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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム- Another Episode  作者: 海道 左近


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59/79

リクエストSS『模擬戦』

(=ↀωↀ=)<活動報告で募集したリクエストの第一弾


(=ↀωↀ=)<……SSって書いたけど思ったより文字数増えたな(2.5話分)


(=ↀωↀ=)<あと明日は漫画版最新話が更新予定だからよろしくね!

 □決闘都市ギデオン・第八闘技場


 戦争を控えたある日のこと。

 多種多様な<マスター>との戦闘が想定される戦争を目前に控え、これまで戦ったことがないタイプの相手と戦い、経験を積んでおきたいとレイは考えた。

 なにせ、彼は王国の<命>になる。バレないようにするつもりではあるが、バレてしまえば彼を倒すために様々な<マスター>が襲ってくることが想定されたからだ。

 また、あまり対人戦の経験がないふじのん達三人にも経験を積ませたい、と。

 そのことをランカーの友人達に話したところ、ランカーの間で開催されている模擬戦を今回は<デス・ピリオド>の本拠地で開催することになった。

 そして……。


『――ゴゴゴガガガガ――』

「またでっかくなったよ!?」

「っ……! 間に合いませんでしたか……」

「あわわ……」


 現在、闘技場の舞台の上ではふじのん達が巨大な金属鎧と対戦していた。

 金属製の全身鎧のサイズは十メテルを優に越し、人が手足を入れて動けるサイズではない。

 だが、金属鎧は巨体とは思えない軽快な動きで三人を追い詰めていく。


「なるほど……。面白い<エンブリオ>だな」

「今回の面子はレイ達がまだ遭遇してないタイプの<マスター>を中心に呼んだからね。ロードウェルとはやったことなかったでしょ? あいつら、普段は模擬戦より素材と金集め優先してるし」

「ああ」


 舞台上の模擬戦を観戦しながら、レイは隣に立つ友人……今回の模擬戦で話をつけてメンバーを招集してきたチェルシーと言葉を交わす。


「それで、あれはどういう<エンブリオ>なのだ? 先ほどから一分経過するごとに身体のサイズが膨らんでいるように見えるのだがのぅ」

「あれは身体が大きくなっているというか、一回り大きい外殻を一定時間ごとに作ってるんだよ」


 ネメシスに問われ、チェルシーは答える。

 最外殻が壊されると、また前のサイズの外殻が最外殻になる。

 それが決闘十四位“漸増巨人”ロードウェルの<エンブリオ>、TYPE:エルダーアームズ【積層外装 マトリョーシカ】。


「なるほど。一分ごとに外付けのHPと防御が増えてくようなもんか。で、いくら重ねても動きは鈍らないし、攻撃範囲はデカくなり続ける……と」

「ついでに言うならロードウェルの【重騎士(ヘヴィ・ナイト)】は『装備重量が重いほど攻撃力と防御力に補正が掛かる』上級職だからね。普通は重すぎると動けなくなるから使いづらいけど、大きく重くなっても動きが変わらないあの<エンブリオ>との相性は抜群に良いよ」


 時間が経てば経つほど手に負えなくなるというフィガロにも似た特性。

 自分やビースリーとは異なる耐久型であるロードウェルにレイは唸る。

 再生型とは数多く戦ったが、こういうタイプの耐久型はあまり経験がなかった。


「ここまで育つと上位ランカーでも手を焼くんだけどねぇ……」


 ただ、解説するチェルシー自身はなぜか生暖かい目をしている。


「育つと……?」

「ロードウェルって弱点が二つあるんだよね。まず、この時間経過で外殻を作るスキルは発動中ずっとMPとSPを同時消費し続けて、それが切れると全外殻が消える。まぁ、これはいいんだけど……」

「けど?」

「試合開始から最初の外殻形成まで一分。……手の内知ってる上位ランカーはその一分で必殺スキルとか使って削りきるんだよね」

「…………」


 外殻を重ねれば重ねるほど強化されていくが、重ねるには時間が掛かる。

 ならば、初期段階で倒してしまえば少し頑丈な上級職に過ぎない。

 非常にシンプルな話だった。そして耐久型に厳しい話でもあった。


「あの子達も、最初からふじのんちゃんの魔法や霞ちゃんの召喚で拘束してイオちゃんのパワーで殴りまくれば勝ってたよ。初見だからって様子見したのが裏目に出たね。……あー、ロードウェルの奴、久しぶりにあんなサイズになれてすっごいウキウキしてる」

『――ガガガゴゴゴォ――』


 そしてロードウェルはそのまま三人娘を倒し切り、模擬戦で勝利を収めた。

 結果的には完膚なきまでに負けた形だが、ランカークラスの<マスター>との直接戦闘はふじのん達にとっては大きな勉強となるものだった。


 ◇


 さて、三人と違い、レイは普段から王国の決闘ランカーと頻繁に交流している。

 最初はフィガロの紹介であり、レイが戦闘技術を学ぶという側面が強かった。

 しかし、レイが第四形態になってからは、少し違う形になっている。

 《追撃者》は相手のステータスをコピーする。

 つまりは、完全に同じ戦闘速度での戦いが実行できるのだ。

 各<マスター>の戦闘速度はバラけている。それこそ、同じジョブ構成でも<エンブリオ>の補正で差が生じることもある。等速の相手は中々見つからない。

 自分と同じ速度であり、対応を間違えると防御無視の固定ダメージ攻撃を喰らう羽目になる。

 さらに特典武具を使えば中遠距離戦も可能。

 ランカー達から見ても、模擬戦の相手として面白い相手になっていた。


 ただ、今回に関しては対戦相手の方も……中々に面白い相手と言える。


 現在三人娘と交代して舞台に上がったレイが対峙しているランカーは、追撃者使用中のレイと同じく二刀流。

 ただ、聖騎士らしからぬ(どう見ても暗黒騎士)鎧姿のレイとは対象的に軽装で、金属の類を防具にしていない。

 ランカーの中ではフィガロやチェルシーよりもさらに軽装であり、防御力を求めていないただの服に見えた。


「レイさんが対戦してるのって……」

「ハインダック。最近ちょっとランキング上げて十一位まで上がったかな。ジョブは【魔剣聖イリーガル・ソードマスター】だね」

「【魔剣聖】ってどんなジョブですか!」

「んー……使い勝手が増えた代わりに使いにくくなった【剣聖】」


 観客席に移動してきたイオの質問に対し、チェルシーはどう回答するか少し悩んでからそう答えた。


「矛盾していませんか?」


 ふじのんの言葉にチェルシーは「だよねぇ」と苦笑しながら説明を続ける。


「基本性能は【剣聖】と似通ってるんだけど、奥義が違ってね。【魔剣聖】の奥義は《リーダーブレード》。【剣聖】の《レーザーブレード》だと光属性固定だったけど、こっちはサブジョブの魔法職が持ってる魔法属性から選択できる」


 《リーダーブレード(読み込む刃)》とは、使用者のサブジョブを読み込むという意味だと言われている。


「それは……普通に有用なのでは?」


 <マスター>が【賢者】を取得すれば、それこそ全属性魔法斬撃が自由自在だ。

 いや、属性というだけならば下級職でもやりようによっては数多く収められる。


「と、思うじゃん? そう上手くはいかないんだよね」


 だが、チェルシーは首をフルフルと振って否定する。


「例えばステータスが同じくらいの【剣聖】と【魔剣聖】を比べたとき。サブが下級職の場合、《レーザーブレード》と比較して威力は5%くらいになるね」

「ひっくいですね!」


 イオのツッコミにチェルシーはうんうんと頷く。

 なお、その場合の<マスター>からの別称(蔑称)は『サイリウム』である。


「【賢者】の場合は全属性だけど30%。そこに他の下級職で取ってた属性の5%を加算する感じ」


 一属性あたり30〜35%だ。属性セレクトは強みだが、剣技としては弱まっている。


「で、【紅蓮術師】みたいな単属性の上級魔法職だと150%出るよ」

「随分上がりましたね。それなら属性を絞れば【剣聖】より……いえ、これはそもそも……」


 ふじのんは、そもそも前提が間違っている(・・・・・・・・・)ことに気づく。


「そう。サブ上級職を魔法職にした時点で、物理ステータスはほぼ半減してるね」


 これまでの話は、ステータスが同程度という前提で検証されたこと。

 だが、実際には【魔剣聖】を【魔剣聖】らしく運用する場合、カンスト時のステータス配分は【剣聖】と大きく異なる。

 STRやAGIに振られるべきステータスが、【魔剣聖】は半分MPに流れているのだ。

 悩ましい話だった。前衛としての力を得るはずが、逆に失っている。

 特定の属性に弱い相手と対峙したときには有用だが、それ以外の……例えば純粋な前衛としてビルドした【剣聖】との戦いでは力負けする。

 使い勝手が増えた代わりに使いにくいとはそういうことだ。


「どちらかで超級職とれば化けるとは言われてるけど、【魔剣聖】の先は見つかってないし、魔法系で超級職行った人が【魔剣聖】にビルドし直したって話も聞かないね」


 「【魔剣聖】メインでやると超級職側の奥義使えなくなりそうだし」とチェルシーは続けた。

 よって、サブに魔法系統超級職を置いた《リーダーブレード》の威力倍率は未だに謎である。

 余談だが、<編纂部>の【氷王】アット・ウィキが戦争後に検証予定だった。


「道理であまり見ないジョブだと思いました」

「まぁ、サブジョブの魔法も奥義以外は使えるから汎用性はあるんだけど、何分器用貧乏だからね。素直に強くなるなら前衛剣士は【剣聖】や【剛剣士】に走るし、魔法職は【紅蓮術師】か【賢者】に走る。ただまぁ……ハインダックに関してはちょっと違うんだよ」


 チェルシーはそこまで言って……含みを持たせた視線を舞台に送る。


「――ジョブ以上に本人が曲者だから」


 ◇


 舞台で対峙する二人の<マスター>。

 既にレイは相手の攻撃を受け止め、カウンターを貯め、《追撃者》を発動している。

 否、ハインダックがあえてそれをさせたと言う方が正しいか。


速度(AGI)は……流石に俺の元ステータスよりも格段に速い。サブジョブを魔法職に割いてるはずだから純前衛より落ちるって話だったけど、チェルシー達と同等)


 相対しながら、レイはハインダックについて思考する。


(装備もこれまで見たランカーの中でも狼桜の次に軽装……いや、狼桜はあの上に外骨格を装備することを考えると一番軽装になるのか。多分、ジョブのビルドで落ちたAGIを装備補正で補っているんだな)


 見えている情報から、相手のスタイルについての考察を重ねる。

 元より、そうした洞察力を鍛えるための模擬戦だ。

 そして見る限り、ハインダックは極めて軽装。

 金属製のものは顔に掛けたサングラスのフレームと両手の武器くらいのもの。


(そして、武器は……)


 ハインダックが振るうのは、全く同じ見た目の二本の剣。

 しかし一方は振るう度に炎を吐き出し、もう一方は刃の触れた先から砂が落ちる。

 否、刃に触れた空気が石化しているのだ。

 仮に生物に触れれば、それも石へと変えるだろう。


「俺相手に状態異常(デバフ)ですか、ハインダックさん」

「YESだYO!」


 レイの言葉に、ハインダックはニヤリと笑って答える。

 陽気な口調がサングラスと合わさり、どこかディスクジョッキーのような印象を受ける。


「何回かYOUがやってるのを見て思ったZE。『あ、これ第二形態に切り替える前に決着するタイプのデバフなら普通に効くな』ってSA!」

「…………」


 《追撃者》から《逆転》への切り替え。

 それを果たすより先にレイが完全に行動不能になればいいという理屈。

 ならば最初から第二形態で戦えばどうか?

 それも、相手は考慮に入れている。


「そもそも、【石化】は逆転されたところでさほど恩恵はないだRO? それでYOUの<エンブリオ>の他のスキルを潰せるならお釣りが来るYO!」


 第二形態になれば、ネメシスの機能が《逆転》のみに絞られる。

 そうなったレイ相手ならば、眼前の相手は状態異常を捨てて自力で押し切りに来る。

 それはこの模擬戦だけでなく、実際の戦闘でも狙われる可能性の高い手だ。


(……いや、それはいい。そこでどうするかも訓練の内。けど、今はそれよりも疑問に思うべきは……)


 ハインダックの双剣にそれぞれ発動しているスキル。

 一方は、《リーダーブレード》だろう。先刻、《カウンター・アブソープション》で受けた感覚から、サブ【紅蓮術師】で最大火力を上げた火属性の《リーダーブレード》と推測できる。

 ならば……【石化】は如何なるスキルか?


(ハインダックさんの<エンブリオ>が石化能力? いや、さっきの話だと、俺との対戦のために【石化】という手段を選んだような口ぶりだった。なら、《リーダーブレード》と同じように幾つかの属性……状態異常からセレクトできる能力か?)


 レイはハインダックというランカーは知っていても、そのスタイルは詳しく知らない。

 偶々これまで縁がなく、それゆえに今回戦闘経験を積む相手としてチェルシーが選んだのだろう。


「さぁて……っと!」

「!」


 双剣を構えて警戒していたレイに対し、ハインダックが踏み込んでくる。

 《追撃者》のAGIコピーで両者の速度は同じ。

 ゆえに、レイはその動きをハッキリと視認できる。


(動きそのものは剣士系統のセンススキルそのまま! ジュリエットやマックスみたいに<エンブリオ>の特殊機動を織り交ぜてくるわけでもない!)


 オーソドックスであり、同じ速度ならば容易に対応可能。

 レイはそう考え、相手の刃をギリギリで回避して反撃の《復讐》を当てようと……。


「ッ……!?」

 しかし拳一つ分は余裕をもって回避したはずの刃が、レイの右腕を斬り裂いていた。


 直後、傷痕から【石化】が進行し始め……。


「くっ……!」


 レイは飛び退きながら、自分の右腕を左の刃で斬り飛ばした。

 石になった右腕が舞台の上に落ち、重い音を立てて転がっていく。


「……YOU。本当にトカゲの尻尾みたいに手足落とすじゃない。噂通りだけど実際見るとドン引きもんだYO!」

「…………」


 呆れ半分感心半分のハインダックの言葉を受けながら、レイは冷や汗を流す。


(見えていた……! 同じ速度で見逃すはずもない。俺は回避できていたはずだ。……けど、実際は被弾している)


 それが意味することは……。


(なら……見えているものと実像が違う、か?)


 マリーや月影など、視覚にフェイントを噛ませてくる手合いはいる。

 ハインダックもその類ではないかとレイは当たりをつけた。


「二刀同士の試合から二対一になったけど捌けるχ(かい)!?」

「ッ!」


 追撃を仕掛けてくるハインダックに対し、レイは同速で後退して距離を取る。

 そのまま左腕を構え、引き撃ちの《煉獄火炎》でハインダックを牽制する。

 軽装で装備補正も耐性よりAGIに偏重していると推測されるハインダックでは、《煉獄火炎》は致命傷になりかねない。

 ゆえに、これで距離を詰められることはないとレイは考え……。


「――甘いYO!」

 ――炎を突き破ってきたハインダックに意表を突かれる。


「な!?」


 驚愕しながらも咄嗟に左手の剣を振る。

 間合いを詰めてきたハインダックと刃の距離は瞬く間に縮まり、

 ハインダックは迫る刃に反応することなく(・・・・・・・・)


 彼の胴体に吸い込まれるように左の剣が命中した。


 直後、カキン(・・・)という音と共に――ハインダックが吹っ飛んだ(・・・・・)


「ッ! これも……!?」


 人間ではありえない軽い手応えと接触音に、レイは答えに気づく。

 吹き飛んだハインダックは舞台に転がり――一本のナイフ(・・・・・・)に変わる。


「そうだYO!」


 そしてたった今吹き飛んだハインダックとは別の方向。

 炎を回り込んできた本物の(・・・)ハインダックがレイを攻撃する。

 レイは咄嗟に飛び退くが、今度は胴に炎の斬撃を受けて大きなダメージを負った。


(そういうことか……!)


 ここまでの攻防、特定の物に対する視覚欺瞞。

 それによって、レイは相手の能力を理解した。


 ◇


装備品の見た目(・・・・・・・)を変える(・・・・)。それがハインダックの<エンブリオ>だよ」


 観客席にて、チェルシーがふじのん達に種明かしをする。

 ハインダックの<エンブリオ>、TYPE:アナザールール【仮想化装 ハロウィーン】。

 特性は『着せ替えスキン』。

 装備品の性能をそのままに、別の見た目(・・・・・)を被せることができる。

 剣としての本来の長さはそのままに、見た目だけ少し短くする。

 全く違う性能の剣を、同一の見た目にする。

 武器に人間の見た目を被せて攪乱する。

 シンプルな能力であるものの、使用法が多岐に渡る<エンブリオ>。

 この戦闘でもそうだ。間合いを誤魔化し、石化能力の魔剣をただの剣に見せかけ、投げたナイフに自分の姿を被せて欺瞞する。

 真正面からの騙し討ち。それがハインダック……“偽装白鳥ジ・アグリー・ダックリング”の二つ名で呼ばれるランカーの戦闘スタイル。


「ハインダックはランカーの中でも特に初見殺し性能の高い奴だからね。戦争前の模擬戦相手としちゃわりとベストな人選だと思わない?」

「「「…………」」」


 ふじのん達は言葉を失ってしまう。

 観客席から見ていても、まるで手品のような業だった。

 戦闘中の……相手の全貌を把握し難いレイにとっては猶更だろう。


「初見殺しって……あんなの『そう』と分かったところで対処できないじゃないですか」


 装備品の見た目を好きに変えられるならば、目に見える全てを疑わねばならなくなる。

 未知の状態の初見殺しが最も強いというのはその通りだろうが、知ったところで対処が難しい。


「ていうかチェルシーさんはアレに勝てるんですか!?」

「勝てるよ。相手のペースに付き合わずにこっちの土俵で戦えば脆いしね」


 具体的には、広範囲を水没させるなりすれば視覚欺瞞も機動力も活かせなくなる。

 ハインダックは狩りで集めた資金などで新武器や新ネタをランク戦に用意してくるが、それでもまだ上位ランカーは切り崩せていない。

 あれを『初見殺し』で済ませられるからこその、上位ランカーとも言える。


「ただ、レイは今回もうハインダックの戦術に呑まれちゃってるからね。気づいたみたいだけど、右腕なくなってHPも削れてる。結構キツいよね」


 チェルシーは「それに」と続ける。


「レイ。今回の試合は手札縛ってるしね」

「え?」

「ガルドランダの召喚とか、《シャイニング・ディスペアー》とか、単発の切り札を使う様子を見せないじゃん」

「あ……」


 言われて、ふじのん達も気づいた。


「ハインダックは強いランカーではあるけど、それってつまりは『戦争で交戦する可能性の高い平均的な相手』でもあるんだよ」


 クラン所属者を除けば、戦争に参加するのは決闘か討伐で各国の上位に位置する者達。

 つまりは、ハインダックと同格レベルは当然のように数多く参戦している。


「レイは戦争でそんな相手と戦い抜かなきゃならない。これはそのための訓練だから、継続して使える手札だけで戦ってるんだろうね。そして……」


 舞台上のレイは傷を負い、血を流しながら……いまだその目の力は消えず。


「ここから勝つ気なんだろうね」


 ◇


「武器の長さを短く見せる……。透明にはしないんですね」

「そりゃあそうだYO。オレのハロウィーンの特性は着せ替え。見せるため(・・・・・)の能力なんだから見えないのは論外だZE!」


 パーソナルに則った縛りということだろう。

 実際、先のナイフコンビネーションのようにハインダックは『実用的な魅せプ』を好むランカーだ。

 しかしその上で、間違いなく実力者。


(……誘導されてたな)


 それは単純な戦力だけでなく、戦闘の組み立てそのもの。


『で、あろうな』

(最初に《カウンター・アブソープション》しやすい大振りの攻撃を使われて、防いだ。そこから相手の速度を見て《追撃者》でAGIをコピーした。【石化】を見せられて受けない方向に思考を誘導された。間合いを誤魔化した剣でそこを突かれた)


 そのまま警戒を強めさせられ、牽制で放った《煉獄火炎》を逆手に取られてデコイに惑わされた。


『これほどトリックに特化した男の<エンブリオ>がハロウィーンとは、納得しかないな』

(全くだ)

『それで、どう戦う?』

(ダメージはこっちが一方的だな。だからこそ(・・・・・)、《復讐》を当てれば勝てる)


 レイのHPは既に半分を切っている。

 しかしレイは【聖騎士】であり、ステータスと装備補正によりHPは四万を超える。

 対して、前衛としてのステータスを魔法職に食われているハインダックのHPは万に到達するかどうかだろう。

 既に削られた二万ポイントオーバー分のダメージカウンター。《追撃者》の消費と双剣に二分割されていることを踏まえても、一撃でハインダックを消し飛ばすに足る。


(だからこそ、ハインダックさんはこのまま被弾することなく俺を倒す手段を用意しているはずだ)

『なるほど』


 しかし、その手段が如何なるものか。

 レイは洞察力を巡らせ、相手の打つ手を探り、その裏を掻かねばならない。


(そういえば……)


 ハインダックの姿を注視していたレイは、あることに気づく。


(あの剣。見た目は普通だが、本当は【石化】はそういった効果のある魔剣だろう。……けど、炎の方(・・・)も本当に《リーダーブレード》の産物か?)


 高威力の火属性斬撃を使うからサブ魔法職は【紅蓮術師】。

 しかしそう思わせるための欺瞞であり、あれも本当は元々火属性の魔剣ではないかとレイは思考する。


(だったら、ハインダックさんの本当のサブ魔法職は【紅蓮術師】じゃない可能性がある。その場合、想定される魔法職……こっちの裏を掻くのに最適の魔法職は……)


 レイは一つの推論を抱き、


(――ネメシス)


 心の中で自らの相棒に呼びかけた。


 ◇


「♪~」


 自分をジッと観察するレイに、ハインダックは笑みを深める。

 それこそが、彼の目論見通りだからだ。

 トリックで相手の意表を突き続け、攪乱して自分のシナリオに誘導、そのまま詰め切る。

 それがハインダック……中位決闘ランカーでもトップクラスの猛者の手口だ。


 しかし、そんな彼でも上位ランカーには未だ及ばない。

 だからこそ、彼はチェルシーの打診したレイとの模擬戦を受けた。

 ルーキーを抜けたばかりだが、上位ランカー以上の注目を浴びることも多い存在。

 既に複数回<超級>や<UBM>を倒している特殊な<マスター>。

 そんな相手との模擬戦で、自分が上に行くのに足りない何かを掴む一助になれば、と。


(速攻で腕を捨てる思い切りの良さやこっちの手口に気づく勘の良さは大したもの)


 右腕を捨てるか、第二形態に切り替えるか、そのまま【石化】するかの三択で、レイは迷わず右腕を捨てる――最も戦闘力を維持できる選択をした。

 その後の動きを見て、既に<エンブリオ>のタネも把握しているだろうことをハインダックは察している。


(だが、後手に回り続ける限りオレには勝てないぜ)


 そしてハインダックは動き出す。

 双剣から片手持ちに切り替え、左の手には数本の投げナイフを握る。

 自然、レイの視線は左手の投げナイフに向けられる。

 それが如何なる変化と欺瞞で自分を惑わすものかを見極め、ハインダック本人にカウンターを叩き込むために。

 だが、それこそがハインダックの術中。

 ハインダックは投げナイフを保持したまま、レイとの距離を詰めていく。

 そして、あと数歩で間合いに入ろうかというタイミングで――。


 ――彼の左手から眩い閃光が拡散する。


 視覚を灼く、凄まじき光の奔流。

 そう、ハインダックの選んだサブ上級職は【閃光術師】。

 あえて、【剣聖】の《レーザーブレード》と同じ光属性。


 普通の【魔剣聖】ならば選ばない。

 だが、ハインダックにはそれを選ぶ理由がある。

 トリックに惑わされた相手は、それ以上惑わされないように目を凝らす。


 そんな彼の一挙手一投足を凝視する相手に――この閃光をブチ当てる。


 普通の【魔剣聖】は光属性の【閃光術師】をサブに選ばないからこそ、警戒されずに刺さる。

 視界を潰し、完全な優位を獲得し、そして仕留める。

 それこそ、ハインダックが相手に贈る最後のトリック。

 彼自身はサングラス――着けていてもキャラクターとして不自然じゃないように普段の言動まで合わせている――で閃光は無効化されている。

 彼のみが視界を維持したまま、足音を消し、回り込みながら、剣の間合いへと踏み込む。

 同時にナイフを投じ、寸前までの自分の位置に自分の姿を被せて着弾させる。

 音でも、灼けて朧げな視界でも、レイではハインダックを正確には捉えられない。


(このままトドメ――)

 そしてハインダックは右腕の剣を振り下ろし――。


「――《グランドクロス》」

 ――地面から噴出した光に呑まれた。


(なっ……!)


 それはレイの発動した【聖騎士】の奥義、《グランドクロス》。

 地面から放たれた聖属性の奔流を浴び、ハインダックは大きくHPを減らす。

 しかし見えないはずのレイが、どうやってハインダックに当てたのか。


(じ、自分自身を起点に(・・・・・・・・)……!)


 それは、自分をも巻き込んだ範囲攻撃。

 見えずとも相手がトドメを刺すために近づいてくるならば……自分を中心に発動すればどこかに当たるという思い切りの良さ。

 そしてこれまでの攻防でHPが半減していても尚、レイの方がHP量で勝るがゆえに使えたゴリ押し。


(だが、オレだってこの一発で倒されるほどじゃない……!)


 《グランドクロス》でダメージは受けたが、戦闘行動に支障はない。

 そしてレイの視界が潰れたままなのも変わらない。今の自分自身を巻き込む攻撃は正にその証左でもある。

 ゆえにこのまま、光の奔流が収まった瞬間に改めて踏み込んでトドメを刺す。

 ハインダックはそう考え、間もなくその機会は訪れる。

 地面から立ち上る光が途切れた瞬間に、彼は音もなく踏み込み――。



 ――瞬間、ハインダックの喉(・・・・・・・・)に黒い剣が突き立った。



「……は……?」


 血や空気と共に、ハインダックの喉から言葉が漏れる。

 その喉を貫いているのは、レイが逆手に持った黒い剣。

 ハインダックの方を見ないまま、視覚を失ったまま、しかし正確に彼の位置を捉えている。

 そして……。


「――《復讐するは我にあり》!」

 ――彼らの代名詞とも言うべきスキルが発動し、ハインダックの全身を消し飛ばした。


 ◇


 一方のHP全損によって模擬戦は終了し、闘技場の結界が消えて両者が試合前の状態で姿を現す。

 ハインダックは狐につままれたような顔をしており、レイの方も『なんとか勝てた』と息を吐いている。


「……うん。中位ランカー(ハインダック)を初見で倒すとか、レイも強くなったね。前と比べて模擬戦でも全力出せるようになったみたいだし」


 そんな二人の様子を見ながら、チェルシーはパチパチと拍手を送った。

 彼女からしても中々に面白い試合ではあった。


「……あの、チェルシーさん」

「なに?」

「チェルシーさんは、レイさんがどうやって相手の位置を掴んだのか分かりますか?」

「地面の振動とかで分かったんですかね!?」

「イオちゃん、それができるのは頭おかしい奴(フィガロ)だけだよ」


 チェルシーはイオの発言に苦笑しながら、ふじのんの質問に答える。


「たぶんネメシスに見てもらったんだろうね」

「え!? でも一緒にあのピカッ!ってなる奴を浴びてましたよね!?」

「そうだね。あれで一緒に視覚を潰されはしたと思うよ。三分の二(・・・・)はね」

「三分の二……?」


 チェルシーの発言の意味が分からず、首を傾げる三人。

 そんな彼女達に答えを示すように、チェルシーは続ける。


「第四形態のネメシスは、後ろの鏡と左右の剣で三分割だからね」

「え? …………あ!」


 そこまで言われて、ふじのんも気づく。


右手の剣(・・・・)!」

「そ。右腕を自分で切り飛ばしたときに掴んだままだった右手の剣。あれを本人から離した外部カメラ(・・・・・)として使ってたんだよ」


 武器形態の<エンブリオ>は、人間とは違う感覚を持つ。

 今回、レイとネメシスが用いたのはそれだ。


「多分、レイは途中でハインダックの思惑に気づいてたね。どうにかして自分の視界を潰すつもりだって。だから予めネメシスにも伝えてたのかな」


 相手が必ず裏を掻いてくる戦闘スタイルならば、トリックを見破ろうとすること自体が相手の術中ではないかとレイは読み、同時に『最もありえないサブジョブ』の選択を疑った。

 そして、あえて相手の思惑通りに視覚を潰させ、その上でネメシスの視点を活用してカウンターを当てた。


「あの自爆気味の《グランドクロス》はタイミング合わせかな。ああすれば技が途切れると同時にハインダックが踏み込んでくるだろうってね」


 相手の思惑に乗りながら、最終的にはそれを読み切り、自分の戦術に乗せる。

 レイは重ねてきた戦闘経験により、ランカー相手の真っ向勝負でもそれができるようになっていた。


「良い感じにこっち寄りになってきたね。普通に決闘始めないかな」


 模擬戦を始めたばかりの頃と比べて格段に成長したレイに、チェルシーは……元グランバロア決闘ランキング二位は少し愉快な気持ちになった。

 強い相手が増えることを喜ばしいと思う程度には、彼女も決闘ランカーだ。


「……よーし!」


 そして、彼の試合を見て疼いてきたのか……チェルシーは次の対戦相手として舞台に飛び降りるのだった。


 この日、レイとふじのん達は各々が十回以上、ランカー達との模擬戦を繰り広げた。


 Episode End

○リクエスト


(=ↀωↀ=)<今回は『王国ランカーとの交流』、『未登場の決闘ランカー』


(=ↀωↀ=)<あと前から言われていた魔法剣士系の名称など設定固まったので放出した内容となります



○ロードウェル


(=ↀωↀ=)<毎ターン強くなるタイプのユニット


(=ↀωↀ=)<MtGで言うと


(=ↀωↀ=)<『毎ターン+1/+1カウンター乗る』『破壊される代わりに+1/+1カウンターを一つ取り除く』


(=ↀωↀ=)<みたいな奴


(=ↀωↀ=)<なので知ってる人なら乗る前に倒す


(=ↀωↀ=)<講和会議ではスキル発動前にクロノの奇襲で死んだ



○ハインダック


(=ↀωↀ=)<テクニカル系魔法剣士


(=ↀωↀ=)<相手をトリックに嵌めてペース奪って勝つ


(=ↀωↀ=)<というかトリックに嵌めることがメインで、勝利よりそっち優先することもある


(=ↀωↀ=)<あと、お金貯めてマジックアイテムの武器を色々買い集めるタイプ


(=ↀωↀ=)<上位ランカーから初見殺しキャラ扱いされるけど、普通は初見じゃなくても辛い


(=ↀωↀ=)<普通に強い中位ランカー


(=ↀωↀ=)<ただ、ロードウェル同様に準備できてないときに奇襲されると弱いので


(=ↀωↀ=)<講和会議ではあっさりクロノに殺された

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― 新着の感想 ―
あ~、今さらですけど、この魔剣聖というジョブ、レイ氏が持つ斧に対するジョブの名残ですか。リーダーブレードというスキルとセレクトが少し似てますし。斧は武器由来、魔剣聖はサブジョブ由来、と言ったところでし…
[良い点] 今まで見れなかった他の決闘ランカーとの戦いが見れて最高でした!超級が規格外なだけで、普通に他のランカーも強いですね… [一言] 初見で11位に勝つって、レイも相当鍛えたんだなぁと思いました…
[良い点] レイが強くなってるのがよくわかる話でした。 ランカー達の戦い方も見れてとても面白かったです。 [気になる点] これAEのSSにしとくの勿体ないくらいで書籍に載せても良さそう。 [一言] …
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