の軍団や他の<マスター>のために製作している。
機械系全般の生産担当がカリュートとするなら、金属系全般の生産担当がバグラ。
さらに魔法系担当の“月”が加わる。
武器防具装飾品などの区分ではなく、技術で得意分野の分かれた三種の生産職。
彼らが互いに協力しながら様々な装備を用意するのが<メジャー・アルカナ>というクランである。(【傀儡姫】マテルは自分の人形しか作らないのでここには含まれない)
そして。グランバロアの貿易船団などにも言えるが、金と素材に困らないところだと生産職は強くなる。
(明神さんって普段は自分の鍛冶場で作業してるのにどうしたんだろう……?)
ミミィがこっそりと手元を見れば、金床の上で何やら金とも銀ともつかぬ色合いの金属を叩き、形を変えている。
彼の<エンブリオ>の能力の一つが叩いた金属の形状変化であるため、それ自体はミミィからすると不思議ではない。
……その金属が何かを知っているものしか、この光景の恐ろしさが理解できないだろう。
「何をコソコソしている?」
「ひゃうあっ!?」
後ろから声をかけられ、ミミィが悲鳴を上げた。
振り向けば、工房の主であるカリュートが立っていた。
「あ、あの、明神さんが何してるのかなって……」
「議長の依頼で私の仕事に必要な素材の加工をしてるんだよ」
「へぇえ……」
バグラは集中しているのか、後ろで話す二人にも気づかずに槌を振るい続けている。
彼の傍には既に加工した金属も多くあり、ミミィはそれらの形を見て全身鎧の類を作っているのではないかと思った。
正解はパワードスーツの部品である。
「あ、あの、今日は何で呼ばれたんでしょう……」
「この前の続きだ。精霊やお前の<エンブリオ>についての質疑応答だよ」
「えっと……」
「詳細や仕組みを聞いておかないと私達がお前用の装備を作れないからな。……バグラやあの変態女だと聞き込みもスムーズにならんからな」
前者は口下手且つ商売下手過ぎて採算取れずに天地からカルディナに来た男。
後者は性能よりデザインを優先しすぎる上にエロスを挟みたがる女だ。
結果的に、まだ上級職のカリュートが装備班のまとめ役になっている。
「という訳で、質問いいか?」
「だ、だいじょぶでふ!」
「よし。今日はサクサクいこう」
そうして、今日も質疑応答が始まった。
Q5『そもそも精霊って何だ?』
A5『何でしょう……さっぱりわかりません』
開幕からクソ回答だった。
「ふざけるなよスペシャリスト」
「ひぃん……!? 分からないものは分からないんですよぅ……!」
精霊術師系統超級職の姿か? これが……。
とはいえ、万能適性や<エンブリオ>、デスペナからの復帰でゲタを履くことが多い<マスター>は、ジョブの知識や技術面ではティアンに大きく劣る部分はある。
これもその典型例と言えるだろう。
「……エレメンタルとは違うんだよな?」
「はい。モンスターじゃないです」
「……ほとんど召喚モンスターみたいに使っていないか?」
「顕現するとそうなる子もいますけど……でも普段はモンスターじゃないです」
じゃあ何なんだよあれ、とカリュートは首を捻る。
(今回もミミィ本人より、ティアンで精霊のバルフォン氏に聞くべきか……?)
念のため、今日は準備もしてある。
そのためにわざわざ工房まで招いたのだ。
さて、どう切り出すかとカリュートが考えていると……。
「うわっ……」
不意に、ミミィが珍しく嫌そう……というか嫌悪感を浮かべて呻いた。
しかしその対象はカリュートでも、黙々と作業を続けるバグラでもないようだ。
「どうした?」
「えっと……あの…………エルヴィオンが説明してやるって……」
「エルヴィオン……【弓神】か」
エルヴィオン・マーフ・アールヴ。
元ティアンとしては現時点で最新の転生精霊であり、先の【弓神】。
そしてミミィ拉致計画の実行犯である。
暴走モードのニライカナイによって返り討ちにあった後、精霊となってニライカナイに入った人物だ。
なお、暴走解除後にそれを知ったミミィはすごく嫌そうな顔をした。無理もない。
死んでも傍にいて欲しかったバルフォン達と違い、エルヴィオンは『なんでいるの?』という話だ。
しかも生前からの知り合いであり、決して好んではいなかった相手である。
それでも、ミミィに彼をどうこうすることもできなかった。
ニライカナイの内包する精霊棲まう世界、《魂の故郷》は出入り自由。
この世界を去りたければ、精霊は自ら去ることができる。
逆に言えば、精霊の意思とニライカナイの崩壊以外では去らない。
<マスター>であるミミィがどれほど嫌がっても、精霊エルヴィオンは自分の意思で居座り続けている。
「エルヴィオン。ここは森じゃないんだから、ハイエルフで超級職のあなたは出せないよ……。疲れるもん。わたし、あなたのために疲れたくない……」
バルフォンの頼みなら我慢できても、エルヴィオンのためには耐えたくないとハッキリ述べた。ミミィがさん付けしてない上に全く怖じていない時点で好感度は推して知るべしである。
なお、当のエルヴィオンは『他と違う呼び方は信頼の証……か』、『ハイエルフたる私にこうも飾らぬ態度を取るとは……。フッ……面白い女だ』と逆に好感度を上げている。乙女ゲーじゃねえんだぞ。
いずれにしろ、ミミィ側は先日のように床ペロしてまで平時にエルヴィオンを呼び出すつもりはなかった。
「……ふむ」
しかし、カリュートとしてはエルヴィオンの話を聞きたいところだ。
今回もバルフォンを顕現してもらうつもりだったが、こうなればエルヴィオンでいいだろう。
むしろ、長命種であるハイエルフの彼ならば、より多くの情報を持っている公算が強い。
そして、顕現のための準備は整っている。
「ミミィ、これを身につけろ」
そう言って、カリュートは長いケーブルの繋がったヘルメットを取り出した。
「ふぇ? なんですかこれぇ……」
「七光……いや、うちの拠点から魔力を融通するための装備だ。身につけている間はミミィの魔力消費をこちらで賄う。アンビリカルケーブルみたいなものだな」
「……あんびりかるけーぶるってなんですか?」
「エヴァ知らんのか!?」
二〇四五年からすると半世紀前の作品だから、タイトルやキャラはともかく作中の専門用語を知らん人は多いと思うよ。
「まぁ、ともあれこれで消耗せずに顕現できるはずだ。情報収集のためにも頼む」
「……分かりましたぁ」
ミミィは不満そうだが、それでも頼まれたら余程でない限りノーと言えない押しの弱い子である。
そうしてミミィが「アドベント」の言葉でスキルを発動すると、機械工房には極めて不似合いなエルフの男が現れた。
緑の衣を纏い、弓を背負い、金髪碧眼かつ眉目秀麗な長耳の長身男性。
テンプレのエルフみたいな奴である。キャラデザ指定楽そうだな。
『フフッ、これが精霊顕現か。悪くないな。とはいえ、出てきた場所はいただけない。この空気、霊都やニライカナイと比べるべくもない。カルディナの首都と言えど、所詮は下等な人間の街といったところか』
すげえ、発言までテンプレな高慢エルフだ。
「アンタが【弓神】エルヴィオンか?」
「尊称をつけろ……と言いたいところだが許そう。ミミィの同僚なのだ。譲歩してやろう」
「……それはどうも」
『この世界のエルフこんなんなんだな……』とカリュートは遠い目をした。
皇国にいた頃もカルディナに来てからも会ったことがなかった人種である。
(いや、一個人を見て人種全体を判断するのは良くないだろう)
カリュートがそう考えて自ら反省した。
しかし、彼は知らない。エルヴィオンがこれでもハイエルフの中では指折りに気さく且つ謙虚で他人種への配慮ができる人物であることを。
「……あー、それじゃあ精霊について聞いてもいいか?」
ともあれ、回答役ができたので質疑応答に話は戻る。
『構わんぞ。我らにとって精霊は精霊の一言で説明が済むのだがな』
言葉一つに複数の意味を含み、そのまま丸々と受け入れる。
そういうレベルの言葉なのだとエルヴィオンは言う。
『しかしこの場合、言葉そのものがややこしさの原因かもしれんな』
「言葉そのもの?」
『<マスター>は複数の言語を使う者達が他の言葉を自分の言葉に訳している、というのは間違いないか?』
「ああ。同時翻訳機能のことだろう?」
<マスター>たるもの、他の<マスター>の言葉もティアンの言葉も、自身の最も使い慣れた母国語に変換される。
あえて別の言語で聞かせようと意識しない限りは、自然と翻訳される。
その翻訳について、エルヴィオンは問いかける。
『貴様ら、「精霊」とモンスターの「エレメンタル」に近い言葉を当ててはいないか?』
「…………何?」
【精霊術師】、そして【精霊姫】の名の通り、それはそういうものとして<マスター>は受け入れていた。
だが、そこが問題なのだとエルヴィオンは言う。
「……その二つは大きく違うのか?」
『顕現した精霊がエレメンタル扱いされることはある。<UBM>化して固定されればそうなりもしよう。だが、本質的には別。……そうだな、人形と剥製ほどには違うものだ』
どちらも生物の似姿を飾るものなれど、過程が大きく異なっている。
『エレメンタルは自然物や器物が自然魔力と怨念、どちらかの影響を受けて変質したものが殆どだな。対して、精霊は力持つ獣や竜、英雄が死後に自然の中で昇華したものと伝わる』
「つまりアンデッドか?」
『……一緒にするな。拷問対象発言だぞ』
エルヴィオンは嫌そうな顔でそう述べた。
実際、聞いた者によってはそうなるのがレジェンダリアという国だ。
『アンデッドは生物由来の怨念に生物の魂が溶けた存在。精霊は自然に満ちる魔力に魂が溶けた存在だ。まるで理が違う』
「ああ、原料の違いか」
『言い方が不遜すぎる……』
生粋のレジェンダリア人は苦い顔をしていた。
ただ、カリュートはこの話で概ね理解した。
要は原料の組み合わせの問題なのだと。
「要するに自然物や器物由来ならエレメンタル。人間含む動物由来かつ自然魔力産なら精霊になり、怨念産ならアンデッドになるんだな」
『……分類で言えばそうなる。ただし、精霊化はアンデッドほど簡単な話ではない。相性の良い自然魔力の中に溶けて、魂が少しずつ同化していくことで転じるのだ。本来は長い年月が掛かり、その間に自我は自然に溶けていく。本来の人格が失われ、自然の一部となることがほとんどだ。自然と混ざりながら、ある程度の自我を残した強き魂が精霊となる』
怨念で変質して完成するアンデッドとは時間も結果も大きく違う。
土地次第で力の発揮云々というのは、その相性の良い自然魔力とやらが関わるのだろう。
レジェンダリアでは埋葬場所に拘る部族も多いと聞くが、それも死後の精霊化が影響しているのかもしれない。
『だからこそ、精霊はレジェンダリアでは崇拝対象の一種なのだ』
強き魂を持ち、自然の中に溶け切らず、されど自然と一体化しながらそこに在る者達を見守る存在。
精霊は『意思があるエネルギー』と語られることもあるが、そういうことだ。
「……となるとニライカナイは特殊だな」
エルヴィオンやバルフォンなど、死後すぐに精霊として転生している。
それゆえに、彼らは人間時代の自我と記憶を完全に維持していた。
自然魔力に溶けながら同化していくフェーズが飛ばされている。
『ああ。普通の精霊はここまでの自我の連続性はないはずだ。代わりに、精霊としては極めて弱いのが難点だが』
「……弱い?」
ミミィの戦闘記録からすれば、彼女の精霊が弱いなどとは思えなかった。
『フッ、質問は続くのだろう? そちらで聞かせることになる』
「…………そうだな」
ともあれ、精霊とはなんであるかについては回答が得られた。
次の質問に移るとしよう。
なお、エルヴィオンが話している間、ミミィはエルヴィオンに背中を向けてバグラの作業を見ていた。
Q6『ティアンの精霊化はどうしてジョブも残るんだ?』
A6『魂に器の痕跡が刻まれている』
ジョブには謎が多い。
ミミィの精霊に限らず、生前のジョブ特徴を残したアンデッドの類も確認されている。
死んだらジョブの器は中身を空けてティアンから引き剥がされるはずだ。
それでもなお、死者には何かが残っているのか。
それへのエルヴィオンの回答は、『痕跡が残っている』というものだった。
「痕跡?」
『魂を粘土だと思え。そこにジョブの器を押し付ける』
エルヴィオンはそう言って、丁度作業場に置いてあった計量カップと粘土を手に取る。
粘土を玉にして、そこにカップを底面から埋め込む。
『この器の中に経験値を注いで我等は成長する。だが、死と共に器は外される』
カップを取り外すと……粘土にはカップ表面の数字や目盛りが粘土に刻まれていた。
『これが魂の痕跡だ。生前の力を使うアンデッドや、我らのようなニライカナイの精霊はこれを基にしてジョブの力を再現し、行使する』
「ニライカナイ以外の精霊は?」
『魂表面の痕跡など溶けているものがほとんどだろう。代わりに、より自然に根差した力を使うようになる。それこそ、天変地異を巻き起こす精霊とて珍しくはない』
ジョブという人の力ではなく、自然の力に近い存在に成るのだ。
『あるいは、魂が強靭過ぎて何百年何千年経とうと痕跡が消えず、精霊でありながらジョブの力を行使する存在もいるかもしれないが……私はまだ見たことはないな』
エルヴィオンはそんな仮定を述べながら、回答を終える。
話を聞いているカリュートは『態度は傲慢だが自分の見聞きしたものだけが全てではなく様々な可能性を思案する度量はあるな』とエルヴィオンの人柄も感じ取っている。
しかし、うっかり不意討ちして暴走モードを発動させて返り討ちに遭っている。
この差は一体と考えて……気づく。
(……むしろ自分と直接関わること以外はよく見えるタイプか?)
他人事では思慮深いのに自分のこととなると短絡的な人物。
そういう人物はそれなりにいるが、エルヴィオンもそのパターンだったのかもしれない。
結果、こうして死んだ上に精霊をやっているのだろう。
しかし、そう考えると分からないことがあり、結果としてそれが次の質問に繋がる。
Q7『お前は自分を殺した相手の手駒になっていて構わないのか?』
A7『逆だ。構わん奴しかニライカナイにはいない』
「……というと?」
『「精霊になった後に彼女を取り殺してやる!」といった考えではそもそも精霊になれん。ここにいるのは彼女を護りたいものか、「自分が消えるくらいならここに残った方がいい」という考えのものだけだ』
その言葉で、カリュートは別件の答えを得た。
先日の質問にて、モンスターが最も精霊化しにくいという話をしていた。
その理由がこれなのではないかと、カリュートは察したのだ。
精霊になっても共存できないからモンスターはほぼいない。
例外は【イルハーベスト】のような、『ここの方がいい』と考えた個体だけだ。
「アンタも殺されても残ることを選んだのか?」
『意識の連続性が保たれている時点で「殺された」などと言えるものではないだろう。それは死から幾度も蘇る<マスター>の方が分かりそうなものだが?』
「それは確かに」とカリュートは納得する。
また、精霊に対する信仰心のあるレジェンダリアの人間からすれば、こうして精霊になっていることにも思うことはあるのだろう。
……などと、カリュートが考えていると……。
『それに、こうして精霊として彼女と共にあれば閨を共にする機会もあるだろう』
「…………うん?」
急にそれまでの説明と異なる色ボケ発言が飛んできた。
『いつかはエルフとは異なる彼女の美の形を堪能したい』
意訳『巨乳良いよね。揉みたい』。
『こいつ、死人の割に悲壮感ねえな』とカリュートは思い、いつの間にか部屋の隅の物陰に移動していたミミィはGを見る目でエルヴィオンを見ていた。
こんなこと言ってるから嫌われてんじゃねえの?
「……ところでその話、<エンブリオ>にも適用されると思うか?」
カリュートは話を切り替えようと問いかける。
『そうなるのではないか?』
ガードナーのコピーについては、生まれたばかりのまっさらな状態なので敵対心も何もない。さらに言えば<マスター>の個人情報の類も持っていない。
共存の可否どころか、赤ん坊のようなものだ。
ただし、それだけではないとエルヴィオンは言う。
『決闘で鋳型を作られたのは元々同キャラ戦……とやらを望んだランカー達のものであるし、後は金銭で許諾した者がほとんどだ。そういうものでなければ、そもそもコピーできないのだと私は見ている』
後者はカルディナに来てから依頼したスィーモルグや、以前航空便を利用した際に知り合ったガルグイユなどがそれに当たる。
『古参連中にこれまでの結果を聞いてみても、PKや実戦で遭遇して倒した<エンブリオ>で獲得したものは多くない』
例えばとある鉱山で自動的に襲いかかってきたR.U.R.はコピーできたが、あれは自我や執着と呼べるものが元々希薄なレギオンだ。
逆に<マスター>への執着が強い<エンブリオ>ならば、<マスター>の許諾無くして鋳型を作ることは困難になるだろう。
それこそ、皇国のレヴィアタンなどはまず不可能と見ていい。
(それは制限なのか、<マスター>への安全装置なのか悩むところだが……妥当でもある)
ともあれ、殺されたエルヴィオンも含めて精霊がニライカナイに居着いている理由は判明した。
なので、その次の質問に移る。
この質問こそが準<超級>最強格の一人、【精霊姫】ミミィ・ミルキィ・ミストルティーの装備を設える上で重要な質問となる。
Q8『第六にしては出力や内包した世界のサイズがおかしくないか?』
A8『それはニライカナイではなく【精霊姫】がおかしいのだ』
「詳しく聞こうか」
『精霊術師系統には《精霊信仰》というパッシブスキルがある。自分の周囲にいる精霊の力を高めるスキルだ』
従魔師系統などが持つ他のパッシブ強化と違って『パーティ内』や『キャパシティ内』などとは書かれず、敵でも味方でもなく近くにいるかどうか。
ただ、そこに在るもの、傍に在るものを見上げるという点に、【精霊術師】にとっての精霊というものの在り方が見え隠れする。
《精霊信仰》とはよく言ったものだ。
『このスキルは複数人いる場合は最大値が適用されるな』
「なるほど」
祭壇部族が【精霊姫】となったミミィを攫おうとした理由もそれだ。
最悪でも部族の縄張りにいればいいから、強引に連れ去ろうとしたのだ。
『《精霊信仰》だが、スキルレベル一で二〇%、【高位精霊術師】の限界であるスキルレベル一〇で二〇〇%、精霊の力を上昇させる』
「ふむ…………ふむ?」
なんか上昇幅が他のジョブよりでかくない?
敵味方問わず強化する無差別無制御強化だから?
でもこの時点で他の奴のEXより上昇値デカいよ?
『そして超級職【精霊姫】のスキルレベルEXでは五〇〇%強化だ』
「バカの考えた倍率か?」
そう言ってしまったカリュートを、誰も責められないだろう。
「そんなもんと組み合わせたら<エンブリオ>だってバグるぞ」
パッジプ強化で許していい倍率ではない。
「…………祭壇部族の強行理由がもう一つ分かったな」
上級職と超級職では二〇〇%上昇と五〇〇%上昇。倍率で言えば三倍と六倍だ。
精霊に頼る自領の防衛力が倍も変わるならばそれは無茶もするだろう。
『私も精霊化して生前の五分の一程度になったステータスが、結果的に生前より強くなっていてな……』
どの程度弱体化するかは個体差があるが、それでもここまで強化すれば元の力と同じかそれ以上にはなる。
エルヴィオンが言っていた『精霊として極めて弱い』はその弱体化も指すのだろう。
しかし……。
「本来そこまで弱体化するからバランス取ってたもんがアホ倍率の超級職でバランス崩壊した、と……」
『ルンペルシュティルツヒェンの逆パターンじゃねえか』、とカリュートは天を仰ぐ。
そして敵味方問わず精霊を強化するため毒にも薬にもなるスキルだが、ニライカナイで精霊化するのは味方になりうるものだけだ。
レジェンダリアを出て彼女の連れているもの以外の精霊がいない環境となれば、尚更に。
完全シナジーとはそういうことだ。
「……ああ、そうか」
そして各精霊の強さに比例してサイズが決まる《魂の故郷》の縄張りも、各々が六倍サイズになった結果、よく分からんほどにダンジョン化した、と。
(……本来の倍率なら『穴』から乗り込んでミミィを倒せる奴もそれなりにいただろうが。こうなるとカルディナでもカルルやアレを使ったAR・I・CAでもなければ厳しいんじゃないか?)
ジョブと<エンブリオ>のコンボが器用貧乏を器用大富豪にしてしまうのはデンドロの常である。
そして、これに有効な装備を今後考えなければならないのかと、装備班のまとめ役であるカリュートは息を吐いた。
◇◆
一通りの質問を終えた後、エルヴィオンは《アドベント》を解除されて消えていった。
顕現が解かれる前にミミィとどうこうと言っていたが、問答無用での退去である。
ニライカナイからは追い出せないが、『穴』が空かない限り実体化できるできないはミミィの《アドベント》次第になるため、ここはミミィが強行した。
そこには生理的嫌悪感だけでなく、大きな感情のうねりがあるように感じられた。
(……ああ、そうか)
エルヴィオンは先のレジェンダリア脱出戦の引鉄であった。
結果としてニライカナイは暴走に陥り、そしてエルヴィオンを始めとする敵を壊滅させるまで止まらなかった。
恐らく、その反動は大きかっただろう。
未だに再生の終わらぬ精霊も多く、そして先日のバルフォンの発言からすれば、完全にロストしてしまったものもいたはずだ。
連れ添った精霊達の喪失と、その原因たるエルヴィオン。
そこに、しこりがないとは言えない。
(まぁ、ミミィ自身も本当の原因は祭壇部族や元老院、それと自分にあるとは分かっているんだろうがな)
超級職をとれたときは嬉しかったはずだ。
あれほどに精霊が強くなるジョブだ。自分のデスペナルティで精霊をロストする恐れがあるミミィにとって、とても心強かっただろう。
しかし結果として、それを巡る争いで精霊を失った。
だから、まだ心の整理がついていないのだろう。
「……おつかれさん。シェフの店のアフタヌーンティーを予約してあるけど行くか?」
複雑な顔をしているミミィを労うように、カリュートはそう提案した。
長々と付き合わせた詫びでもあるし、年長者としての気遣いでもある。
「え、はい……! い、行きまふ!」
魔力供給のヘルメットを外したミミィは、先日の美味しすぎる料理を思い出してパァッと表情を明るくさせる。子供みたいな切り替わりの早さである。
「バグラも一息ついたらどうだ。お前の好きそうな茶菓子もレパートリーに増やしたらしいぞ」
「…………かたじけない」
カリュートの言葉にバグラも槌を止め、ウルカヌスを紋章に仕舞って立ち上がった。
どうやら着いてくるらしい。
そうして<メジャー・アルカナ>の三人は、揃ってお茶会に繰り出した。
◇◆
余談、というか蛇足。
ミミィにとって、カリュートはこのカルディナに来てから度々親切にしてくれた人物である。
レジェンダリアでもここまで親切にしてくれたのは、HENTAIと決闘者だけであった。
なので、ミミィはカリュートのことを頼れる男性として見始めている。
だからこそ、そんな彼に対し、お茶会の席でミミィはちょっとドキドキしながら尋ねた。
Q9『わたしのこと、どう思ってます?』
A9『友人付き合いはできそうだが、女として見るならもう少し機械割合を増やして欲しい』
撃沈より酷い回答が来た。
忘れるなかれ、こいつはまともそうだけどメカフェチである。
「レジェンダリアでもあまり聞かないジャンルの発言……!」
機械好きのHENTAIは別の国に行くからね。
「しかし待てよ……。このミミィは外壁。言わば全身人工物。ある意味メカ娘なのか?」
「ある意味メカ娘ってなんなんです……!?」
そんな二人のやり取りを見ながら、バグラは『ふたりともすっかりなかよしだなぁ』と思いながらどら焼きを食んでいた。
To be continued




