SP2発売記念SS 第三部・出航前
(=ↀωↀ=)<だいぶ遅くなったけどSP2発売記念SSです
(=ↀωↀ=)<遅くなった理由は忙しさと内容のダブルパンチ
□二〇四五年三月某日
【屍要塞 アビスシェルダー】によって引き起こされた大事件。
グランバロアは冒険船団をはじめ多くの被害を出したものの、その結束と底力、そして【破壊王】という協力者によってこの危機を乗り越えた。
事件後は壊滅状態だった南海の交易ルートの再建、及び避難させていた<南海>の都市艦の再配置などの復興に努めた。
そして内部時間で三ヶ月が経過し、少しずつ領海がかつての状態に戻ってきたある日。
「へぇ」
冒険船団の船団長であるリエラ・グラフロントは、自分の執務室で<DIN>の発行した新聞を読みながらどこか愉しそうな顔をしていた。
「どうしたんですか、船団長」
「爺、これ読んでみろよ」
リエラはそう言って側近のアスハムに向けて新聞の一面を広げ、指し示す。
その一面……写真に大きく写っていたのはリエラ達もよく知る男の姿だった。
見出しには『【破壊王】シュウ・スターリング! 弟と共に【大教授】の陰謀を大破壊!』と書かれている。
ギデオンで起きた王国と皇国、そして<超級>と<超級>の戦いを報じるものだ。
「これは……。そうですか、彼も表舞台に出ることにしたのですね」
「らしいな。しかし、弟の方はえらく悪そうな格好してんな。そういうお年頃か? ……アイツもこの服装だと蛮族にしか見えねーけど」
なお、弟の服装はこの後さらに悪化する。
「さてと……」
リエラは新聞を畳み、椅子から立ち上がる。
「ちょっとメリザンド達とお茶してくるわ」
「……それは先日の<四海走破>の件で?」
「ああ。候補者同士の打ち合わせだな」
◇
グラフロント邸を出たリエラが向かったのは、グランバロア号に接続した都市艦の一つグランレフト号の商業エリアにあるホテルだった。
名前を告げると、ある部屋へと案内される。
交渉にも使われる完全防音の個室だ。
個室の中には既に二人の若い女性……メリザンド・グランレフトとベレニス・グランライトの姿があった。
「何だ、アタシが最後か。待たせたな」
「時間通りよ。ここは私の所有物件だし、ベレニスはいつも通り早すぎたから先にいるだけ」
「…………」
メリザンドはリエラに気にしないように言い、ベレニスは無言でコーヒーを啜っている。
リエラにとっては年上の幼馴染二人。
リエラ同様に船団長家の娘であり、その優秀さゆえに次代の船団長と目されている。
二人とも年若いティアンでありながら超級職を得ている、という事実が能力と才能の証左でもあるだろう。
「で、久しぶりに三人揃ってのお茶会だが……内容はまぁ、これだよな」
リエラも席に着き……卓上で自分の分としてまとめられていた資料を手に取る。
紙束の表紙に、『<四海走破>要項』と書かれている。
「…………」
リエラは紙を捲り、確認するように読み始める。
『開始時期は半年後』
『各船団から船団長家の血を引く大船団長候補を擁立』
『候補は一隻の船に乗り、四海のチェックポイントを回って最も早く大陸を一周する』
『最も早く条件を達成してゴールした者が、次の大船団長となる』
それはグランバロアという国が安定した数百年前から続いている祭事の、伝統的なルールだ。
国の長を選ぶ一大イベント……と聞けば権謀術数が張り巡らされそうなものだが、この国の場合は儀礼的な意味合いが強い。
初代大船団長“偉大なる”バロアのように、自らの船を指揮して大陸を一周する能力と気概を見せるというものだ。
無論、この世界での長期航海ゆえの危険は付き纏うが……その危険と困難を乗り越える力こそが大船団長に求められる。
そして今回の<四海走破>で候補に選ばれたのがこの三人だ。
若く実力ある者が選抜されるため、妥当な人選と言える。
「問題は新ルールと海賊船団だよな」
上記のルールは過去の<四海走破>と同様。
しかし今回に限り、伝統的なルールに更なるルールが付け加えられている。
当代の大船団長マーヴィン・グランバロアがあえて追加したルール。
それは……。
「『候補者はそれぞれ四人の部下を選び、候補者とその四人の部下が生きてゴールに辿り着いたときのみ勝利とする』……ね」
『候補』と『船』に加えて、『部下』という要素を付け足した。
それ自体は偉大なるバロアと四人の初代船団長達の逸話の再現だろう。
だが、その追加ルールは儀礼的意味合いの強化以外にあるように候補者達には思えた。
「これ、部下は<マスター>を選べってことだよな?」
「そうね。候補は当然として、部下の生存も必須。それなら、死なずに戻ってくる<マスター>を四人選ぶのが一番安定するわ」
「大船団長は時代の変化を見ようとしておられるのだろう」
リエラの問いにメリザンドは頷き、ベレニスも肯定する
<マスター>の急増から数年。
<超級>を筆頭に国の運営や防衛に<マスター>の力は大きく関わっている。
それこそ、【双胴白鯨】や【屍要塞】の件は<マスター>がいなければグランバロアが滅んでいてもおかしくはなかった。
次の大船団長を決める際に、その点を考慮するのは理解できる。
むしろ、理解していなかった陣営が理解していた陣営に敗れ去った皇国内戦の前例があったからこそ、こんなルールが増えたのかもしれない。
有力且つ信頼できる<マスター>との縁の有無は大きい。
さりとて、思うところはある。
「けど、このルールは<超級>だけで四人抱えた軍事船団が有利すぎないかしら」
グランライト家率いる軍事船団は醤油抗菌を筆頭に四人の<超級>を抱え、さらにはグランバロアの魔法職で最強の【海神】まで所属している。戦力では間違いなくトップだ。
「それを言えば貿易船団は船で有利が取れるだろう。ルール上、候補が一隻の船に乗るとしても、随伴する艦が何隻あってもいい。護衛艦にいくらでもサトミの作品を配備できる」
「アイツ、【大和】の改良に夢中で最近は数作ってないのよね……」
ベレニスの言葉に、メリザンドは深い溜息を吐いて返答した。
「それに冒険船団も<超級>が二人。加えて、例の進化艤装も育ってきていると聞く。半年後にはどうなっているか」
「アタシに振るなよ。船団自体がまだガタついてんだからよ」
リエラは二人と違って超級職ではない。
だが、先の事件を通してティアンでは数少ない神話級特典武具の所有者となった。
その意味は、超級職と同等かそれ以上に大きい。
「そもそも、次の大船団長は二人のどっちかだろ」
リエラは用意されたフルーツジュースを飲みながら、あっさりとそう述べた。
「アタシ以外に冒険船団の船団長になれる奴がいない以上、アタシはそっち優先だ」
現在、グラフロント家の後継は彼女だけだ。
大船団長と船団長が兼任できない以上、彼女としては冒険船団を優先する。
対して、グランライト・グランレフトは後継には困っていない。
メリザンドとベレニスが抜きんでて優秀ではあるが、歴代と同等の実力者は他にもいる。
二人のどちらかが大船団長となっても元の家が傾くことはない。
ゆえに次代の大船団長を選ぶならばこの二家のどちらかだろうとは市井でも噂されていた。
そして極論、どの家が勝とうとグランバロアは揺るがない。
四家に分かれてはいても本質的には一枚岩。それがグランバロアだからだ。
レースという形であっても、長期航海で優秀な人材を損なわぬように協力し合うこともある。
そうしたバランスを保っていたからこそ、グランバロアはこの人外魔境の海で六〇〇年以上も国を維持できた。
しかし、今回はそのバランスを欠きかねない要因が一つある
「んで……候補や船団長の話になるとやっぱりマズいのは海賊船団だよな」
「「…………」」
リエラの言葉に、二人も沈黙で肯定する。
候補者……船団の次代を担う者達が集まるこの場に、海賊船団の姿はない。
現時点で、候補を擁立できていないからだ。
四船団最後の一つである海賊船団は、現在苦境に立たされている。
先日、闘病生活を送っていたバートン・グランドリアが亡くなった。
さらにその父であるバルタザールも高齢ゆえに臥せっている。
海賊船団直系で動ける人間は、現在このグランバロアにはいない。
さらに言えば、他の要因でも逆風が吹いている。
海賊船団には今、<超級>が一人もいない。
準<超級>ですらかつての決闘二位……チェルシーが抜けた穴を埋められていない
現在際立った船もなく、造船技術も他船団ほど秀でてはいない。
保有する超兵器……オルカも基本的には使用不可。
明確に、海賊船団は状況が悪い。
むしろ、船団の存続すら危ぶまれているのが現状だ。
「四船団揃ってのグランバロアだってのにこのままじゃまずいんじゃねーか?」
「それ、【屍要塞】の件で無茶したリエラちゃんが言う?」
「う……!?」
メリザンドの指摘に、リエラは目を逸らす。
「冒険船団の後継者不足は十年後のリエラが噂のクマと子供を作ればいいだろう。三人も産めば理想的だな」
「おい!?」
「惚れているという話ではなかったか? ならば体の成長を待って子を作ればいいだろう」
「お前……お前さぁ……!」
ベレニスのデリカシーもない発言に、リエラは七面相で言葉を失う。
この場で最年長のベレニスではあるが、恋愛面の情緒はリエラ以下である。
「ハイハイ。当面の問題は冒険船団じゃなくて海賊船団でしょ」
噛み合わない二人の間で勃発しかけた諍いを、メリザンドがとりなす。
「……ああ」
「…………」
それによって二人も話の向きを海賊船団に戻した。
「実際、あそこの後継者不足は深刻だろ。大船団長が元々グランドリア家の出だけど、子供ができなかったって話だし」
大船団長となったものは家名こそグランバロアに改めるが、大船団長に子供が生まれた場合は出身家の子として育てられる。
あくまでも四家の中から代々選ぶという方式を続けており、『グランバロア家』という最上位の家格を作らないように努めているとも言えた。
四家は同格。四つ揃ってのグランバロア。その在り方を六〇〇年続けている。
そも、この月日の間に婚姻も進み、四家全てひっくるめて一つの家という見方もできる。
陸の貴族にありがちな権力闘争や派閥争いは、この海ではしている余裕がないからだ。
しかし同時に『血縁』や『初代船団長の血筋』という拠り所を重視している面もある。
だからこそ、海賊船団の問題は深刻だ。
「建国からの六〇〇年でどの家も血筋が途絶えていないことがむしろ幸運と言うべきだろう。……他の三家にグランドリア家から婿入りや嫁入りがあったのは何代前だったか」
ベレニスは早々に『遡ってグランドリア家の血が濃い他家の人間を養子として据える』算段を立て始めていた。
「天地の大名家みたいだな。……グランバロアの気風に合わないんじゃねーか?」
「しかし、これからバルタザール翁に第三子を作ってもらうよりは合理的だろう」
「だからお前はさぁ……!?」
「……実は解決策が一つだけあるのよね。海賊船団の幹部もそっち路線で動いてるし」
ベレニスの発言にリエラが再びツッコみかけたところで、メリザンドがそう口にした。
「解決策?」
「そう。血の濃さも正当性も問題ない候補が……海賊船団にはまだいるのよ」
「……!」
「王国か!」
メリザンドの発言の意味を二人はすぐに察した。
ベレニスは他国の軍事事情も絡んでいたがゆえに、リエラはとある事情で王国そのものに関心があったがゆえに。
「そう。バルタザール船団長の次男、ラングレイさんの娘二人が王国にいる」
元グランバロア海賊船団船団長家の次男にして、王国近衛騎士団団長【天騎士】ラングレイ・グランドリア。彼は二人の娘を遺した。
「実際、海賊船団の幹部の間ではその娘達を船団の後継にと考えているそうよ。一人を大船団長に、もう一人を船団長に、ってね」
さらに言えば、その動きは複数の者が動いている。
単にバルタザールが亡くなる前に孫に会わせてやりたいという恩義ゆえに動く者もいれば、船団の維持のための神輿として求める者もいる。
「実際、ラングレイさんが亡くなった時点でグランバロアに呼ぼうとはしてたみたいね」
いずれにしろ、海賊船団は正当なる後継者である娘二人を求めてやまない。
ある意味では『血縁』を拠り所にした組織の負の側面が出てしまったとも言える。
「二人とも王国籍だろ?」
「ええ。王国のティレル伯爵家の御令嬢と結婚して生まれた子だから、王国貴族でもあるわ」
「……揉めねーか?」
「現時点では本人の意思を尊重しているわね。ただ、それも逼迫すれば分からない。幹部の誰かが暴走するかもしれないしね……。どう転んでも後のことを考えると頭が痛いわ……」
「今後、王国が皇国との戦争で敗れて王国がなくなれば問題なく連れ出せるのでは?」
「ベレニス!? 流石にアウト寄りの発言よそれ!?」
ベレニスの言葉に、今度はリエラではなくメリザンドが突っ込む。
合理的というか、システム面重視の発言すぎる。
「いや、その線はねーよ」
だが、そんなベレニスの発言を……リエラは否定する。
「王国は皇国になんざ負けねーだろうからな」
「その根拠は?」
ベレニスに問われ、リエラはニッと笑う。
根拠など一つしかない。一つで十分。
即ち……。
「――シュウがいる」
――彼女が最も信頼する相棒が王国にいるからだ。
「だからまぁ、戦争は王国が勝つだろうぜ。お前らもそれ前提で動いとけよ」
「「…………」」
一切の迷いなくそう宣言したリエラを、幼馴染二人はジッと見て。
「ベタ惚れね」
「やはり惚れているじゃないか」
顔を見合わせ、『この年下の幼馴染にも春が来たのだなぁ』と喜んだ。
なお、リエラは「お前ら言うことはそれだけか!?」と怒った。
To be continued
(=ↀωↀ=)<王国皇国の戦争がゴールデンウィークなので
(=ↀωↀ=)<リアルで二~三週間後には<四海走破>が起きます




