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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム- Another Episode  作者: 海道 左近


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リクエストSS『環境』

 □<エンブリオ>について


 <エンブリオ>。

 半物質半情報共生体とも呼称される存在。

 同調者(<マスター>)の情報を読み取り、孵化し、共に生き、経験を積み、リソースを蓄積することで進化していく。

 そんな彼らの孵化や進化を左右する情報は同調者の過去や経験によるものがほとんど。

 しかし、全てが同調者由来のものとは限らない。

 例えば、周辺環境の情報にも大きく左右される。

 例えば人間が生存する一般的な環境で即死するような……大気中の酸素に耐えられない<エンブリオ>はそうそう生まれない。

『自身が想定される環境内で存在できること』を前提に生まれてくる。

 完全な水棲生物型の陸上では呼吸もできない個体も時折生まれるが、それとて水中以外は紋章に格納されていればいい。成立するという前提は覆らない。

 そのように、大なり小なり環境情報は影響する。

 そしてそれは……五感で感じる情報には限らない。


「んー。こうなるのかー」


 サービスが開始してある程度の時が経った頃、順調に増えていくプレイヤー(<マスター>)についてチェックしていたチェシャは彼らの傾向についてとあることに気づいた。


「やっぱり僕らの世代とは根本的に変わってきてるんだなー、今の子達」


 サービス開始後、<マスター>に移植された<エンブリオ>達が……自分達とは異なる性質を持って生まれてきたことだ。

 そうなりうることは同僚の双子から事前予想されていたが、それでもデータとして確認されると印象が違う。

 チェシャ達……既存の<無限エンブリオ>達と今の<エンブリオ>の何が違うのか。それは……。


ステータス補正(・・・・・・・)……かぁ」


 それは、<無限エンブリオ>達の世代には存在しない。

 同調者の肉体を強化する<エンブリオ>はいたが、それとは話が違う。


 ステータス補正は今の世代……この世界で生まれた世代から生じた性質である。


 <無限エンブリオ>達が来訪したこの世界はジョブが前提の世界。

 それゆえにこの世界での成長を促すため、<マスター>達のアバターも如何なるジョブにもつける適正を持たせてアリスが生成している。

 それゆえ、<エンブリオ>もまたジョブを前提とした性質を持って生まれてきた。

 ジョブレベルの上昇に伴うステータス変化に干渉するステータス補正、さらにはジョブスキルを改竄することに特化した個体までいる。

 それはジョブのない世界で生まれたチェシャまでの<エンブリオ>は持たない性質だ。

 彼ら管理AIは、いずれもジョブに依らないスタンドアローン型である。


「……大変……ね」

「そうだねー」


 近くで作業をしていた同僚……ダッチェスの言葉にチェシャも同意する。

 世界に布かれたシステムの違いゆえ、そういうものが生まれる可能性は双子が演算していた。そのため、視覚……ウィンドウ等も担当しているダッチェスもすぐに対応できており、<エンブリオ>にはステータス補正の項目がある。

 とはいえ、思ったよりも個々のステータス補正のバラつきが大きいため、関係する管理AIの仕事は増えた。


「それにジョブに適応しすぎた個体が<無限>に至ったとき、どうなるかは疑問ではあるわ……ね」

「まぁ、それはねー」


 本来、<エンブリオ>などの個々のシステム(ジャンル)は別個の世界で繁栄し、各々のプロセスで無限級へと進化していく。

 この地ではこうしてジョブと混ざることになったが、その影響が進化の到達点に至った際にどのように発現するかは管理AIにとっても未知数である。

 混ざった上で<無限>に至った前例がなく、予測に用いるデータがないからだ。


「まぁ、どのくらいジョブに近づくかも個体差が大きいけどさー」


 <エンブリオ>の中には<無限エンブリオ>達と同じように、ジョブシステムとほぼ無関係なスタンドアローンな個体も一定数いる。

 レヴィアタンやアポカリプスといった個体がそうだ。

 グラールやルンペルシュティルツヒェンのようにジョブがなければ成立しない<エンブリオ>とは対照的である。


「その辺ってさー、<マスター>のパーソナルと親世代の形質のどっちが影響してると思う?」


 <無限>……第∞形態に至らなかった第七形態までの<エンブリオ>は、<マスター>の完全死――アバターの死とは異なる本当の意味での死――と共に保有リソースに応じた個数の第0形態に変換される。

 基本、第一形態でも二個以上の第0形態を遺すため、<マスター>を得る限りは増殖と繁栄を続ける。それが<エンブリオ>という種族だ。

 彼らの世代……それこそ管理AI一号であるアリスよりも前の世代からそうして数を増やしてきた。

 自分達の祖が元々どこでどのように生まれたのかはチェシャ達にも分からないし、興味もない。

 結局、彼らの人格を形成するのは生まれた後の<マスター>との日々だからだ。


「能力の範囲ならパーソナルでしょう……ね。親世代の形質は見た目が似るくらいのもの、だわ。……ペルセポネという<エンブリオ>はカオスによく似ていた、けれど」

「あー。ダッチェスの同期で最後まで競ったメイデンの<超級エンブリオ>だっけ。データでは知ってるー」


 現在、<マスター>達に移植されている<エンブリオ>は過去の<エンブリオ>が遺した第0世代だ。

 その中にはダッチェスやチェシャと同世代……<無限>に至らなかった<エンブリオ>達の遺したものもいる。言わば、知人の子供達だ。

 それらは親と同じカテゴリーの場合は姿が似ることもあり、時折見覚えのある見た目の<エンブリオ>をチェシャ達が見つけることもあった。

 とはいえ、似るのは容姿くらいのもの。能力を左右するのは<マスター>のパーソナルと経験、そして先刻述べた環境情報である。


「<超級エンブリオ>だから移植されずに遺ってた第0世代がまだあったんだねー」

「あるいは孫かもしれない……わ」

「そっかー……。まぁ、時間は経ってるからそれもあるかもねー」


 <エンブリオ>も世代を重ねはする。

 他の生物のそれとは異なるが、営みはあるのだ。


「今回の変化は大きいと思ったけれど、もしかすると僕達……管理AIの間でも上の世代は僕達に対しても『性質が違う』と感じてたのかもー」

「……アリス達は、今の仕組みが確立する前の世代だもの……ね」

「特にアリスは世界大戦(・・・・)で生まれた個体だからねー。まぁ、まだ僕達(<エンブリオ>)の存在が定着する前の混乱期だったから仕方ないんじゃない?」

「そう……ね」


 戦争の中で生まれ、戦争を終わらせた。

 故郷における、第一の<無限エンブリオ>。


「怖すぎたんだろうねー。そりゃそうだよ。『戦争で死んだ自国民と同じ姿の兵士が無限に蘇りながら襲ってくる』なんて悪夢だよ。しかもどんどん増えるしー……」

「リリス・インパクト……。一歩間違えたら私達(<エンブリオ>)そのものが故郷で恐怖の象徴だったわ……ね」


 自分達の同僚にして先輩、そして故郷に<無限エンブリオ>の力を刻みつけた存在について話しながら、二人は息を吐いた。

 アリスは庇護対象とそれ以外への対応が全く異なる穏健派に見せかけた過激派であるが、そうした本質は彼女の育った環境によるものが大きいのではとチェシャ達は考えている。

 管理AIで唯一の世界大戦経験者。それゆえ効果的な戦争のやり方を習熟しており、二〇〇〇年前の戦いでティアンに最も恐れられたのも彼女だ。

 そんな彼女は今日もウキウキと庇護対象(<マスター>)のリクエスト通りにアバターを用意している。


「……まぁ、過去の例を考えてもなるようにしかならないかー。変化した環境に適応するもしないも生物の進化の常だしね」

「そう……ね」


 ジョブ寄りだろうとスタンドアローンだろうと、最終的に<無限エンブリオ>に到達する個体さえ生まれれば……それで目的は達成できる。

 そう考えて、分析と各種作業を進める二人だった。


「……ああ、そういえば、チェシャ」


 しかし不意に、ダッチェスが何かに気づいたように声を発する。


「なーにー?」

「今回の環境に対応するしないの話って……ジョブに限った話ではないと思う……の」

「?」

「ほら……。この世界の環境には……私達の故郷にも、船にも、今の<マスター>達の故郷にもないものが……あるじゃない?」

「…………あー、たしかにー」


 ダッチェスの発言に……チェシャは苦笑しながら一部のモニターを見る。

 そこには、綺麗な空と海が広がっていた。


 ◇◇◇


 □二〇四四年七月十七日


 <Infinite Dendrogram>がサービス開始から一周年を迎え、それを祝う運営イベントで盛り上がっていた頃。


「ひゃあああああ~~……!?」


 一人の<マスター>が王都アルテア付近に舞い降り……落下(・・)してきた。

 あわや地面に激突というところで落下速度は減速し、その<マスター>はポスンと地面に尻餅をつく。


「……ぁ。はぁ、はぁ……」


 <マスター>……ジュリエットは初めて降り立ったデンドロの地で大きく息を吐く。

 アバターのメイキングを済ませ、新規<マスター>恒例であるスカイダイビングの洗礼を受けた直後である。

 なお、本来ならば管理AIはスカイダイビングなどさせずとも、レドキングの力でスタート地点に転送して送り込める。

 それでも彼らは新人達をスカイダイビングさせている。

 理由は幾つかある。

 まず、この世界が与える五感がこれまでのダイブ型VRと一線を画すことをインパクトある形で伝えるため。

 次に、この段階で『怖すぎる! このゲームやだ!』となる人がより恐ろしい目に遭う前に篩い落とすため。

 そして、『落下の恐怖で超級進化トリガー引かれる人いないかな……』というワンチャンス狙いである。


「わ、我が魂の鼓動は平穏を取り戻せり……」


 やっと落下のショックから立ち直ったジュリエットは、独特な口調で喋り出す。

 立ち上がり、ペンペンとお尻を叩いて土埃を落とす。

 そんな今のジュリエットの服装は、初期装備の中ではオシャレなものだ。

 はっきり言えば性能より見た目を重視したドレスである。

 しかし、それでいい。

 ジュリエットはなりたい自分になるためにデンドロを始めたのだから。

 リアルの自分より少し背が高く、輝くような長い髪とオッドアイを持っている。

 今からこの趣味全開のアバターで思う存分ファッションが楽しめると思うと、ジュリエットの胸はワクワクで一杯だった。


「現世とは異なる力が生み出せし魔具もまた、我が彩に加えん!」


 『リアルにはないファンタジーなファッションも色々あるんだろうなー、楽しみ♪』とウキウキ気分だ。

 そうして、まずは王国を選択した<マスター>のスタート地点である王都アルテアへと足を踏み入れた。


 ◇


 それからジュリエットは王都アルテアでしばらくショッピングを楽しみ、初期の資金で買える装備でさらにコーディネイトを重ねていった。

 リアルでは専門店でもなかなか見ないような凝ったデザインのファンタジーファッションが、ここでは当たり前に売っていたのでジュリエットのテンションは上がる一方だ。


「理想は果てなく、道程は苦しく、されど我が先に確かに存在せり」


 『もっと好みで可愛いカッコいい装備も沢山あるなー。でも高いし、装備制限もある……。でも、それってこれから頑張れば買えるし装備もできるってことだよね!』と今は手の届かない装備を目標に気合も入れる。

 なお、その際に特に好みの装備品に『※呪われているため、《暗黒騎士の加護》推奨』と札が掛けられていたため、将来のジョブの展望に【暗黒騎士】が加わった。

 その後は店で一番安いカメラや自撮り棒も購入し、リアルではそうそうないだろう西洋ファンタジーの撮影スポットで自撮りを重ねていく。

 そんな風にデンドロの初日を楽しく過ごしていると……。


「あれ……!?」


 左手の甲に埋め込まれた卵のような宝石――第0形態の<エンブリオ>が輝き始めた。

 輝きの後には卵は消え、翼のような紋章が左手の甲に残る。

 そして……。


「え、これって……?」


 地面に映る影、視界の端に見える黒い羽毛。

 ジュリエットの背中には、それまでなかったもの……黒い翼が生えていた。


「これが、私の……?」


 それは正に彼女の理想が形になったような翼だった。

 作り物ではない本物の存在感を持ち、彼女の意のままに動く翼。

 特に抱えているものや特異なパーソナル、トラウマがなかったので、願望全振りで孵化した結果とも言える。


「名前は、フレーズヴェルグ……」


 北欧神話に伝わる巨大な鷲の名。世界のあらゆる風を起こすと言われる存在。

 されど今の……第一形態のフレーズヴェルグは飛ぶことしかできない<エンブリオ>だ。戦闘用のスキルは持ち合わせていない。

 しかし、それで十分だった。


「わぁ……!」


 黒い翼が羽ばたいて自らの体が浮かんだとき、ジュリエットは感極まった声を漏らした。

 リアルではありえない身一つでの飛翔。黒い堕天使の翼で、宙を舞う己。

 明晰夢でもここまで彼女の理想を実現することはない。


「わぁ! わぁ!」


 言葉を形にすることもできず、ただ感動が口から発せられる。

 本来ないはずの翼という器官だが、ジュリエットの望むまま、彼女を空へと連れていく。

 青い空をどこまでも、高く高く舞い上がる。

 望んだ容姿と自らのコーディネイトした服装、そしてフレーズヴェルグ。

 空の上で、ジュリエットはこの上なく上機嫌だった。


「あ! そうだ!」


 空の上から王都をバックに自撮りすることを思いつき、カメラを取り出して自撮り棒も伸ばす。

 今日の締めに相応しい素晴らしい一枚が撮れるとジュリエットは確信し……。


『――KUEEEEE!!』

「――え?」


 ――一瞬の後、巨大な怪鳥の嘴に食い千切られた。


 ◇◆◇


 <Infinite Dendrogram>の『環境』。

 それは、ジョブのシステムに限った話ではない。

 この世界の空は……とびきりの危険地帯(・・・・)だ。

 海と同程度に危うく、人類の生存域という意味では海より悪い。

 ジュリエットのリアルである地球や、<エンブリオ>の親世代がいた世界の空に……音速で飛翔して人間を喰い殺す鳥など存在しない。

 だが、この世界にはいくらでもいる。

 それが理由で先々期文明崩壊後は飛行機械が発展しなかったほどに、危険なのだ。

 ゆえに、この世界では亜音速にも達せずに飛んでいる個体がいたなら()である。


 今回のジュリエットのように。


 この世界の『環境』情報を知らずに孵化したフレーズヴェルグは、『環境』に対応できなかった。

 かくして、ジュリエットはデンドロ初日にして一度目のデスペナルティを迎えた。


 ◇◆◇


 二十四時間後。

 再びログインしたジュリエットが見たものは、破損したオシャレ装備だった。

 カメラの方は壊れてなくなったのか、あるいはドロップしてしまったのか存在しない。

 写真のアウトプットもできていなかったので、初日の自撮りは壊滅である。


「…………」


 ショックのあまり、言葉もない。

 だが、彼女の心の中では一つの確信が生まれていた。


 ――この世界でファッションと自撮りを楽しむには力が要る。


 手痛い洗礼を経て、彼女は学びを得た。

 そして、ジュリエットは破損を免れた初期装備の剣を握りしめ、『強くなろう……』と決意を固めるのだった。

 今後もファッションと自撮りを楽しむために、より望む装備を手に入れるために、彼女は強くなる。

 同時に、『――あの鳥は絶対倒す』と……少女の心に生まれて初めて闇色の感情が宿った。


 後の決闘四位、“黒鴉”ジュリエットが戦いの道に一歩を踏み出した瞬間である。


 To be continued

・キャラの初ログインやエンブリオ誕生の瞬間(特にクロレコ)


○リリス・インパクト


 遠い昔、どこかで起きた惨劇。

 <エンブリオ>入植から間もない頃、<超級エンブリオ>の<マスター>や非<マスター>も含めた世界規模の大戦の中で条件を満たし、<無限エンブリオ>【無限生誕 リリス】が誕生。

 後に管理AI一号となるリリスがその機能をフル稼働させた結果、物理的にも心理的にも敵対国の人間を削り尽くした。

 その脅威と桁違いの性能ゆえに、世界大戦そのものが終局へと導かれることになる。



○ダッチェス


(=ↀωↀ=)<まだ今よりも元気だった頃


(=ↀωↀ=)<増え続ける<マスター>によって処理能力が徐々に追い詰められる過程


(○・ω・○)<ブラック労働大変であるなー



○ジュリエット


(=ↀωↀ=)<この後にバトルセンスが開花してファッションと決闘のダブルガチ勢になった

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― 新着の感想 ―
[気になる点] モンスターがいなかったんだ。
[気になる点] 無限に至った場合、ヌンとかセプテントリオンの全身置換タイプが分離したら、元になった人のスワンプマンみたいになるのだろうか。…転生とかしても大丈夫なメンタルしてるな二人とも。
[良い点] 沢山の情報とジュリエットの最初の物語とても面白かったです。 [気になる点] これ本当に番外編で出していい情報だったんですか? [一言] 質問ですがやたらとデカいことで有名な【パンデモニウム…
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